デスドラゴン(オリム城 ガルツ要塞)
レイコの食事を見届けたアデルは食後のお茶を飲むレイコを抱え上げ、城の前の広場へと走った。そこにはワイバーンが到着しており、ピーコと、眠そうで半目状態のポチ、それにイルアーナとプニャタ、ラーゲンハルトとヒルデガルドがいた。
「みんな、相手は竜王の一角、デスドラゴンです。行くのは危険ですよ!」
アデルが皆に言う。
「戦うのはお前に任せ、私は援護に徹する。それよりプニャタが行くと聞かなくてな」
イルアーナがロープを持ってアデルに近づいてきた。
「襲われているのはオークと聞きます。危険というのならばなおさらアデル王だけに行かせるわけにはまいりません」
プニャタが言う。ガルツ戦で負った傷もほとんど治っているようだ。
「私も降伏したとはいえ部下を放っておくわけにはいきません。連れて行って下さい」
ヒルデガルドが真剣なまなざしで言った。
「アデル君、ヒルデガルドを頼んだよ。傷物にしたら責任取ってもらうからね」
ラーゲンハルトが意味深な笑みを浮かべる。ラーゲンハルトは山積みの問題を片付けるために残って対応をすることになっていた。
「後をお願いします。それじゃみなさん、準備を!」
アデルはそう言うとイルアーナの持っていたロープを手に取った。
「あの……それでどうやってガルツ要塞まで……?」
珍しく不安げにプニャタがワイバーンとアデルを見ながら尋ねた。
「急がないと味方が全滅してしまいます! ワイバーンの足に掴まって運んでもらうんです。プニャタさん、こっちへ来てください」
「え?……」
プニャタは戸惑いながらアデルに誘導されてワイバーンの足に掴まらせられた。
「空を飛んでいくんですか……?」
ヒルデガルドも驚きの表情でワイバーンの足に掴まる。アデルが念入りにロープで結びつける。
「我とレイコは適当に掴まっていくから大丈夫じゃ」
「あぁ、ピーコとレイコさんは飛べるもんね」
ピーコの言葉にアデルは納得する。そして最後にポチとイルアーナ、そして自分をロープでワイバーンの足に固定した。
「あ、あの……アデル王。本当にこれで空を……」
プニャタが顔を冷や汗でびっしょりにしながら尋ねようとする。しかし言い終える前にワイバーンが羽ばたき始めた。
「や、やっぱりオグはここに残るオグ、オグしてオグ……オ、オグゥッ~~~ッ!」
高いところが怖いのか、プニャタがオーク語交じりに懇願するが、すでにワイバーンの羽音でアデルの耳には届かず、プニャタの悲鳴がオリムの上空に響いた。
「行ってらっしゃ~い」
ラーゲンハルトがみるみる遠ざかるワイバーンの背に手を振った。
「ところでデスドラゴンってどんなドラゴンなの?」
アデルはワイバーンに運ばれながらポチに尋ねる。
「う~ん……厄介」
ポチはしばらく考えてから答えた。
「レイコさんみたいってこと?」
「あれとは別方向で厄介。レイコが静の厄介なら、デスドラゴンは動の厄介」
ポチの答えを聞いてもアデルは全く理解できなかった。
「デスドラゴンってことは死を司るドラゴンなんだよね?」
アデルは今度は別のことを聞いてみる。
「え? デスドラゴンは何も司ってないよ」
ポチは首を傾げた。
「じゃあなんでデスドラゴンなの?」
「なんでって……デスドラゴンはデスドラゴンだもん」
ポチの答えに、アデルの頭はさらに疑問符でいっぱいになった。
そうこうしているうちに一行はあっという間にガルツ要塞上空に到着する。そこにはアデルが想像していたような巨大なデスドラゴンの姿はなく、ガルツ要塞自体も目立った損傷はない。そのままガルツ要塞を通り過ぎ、ダークエルフの作った防壁も通り過ぎた辺りで人だかりができている場所があった。その中心から大きな気配をアデルは感じていた。
「あそこだ!」
アデルが叫び声をあげる。その声に反応してかワイバーンが旋回して高度を落とし、人だかりから少し離れたところに着地した。
「アデル様だ!」
「アデル様!」
それに気づいたガルツ要塞の兵士たちが安堵の表情で近づいてくる。
「どういう状況ですか!」
アデルがロープをほどきながら大声で尋ねた。プニャタは泣きそうなのか泣き疲れたのかわからない表情でぐったりとしている。イルアーナやヒルデガルドもてきぱきとロープをほどいていた。
「それが……夜中に黒い巨大な影がうごめいていると見張りの兵士から報告があったのです。死んだカザラス兵の幽霊じゃないかと噂していたのですが、翌日になり偵察に出たところ、巨大な黒いドラゴンが防壁の陰に寝ていました。我々に気づいたドラゴンが襲い掛かってきて、オークの兵が捕らわれてしまって……」
「そ、そのドラゴンは!?」
「こちらです!」
兵士に先導され、アデルたちは人だかりの中へと進んでいく。
「オグ、オグ~ッ!」
人だかりの中心からはオークの叫び声が聞こえていた。
「こ、これは……!?」
人だかりの中心では一人の美少女がオークに抱き着いていた。その姿はやや大人びてはいるが、まるで日本の女子高生のようだった。黒い長髪をポニーテールにまとめている。勝気な吊り目がちの目はうっとりと捕まえたオークを見つめていた。ワイシャツと黒ネクタイの上には黒いブレザー、下は膝上丈の黒いブリーチスカートに黒いニーハイソックス、黒い革靴を履いている。
(これは無理だ……勝てない……)
少女を見てアデルは恐怖の表情を浮かべると、一歩後ずさった。
(だってこれはまさしく……一軍女子……!)
アデルに浜田太郎としての記憶がよみがえる。教室の隅でマニアックな話をする地味軍団に属していた浜田太郎。それとは対照的に明るい教室の真ん中で輪になって大声で談笑する、まさに青春を謳歌する者たち。同じ教室にいるにもかかわらず、彼らは別世界の住人のようであった。スクールカーストの頂点にいる彼らは一軍と呼ばれ、そこに属する一軍女子たちは浜田太郎のような男子は近付くことすら許されない存在であった。
「は? 何あんたたち。邪魔なんデスけど」
その少女から睨まれ、トラウマにも似た記憶がよみがえったアデルはまた後ずさった。
(アデル王がこれほど威圧されるとは……いったいどれほど恐ろしい相手なのだ!?)
アデルの表情を見て、プニャタは気を引き締める。掴まっているのは彼の一族のオークであった。プニャタは両手に手斧を構えると慎重にアデルの横に並ぶ。
「ん?」
少女がプニャタと目が合った。
(なっ、なんだこれは……!?)
プニャタは何か嫌な予感を察し、全身の毛が逆立つのを感じた。
「きゃ~っ、カワイイんデスけどぉ~! まじミラクル・デラックス・リラクゼーション!」
少女は捕まえていたオークを放すと、一瞬でプニャタとの間合いを詰め、プニャタに抱き着いた。
「オグッ!?」
そのスピードとパワーにプニャタは何の抵抗もできず倒れ込む。少女の頬ずり攻撃を受けながらプニャタはジタバタと暴れるが、怪力のプニャタをもってしても少女を引き剥がせる様子はなかった。
(ま、まさか……語尾が「デス」……この子がデスドラゴンなのか!?)
アデルはただただ愕然としながらその光景を見つめていた。
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