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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第五章 建国の章

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ガルツ攻防戦1 (ガルツ要塞)

 数日間、小雨が降り続いていることによって、ガルツ要塞への道はぬかるんでいる。カザラス軍はヒルデガルド率いる軽装歩兵隊三千を先頭に、重装歩兵隊五千、弓兵隊三千、そしてアーロフのいる本隊五千、そして後方支援部隊や輜重隊と呼ばれる輸送隊が続く。重武装の兵が多いカザラス軍では特に輸送隊は重要である。重い鎧や装備を持ったまま戦場まで移動すればそれだけで兵は疲弊してしまうからだ。戦場に近づくまでは部隊に随伴した輸送隊が装備を運び、戦場につけば必要な装備や物資を渡して後方に下がる。現在はガルツ要塞まであとわずかのところまで来ているのですでに全軍が戦闘態勢に入っており、輸送隊は後方に下がっている。


「忌々しい雨だな……」


 カザラス軍を指揮するアーロフが濡れた体で不快感を露わにする。


「この時期のヴィーケンは湿気を含んだ海からの風がバーランド山脈にぶつかり、よく雨が降るのだとか」


 副官であるヤナスが雑学を披露する。アーロフの反応は鼻を鳴らしただけであった。


 そのころ、先頭を行くヒルデガルド隊はガルツ要塞の防壁に近づいていた。


「これが……ガルツ要塞……?」


 ヒルデガルドは疑問の声を上げる。ヒルデガルドが以前に見た壁とは様子が違っていた。


 まず石壁が新しい。以前に見たガルツ要塞の防壁は石は変色し、ところどころ苔がむしていた。また石の継ぎ目が見当たらない。石壁は石のブロックを積み上げて作る以上、継ぎ目ができるはずだが、それが見当たらなかった。まるでひとつの岩を削って作られているようだ。そして防壁の内側に見えるはずの構造物が見当たらず、壁しか見えない。


「明らかにいままでとは異質な物ですね……新しく壁を作ったのでありましょうか?」


 ヒルデガルドの隣に立つ付き人、エマが眼鏡を光らせて言った。


「数日前の偵察情報ではそんな話はなかったはずです。エルフからもそんな報告はありません」


 同じくヒルデガルドの脇に控える騎士、ヴィレムが言う。


「途中にトンネルもあったはずですが、見当たりませんでしたね。出入口がもう少し手前にあったはずですが……」


「カモフラージュされていたのかもしれません。どのみち、エルフに魔法で換気してもらわねば使えぬ物。あまり気にしていませんでした」


 エマとヴィレムが首をかしげる。


「とにかく想定されていた状況と違います。アーロフお兄様に報告しましょう」


 ヒルデガルドはアーロフに伝令を送る。


「新しい壁だと?」


 アーロフは眉をひそめる。しかしそれも一瞬だけで、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


「かまわん。攻撃開始だ。どうせ先頭は死んでも構わんヒルデガルド隊。敵がどんな罠を築いたのか見極めさせてもらおうではないか。もしモタモタしているようだったら重装歩兵隊で追い立てろ」


 アーロフは伝令に伝える。


「承知しました」


 ヤナスは頷いた。すぐ近くにいるにもかかわらず、アーロフとヤナスはなぜか伝令を介して会話をしている。


「攻撃開始ですか……」


 伝令の言葉を聞いてヒルデガルドはため息をついた。ヒルデガルドが率いているのは軽装歩兵隊とは名ばかりで、半分近くは一般人だ。数を揃えるために女子供や老人までいる。装備も貧弱でとても戦闘に耐えられる部隊ではない。兵たちも不安げにヒルデガルドを見つめていた。


「仕方ありません。正規兵を前に出し、破城槌で敵の門を破壊します」


 ヒルデガルドの指示で破城槌を持った兵が動く。破城槌は先端を削ってとがらせた丸太で、数人が両側から持ち振り子の要領で対象物に打ち付け破壊する兵器だ。


「前進!」


 ヒルデガルドの号令で、兵たちがやけくそ気味に叫びながら壁に殺到する。そして破城槌で門を破壊し始めた。鈍い衝撃音が辺りにこだまする。


(敵の反撃が無い……?)


 ヒルデガルドは困惑する。門の破壊を妨害しようとする動きがヴィーケン側に全く見られない。


(わざわざ新しい壁を作ったのに、これではただの時間稼ぎにしか……)


 ヒルデガルドは首をかしげたが、ほどなくして門が破壊され、内部への道が開けた。


(迷っていても仕方ない……!)


