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決闘

 広場には多くのダークエルフが集まっていた。休憩中なのかサボっているのか、ゴブリンの姿も多くみられた。


 広場はサッカー場ほどの広さがあり、地面はところどころ雑草が生えているものの地面がむき出しになっている。


 姿を現したジェランとその後ろを重い足取りで歩くアデルは、まるで処刑台まで歩く死刑執行人と死刑囚のようであった。


「あれがイルアーナ様が連れてきた人間? あれのどこが一族の希望なんだ?」


「族長も大変だよなぁ。娘のわがままに付き合わされて……」


 ざわつく観客の間から、そんな話の内容がアデルの耳に届いた。


(僕のせいでイルアーナさんの評判まで……)


 泣き叫んで命乞いするのもひとつの選択肢かと考えていたが、無様な姿を見せればイルアーナまでもが笑いものになってしまう。アデルはしぼみ切った気持ちを奮い立たせた。


(せめて……イルアーナさんのためにも一矢報いよう)


 決意を胸に、アデルはジェランと対峙した。


 イルアーナがやって来て二人の間に立つ。


「これより、族長ジェランと人間アデルの手合わせを行う!」


 イルアーナは観客たちにそう宣言した。審判のような役割を務めるようだ。


「ジェランさま、がんばれー!」


「がんばれー!」


 アデルにも聞き覚えのある声が聞こえる。ダークエルフの子供たちだ。アデルの応援をしてくれる者など誰もいなかった。


「ポチ、元気でな。里の人たちに可愛がってもらうんだぞ」


 アデルは抱いていたポチを地面に下ろすと別れの挨拶をした。ポチは首をかしげてしばらく考え込んだ後、右前足を上げる。


「ん?」


 アデルが手を差し出すと、ポチは上げた足をぽんとアデルの手の上に乗せる。


「お手、か。ポチは賢いねー」


 涙ぐみながらポチの頭に頬ずりをして、アデルは人生最後かもしれないモフモフを楽しんだ。


「きゅー」


「アデル、始めるぞ」


 イルアーナが近寄ってきてアデルに準備を促す。アデルは冥途の土産とばかりにその美しい顔をまぶたに焼き付けた。


「イルアーナさん……ご期待に沿えず済みませんでした。短い間でしたが、ありがとうございました……」


「なんだ、今生の別れみたいに」


 イルアーナが優しげに微笑む。まるで女神様のようだとアデルは持った。


「言ったであろう、無理だったとしてもお前の責任ではない。それに、いざとなれば二人だけでも……」


「さっさと始めろ!」


 イルアーナの言葉はジェランの怒声に遮られた。


「そうだそうだ!」


 観客からも同意の声が聞こえる。


 イルアーナはジェランを一睨みすると、両者の間に戻った。これから戦いが始まることを理解しているのか、ポチもイルアーナの後についてアデルの元を離れた。


「両者、前へ!」


 イルアーナの言葉で、二人が3mほどの距離を置いて対峙する。ジェランの顔には余裕と怒りが、アデルの顔には緊張と決意が浮かんでいた。


「始め!」


 イルアーナがあげた手を振り下ろした。開始の合図だ。


「ふん、逃げ出さなかったことだけ褒めてやる、にんげ……」


「えい」


「ごふっ!」


 ジェランが何か話そうとしていたが、必死だったアデルはすぐに突進し、ジェランの腹に拳を叩きこんだ。その威力にジェランは腹を抑えて膝をつく。


「そこまで! 勝者にん……」


「ま、待て!」


 決着を告げようとするイルアーナをジェランが声を絞り出して止める。


「不意打ちとは卑怯な! 今のは無効だ!」


「いや、試合は始めました。問題はありません」


「試合は始まっていたかもしれないが、戦いは始まっていない! そうだろ、人間!」


 呆れているイルアーナを尻目にジェランは屁理屈でアデルに同意を求めた。


「い、いや……」


「もう一回だ! いいな!」


「は、はい……」


 ジェランの勢いに押されてアデルは了承してしまった。


「アデル、ちゃんと断れ!」


「す、すいません……」


 イルアーナからも叱責されてしまいアデルは小さくなった。


(でも……接近戦なら勝てる……)


 今の戦いの中でアデルは自分のほうが肉弾戦では有利なことを確信していた。


「それでは仕切り直しを……遠くありませんか、父上?」


 先ほどは3mほどの距離から始めたのに、今回ジェランは5mほどの距離を取っていた。


「べ、べつに開始距離に決まりがあるわけではないであろう! それに相手が魔法も使えぬ野蛮な人間だということを失念していた。近距離から始めるのはフェアではない!」


(ず、ずるい……)


 アデルはそう思ったが、裏を返せばジェランも接近戦では勝ち目がないと悟ったということだ。


「アデル、お前はこの距離で良いのか?」


 イルアーナが確認をしてくる。


「は、はい」


(距離さえ詰めれば勝てる)


