芽吹き(オリム城)
オリム城の会議室には神竜王国ダルフェニアの主だったメンバーの他にハーピーの族長、シャスティアとズール村の村長であったイラスがいた。一同が囲むテーブルの上には大きな紙が広げられ、一同が食い入るようにそれを見つめていた。
「同じものが数枚完成しております。こういった地図を書くのが得意な者にさらに複製を申し付けております。いずれは版画で大量に刷ることも可能になるかと」
イラスが説明する。一同の前に置かれている紙は地図であった。ヴィーケン全土が詳細に描かれている。イラスは絵の上手い者を募り、宮廷芸術部という組織作りを任されていた。その構成員はハーピーの協力で空から地上を見下ろし、緻密な地図の作成をアデルから求められていたのだ。
「こりゃすごいね。こんな精密な地図があったら作戦も立て放題だよ」
ラーゲンハルトが地図の出来栄えに感心した。
「神竜信仰具の制作も順調に進んでおります。その他、アデル様から承った作業も計画中です」
イラスが誇らしげに一礼する。
「うわー、すごいですね! ありがとうございます!」
アデルはイラスに礼を言った。
「地図作りに並行してアデル様から命じられた協力可能な種族探しも行っておりますわ」
シャスティアが微笑みながら言う。
「アデル様がおっしゃっていたムラビットさんたちの二部族、さらにサイクロプスに襲われていたというケンタウロスの一族とも接触が出来ました。アデル様のご都合次第でいつでも交渉の準備が出来ますわ」
「ありがとうございます。出来るだけ早く友好関係を築きたいですね」
シャスティアの報告にアデルは目を輝かせた。
立て続けに起きた戦争からようやく一息ついた神竜王国ダルフェニア。良く言えば斬新かつ柔軟、正当に評価するとすればあまりにも曖昧で杜撰な国家体制ではあったが、それは今のところ良い方向に作用していた。
千五百ほどの兵がいたガルツ要塞には千程度の兵士のみを残す。残りの五百人は世界樹が植えられている「始まりの森」周辺での農作業に割り当てられた。とはいっても、ガルツ要塞が攻められれば兵士に戻り、援軍として駆けつけることになっている。あくまでも食料不足が解消されるまでの緊急措置だ。
現在、世界樹を管理しているダークエルフの老人モーリスは早く「始まりの森」を森にしたがってはいるが、長くても二、三年程度の事として我慢している。幼い世界樹の周囲では植物の成長が早く、そこに畑を作れば食料不足の解消につながるのではないかと期待されている。
カーン、ハイランドといった周辺都市の守備兵も半分は農作業に動員された。その分、オリムに駐留している騎馬隊が訓練がてら周囲を巡回する。ガルツ要塞の守備に来たゴブリン五百匹もそのまま「始まりの森」の農作業に加わることとなった。
ゴブリンもオーク同様に評判を上げている。人間側からは「卑劣で野蛮」「数が頼みの雑魚」というイメージが強いゴブリンは小柄なので人間よりも腕力で劣り、知力、器用さでも若干人間に劣っている。
しかし実際は、ゴブリンたちは勇敢であり、自分より強い相手でも臆せず立ち向かう。また働き者で、戦士が必要な時は武器を持って戦い、農夫が必要なら鍬を持って畑を耕す。どうやら彼らにとって一番重視されるのは「一族としての繁栄」であり、個々の事情はあまり重視されないようなのだ。
不器用な彼らは粗雑な装備しか持っていないが、きちんと装備を整えちゃんと指揮すれば精鋭部隊になるのではないかというのがラーゲンハルトの見立てだ。クロスボウなら腕力の不利があまり影響しないので、ゴブリン用の小型クロスボウの試作が進められている。
一方、オークは戦士とそれ以外がはっきり分けられており、部族の中では戦士が支配階級である。しかし家庭内では女性優位の社会らしく、料理と子育て以外は男の仕事らしい。プニャタも村にいるときは掃除や洗濯をしていると聞き、アデルは目を丸くした。
