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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第五章 建国の章

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ガルツ攻防戦4 (ガルツ要塞)

 ダルフェニア軍の奇襲攻撃によりカザラス軍は混乱に陥り、カザラス兵はてんでんばらばらに行動していた。しかしその中でアーロフのいる本陣だけはどうにか統制を保っている。アデル対策なのか大盾を持った兵が周囲を囲み、伝令と側近がその中心で指揮を執っていた。


「たった数百騎相手に何を狼狽えている! 囲んで押しつぶせ!」


 アーロフが苛立ち、伝令に大声で指示を出させた。しかし騎馬隊の足を止めるために隊列を組もうとする兵に崖上に陣取ったダルフェニア軍から矢が降り注ぐ。その矢を防ぐために崖の方に向けて盾を構えると横からダルフェニア軍の突撃部隊が突っ込んでくる……ダルフェニア軍の連携にカザラス軍は対応できずにいた。


「なぜだ……常に先手を取られている……寄せ集めのはずのダルフェニア軍がどうしてこれほど連携が取れるのだ……?」


 ヤナスは戦場を見つめて呟いた。




「イルアーナさん、東側から崖を登ろうとしている部隊がいます。兵を送ってください。西側の敵は戦意を失っています。そちらはもう守らなくて大丈夫です。ギディアムさん、左前方に崖側に夢中で背を向けている部隊がいます。背後から襲ってください」


 ガルツ峡谷の南側の崖上から、冷静に戦場を見つめている一団がいる。アデル、フレデリカ隊、リオ、そしてオレリアンと十人ほどのダークエルフだ。


 そこからは戦場を一望でき、敵がどう動いているのかが一目でわかる。アデルはそこで敵の動きを見ながら、風魔法による通信で他の場所にいる部隊の指揮を執っていた。


「す、すげぇ……」


 リオは息を飲む。彼が大規模な戦争に参加するのは初めてであった。緊張と恐怖と共に、不思議な高揚感が沸き起こるのをリオは感じる。


(大軍の指揮なんてしたことないだろうに……なんでこんなに的確に指示が出せるんだい……?)


 アデルの姿を背後から見ていたフレデリカが眉間にしわを寄せる。


(これがイルアーナが良く言う『王の器』ってやつかい……)


 フレデリカは舌を巻いた。


 一方のアデルは指示を出しながら思う。


(内政が無い分、楽だな)


 リアルタイムストラテジーも嗜んでいるアデルは、資源を集めて兵を作ったりする要素が無い分、指示を出すのは簡単に思えた。


(……でも、兵士は死んだら復活しないし、リスタートもできない)


 アデルは気を引き締めた。


「おじいちゃん……」


 オレリアンが敵陣の中で奮闘するウルリッシュをじっと見つめる。


「また来たか! えぇい、この草め!」


 アデルたちの後方でフレデリカ隊に所属する”旋風”のスアードが何かと戦っていた。「狩りフラワー」という背丈1mほどの植物状の魔物である。一見、薔薇のような奇麗な植物だが、自由に動かすことができる数本の蔦と根っこを持っている。根っこを動かしながら移動し、他の植物に紛れ獲物を蔦で絡めとって「養分」とするのだ。生命力が強く、荒れた大地でも繁殖する厄介な魔物であった。


 狩りフラワーたちは飢えていたのか、アデルたちが崖を登ってやってくると周辺からも集まってきて襲ってきた。ガルツ峡谷の崖を登ればそこは危険な魔物が巣食う魔境バーランド山脈。南側はアデルにとっても未知の領域だ。どんな魔物がいても対応できるように個々の戦闘力が高いメンバーで隊を編成し、カザラス軍が来る前にどうにか潜伏する地点を確保できた。


 しかし戦闘が始まると、音や血の匂いに導かれ、断続的に魔物が集まってくる。アデルたちはそれを倒しながら、戦況を見ていた。


「アデル、そろそろ突撃隊がヤバイよ」


 フレデリカがアデルに言う。目に見えて突撃隊の勢いが衰えていた。疲労や負傷はもちろん、敵が後退したことでカザラス軍の密度が上がり突破しずらくなり、カザラス軍も奇襲から立ち直っている。


