ホワイトドラゴン
「いやー、アデル君。大変だったね」
ジェランが笑顔でアデルに語り掛ける。
二人はいま屋敷の応接室で向かい合ってお茶を飲んでいた。アデルの隣にはポチが座っている。
イルアーナによると、ジェランは手合わせに負けたことで本来であれば大きく名誉に傷がつくところを、逆にアデルが頭を下げお願いをする立場を示したことで、その名誉が守られたそうだ。これはプライドの高いダークエルフにとっては大きなことで、ジェランには大きな貸しを作ったらしい。
ジェラン本人がどう思っているかは不明だが、少なくともアデルへの態度は手合わせの前とはまったく変わっている。
イルアーナは今、友好派の仲間たちと打ち合わせでこの場にはいない。
「あの者、リスティドは敵対派のリーダーでな。君のせいで一族が友好派へ傾くのが許せなかったのであろう」
リスティドには謹慎という処分が与えられていた。本来であれば客人を殺そうとすればもっと重い罪に問われるのだが、アデルが重い処分を望まなかったことから軽い処分となっていた。
ジェランはアデルにマザーウッド族の状況を教えてくれた。
彼らの一族は三百人ほどで、大雑把に分けると友好派が四割、反対派が六割ほどらしい。しかしそのほとんどは「どちらかと言えば」程度の考えで、何としても人間と友好関係を結ぶべきだと考えているのはイルアーナを中心に二十人ほど、どんなに犠牲が出ようが人間とは手を結ぶべきではないと考えているのがリスティドを中心に同じく二十人ほど、要するにほとんどのダークエルフはあまり真剣に人間との関係を考えていないというのが現状らしい。
「人間とはしばらく争いが起きていない。若い者を中心に、このまま人間とは距離を置いて生活できると考えてるものが増えている。しかし人間の世界は変わりやすいからな。魔法文明時代の人間たちのように、また我々を滅ぼそうとするかもわからん。だから人間との関係をどうすべきかというのは考えておかねばならんと思っている」
「魔法文明?」
「あぁ。知らぬのか? 昔、人間たちは強力な魔法を使って巨大な帝国を築いた。様々な種族がともに協力し、人間に対抗したものだ。六大竜が破れたときは敗北を覚悟したが、帝国側も大きく力を失い、結局は奴隷の反乱によって滅びたという。私も生まれる前の話だがな」
「そんなことが……」
この世界の歴史の勉強などしたことがないアデルには知らないことばかりであった。
「そう言えば、僕はポチがホワイトドラゴンなんじゃないかと思っているんですが……」
アデルはポチを抱きかかえた。
「きゅー」
「ホワイトドラゴン?」
「ええ、根拠はないんですが……」
ジェランは顎に手を当て、ポチを見ながら考え込む。
「確かにそいつは魔法を打ち消す不思議な力を持っている……しかも六大竜の一匹、ホワイトドラゴンはこの森の守り神のような存在であったらしい」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。白き竜は光の力を操る。だがさきほど言った通り、その竜は人間に討たれ、光の加護を失ったこの森は黒き森と呼ばれるようになったそうだ」
「そんな歴史が……」
アデルはポチの顔を見つめる。ポチは首をかしげると、右前足を上げた。
「あ、いまお手はしなくていいよ」
アデルはポチの頭を撫でた。
「きゅー」
ポチが目を細めて鳴いた。
「じゃあ、やっぱりポチはホワイトドラゴンの可能性が高いですね」
「う~む、しかし……」
「何か気になることが?」
「いや……見た目がドラゴンとは違い過ぎないか?」
ジェランの言葉にアデルはしげしげとポチを見つめた。
「……言われてみれば確かに」
結局、ポチの正体は謎のままであった。