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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第六章 富国の章

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去るものと新時代(ミドルン)

 神竜王国ダルフェニアが建国を宣言してから一月ほどが経過した。空は相変わらず雲が立ち込め、時折小雨が降る。しかし雨に濡れる不快感よりも、人々はその湿気と暑さのほうが不快に感じるようになってきていた。日本と似たような気候であるヴィーケン王国は、雨期を終えると暑い夏となる。


 その空の下を南からミドルンへと進む十人ほどの一行がいた。暑さに汗をかきながらも鎧を含む武装をしており、一人は馬に乗っている。装備からしてヴィーケン軍の兵のようであった。


「お、おい、なんだありゃ!?」


 先頭の兵士が指をさす。指さす先にはミドルンの町と、町の入り口の前に置かれている巨大な岩のようなものがあった。しかしその岩からは長い首が突き出ており、首の先にある頭がゆっくりと周囲を見回している。時折あくびをしたり、眠そうに目をしばたたかせていた。


「あれは報告にあったアースドラゴンだな。確かに人力で傷つけるのは難しそうだ……」


 馬に乗った男が怯える兵士に言う。


「空にもなんかいるぞ! 神竜か!?」


 ワイバーンがゆっくりとミドルンの上空を旋回しているのが見えた。他にもワイバーンと比べると小さい影がいくつか周囲を飛んでいる。


「いや、あれはワイバーンと……おそらくハーピーであろうな」


 馬に乗った男は落ち着いた様子であった。


「あれが噂の……うわ、なんか城の向こう側にさらにデカいのがいるぞ!」


「う、嘘だろ……あんなデカイのが生き物なのか……!?」


 兵士たちがさらに驚く。ミドルンの城の向こう側には、城と同じくらい大きな黒い影が立っていた。


「あれが神竜ですか!?」


「いや、違う。神竜様はもっと神々しいお姿だ。あれは……なんと禍々しい……」


 そこにいたのは巨大なドラゴンであった。全身が黒い鱗でおおわれ、昼間にもかかわらずそのドラゴンの周囲は暗闇が覆っている。背中には蝙蝠のような羽が生えていた。後ろ足で器用にバランスを取りながら立っており、赤い瞳で不機嫌そうに周囲を睨みつけていた。


「あ、あんなところに行って、生きて戻れるんですか……?」


 兵士が不安げに尋ねる。


「大人しくしていれば大丈夫だ。アデルも神竜様も、無駄な殺生はしない」


 馬に乗った男は黒いドラゴンを恐れながらもきっぱりと言い切る。


 ヴィーケン兵の一行はミドルンの町に近付いた。間近で見るアースドラゴンは巨大で、馬に乗った男ですらその足くらいの高さしかない。入り口の門の脇には十名ほどのダルフェニア兵が警備をしている。そこには机が置かれ、町に入る者はそこで記帳しなければならない。ヴィーケン兵の一行の前で数名の一般人が列を作っていた。


「お、おい、あれオークだぞ!」


「あっちはゴブリンだ!」


 ヴィーケン兵たちがまた驚く。ダルフェニア兵の中には人間に混じり、オークやゴブリンの姿もあった。また馬に乗って警戒しているように見えるダルフェニア兵もいたのだが……


「おい、あれ見ろ! 馬に乗ってるのかと思ったら、馬の首の代わりに人間が生えてるぞ!」


 一人のヴィーケン兵の指さす先には半人半馬の魔物――ケンタウロスがダルフェニア兵として警備にあたっていた。上半身は頑丈そうな金属鎧に身を包み、ランスの柄を地面に突き立てている。下半身の馬の部分もなめし皮と布で覆われていた。


「も、もしかして俺たちもあんな化け物にされちまうんじゃ……」


 一人のヴィーケン兵が青ざめる。その時……


「恐れ入ります」


「ひぃっ!」


 話しかけてきたオーク兵にヴィーケン兵が思わず悲鳴を上げた。しかしオーク兵は慣れているのか、構わず話を始めた。


「一列にお並びください。お手数ですが、一人一人、あの机で記帳していただくことになります。几帳が終わりましたら首飾りをお渡ししますので、町を出る時まで必ず首から下げていてください。もしも紛失した場合は、すぐにお近くのダルフェニア兵までお知らせください。何か質問はございますか?」


