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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第五章 建国の章

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魔力(マザーウッド ラーベル大神殿)

「も、もうカザラス軍が動き出したんですか!?」


 マザーウッドに帰ってきたアデルは素っ頓狂な声を上げた。


「いや、まだだよ。ただ準備をしていて、数日中には出陣すると思われている。何かを待っているようだ」


「何か?」


「ああ。それが何なのかはまだわかっていない」


 ジェランが難しい顔でアデルと話す。ジェランの屋敷の居間で、アデル、ジェラン、マティア、イルアーナ、リスティドとエイダがテーブルを囲んでいる。ポチは里の外れでフェンリルにオーガと和解した話をしている。ポチが念じるとフェンリルはすぐに駆け付けてくれるらしい。


「なかなか落ち着かせてはくれぬな」


 イルアーナが眉をひそめる。


「そうですよね、まずは内政しまくってから戦争したい派なんですけど……」


「戦争したい派……?」


 アデルのゲームの話にイルナーナが不思議そうにつぶやいた。


「ガルツ要塞では兵士が次々と体調不良に陥り、死者も出ているそうだ。食中毒だと言われているが、伝染病や毒を盛られている可能性もある。いずれにせよ、過去最悪の状況だ」


 リスティドがガルツ要塞の現状を報告する。


「それがなかったとしても補給は来ないし、兵士もずっと要塞に閉じ込められて心身ともに限界。また厳しい戦いになりそうね」


 エイダもガルツ要塞の現状を憂いていた。


「アデル……今回はガルツの防衛に手を貸すのか?」


 イルアーナがアデルに尋ねた。


「まあ出来る限りは……」


「そうか。前回は少数だったから街道を外れて援護に向かえたが、もし軍勢を率いて参戦するつもりであれば、街道を避けて通るのは難しい。補給物資を乗せた馬車を何台も同行させねばならぬからな。まあ絶望の森から脱出した時ほどではないだろうが……」


 イルアーナの言葉にアデルは絶望の森からプリムウッド族と脱出したときのことを思い出す。あの時は馬車が途中で何度か壊れて大変であった。


「ガルツとオリムの間にあるのはカーン……現状は北部連合の都市だ。カザラスに与している北部連合からすれば、我々がガルツ要塞の援護に行くのは止めたいはず。カーンを攻め落とすか、人数を絞って迂回するか考えなければならんな」


 ジェランがため息をついた。


「まだカザラスが攻めてくるまで時間はありますし、こちらが準備するのにも時間はかかりますよね?」


「それまでに一度、話し合うというのだな?」


 リスティドが呆れた顔で言う。


「そ、そうです。それと、ゴブリンさんたちとオークさんたちにもできるだけ兵を送ってもらいましょうか。あ、でもあくまでも戦闘に慣れている人たちだけですよ」


「わかった。シテタ族とギム族からも戦えそうな者は出してもらおう」


 ジェランが言った。シテタ族とギム族はマザーウッドの里に仕えるゴブリンとオークの氏族の名前だ。


「そういえば、他のゴブリンやオークの説得がうまく行ったということは、シテタ族とギム族の扱いも良くしてもらえるんですよね?」


「ああ……」


 アデルの言葉にジェランが難しい顔で答えた。ゴブリンやオークはダークエルフが従えるべきという考えが根強いようだ。


「ダーリン、アデルさんと約束したでしょう? アデルさんが作る新しい世界の障害となるような、古い考え方や慣習は捨てるべきだわ」


 マティアがジェランの肩をつんつんした。


「わ、わかってるよ、ハニー」


 ジェランがマティアの手を取り、目を見つめながら頷く。二人だけの領域が形成され、周囲は一気に気まずくなった。


「じゃ、じゃあ、ジェランさんたちは残ってマザーウッドをお願いします。僕たちは取り急ぎ戻りますので……」


 黒き森もソルトリッチ州やガーディナ州から攻撃を受ける可能性がある。オリムに戻るのはアデルとイルアーナ、そしてポチとなっていた。


「わかったよ。こちらもカナン方面で人間に姿を見せる。そうすれば警戒して、アデル君たちが背後を突かれるようなことはないだろう」


「はい、お願いします」


 アデルはその他にもウルフェンやワイバーンの装備をいくつかお願いすると、大量のカエルをお土産にオリムへの帰路についた。




 カザラス帝国の帝都イルスデン。都市の中心にはひと際目を引く壮麗な建物がある。それは通称”白慈宮”と呼ばれるラーベル教の大神殿だ。白く美しい宮殿のような建物の上には女神ベアトリヤルの巨大な像が作られ、微笑みとも悲しみともとれる微細な表情で人々を見守っている。


