友好派との会合
イルアーナの打ち合わせが終わり、友好派の面々に紹介するということでアデルも呼ばれた。場所はエイダという名前の女性ダークエルフの家。彼女は友好派のサブリーダーのような立場にいるそうだ。ここには十人ほどのメンバーが集まっていた。
「紹介しよう、彼がアデルだ」
「……初めまして」
イルアーナの紹介に続き、アデルは頭を下げる。友好派のメンバーだけあって、みんな友好的な雰囲気……とアデルは期待していたのだが、顔を合わせるなり刺すような視線を感じた。主に男性陣の。
(これはイルアーナさん目当てで友好派にいる感じか……)
アデルは全然友好的じゃない友好派のメンバーに前途多難さを感じてため息をついた。
「私はエイダよ。よろしく」
アデルに続き、エイダが自己紹介をする。他のダークエルフよりは砕けた口調だった。
名前:エイダ
所属:黒き森
指揮 77
武力 69
智謀 71
内政 85
魔力 86
さすがはダークエルフという能力値だ。続いてほかのメンバーも自己紹介するが、同じように高い能力値を誇っていた。ダークエルフは優秀な種族というのは伊達じゃないようだ。
ポチはジェランに預けていた。「私が出来る限り調べてみよう」とは言っていたが、どう見てもポチで遊んでいるようにしか見えなかった。
自己紹介が終わると、彼らの現状についての報告を受けた。彼らの戦力はダークエルフが300人、オークが200匹、ゴブリンが600匹、オーガが30匹ほどらしい。
オークやゴブリンたちは世代を超えてダークエルフと共存している者も多く、比較的従順であるとか。オークは意外と器用らしく、職人として働いているものが多い。ゴブリンは警備や狩り、畑仕事や荷運びなど。オーガは力が強いが凶暴で制御が難しく、彼らを制圧するときに大人しい個体以外は殺してしまったのだとか。
ダークエルフと共存していない野生のオークやゴブリンたちも森にはまだまだいるそうで、里の外で出会った場合は油断するなとアデルは注意を受けた。
家畜は馬、羊、豚、ニワトリなど人間が飼育しているようなものの他に、モスコという名の、豚と同じくらいの大きさの蛾の幼虫を飼育しているらしい。彼らの繭は絹の材料になるのだそうだ。成虫になっても害はなく、羽から出る鱗粉が薬や化粧に使われたりとダークエルフの生活には欠かせない生き物なのだそうだ。
他にはウルフェンという名の、フェンリルと狼を掛け合わせた生き物を飼育しているそうで、大きさは馬と羊の間ほど。最高スピードは馬に劣るが、機敏で戦闘力が高く、森の中での騎乗用の動物としてダークエルフたちに利用されている。
「現状、我々の身近な脅威はハンターベアよ。里の北側に30匹ほどの群れが生息していると思われるわ」
エイダが森の地図を指し示しながら説明してくれた。森の中心にはグラーム湖があり、そこから南西に向かってリード川が流れ出し、カナン周辺を経由してソルトリッチ州を横断し海まで続いている。森の北東はバーランド山脈、北西は海に隣接している。マザーウッドはグラーム湖の東南辺りに位置している。アデルの家があるのは森の南端、もっともカナンの町に近い辺りだ。
ハンターベアは凶暴な熊なのだが、厚い皮膚で大抵の武器や攻撃魔法は跳ね返してしまう。その上、普通の熊と違い動きが機敏で、木の上で待ち伏せて獲物が通りかかると不意打ちするなどの知性も持ち合わせている厄介な相手だ。
「昔は北にはオーガの群れが住んでいたのだけど、我々がオーガを狩ったことでハンターベアが生息域を拡大したようね。アデルさんも気を付けて」
続いてヴィーケンの現状についての報告が始まった。ダークエルフたちは常時30人ほどで人間の情報取集にあたっているらしく、アデルなどよりはるかにヴィーケンの情報を知っていた。友好派からもここにいるメンバー以外は情報収集に人を出しているらしい。また風の精霊を利用した通信により、ヴィーケン国内程度の距離であれば一時間ほどで情報が伝達できるのだそうだ。