 アデルには少し心の余裕すらできていた。


「それでは……始め!」


 イルアーナが再び開始の合図を告げる。アデルは一気にジェランとの距離を詰めた。しかし……


「えっ?」


 アデルが攻撃するより先に、ジェランの姿が消えた。


「驚いたか」


 ジェランの余裕の声が辺りに響くが、姿は見えない。魔法を使って姿を隠したのだ。


「何が起こったかすら貴様にはわからんだろう。これこそが我らダークエルフの力。我々の魔力の前に人間など……」


「えい」


「ぐほっ!」


 アデルが誰もいないはずの空間に向かって蹴りを放つと、くぐもった声とともにジェランの姿が現れ吹き飛んだ。


「そこまで! 勝者……」


「待て!」


 勝者を告げようとするイルアーナを再びジェランが制した。


「なぜだ人間! 光の精霊の力を借りて姿を消した私を、なぜ捉えられた!」


「いや、姿は見えなかったですけど、ずっとしゃべっていらしたんで……」


「卑怯者め! 私が親切に状況を説明してやっていたというのに、その気持ちを踏みにじるとは! 今の勝負は無効だ!」


「……どう考えても試合が始まっているのにしゃべっている父上が悪いです。さっきの試合から学ばなかったのですか?」


 イルアーナは呆れかえっている。


「だ、黙れ! お前の言うことが正しいとしよう。だとすればそれは私のミスだ。だがこれで決着しては、力を証明するというこの戦いの目的が成し遂げられんだろう。私のミスに付け込み、勝利を盗み取ることはできるかもしれない。だが、その人間が我々に見せたいのは、自分がそんな卑怯者であるということか? 違うであろう、人間!」


「は、はぁ……」


「よし、仕切り直しだ!」


 アデルはジェランの説得力があるのかないのかわからない話に丸め込まれた。


「すまんな。普段はこんな感じではないのだが……」


 恥ずかしいのか、イルアーナが父親のフォローを始める。


「い、いや、確かにおっしゃってることはもっともですし……」


「さあ、今度こそ正々堂々と決着を付けようではないか!」


 ジェランは10mほど離れたところから声を張り上げた。念には念を入れたのだろう。


 イルアーナは何か言いたげだったが、ため息をついてあきらめた。


「……始め!」


 やけくそ気味にイルアーナが三度目の開始を告げた。


「今度は先ほどのようにはいかんぞ」


 ジェランは余裕の態度で宣言した。アデルはやはり開始と同時に距離を詰める。するとさきほどと同じようにジェランの姿が消えた。


「……」


 いい加減、学習したのか、姿を消した後のジェランは無言だった。アデルは耳を澄ますが足音も聞こえない。ダークエルフは敏捷性も優れており、忍び足も得意なのだ。


(今度こそ私の勝ちだ)


 音もなくアデルの背後に回ったジェランは勝利を確信した。光の精霊の力を使って姿を消した上に、念のため風の精霊の力で物音も立たないようにしていた。アデルに自分の居場所がわかるわけがない。


(終わりだ!)


 姿を消したジェランがアデルに襲い掛かる。


「えい」


「ぶへっ!」


 攻撃をくらい、地面に転がったのはまたしてもジェランの方だった。


「そこま……」


「なぜだぁ!」


 イルアーナが宣言するよりも早く、ジェランが声を張り上げる。


「姿も音も消した! なぜ私の居場所が分かった!」


「いや、なんとなく気配が……」


「父上、アデルは我々以上に気配に敏感なのだ。知識がないのにもかかわらず、己の身体能力を強化する魔法も操っている。おそらく生命の精霊を操る力に長けているのだろう」


「生命の精霊? バカな、一番制御の難しい力を訓練も受けていない人間が……いや、だがそうでもないと説明がつかんな」


 イルアーナの話にジェランはあれこれ考えを巡らせていたが、最終的には納得したようだ。


「……くっ、仕方がない……負けを認めよう」


 ジェランはアデルに向かって頭を下げようとした。


「いや、やめてください、ジェランさん」


 アデルはジェランを止めると、自分の方からジェランに頭を下げた。


「アデル、何をしている! 勝ったのはお前の方だぞ!」


 イルアーナはアデルの行動をとがめる。


「いえ、イルアーナさん。ジェランさんは手加減をしてくださいました。本当なら距離を取って魔法で攻撃すれば良かったはず。しかし、私の力を測るために敢えて接近戦で戦ってくださったわけです。これが実戦であれば私に勝ち目などなかったでしょう」


「アデル……」


「ジェランさん、僕に皆さんを納得させられるような力があるかはわかりません。しかしどうか、人間との友好関係を築くことは考えていただけませんか?」


 ジェランはアデルの下げた頭を見ながらひとしきり考え込んだ。


「……逆だな」


「え?」


「アデルとやら。お前の力は認めざるを得ないであろう。だが、いまのところ他の人間と友好関係を築く必要性があるとは判断できん」


 ジェランの言葉にアデルとイルアーナは落胆した。しかし……


「しかし我が娘イルアーナや人間との友好を結びたいと思っている者たちがお前に協力するのは認めよう。我々が友好関係を結びたいと思うような人間の社会を作れ」


 続くジェランの言葉は一族の者が人間に協力することを公に認めるものであった。アデルにはピンと来なかったが、イルアーナたち友好派にとっては大きな進展だった。


「父上、ありがとうございます」


 イルアーナはジェランに頭を下げる。その時……


「人間と協力するだと……? 冗談じゃない!」


 一人のダークエルフの男が突如乱入してきた。


「下がれ、リスティド。私が決めたことだ」


 ジェランが制止するが、リスティドと呼ばれた男は聞かなかった、


「死ね、人間! ウィンドランス!」


 リスティドの言葉で空気が凝縮し、鋭い槍となってアデルに襲い掛かる。


「きゅーっ!」


 すると、今度は何か白い塊が乱入してきた。ポチだ。


 ポチはアデルと迫りくる空気の槍の間に身を躍らせた。


「危ないポチッ!」


 アデルはポチを抱きかかえると、己の身を盾にしてポチを守る。目を閉じて体を貫くであろう痛みを待った。しかしその痛みはいつまでたってもやってこなかった。


「……?」


 アデルが目を開ける。魔法の槍はどこにもなかった。周りのダークエルフたちも驚いた顔をしている。


「……魔法を消したのか?」


 ジェランが茫然と呟く。


「きゅー」


 ポチは何事もなかったかのようにアデルの腕の中に収まっていた。

お読みいただきありがとうございました。

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