意訳(貧者高原)
アデルたちはムラビットの部族がいるという北に向かう。ノックはリオの馬に一緒に乗っていた。白いモコモコのノックを後ろから抱きしめるように馬を操るリオは心なしか嬉しそうであった。
「いやー、馬っちゅうのは便利でんな」
初めて馬に乗ったノックがご機嫌につぶやく。
「おう、暴れるなよ」
ノックを叱りながらもリオはニヤニヤしていた。
そんな時、上空を飛んでいたシャスティアがアデルたちの方へ急降下してくる。
「みなさん! グリフォンの群れが来ます!」
シャスティアが警告の言葉を発する。確かに三匹のグリフォンが空を飛んでいる。ペガタウルスのヴィクトリアは逆に高度を上げてグリフォンたちから距離を置いていた。
「わ、わかりました! シャスティアさんとノックさんは僕らの後ろに隠れててください! ピーコとポチも二人と一緒に!」
アデルの言葉に慌ててノックが馬から降りた。ポチとピーコはややめんどくさそうにウルフェンから降りる。
「グリフォンか……うちの村も襲われたことがあったな」
リオが槍を構えながらつぶやく。
「ちなみに……グリフォンって、何か特別な攻撃とかして来ますか?」
アデルがイルアーナに尋ねた。近付いてくるグリフォンはアデルのイメージ通りの体が獅子で鷲の頭と翼をもっている姿だったが、能力まで同じとは限らない。
「いや、クチバシと爪だけだな。距離を置いて攻撃できるお前なら造作もない相手だろう」
イルアーナも弓を構えながら答えた。
「良かったです。ただ、グリフォンって群れで獲物を襲うイメージじゃなかったんですけど……」
アデルも弓を構えながら呟いた。
「この辺りのグリフォンはワイバーンを恐れて群れを組むようになったのじゃ」
「なるほど……」
ピーコの言葉にアデルは納得した。
一番最初に行動を起こしたのはヴィクトリアであった。はるか上空からランスを構えながら急降下し、一番最後尾にいたグリフォンに狙いを定める。
「はっ!」
ヴィクトリアが気合の声と共にランスを突き出した。強力な一撃に体を貫かれ、グリフォンは悲鳴を上げながらそのままの勢いで地面へと向かって行く。地面に当たる直前でランスを抜いたヴィクトリアは再び翼をはためかせ上昇したが、グリフォンはそのまま地面に叩きつけられ絶命した。
地面にいる獲物を襲うことに特化されているグリフォンにとって、同じく空を飛ぶ他の魔物の相手は分が悪いことが多い。足の鉤爪くらいしか武器が無いハーピーはともかく、ランスをもったペガタウルスはリーチも長く、グリフォンにとっては天敵だった。
「ナイスです、ヴィクトリアさん!」
ヴィクトリアの攻撃を褒めながら、アデルも矢を放つ。次の瞬間には先頭にいたグリフォンの頭に矢が突き立ち、グリフォンは何が起きたかもわからぬまま力なく地面に落ちていった。
「見事だ!」
アデルの腕前を褒めつつ、隣でイルアーナも矢を放つ。矢はグリフォンの翼を引き裂き、最後のグリフォンは地面に落ちて怒りの叫びをあげていた。
「おいおい、俺の見せ場は!?」
リオが慌てて槍を構え、馬を走らせようとする。しかしグリフォンの叫び声に怯えた馬が言うことを聞かず、リオは仕方なく馬から降りて怪我をしたグリフォンに走り寄った。グリフォンは落下時に足も怪我したらしく、威嚇するばかりで動くことができないようだった。グリフォンは為すすべなくリオによってトドメをさされた。
「思い知ったか、このクソ鳥が! 今日はこのくらいで勘弁したるわ!」
何もしていないノックがグリフォンの死骸に向かって威勢よく叫んだ。
「しかしグリフォン三体がこんなにあっけなく……マライズ村でグリフォン退治を冒険者ギルドに依頼しようと思ったら、結構高い金取られそうだったから諦めたんだぜ」
槍を払ってグリフォンの血を飛ばしながらリオが呟く。アデルとイルアーナもそれぞれ矢を回収していた。
「お見事な腕前でした。アデル様」
アデルの近くにヴィクトリアがやって来て、微笑みながら言った。
「いやー、それほどでもないですよ」
アデルは美女に褒められ、満面の笑みでデレデレとしていた。