カザラス帝国軍の撤退から一週間ほどが経ち、ヴィーケン王国軍も順次、帰路についているらしい。ヴィーケン軍はほとんどが一時的に集められた徴集兵であり、最寄りの州都でいくばくかの褒賞を受け取り次第、解散となる。常時雇用されている兵はガルツ要塞に三千人ほど、王都カイバリーに千人ほど、それ以外は各地に数百人規模の隊が少数居るばかりである。
率いている兵数ではガルツ要塞のハイミルト・カーベル大将が最大数であるが、序列としては王都カイバリーのキャベルナ・ウィンゲート総帥が最高位である。この辺りはヴィーケンの特殊な軍事事情が影響しているのであろう。
「一週間後にはカナンで大々的に、英雄アデルさんの葬儀が行われるそうよ」
エイダがいたずらっぽい笑みを浮かべてアデルを見る。アデルは思わずドキリとしてしまった。
「十日後に王都で論功行賞が行われる。それに先立ち、マイズ侯爵が自らの軍の功と損失をアピールして褒賞を多くもらうのが目的なのだろう」
イルアーナがマイズの狙いを分析する。アデルは当事者のはずなのだが、話が大きすぎてまったく自分のこととは思えなかった。
「結局、マイズとやらがアデルを暗殺しようとしたのは勲功の横取りが目当てだったのか?」
メンバーの一人、ディードという男が疑問を口にする。
「マイズの所にカザラスの密偵が忍び込んでいたのは確かだ。だがタイミング的にもカザラスが撤退したことからも、カザラスに暗殺を依頼されたということではないだろう」
メンバーの一人、エフィという男がディードの疑問に答える。
「まあどうであれ、アデルの暗殺は我々にとって好都合だ。謀略で殺されたはずの英雄が、圧政で苦しむ人々のために独立国家を立ち上げる……物語としては悪くないだろう。実は高貴な血筋だった、などという設定があればなお良いのだが……」
イルアーナが語りながら、アデルを見た。完全に他人事のように聞いていたアデルは自分が話を振られたのだと気づき、少し慌てる。
「えっと……実はあまり両親のことは知らなくて……」
「知らない?」
「ええ。母は僕を生んですぐに死んでしまったそうです。父もあまり自分のことを語らない人で……僕のことをどう思っているのかも正直わかりません」
「ほう……それで自分の家に帰るのが後回しでもいいと」
まずは自分の家に帰って無事を報告したい、それが普通であろうがアデルはダークエルフの里に先に行くことを了承していた。
「もし僕が生きていると知ったら、ガッカリするかも……そう思うと、帰るのが少し怖くもあります」
「……普通の人間ではないと思っていたが、お前たち親子は本当に謎だらけだな」
イルアーナは怪訝な表情でアデルを見つめた。
「だが、お前には悪いが家族のことをあまり考慮しなくても良いのも我々には好都合だな」
「まあ……そうですね」
どう答えて良いかわからずアデルは口ごもった。
「それで、アデルさんはどのように国を造るつもり?」
エイダがアデルに尋ねる。
「いや、まだ全然考えていないんですけど……」
「どこに建国するかくらいは考えておいた方がいいかもしれんな」
イルアーナに言われ、アデルは考えをめぐらす。
「ソリッド州はどうですか? あの辺の村は困ってるみたいですし……」
アデルはここに来るまでの村の惨状を思い出した。
「ソリッド州は場所が悪いな」
「え、そうなんですか?」
「ガルツ要塞が近すぎる。他の場所であればガルツ要塞を長く空けることになるのでなかなか動けんだろうが、ソリッド州だと初めから三千の敵を相手にすることを考えねばならん」
「それにカザラスと接しているのも問題ね。下手をするとガルツ要塞を落とされた後の盾として利用されかねないわ」