「そうですね。みんなのおかげでやりやすくなりました」


 アデルはカザラス軍を見下ろして言う。ダルフェニア軍の攻撃から逃れるように南側に移動したカザラス軍の本陣が真下にあった。アーロフたちの周囲は大盾を持った兵に囲まれているが、アデルたちの位置からはアーロフが丸見えになっている。


「野郎ども、草刈りはそこまでだよ」


 フレデリカの号令に、周囲で魔物の警戒をしていた兵が武器を弓に持ち替えて集まってくる。ダークエルフやオレリアンも弓を構え、カザラス軍本陣に狙いを定めた。


(僕の狙いは……)


 アデルは弓を構え、狙いを定める。大盾兵の輪の中心にいる、馬に乗った豪奢な鎧を着た人物。大声で周囲に指示を飛ばしている。距離があるため能力値等は頭に浮かんでは来なかった。アデルが弓に装填した矢の先端がその人物の頭部に向けられた。


「発射!」


 一声かけ、アデルは引き絞った弦から手を放す。放たれた矢はアデルのイメージ通りの軌道を描き、鉄製の兜を難なく貫通して標的の頭部に突き刺さる。同時にアデルの隊もそれぞれの標的に矢を放つ。カザラス軍の本陣にいた者が次々と崩れ落ちる。大盾兵が慌てて矢が飛んできた方向に盾を構えるが、その間も矢が放たれ、数十人が犠牲となった。


 ほどなくして敵の本陣が後退を始める。


「攻撃の手を緩めるんじゃないよ! 背を向けてる敵を優先的に狙いな!」


 フレデリカが叫びながら矢を放つ。しかしフレデリカの放った矢は狙った兵の着た鎧の肩当てにあたり、はじかれてしまった。


「ちっ、どうも弓は苦手だねぇ」


 ばつが悪そうな顔をしてフレデリカが呟く。その横でアデルは次々と矢を放っていた。矢をつがえる。弓を構える。弦を引く。狙いを定める。矢を放つ。矢筒から矢を取る。また矢をつがえる……流れるような動作でカザラス軍の負傷者が量産されていった。アデルは相手の武器を持つ腕や足を狙い、カザラス兵の戦闘能力を奪っていく。


「負傷者の回収を全然しないな……」


 アデルが呟く。アデルが相手を殺すのではなく負傷させているのは、なるべく殺したくないという気持ちと、負傷者の対応で相手に負担をかけるという意図もあるのだが、カザラスの本陣は負傷兵を置いて、どんどん後退していった。その後退を援護しようとアデル隊の方に向かってくる敵に、イルアーナ隊が背後から矢を射かける。それでもアデル隊を攻撃しようと弓を構える部隊には突撃隊が襲い掛かった。有効な対応を取れないカザラス軍は死傷者が増えていく。


 やがて戦場全体に太鼓の音が鳴り響いた。カザラス軍の撤退の合図である。


「本当に、勝っちまいやがった……」


 逃げて行くカザラス軍を見ながら、リオが呆然とつぶやいた。


「すごい……カザラス軍に勝つなんて……」


 オレリアンが感極まって涙を浮かべた。


「ふぅ……終わった……」


 アデルは脱力して、その場にへたり込んだ。




 時は少し遡る。カザラス軍の本陣では崩れた軍を立て直すべく、アーロフが指示を出していた。


「兵を密集させて敵の突撃を受け止め、殲滅しろ! 矢で撃たれる? それが嫌ならなおさらだ! 敵の騎兵部隊を排除しなければ崖上の敵に集中できんぞ!」


 アーロフが伝令に指示を伝える。伝令が大声で叫んでアーロフの言葉をそのまま周囲に伝えた。


「くそ、ヒルデガルド隊を盾に物量で押し切る……その作戦がどうしてこうなった?」


 アーロフは愚痴らずにはいられなかった。


「アーロフ様、ここは一度引いて体勢を立て直すべきではありませんか?」


 ヤナスが伝令を通してアーロフに進言する。


「馬鹿か。あの防壁がどうやって作られたのか、ワイバーンがどれくらいでまた雷撃を撃てるようになるのか。それはわからぬが、時間を置けばまた復活する恐れもある。盾となるヒルデガルドの隊もおらぬのだぞ」