オークは此度のガルツ防衛戦において多大な戦果を挙げるとともに、多くの死者も出した。彼らの活躍に報いるため、アデルは「名誉戦章」という勲章を作りオーク全員に送った。これといって実利のある勲章ではなかったが、名誉を重んじるオークの戦士たちは喜んだ。またプニャタの話を聞いたアデルが石鹸や香水をオークたちにあげたところ、良いお土産が出来たと大層喜んだ。ブタと同様、オークたちも綺麗好きなようだ。
オークたちは半分ほどが一度帰郷し、その後も交代でオークの戦士たちは神竜王国ダルフェニアに仕えることになった。また戦士たちとは別に手先の器用なオークを選別し、人間の職人の元で働いてもらう計画も進めている。
降伏したヒルデガルド隊のうち、民間人は移住の準備が進められ、兵士だったものたちはそのまま雇用されることとなった。その数およそ千五百。ガルツ要塞の守備隊と並び神竜王国ダルフェニアでは中心となる戦力だが、その扱いはやや難しい。現在のカザラス軍に不満は持っているものの、あくまでも自分たちはカザラス兵であるという自負もあり、アデルたちにとっては通常の兵力とは分けて考えなければならぬ部分があった。彼らはカザラス隊として、主にラーゲンハルトやフォスターが率いることとなった。
ガルツ守備隊、カザラス隊、どちらもアデルの見立てによって指揮能力の高い者を中心に再編が行われている。また武力の高い者はフレデリカ隊への勧誘が行われた。大陸一の傭兵団であったフレデリカ隊の評価は高く、その勧誘を受け入れる者は多かった。これによりフレデリカ隊は百人の大所帯となった。
北部連合とヴィーケン王国への外交文章が書かれたのもこの時期だった。ミドルンへの遷都が話し合われ、アデルがハイミルトの葬儀を国を挙げて行うことを提案した。
「ハイミルトさんはヴィーケンに住む全員にとって英雄です。北部連合やヴィーケン王国からの弔問も受け入れたいと思っています」
アデルが会議室で皆に提案する。
「その場合、警備を厳重にしなければならんな。特に敵の諜報員に紛れ込まれると厄介だ。人間の調査を我々ダークエルフがやると反感を買うからな」
イルアーナが発言する。ラーゲンハルトが連れてきた精鋭の諜報部隊「影」には諜報員の育成を任せているが、まだまだ実務を任せられるレベルではない。「影」は十人ほどしかおらず、町全体を守るには数が少なすぎた。
「北部連合の諜報レベルは低いよ。ヴィーケンはそれなりだけど、ほとんどは冒険者ギルド任せだ。冒険者ギルドと交渉すればどうにからるかもしれない。さすがに町全体を守れるくらいの人手を冒険者ギルドから雇うとけっこう取られちゃうと思うよ」
ラーゲンハルトが口を挟んだ。
「なるほど……じゃあ、そのへんの交渉はラーゲンハルトさんにお任せしても……?」
アデルは恐る恐るラーゲンハルトに尋ねる。
「いいよー」
「あ、ありがとうございます!」
軽く引きうけるラーゲンハルトにアデルは頭を下げた。
「それでちょっと考えがあるんですけど」
アデルは改めて皆に向き直る。
「葬儀の時、デスドラゴンさんに町の周辺にいてもらおうと思ってるんですよ。いるだけならOKしてくれるそうですし。他にもワイバーンさんとか、アースドラゴンさんにもできればいてもらおうかと」
「うちの戦力を内外に見せつけるわけだね。いいんじゃない? カザラス帝国でも軍事パレードとかやるけど、周辺国にとっての脅威はその比じゃないだろうね」
アデルの提案に楽しそうにラーゲンハルトが言う。
「思いっきり見せつけてやろうじゃないか。うちの戦力をさ」
ラーゲンハルトが何かを思いついたように、ニヤリと笑った。




