オリム防衛戦2 (オリム)
「なんだあれは!? どこから現れた!?」
ヴィーケン軍の本陣は驚きと喧騒に包まれる。先行部隊が防壁を突破し、キャベルナが全軍突撃を命じようとした矢先。オリム城の上空にヴィーケン軍が見たこともないような巨大な生物が出現した。やや細長いドラゴンのような体は黄金のようにきらめく鱗に覆われている。その姿は幻想的な薄いモヤに覆われていた。その背には鏡の破片を繋ぎ合わせたかのように煌めく翼が生えており、それがはためくたびにキラキラと七色の光を放った。
「レイコ様……!」
「神竜様がお力を貸してくださるぞ!」
オリム城まで押し込まれていたダルフェニア兵がその姿に歓声を上げる。
「なんと神々しい……」
「あれがダルフェニアの神竜か……!?」
一方、ヴィーケン兵たちは唖然と金竜王を見上げた。神竜など信じていなかった者にとっても、その姿を見れば信じざるを得ない。それほどの説得力が金竜王の姿にはあった。
(まずい、兵が動揺している……)
キャベルナは敏感に空気を感じ取る。
「狼狽えるな、たかが魔物一匹だ! 弓と投石機であれを攻撃しろ!」
キャベルナの号令にヴィーケン兵が我に返り、攻撃を開始した。
「弓兵隊、斉射!」
長弓を構えた弓兵隊から矢が放たれる。しかし狙いは正確だったにもかかわらず、その矢が金竜王の体に触れることはなかった。
「矢が消えた!?」
弓兵隊は違和感に目を見開く。
今度は投石機から大きな石が放たれた。城壁すら砕く石弾は狙い違わず金竜王の体に襲い掛かる。しかしその石弾すら金竜王の体に触れることなく消えてしまった。
「なぜだ……?」
キャベルナはその光景に愕然とする。
(あらあら、防御障壁にすら到達出来ないなんて……なんて弱い攻撃なのかしら)
金竜王――レイコはヴィーケン軍の攻撃を受け止め思った。竜王はあらゆる攻撃を無効化する防御障壁に包まれている。レイコの周囲にはさらに光の防御幕が張られており、触れる物は一瞬で高温になり蒸発してしまう。その姿が白いモヤに覆われているのはそこに触れた雨が蒸発し、レイコの周囲が蒸気に覆われているからだ。
最強の種族と呼ばれるドラゴン。その中でも王と呼ばれる個体には、生半可な攻撃では触れることすら許されない。
「投石機ですら効かない魔物だと……!? そんなものどうやって倒せば……」
顔を歪めるキャベルナの視線の先で、レイコが大きく息を吸う。そしてその口からまばゆい光のブレスが放たれた。首を振りながら吐かれた光のブレスはヴィーケン陣を蹂躙し、一瞬で数百人ものヴィーケン兵を光のベールで覆い隠した。
「うわぁっ!」
キャベルナが周囲の兵と共に倒れる。ヴィーケンの本陣に熱風が吹き荒れたからだ。
「い、いったい何が起きた……!?」
キャベルナが身を起こす。焼けるような熱さに我慢しながら周囲を見回すと、先ほどまで目の前で隊列を組んでいた兵たちが半分ほどいなくなっていた。
「な、なんだ? 兵士はどこへ行った!?」
「き、消えてしまいました!」
「消えた……?」
兵士の答えが理解できず、キャベルナは茫然と呟く。そこにまたレイコの光のブレスが一閃した。先ほどよりも強い光と熱い熱風に襲われ、キャベルナは顔を逸らす。腕で顔をかばうが、頬が熱で焼けただれるのを感じた。そしてキャベルナが視線を戻したとき、ヴィーケンの本陣にいたほとんどの兵が姿を消していた。
「こ、これは……!?」
キャベルナは驚愕する。目の前の地面が赤黒く煮えたぎっていた。近くにいるとパン焼き釜に頭を突っ込んでいるかのような熱さを感じる。その周囲には兵が倒れ、呻いていた。
レイコの光のブレスを浴びたヴィーケン兵は一瞬で装備ごと蒸発していた。地面は沸騰し、落ちた雨粒が蒸発し蒸気をまき散らす。しかし蒸発した兵士はまだ幸運であった。不幸であったのは、間近で表面だけ炙られた兵士だ。彼らは体の片面だけ重度の火傷を負い、苦痛にのたうち回っていた。近くに川があれば鎧を着たままでも迷わず飛び込むであろう。周囲はまさに灼熱の地獄と化していた。
「なんという力だ……まるで天罰……これが神竜の力か……」
キャベルナの視線の先で、再びレイコが大きく息を吸う。レイコの開いた口の中で光が渦巻いているのが見えた。その圧倒的な力と神々しさの前に、キャベルナは自然と膝まづき、頭を垂れていた。
「す、すごい……あれがレイコさんの力……」
アデルたちは目の前の光景に言葉を失っていた。レイコの金竜王としての姿を見たことがあるアデルやラーゲンハルトはもちろん、初めてその姿を見るヒルデガルドやプニャタらはなおさら衝撃を受けていた。
「すごいわ! まるで神話みたい!」
さきほどまで疲労でしゃべる元気もなかったジョアンナが一人ではしゃぐ。
「こんなものと私たちは戦おうとしていたの……?」
ヒルデガルドが呆然と呟く。一歩間違えれば、あの光を浴びていたのは自分が率いるカザラス軍だったかもしれないと思うと背筋が凍った。
「だから言ったであろう。ワイバーンなど呼んでも無駄じゃ。竜王の住処に手を出して、人間風情が無事でいられるはずが無かろう」
ピーコが胸を張って言う。
オリムの人々からの歓声を受けて優雅に空を舞うレイコの下、ヴィーケン兵たちが統制を失い蜘蛛の子を散らすように逃げて行くのが見えた。
そんなアデルたちとはしばらく離れた場所。馬に乗り、そこから戦いの様子を伺っていた人物がいる。ミドルン領主コルト・デクスター侯爵だ。
「信じられん、ヴィーケン軍が一瞬で……」
コルトはあまりの衝撃に打ちのめされていた。
「この圧倒的な力……北部連合やヴィーケン王国など比べ物にならん……その矛先がこちらに向く前に……!」
コルトはそう呟くと、馬を走らせた。
数日後、ヴィーケン王国王都カイバリーにはオリム攻略戦の報告がもたらされた。結果はオリム攻略に参加したヴィーケン兵千五百人中、死傷者二百人、行方不明者六百人を出し敗走という、前代未聞の大敗であった。
「キャベルナ殿はご無事なようで、部隊を再編し帰還中です」
ブルーノ宰相は手を震わせながら、背を向けて座るエリオット王に向けて報告書を読み上げた。起死回生の一手が大失敗に終わり、ヴィーケン王国の余剰戦力が失われた。どこかで戦線が崩れれば、ヴィーケン王国は成す術もなく敵軍に蹂躙されることになる。
「そうか……それはなによりだ」
「……は?」
エリオット王の弟であるキャベルナが無事だったとはいえ、惨憺たる結果だ。ブルーノにはエリオット王の意図が理解できなかった。ブルーノは報告書から顔を上げ、エリオット王の顔色をうかがう。
「……っ!?」
ブルーノは驚愕した。エリオット王が浮かべていた表情は笑み。それも心の底からの、安堵の笑みであった。
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