お風呂
エイダの家からアデルとイルアーナは並んで族長の屋敷へと帰路についていた。辺りはすっかり暗くなっている。
「すいませんでした……」
「何がだ?」
「だから……皆さんの意見はまとまりそうだったのに、反対するような形になってしまって……」
アデルの話を聞いてイルアーナは心外そうな表情だ。
「お前の意見が正しいとは思ってはいないが一理はある。そうでなければ我々がお前の意見に耳を貸したりはしない。こちらこそ勝手にお前もヴィーケンやカザラスと敵対するように考えてしまった。すまなかったな」
「い、いえ、僕は皆さんに協力してもらう立場ですし……」
「私がお前に国を造るように頼んだのだ。そんなことは気にするな」
正直、アデルはずっと自分が国を造るということを迷っていた。しかし段々と自分がどうしたいのか、それがぼんやりとだが形になってきた気がしていた。
「僕は……ずっと戦争や殺し合いとは無縁に生きていました。そして戦争は悪いことだとも教わりました。でも自分の周りで起こっていなかっただけで、この世界では多くの血が流れ続けている……もし僕が国を造れば、それを止められるかもしれない……そんなことを思ったりとか……」
考えながら、アデルはなんとか自分の考えを言葉にする。
「ほう……変わり者親子だと思っていたが、そんな教育を……」
父親から教わったわけではないのだが、日本のことを話すとややこしいのでアデルは黙っていた。
「自信がなさそうなわりには随分と理想は高いようだな。面白い、見せてもらおう。お前の国を」
微笑むイルアーナは月明かりに照らされて幻想的な美しさだ。
「は、はい。よろしくお願いします」
「……それと、敬語はやめろ」
「えっ?」
「これからお前は王になるのだ。もう少し威厳を見せたほうがいい」
「は、はぁ……」
アデルはイルアーナの言葉に少し引っかかった。
(そう言うイルアーナさん自身、僕を「王」扱いしてる気がしないのは気のせいでしょうか……?)
食卓にはジェラン、イルアーナ、アデルが座っている。サラダにスープ、鳥の丸焼きに、柔らかいパン……日本で過ごした後に、ガルツからここに来るまでイルアーナにもらった干し肉しか食べていなかったアデルにはごちそうだった。
「うぅ、美味しい……」
涙ぐみながらアデルは食事を堪能した。自分の作る国は食事の美味しい国にしようと心に誓う。
「きゅー」
ポチも食卓の脇でエサをもらっていた。何を食べるのかわからなかったが、どうやらなんでも食べる雑食性のようだ。イルアーナが解毒の魔法は使えるというので、とりあえず食べるものは食べさせようという話になった。
「アデル君、風呂には入ったことはあるかい?」
「えっ、お風呂があるんですか?」
お風呂はダークエルフの間では一般的らしい。そういえば町でゴブリンたちがせっせと桶で水を運んでいたのをアデルは思い出した。
「人間でお風呂を知っているとは珍しいね。準備は出来ているからいつでも入りなさい」
「ありがとうございます!」
そういうわけでアデルはいま、お風呂に浸かっていた。久々の感覚に魂が抜けたかのように酔いしれる。
「はー……気持ちいいね、ポチ」
「きゅー」
ポチもアデルとともにお風呂に入っていた。いつも無表情で「きゅー」と鳴いているだけなので、喜んでいるのかはわからないが、大人しくしているので嫌がってはいないのだろう。お湯の中でゆっくりと尻尾を揺らしている。
水に濡れたポチは毛皮が張り付いて細い体がより細くなっていた。短い手足も相まって、トカゲのようなシルエットにも見える。
「やっぱりポチはホワイトドラゴンなのかな……」
「きゅー」
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