 オーク兵は流暢に案内をする。


「い、いえ、大丈夫です……」


「それではご協力、よろしくお願いいたします」


 オーク兵は丁寧にお辞儀をすると、警備に戻った。


「あれがオークか……想像と全く違うな……」


 馬に乗っていた男が呟く。今は馬から降り、兵士とともに並んでいた。その様子を見ていた若いダルフェニア兵の一人が恐る恐る近付いてくる。


「し、失礼いたします。あ、あの……もしかして……ヴィーケン王国のキャベルナ総帥でいらっしゃるっすか?」


「いかにも。このキャベルナ・ウィンゲート、ヴィーケン王国を代表して参った」


 馬から降りた男、キャベルナがダルフェニア兵に向かって答えた。


「こ、これはこれは! ようこそおいでくださいましたっす! すぐに上の者を呼んでくるので、ちょっと……少し……あっ、しばらくお待ちくださいっす!」


 そのダルフェニア兵――ヒューイは慌ててキャベルナに言うと、周囲の兵に指示を出し、町の中へと走っていった。


(若いがテキパキと明確に指示を出している……これがダルフェニア軍か……)


 キャベルナはヒューイの背中を感心して見つめた。


 そしてヴィーケン軍の一行が記帳を済ませたころ、数名の兵を引き連れて一人の金髪碧眼の美青年が現れた。門にいた兵士たちが軽く手を上げて挨拶する。その青年も手をヒラヒラさせて笑顔で挨拶を返していた。しかしキャベルナの前に立つとその青年は表情を引き締める。そして華麗にお辞儀をして見せた。


「遠路はるばるよくお越しくださいました。私はダルフェニア軍の軍師を務めております、ラーゲンハルトと申します。キャベルナ閣下でいらっしゃいますか?」


「敬称はけっこうだ。個人的な感情はともかく、我がヴィーケン王国はまだそちらを国として認めておらぬ。私が貴公らをどう呼べばよいか難しいからな。ここは互いに同等の立場ということで会話をしよう。それでよいか? ”復讐者”ラーゲンハルト殿」


 キャベルナは手を差し出して言う。ラーゲンハルトは人懐っこい笑顔に戻り、その手を握った。


 世間的にもラーゲンハルトが帝国の権力争いによって国を追われたのではないかという噂は広まっており、帝国の敵であるダルフェニアでその智謀をふるう姿から、”復讐者”という異名が広まっていた。本人は”悲劇のイケメン皇子”という異名にしたかったのだが、そちらの異名で呼ぶ者はほとんどいなかった。


「いやぁ、助かります。お硬いのは苦手でねぇ」


 ラーゲンハルトがヘラヘラと笑いながら言った。


(ヴィーケンのような小国でさえ、王族ともなれば周りを委縮させてしまう。この者はそうならないように軽薄に振舞ってきたのだろうな)


 ヴィーケン王の弟であるキャベルナはそんなラーゲンハルトの姿を見て考えた。


「それではご案内いたします。どうぞこちらへ」


 ラーゲンハルトの案内で一行はミドルンの町へと足を踏み入れていく。ヴィーケンの一般兵たちも緊張した面持ちで足を進めた。


「……やはり活気が無いな」


 キャベルナが町の様子を見て呟く。交易都市らしく通りには商店が立ち並んでいるが、昼過ぎにもかかわらずしまっている店が多かった。交通の要衝とは言え、北部連合とヴィーケン王国、双方と戦争中の神竜王国ダルフェニアは公式には国交を開いていない。旅人や個人商が行き交う程度だ。もっとも一部、危険を恐れず秘密裏に取引を行う大商人もわずかにいるが……


「おや、あれはまさか……!?」


 町の中心部にほど近くまで来た時、キャベルナの目が一つの店に釘付けになる。その店はいままでの店と違い、数人の客が商品を眺めていた。中心部にある他の店も同様に、通りの寂しい雰囲気とはうって変わって活気にあふれている。住人だけではなく旅人たちも多く、物珍し気に店を眺めていた。


「こ、これは!?」


 キャベルナは店に近づき、愕然とした。その店には「神竜信仰具」と書かれたのぼりが立っており、商品棚には様々なものが置かれていた。キャベルナが見た大きな蛇に似た神竜の木彫りの人形もある。その他にも「神竜像コーナー」と書かれた一角には鳥に似たものやイタチのような動物、さらには城の裏側にいた黒い竜の人形まで置かれている。


(これがすべて神竜なのか……というか……)


 キャベルナが訝し気な視線を向けた先には、なぜか女性の姿をした木彫りの像がたくさん並んでいる。着ている物やポーズも様々で、タオル一枚というセクシーな格好の「湯上りレイコ様像」はほとんど在庫がなくなっていた。