 ヒルデガルドは自らに気合を入れなおす。


「全軍突撃! 私に続きなさい!」


 ヒルデガルドはそう叫ぶと、先陣を切って内部に突入する。


「ヒルデガルド様!」


「お待ちください、危険です!」


 エマとヴィレムが慌てて後に続く。しかし内部に突入したヒルデガルドはすぐにその足を止めた。


「こ、これは……!?」


 ヒルデガルドが茫然と呟く。防壁の内部は空き地で何もない空間が広がっていた。そして30mほど先にまた同じような防壁が存在している。その防壁には最初のものと違い、門がなかった。


「新しい防壁がもう一枚!?」


 エマが驚愕する。このような防壁を築くには多大な労力と時間を要する。それが二枚も新たに造られていたのだ。


「これは罠です! 下がりなさい!」


 ヒルデガルドは叫ぶ。防壁の内部には身を隠せる場所がどこにもない。もし防壁上に敵兵が配置されていれば、あらゆる方向から無防備なヒルデガルドの部隊を攻撃することができる。実際、それがこの防壁を作ったアデルの狙いでもあった。


 ヒルデガルドの号令で軽装歩兵隊が下がろうとする。しかし背後から迫る重装歩兵隊がそれを許さなかった。


「アーロフ様から撤退のご命令は出ていない。後ろに下がる者は敵前逃亡とみなし、処刑する」


 重装歩兵隊は盾と槍を構え、軽装歩兵隊が後退しようとするのを許さず、それどころか前進して軽装歩兵隊を防壁の中へと押し込もうとした。それでも逃げようとする者は容赦なく槍で突かれる。傷を押さえて倒れた者を、容赦なく重装歩兵の隊列が踏みつぶした。その断末魔の叫びに、ヒルデガルドの兵が悲鳴を上げる。


(味方を殺すなんて……!)


 ヒルデガルドは怒りで奥歯をかみしめた。


「ヒルデガルド様、このままでは全員、重装歩兵隊に殺されてしまいます!」


 ヴィレムが悲痛な叫びをあげる。


「致し方ありません。全軍突入! 前方の防壁に梯子をかけ、この危険地帯を突破します!」


 ヒルデガルドは配下の兵に号令をかけた。もはや前に進むしか道は残されていない。


(せっかくルトガー様やラーゲンハルトお兄様、イルアーナお姉様に命を救ってもらったのに、また味方からこのような死地に送り込まれるなんて……)


 ヒルデガルドは悔しさで胸がいっぱいになった。


「まだ歩かされるのかい? おいらもうクタクタだよ」


 ヒルデガルドの近くで子供が座り込む。十歳を少し過ぎたくらいの年齢に見える。状況を理解していないのか、まったく緊張感がなかった。


「ダメよ! 立って進みなさい!」


「だってぇ~」


 ヒルデガルドが立ち上がらせようとするが、子供は拗ねて言うことを聞かない。


「私がおぶっていきましょう」


 そう言うとヴィレムがその子供を背中に乗せる。


「お願いします!」


 ヒルデガルドはヴィレムに子どもを託すと、重装歩兵から逃げるように進む兵たちの中に混ざった。


(それにしても……やはり敵の攻撃が無い……なんのためにこんなものを造ったのでしょう……)


 ヒルデガルドは防壁の上を注意深く見るが、敵の姿はない。


 兵たちが防壁に梯子をかけ、昇り始める。何人かがさっそく防壁の上に到達するが、戦いが始まる気配はなかった。ヒルデガルドも梯子を昇り防壁の上に立つ。また30mほどの距離を置いて防壁が見える。それは過去に何度か見たことのある、本物のガルツ要塞であった。防壁の上にはヴィーケン兵の姿も見える。


(ようやく敵が見えた……)


 ヒルデガルドは敵の姿を見てほっとするという奇妙な感覚にとらわれた。


「ヒルデガルド様!」


 そこにエマと、子供を背負ったヴィレムが合流する。


「ようやくガルツ要塞が見えましたね。しかし、この先に進めば今度こそ敵の攻撃を受けます」


 エマが戦場を見て目を光らせる。ヒルデガルドが率いている軽装歩兵隊は短剣程度しか持っておらず、盾も持っていない。この防壁を降りて先に進めば、無防備に敵の矢にさらされることになる。攻城用の梯子はこの防壁を登るために使ってしまっているため、そもそも先に進んだところでガルツ要塞を攻略できる装備もない。


(しかし……)


 ヒルデガルドは後ろを振り返る。ヒルデガルドの兵を追い立てるために、重装歩兵が防壁の内部にまで入って来ていた。急いで梯子を上ろうとする兵を槍でつついて遊んでいる者の姿まで見える。梯子から落ちて痛そうにうめく兵の姿を見て重装歩兵隊から笑い声が上がった。


「奴らめ……これが同じカザラス軍人のすることか……!」


 ヴィレムが悔し気に呟く。


(このままでは味方に殺される……前に進むしかない……)


 ヒルデガルドは意を決した。


「ロープで防壁から降ります。全員の降下が終わり次第、ガルツ要塞に攻撃を仕掛けます」


 ヒルデガルドは悲痛な表情で指示を出す。兵たちも沈んだ表情で黙々とその指示に従った。前に出て敵に殺されるか、この場で味方に殺されるか。その二択しかないことは彼らにもわかっていた。


「行きます!」


 ヒルデガルドが率先してロープを降りる。そして剣を構え、敵の攻撃に備えるが、相変わらずヴィーケン軍からの攻撃はなかった。


(これは一体……?)