「さっき私が褒めたときはそんなに嬉しそうではなかったな」
イルアーナがそんなアデルに不機嫌そうに言った。
「い、いや、そんなことありませんよ! さっきは戦闘中だったからで……!」
オロオロと言い訳するアデルをヴィクトリアは不思議そうに見つめていた。
「ええなぁ。青春やなぁ……」
「そうですわね」
そんな様子をノックとシャスティアが微笑みながら見つめていた。
グリフォンの死骸はワイバーンにあげることにして、アデルたちは先へと進んだ。やがて数匹のムラビット達が待ち受ける、まばらに木が生えた場所へと辿り着く。ムラビット達はそこで空の魔物から身を隠していたようだ。ムラビット達は三匹づつ少し距離を開けて立っており、それぞれ別の部族のようだった。
「おー、久し振りやなー!」
ノックが手を振る。片方のムラビット達はお辞儀をし、もう片方のムラビット達は顎をクイッと動かしただけだった。
「アデルはん、こいつらが仲間のキョウト族とヤカラ族やで」
ノックが馬を降り、待っていたムラビット達に駆け寄った。アデルたちも全員降り、ムラビット達と対面する。シャスティアとヴィクトリアも空から降りてきていた。
「仲間だなんて……わちきたち京兎人は、大兎鹿の方々みたいに明るくはありませんどすわぁ」
さきほどお辞儀をしたムラビットが身をくねらせながらしゃべる。目は細目でどことなく艶やかな雰囲気であった。
「なんと言っているのだ、ピーコ?」
イルアーナはやはり言葉が通じないらしく、ピーコに通訳を頼んでいた。
「『私たちキョウト族はサカイ族みたいにうるさくない。一緒にするな!』と怒っている」
ピーコがキョウト族の言葉を通訳した。
(そ、そんな意味だったの!?)
アデルはムラビットの言葉がわかっている気でいたが、ピーコの通訳を聞いて自信が無くなった。
「おう、ワシらがこの辺を仕切らせてもろっとる、泣く子も黙るヤカラ族や。舐めた真似したら承知せんで」
ヤカラ族のムラビットたちは眼光が鋭く、先頭に立っているムラビットは顔に傷があり強面だった。口には葉巻のようなものを咥えている。
「なんと言っているのだ、ピーコ?」
「『我々はヤカラ族。今後ともよろしく』と言っておる」
イルアーナにまたピーコが通訳していた。
(そんなカワイイ挨拶に聞こえないんだけど……)
アデルは首を傾げた。
「がっはっはっ、相変わらずやな! この兄ちゃんが我らがアデル王やで。わてがダイソンに襲われとったところを助けてくれたんや。まあ助けが無くても、あと少しのところでわてがそいつをぶちのめすとこやったんやけどな。このアデル王がワイバーンにわてらを襲わないように言ってくれたり、さっきもグリフォンをやっつけてくれたんやで」
「ど、どうも。アデルです」
ノックに紹介され、アデルは頭を下げる。
「あら、この優しそうなお方がアデル王どすの?」
「キョウト組の言うとうりや。こんな青臭いガキがほんまにワイバーンを従えてるなんて、誰がそんなたわごとを信じるんや」
キョウト族とヤカラ族が疑わしそうにアデルを見る。
(信用されてないのか。どうしよう……)
アデルは少し考え込み、ピーコに顔を向けた。
「ピーコ、ワイバーンを呼んでもらえたりする?」
「かまわんぞ。グリフォンを貰ったし、ワイバーンもご機嫌じゃろう」
ピーコは甲高い音の指笛を吹いた。近くにいたのか、すぐにワイバーンがその姿を現す。力強い羽ばたきに、周囲にあった木が風にあおられバサバサと音を立てた。
「ご覧の通り、直接ではないですけどワイバーンを……」
アデルが振り向く。キョウト族とヤカラ族は文字通り脱兎のごとく逃げ出しており、木に隠れてプルプルと震えていた。逃げるときに落としたのか、地面にはヤカラ族が咥えていた葉巻のようなものが落ちている。風にあおられて転がるそれを見てアデルは気付いた。
(葉巻じゃなくて……ゴボウだな)
こうしてアデルに協力するムラビットは合計二百匹ほどになった。ヴィクトリアはケンタウロスの一族を連れてくるために一度戻ることになっている。アデルはムラビットたちとヴィクトリアと別れ、オリムへの帰路についた。