「あれ、キャベルナ殿もこういうのに興味がおありで?」


 ラーゲンハルトがニヤニヤと言う。


「い、いや、なんなのだ? この女性の像は?」


「みんな神竜ちゃんたちですよ。普段は人間に変身して過ごしているんです。ちなみにヴィーケン軍を追い払ったのはそのレイコちゃんですよ」


「な、なんだと!?」


 キャベルナは唖然とする。


「し、しかし、神竜と言えばこの国が信仰している神であろう? なぜこのようないかがわしい恰好を?」


「これはあくまでも芸術作品であって、どういう感情を持つかは人それぞれ。アデル君はそう力説してますよ。ただ試作品を見たアデル君はめちゃくちゃ興奮してたけど」


 キャベルナは茫然としたままラーゲンハルトの話を聞いた。ヴィーケンの兵たちも食い入るように商品を見つめている。木彫りの像だけではなく、「神竜画コーナー」と書かれた壁には神竜の絵が飾られており、それ以外にも神竜タオルや神竜シーツ、神竜枕カバーなど、様々なものが売られていた。


「シーツに枕カバー……」


 キャベルナは信仰の対象がそんなものに描かれていることが信じられないといった様子だった。そのコーナーには「マライズ産木羊バロメッツ100%使用」と書かれている。木羊バロメッツとは羊のような花が咲く1mほどの植物で木綿の材料である。


「神竜様のご加護に包まれて眠るとぐっすり安心して眠れるんだって。寝具が神具とはこれいかに、ってね」


 言葉にするとわかりにくいラーゲンハルトのダジャレは完全にスルーされた。キャベルナは竜の姿をしたレイコ様像を手に取り、神妙な面持ちで見つめている。30cmほどの躍動感のある神竜姿のレイコを彫った像で、最下部は立てやすいように台座になっている。


「やはり神竜に恨みがおありですか?」


 ラーゲンハルトが真面目な顔で尋ねた。キャベルナ率いるヴィーケン軍はレイコによって壊滅的な被害を出していた。


「いや、戦で兵が死ぬのは世の常……むしろ逆なのだ」


 キャベルナは像を見つめながら思い出すようにつぶやいた。


「逆?」


「あぁ。あの時……圧倒的な力を持った神竜様が、他の兵を消したように私に光を浴びせようとした。その姿を見て、不思議と私は絶望ではなく、希望を感じたのだ。この世界には醜く争う人間を消し去る、超常的な存在がいるのだと。人間の罪も業も、あの光ですべて消し去ってくれるのではないかと。私は自然と膝まづき、神竜様から光が浴びせられるのを待った。しかし、いつまでも光は来なかった。目を開けると、神竜様はすでに私を置いて飛び去っていたのだ。私は許されたのか、それとも私にはまだやるべきことがあるということなのか……」


 キャベルナは澄んだ眼差しで淡々と語る。


(絶対、そんな深いこと考えてないけどね……)


 ラーゲンハルトは顔を背けて苦笑いする。実際、レイコは戦意を失ったヴィーケン軍を見て、それ以上疲れることをしたくなかっただけだった。


「すまない、時間を取ってしまったな。これはぜひ帰りに買わせていただこう」


 キャベルナは像を棚に戻し、店を後にする。


「いえいえ、良かったらレイコちゃんが大好きな唐揚げを売っている店もあるので試してみてはいかがですか?」


 ラーゲンハルトが指さす先には美味しそうな匂いを放つ屋台があり、客が群がっていた。


「ほほう、それはぜひ帰りにいただこう」


 キャベルナが笑顔で言う。他にも見たことが無い珍しい屋台がたくさん並んでいたが、キャベルナは我慢して先を急いだ。そして一行はしばらく進み、とうとう目的の場所へとやってきた。


 ミドルン城の前の広場。そこには祭壇が作られ、たくさんの花が供えられている。献花台にはたくさんの人が並んでいた。祭壇の上には一組の鎧や剣が置かれており、一人の老人の絵が飾られている。


 ”護国英雄”ハイミルト将軍の特別葬儀。アデルはハイミルトを弔うため、数日間国境を開放し、他国の者でも訪れられるよう案内を出していた。それは貴族たちだけでなく、冒険者ギルドを通じて一般人にもその話を広めていた。そうしてハイミルト将軍の特別葬儀は壮大に行われたのであった。


お読みいただきありがとうございました。

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[良い点] わざわざ敵地まで、葬式に参加するためにきたのか
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