準備
アデルは数日、ダークエルフの里に滞在してイルアーナに魔法の基礎を習うことになった。魔法は大気を漂うマナと自分の魔法力を練成し、得たい結果を想像することで使えるのだという。マナはある種の植物から放出されているそうで、比重は空気より重いのだとか。そのため森や洞窟の奥などマナが溜まりやすい場所には強いモンスターがいるのだという。
「魔法を使うのに杖とかはいらないんですか?」
「まあ初心者なら必要だが、お前はいらんだろう」
「そうなんですか? 魔術使いって杖を持っているイメージなんですが……」
「魔法の杖も呪文の詠唱も基本的には想像の手助けでしかない」
イルアーナの話によれば杖を振ったり、身振り手振りをすることで、「大気中のマナと自分の魔法力を練り合わせる」というイメージがしやすくなるのだという。魔法の杖に変な模様がついているのも集中を助けるためのものらしい。
そして呪文の詠唱も「得たい結果」をイメージしやすくするためのものなのだとか。ダークエルフ族はほとんどが無詠唱、あるいは「魔法名」を言うだけで魔法が使えるレベルなのだそうだ。
この「魔法名」というのもまた複雑で、本来は決まった魔法というものはない。例えば敵に火を飛ばして攻撃したいのなら火の球だろうが火の矢だろうが火の猫だろうがなんでも構わない。
しかし魔法を使うとき、特に咄嗟に使う場合には使い慣れた魔法のほうがイメージがしやすい。そういうわけで自分が使うであろう魔法は「ファイヤーボール」「ウィンドスラッシュ」などと名前を付けて使いやすくするそうだ。
さらに言えば、無詠唱で魔法を使えるなら呪文を唱える意味がないかというとそんなことはなく、より強いイメージをすることにより魔法の威力が上がるので、状況によって使い分けることが大切なのだとか。
ちなみに魔法で攻撃された場合、自分の周りに「無」をイメージすると威力を軽減させられるらしい。
(座禅みたいな感じかな?)
アデルは子供のころから、父親がやっていたのをマネして座禅のようなことはしていた。何故そんなことをやっているのか、どうやるのかなどは教えてくれなかったが、父親の隣に座っているだけで何か安心感を感じたことを思い出した。
「火を起こす魔法とか使えたら便利ですよね」
「無から有を生み出すのは秘術魔法だな。その場にいる精霊の力を借りる精霊魔法よりも難易度は高いぞ」
「え、そうなんですか?」
(何が違うんだろう……?)
アデルは気になって、マッチやライターで火をつけるように、空中に小さい火が出るイメージをしてみた。すると空中に小さな灯が浮かび上がった。
「……使えましたね」
「……そうだな」
アデルが何となく使える気がしたのは、能力値の「魔力」が呪文別に分かれていないからだ。基本は一緒なのではないかと試してみたらうまくいったのである。
「お前は想像力が豊かなのかもしれんな」
「ああ、なるほど……」
アデルはイルアーナに言われて気づいたが、日本で多くのゲームや漫画に触れて来たことで、使ったことがなくてもイメージが出来てしまうのかもしれない。
「難しい生命の精霊を使いこなせているのもそのせいかもしれん」
イルアーナ曰く、生命の精霊や精神の精霊はイメージがしづらいため使うのが難しいそうだ。アデル自身、生命の精霊と言われてもピンとこない。ただ人体の構造に関しては医術の発達してないこの世界の者よりも知っているだろうから、そのせいかもしれないと見当を付けた。
「魔法の基礎はすでに大丈夫なようだな」
イルアーナがやや呆れ気味に言った。何日かかけて教えようと思っていたことが、数時間の説明だけで終わってしまったのである。
「せっかくだから実戦で使いやすい魔法を教えてやろう。弓で戦うお前にはピッタリだろう」
そうしてイルアーナが教えてくれたのは矢に風の精霊力をまとわせる魔法だった。それにより矢の命中率を上げ、威力も上げることができる。試しに木の板を撃ってみたところ、板は粉々に砕け散った。
「……すごい」
「まるでクロスボウだな」