 入り口を入ると両脇の壁に様々な絵が描かれた長い廊下を通ることになる。これは約束の地ザーカディアというラーベル教における天国へ至る道を模したものとされている。巡礼に訪れた者はこの通路を通り、奥にある女神ベアトリヤルの祭壇に祈りをささげることで死後に約束の地ザーカディアに行くことができるという。


「はぁ、はぁ……」


 その長い通路を息を切らせながら歩く男がいた。オリムのラーベル教会長であったゲハルト司祭だ。

神竜王国ダルフェニアとの決別を宣言した彼は、すぐに教会の片付けを命じると報告のために大神殿へとやってきた。


 通路を抜け、ゲハルトは祭壇のさらに奥、教会関係者しか入れないエリアへと足を踏み入れる。しばらく歩き続けると、二人の男が待つ部屋へと足を踏み入れた。


「オリム教会長ゲハルト、馳せ参じました!」


 ゲハルトはその二人に向かって膝まづく。額から落ちた汗が数滴、床を黒く濡らした。


「そんなにかしこまらなくても結構です。ずいぶんと勝手な判断をしてくださいましたね」


 男の一人が困り顔に笑みを浮かべながら言う。ラーベル教会の大司教、マクナティア。大陸最大の宗教団体を統べる責任者であった。父親から大司教の座を譲り受け、その務めを果たしている。すでに中年のはずだが、見た目は青年と言っても通じるほど若々しい。黒い髪、端正だが親しみを感じる顔、それに眼鏡をかけている。日本にいれば真面目な若手サラリーマンといった感じの風貌だ。


「も、申し訳ありませんでした!」


 ゲハルトはさらに脂汗を浮かべながら、床に額がつきそうなほど頭を下げる。


「し、しかし、奴らは魔物を神と崇め、女神ベアトリヤル様を侮辱しました。これは捨ておけぬと……」


「熱心なのは結構ですが、ベアトリヤル様を信仰していない者はまだ大勢います。そのたびに怒っていてはむしろ反感を買いますよ。それよりも問題なのは、オリム教会を畳むと言ってしまったことです。これで多くの信徒が礼拝の場を失ってしまいました」


 マクナティアは残念そうに頭を振った。


「そして何より、貴重な情報収集の場を失ってしまいました。”神敵”アデルとその国の情報は何よりも重要だというのに……」


 マクナティアの顔は笑みを形作っているが、彼が纏う雰囲気は冷たいものに変わっていた。


「申し訳ございません! す、すぐに発言を撤回し、オリム教会の再開を……」


「馬鹿ですか、あなたは?」


 マクナティアの言葉が明らかに怒気を纏う。


「いまさら『やはり教会を存続させてください』などと下手に出れば、神秘保守権などの権利を認めさせることはできないでしょう。命惜しさに教会の回復魔法を頼ってくる他の有力者たちとは違うのです。むしろいまオリム教会を再開すれば、我々の秘密を暴こうとラーゲンハルトや冒険者ギルドが乗り込んでくるかもしれません。ちゃんと神器は回収したのでしょうね?」


「も、もちろんでございます! オリム教会には家具一つ残しておりません!」


 マクナティアの怒りに、ゲハルトは顔まで床に引っ付けて土下座をした。その姿をマクナティアが冷たく見下ろす。


「フランツ司教、この者の魔力値はいくつですか?」


 マクナティアは隣に立つ初老の男、フランツ司教に声をかけた。マクナティアの側近のような役割をしている男であった。


「ゲハルト司祭……魔力値は51です」


 フランツ司教は手に持った資料をめくって答えた。


「魔力値? 51?」


 ゲハルトは顔を上げ、頭に疑問符を浮かべた。


「ふむ……まあ、代わりはいるでしょう。ゲハルト司祭、あなたには特別に頭を良くする加護を授けましょう」


 マクナティアはゲハルトの頭に手で触れる。その手がうっすらと光を帯びた。


「あ、ありがとうございま……うっ!」


 訳が分からず茫然とマクナティアの行為を受け入れたゲハルトは突如、頭を抑えた。


「ぎゃぁぁ~~っ!」


 そしてゲハルトは悲鳴を上げて床を転げまわる。耳、眼、鼻から赤くドロドロとしたものが溢れだしていた。


「あなたは脳味噌が足りないようでしたからね。増やして差し上げましたよ」


 転がるゲハルトを見ながらマクナティアが愉快そうに言う。ゲハルトの増殖した脳が頭蓋骨の隙間から溢れ出しているのだった。ゲハルトが転がるたびに、床に赤い塊がまき散らされる。やがてゲハルトの悲鳴は止み、ピクピクと体が痙攣するだけになった。


「……やれやれ、やはり馬鹿は死ななければ治りませんでしたか」


 マクナティアは動かなくなったゲハルトを見て興味を失ったかのようにつぶやくと、フランツ司教に後始末を命じて部屋を後にした。

お読みいただきありがとうございました。

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