 ヒルデガルドにはヴィーケン軍の意図が読めず、ただ困惑するしかなかった。


「アーロフ様、ヒルデガルドの隊が防壁を突破したようです。しかし相変わらず敵は沈黙したまま……何かの罠でしょうか」


 ヤナスが伝令を介してアーロフに報告する。


「ふん、どうせ怖気づいているのだろう。せっかく作った防壁も無駄になったな。だが進軍するのには邪魔だな。ヒルデガルド隊を追いやったら重装歩兵を……」


「おい、見ろ!」


 アーロフの言葉を遮り、兵士の叫び声が聞こえた。兵たちが空を見上げ、ざわついている。そこには悠然と空を舞う、ワイバーンの姿があった。


「あれがワイバーンか……確かに大きい……」


 アーロフが初めて目の当たりにするワイバーンの姿に息を飲む。しかし冷静さは保ったままだった。


「だが落ち着け。油樽は持っていないようだ。バリスタを準備しろ! 降りてきて攻撃してくるようであれば、狙い撃ちにするのだ!」


 アーロフが伝令を通じて指示を出す。ワイバーンは前回、輸送隊を襲ったときにつかった油樽は持ってきていなかったのだ。持ってきていたところで雨が降る中では火の勢いも弱まってしまう。アーロフはワイバーンをさしたる脅威ではないと判断した。




「アデル、ヒルデガルドの部隊が全員『罠』を抜けた。中にいるのは重装歩兵隊だけだ」


 イルアーナの報告を受け、アデルは頷いた。


「わかりました。ピーコ、お願い」


「任せておけ」


 ワイバーンの群れと一緒に空中を飛んでいるピーコが返事をする。彼らは離れた場所にいても風魔法で会話をすることが可能だった。


「行け、我が眷属たちよ!」


 ピーコの命令にワイバーンたちが急降下を始める。


「お、おい! ワイバーンがこっちに向かってくるぞ!」


 防壁の間、ヒルデガルドたちを追い立てていた重装歩兵がワイバーンの姿を見てざわつく。彼ら自身も防壁で行き場がなく、重装歩兵隊はすし詰め状態になっていた。


「落ち着け! 壁が邪魔でやつらも自由に動けぬはずだ! 槍と盾を構えて迎え撃て!」


 カザラス軍の主力である重装歩兵隊はワイバーンに恐怖しつつも戦闘態勢を整える。しかし彼らはまだワイバーンの本当の力を知らなかった。


「グギャオォ~ッ!」


 ワイバーンは防壁の上空で急制動をかけると、尻尾を重装歩兵たちに向ける。その先端がバチバチと電気を纏い光り始めた。


「な、なんだあれは?」


 重装歩兵たちが見たことのない光景に呆気にとられる。次の瞬間、空気を突き破るような轟音と共に、ワイバーンの尻尾から放たれた雷が重装歩兵たちに襲い掛かった。


 ワイバーンは毒で獲物を麻痺させる。そう一部では誤解されているが、実際は雷魔法を使い獲物を麻痺させているのだ。その出力次第では敵を焼き殺すことも可能だ。そして雨に濡れた体に、金属鎧や武器、そして味方との密集隊形……重装歩兵たちは雷撃に対して最悪な状況に置かれていた。


「がっ……!?」


 雷に打たれた重装歩兵たちが声にならぬ悲鳴を上げ、ガクガクと体を痙攣させる。周囲には一瞬で焦げ臭いにおいが漂った。ワイバーンたちは次々と重装歩兵隊に雷撃を浴びせかける。


「い、いかん! バリスタ、ワイバーンを撃て!」


 状況を察したアーロフが指示を出す。慌てて後方にいた工兵隊がバリスタを放つが、ワイバーンは悠々とその攻撃をかわした。外れたバリスタの矢はアデルたちが作った即席の防壁に命中し、粉砕する。


 それぞれ数発の雷撃を放ち、魔力を消費したワイバーンたちはガルツ要塞の方へ引き上げていった。そして後には大量の重装歩兵の死体が残された。


「は、半数!? 重装歩兵隊の半数がこの一瞬でやられたというのか!?」


 部下からの報告に、ヤナスが悲鳴にも似た声を上げた。

お読みいただきありがとうございました。

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