結局、アデルの魔法の修練は一日で終わってしまった。
次の日、アデルはイルアーナに連れられ鍛冶場にやってきた。アデルに剣を用意してくれたらしい。
「オグオグ」
厚手のエプロンと手袋を身に着けたオークが二人を出迎えた。イルアーナと短い言葉を交わす。何語で話しているのかはアデルにはわからなかった。すぐにオークが一振りの剣をアデルに差し出す。
「あ、ありがとうございます」
アデルは恐る恐る剣を受け取る。
「ダークエルフ仕様だが使えるだろう。抜いてみろ」
イルアーナに促され、アデルは鞘から剣を引き抜く。刀身には銀色に輝く美しい紋様が浮かんでいた。
「わぁ、高そう……!」
思わず値段を気にしてしまうアデル。
「その紋様は銀で描かれている。銀は魔法力が伝わりやすい金属だ。それにその模様は刀身から剣先に魔法力をまとわせるイメージがしやすいように描かれている。要するに魔法の杖と一緒だな。さすがの我々でも戦闘中は魔法に集中しにくい。だからその模様でイメージをしやすくしているのだ」
「なるほど……」
イルアーナの説明を聞いてアデルは納得した。アデルが試しに火の魔法を使ってみると、すぐに刀身が炎で包まれた。
「オグッ!?」
驚いたオークが後ずさる。
「あ、ごめんなさい、驚かせちゃって……」
アデルはその様子を見てすぐに魔法を切る。
「まったく。ダークエルフより魔法を使いこなしおって……」
イルアーナは不機嫌そうにつぶやいた。
「すいません、あと投げナイフみたいなのってありますか?」
「投げナイフはない。我々の場合、必要なら普通のダガーを風魔法で投げてしまうからな。ただ、言えばこのオークが作るぞ」
「あぁ、じゃあせっかくなんで、こういうのを……」
アデルはまだ咄嗟に魔法を使える自信がなかったので、地面に作ってほしい武器を描いた。それはクナイだった。弓の間合いより内側に入られた際、すぐに投げられ、なおかつ厚い毛皮も貫通できる。そして何よりカッコイイ。アニメで見てぜひ使ってみたいと思っていた。
「なるほど、バランスの調整が難しそうだが……その辺はオークに任せよう」
一目見て用途を理解したイルアーナはオークに絵を見ながら説明をする。オークはこくりとうなずいた。
「よろしくお願いします」
「オグ」
アデルはオークに頭を下げる。返事の意味は分からなかったが、たぶん了承してくれたのだろう。
二人は鍛冶屋を後にした。
「ところでさっきは何語でしゃべってたんですか?」
「あれはオーク語だ。まあゴブリン語とほとんど一緒なのだが」
「へぇー。そういえば、ダークエルフはエルフ語とか話さないんですか?」
「基本は人間語だな。ダークエルフは人間とかかわることを選んだ種族だ。まあ人間にとって幸か不幸かわからんがな」
「そうなんですね……」
ダークエルフは邪神に心を捕らわれたエルフ族の肌が黒くなり生まれた種族、人間の間ではそう信じられていた。アデルは思い切って聞いてみた。
「あの……ダークエルフは邪悪な種族だと言われているのは本当なんですか?」
「……邪悪とはなんだ? その定義がわからなければ答えようがない」
「例えば……人を殺したりとか……」
言いながらアデルは自分の質問がバカげていることに気づく。
「お前はどう思うのだ? 我々が邪悪な種族だと思うか?」
「いえ、人間のほうがはるかに人を殺していますね……すみません、バカなことを聞いて……」
アデルは肩を落とした。
「アデル、我々は必要ならば人を殺すことはいとわない。私もまだ人を殺したことはないが、今後どこかで殺すことにはなるだろう。国を造ることが成功しようが失敗しようが、戦争は避けられないだろうからな。だが不必要に殺したり、苦痛を与えて楽しむような悪趣味ではない。それでも邪悪だと言われるなら、我々は邪悪な種族なのだろうな」
淡々と語るイルアーナを見ながら、アデルは常識や人の話を鵜吞みにするのはやめようと心に誓った。
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