イルアーナの意見にエイダが同意する。
「ヴィーケンかカザラス、どちらかと手を結ぶという選択肢はないんですか?」
「ないな」
アデルの問いをイルアーナがバッサリと切り捨てた。
「カザラスはエルフとドワーフ以外の亜人のコミュニティは滅ぼそうとしている。カザラスの領内にはプリムウッドというダークエルフの氏族がいるが、カザラスに侵略されて劣勢らしい。援軍を出そうにも、ガルツ要塞周辺はヴィーケン、カザラス両国の対間者網が張り巡らされていて人を送るのは危険だ。風精霊を利用した通信で情報のやり取りはしているが、それもここ最近、途絶えている。もしかするともう……」
イルアーナが忌々しげに言う。
「エルフがカザラスに力を貸し、ガルツ戦時に協力した可能性があるのだろう? エルフが奴らに加担したというのであれば風精霊の通信が妨害されてもおかしくない。そう考えるのは時期尚早だろう」
ディードが口をはさむ。
「もちろんだ、私は最悪の事態を想定したまでだ!」
イルアーナは声を荒げた。
「アデルさん、イルアーナ様のお母様はプリムウッドにいらっしゃるのよ」
エイダがアデルに耳打ちで教えてくれた。
(そうなんだ……)
イルアーナが感情を高ぶらせた理由にアデルは納得した。
「とにかくカザラスと手を結ぶなど論外だ。昔から敵対していて国土を取られる形になるヴィーケンも不可能だ。そうなるとカザラス、ヴィーケンに挟まれるソリッド州は場所が悪いのだ」
「そうなると王都のあるグラスター州も論外だから、西のソルトリッチ州ね」
エイダが地図を指しながら言う。
「あそこはヴィーケン軍だけでなく、塩商人のマーヴィーもいる。常時数百の私兵がいる上に、我々が攻めるとなればさらに兵を集められる財力がある。そちらも危険なのでは?」
「いや、逆に言えば製塩所を抑えられるメリットもある。グラスターにも隣接しているし、うまくソルトリッチを抑えられれば一気にヴィーケンをとれるかもしれん」
他の友好派のメンバーもいろいろと意見を出した。
「皆の意見をまとめると最初の目標はソルトリッチで決まりか?」
イルアーナが最終的な結論を出そうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
なかなか議論に参加できずにいたアデルは慌ててイルアーナを止めた。
「なにか意見が?」
「塩商人ということは一般人ですよね? いきなり戦うとか製塩所を抑えるとか、ちょっと物騒なんじゃないかと……」
「しかし数百もの兵は脅威だ。放ってはおけん。それに塩は生活必需品、それを抑えれば我々は経済的に優位に立てる」
「こちらが原因で物価が上がったりすれば庶民も敵に回るかもしれません。一般人を襲ったとなればなおさらでしょう。そうなればダークエルフはやはり邪悪な種族だなどと言われ、友好どころではなくなってしまいます。それに言いづらいですが、皆さんがヴィーケンやカザラスと敵対していることはよくわかりました。だからと言って僕も無条件に彼らと戦おうとは思いません。申し訳ないですが、少し僕に彼らのことを知る時間をいただけないでしょうか?」
勇気を出して自分の意見を言ったアデルを、ダークエルフたちはしばらく無言で睨んだ。
(あ……まずいこと言っちゃったか……)
変な雰囲気に息を飲むアデル。そんなアデルを見つめていたイルアーナはひとつ深呼吸すると口を開いた。
「わかった、お前の国だ。好きにしろ。ただし我々が協力するのは、あくまでもお前とお前の作る国に利用価値があると判断しているからだ。それは忘れるなよ」
「は、はい……」
こうして何も決まらないままアデルが参加した初めての友好派の会合はお開きとなった。
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