 アーロフが叱責する。伝令はそれをそのまま伝えることに躊躇したが、仕方なくヤナスに伝えた。


 防壁はダークエルフの土魔法で作られたものだ。この魔法は主にダークエルフが敵の攻撃を防御するときや高い場所に上るときに使うものである。普通の石壁より遥かに強度が劣り、建造物、まして防壁に使うなどダークエルフたちは思いもよらなかったが、アデルがこの戦争でそれを使うことを提案した。アーロフが懸念するとおり、ダークエルフの魔力が回復すればいくらでも作れる代物である。ワイバーンの雷撃も同様に一晩経てば魔力が回復し、また撃てるようになる。


「た、確かにそうかも知れませんが……」


 ヤナスはうなった。確かにその対策が取れない以上、仕切り直したところでカザラス軍が有利になる要素は少ない。


「こちらに兵力を割いているということは、ガルツ要塞の方は寡兵のはず。ここを凌げば落とせるはずだ」


 アーロフの目が鋭く光る。その闘志はまだ衰えていなかった。


 だがその時、風を切り裂いて飛来した矢が、伝令の頭部に深々と突き刺さった。馬に乗っていた伝令が崩れ落ちる。伝令の着ていた豪奢な鎧が耳障りな音を立てた。


「なっ!?」


 アーロフは突然の事態に驚愕する。敵に恐るべき弓の腕前を誇るアデルがいることを想定していたアーロフは、背格好の似ていた伝令に自分の鎧を着せ、馬に乗せて自分の指示を伝えさせていた。ヤナスと会話する時も伝令を介する徹底ぶりだった。遅れて周囲にも矢が降り注ぐ。


「がぁっ……!」


 アーロフの肩にも矢が突き刺さった。周囲にいた護衛たちも矢を受けて倒れていく。


「アーロフ様!」


 咄嗟に馬の陰に隠れ無事だったヤナスがアーロフに駆け寄ると、肩を支えた。


「ここは一時後退を!」


「くっ……止むを得ん」


 アーロフは後退を命じる。そうしている間にも矢は降り注ぎ、周囲の兵士を襲った。後退する兵士たちが負傷した兵を助けようとする。


「放っておけ! 急ぎ後退して体勢を立て直すのだ!」


 アーロフの命令で、矢を受け痛みに悶える兵士たちは置き去りにされた。


 どうにか後退し、アーロフは改めて戦場を見つめる。真逆の二方向から攻撃され、まったく防御が出来ないカザラス軍は成す術もなく数を減らしている。


「アーロフ様、お怪我の手当てもしなければなりません。ここは撤退を……」


「ふざけるな、この私が負けたというのか!」


 撤退を進言するヤナスをアーロフが怒鳴りつける。


「……おっしゃる通りです、殿下。これは想定されていた戦闘と全く違います。これ以上、無策に戦え続けても損害を増やすだけです。敵軍には前回の戦闘に参加したアースドラゴンや、報告にあった神竜と称する巨大竜もいる可能性があります。バリスタが破壊された以上、それらが出てくれば対抗できません。それにここを突破したところで、ガルツ要塞にも想定外の戦力がいる恐れもあります。ここは退くべきです」


 ヤナスはアーロフの怒気のこもった視線を受け止めながらも、じっとアーロフの目を見つめた。


「……くそっ、合図を出せ。撤退だ……」


 悔し気にアーロフがつぶやく。


(やれやれ……本陣が攻撃を受けるような戦闘を続けられるか。俺はこんなところで死にたくない)


 撤退の合図である太鼓の音を聞きながら、ヤナスはほっと胸をなでおろした。


 こうして神竜王国ダルフェニアのガルツ要塞防衛戦は幕を閉じた。後に作られるダルフェニアの歴史書では、カザラス側の死傷者は五千人、ダルフェニア側は二百人ほどと記載されている。さらにカザラス側の損害には降伏したヒルデガルド隊も加わる。正式に設立されたダルフェニア軍の初めての戦争は、大勝という結果に終わったのであった。


お読みいただきありがとうございました。

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