志願
川オークを解放したアデルたちは集合場所でジェランが率いるダークエルフたちが来るのを待っていた。
「そう言えば、我にもあのGPSとかいう石を渡すのじゃ」
ピーコがアデルに向き直って言う。
「あぁ……あれって呼び出したい時とかに使うんだけど、ピーコも呼んでいいの?」
「もちろんじゃ。行くかどうかはわからんが……雨や風が強い日は極力呼ぶな」
「それって、雨や風の日は行動できなかったりするの?」
「めんどくさいからに決まっておるじゃろ。まあ、ワイバーンには行かせるから一応、必要な時は連絡してみろ」
「ああ、そう……ありがと」
微妙な笑いを浮かべつつ、アデルはピーコの首にGPS付の首飾りを巻いた。GPSはガイド・プレイス・ストーンの略で、風魔法による通信の際の目印となるものだ。何度か他者に手渡す機会があったため、マザーウッドで予備の物も含めて新しくもらっていた。他にもマザーウッドでダーツやクナイ、矢を補充している。特に相手を傷つけずに無力化できるダーツは便利だったため、かさばるが多めにもらっていた。
「それ何?」
ラーゲンハルトが興味深そうにその様子を見ていた。
「ああ、これが離れた相手と通信するために必要な精霊石で……」
「ふーん。僕にもちょうだい」
「いや、あの……風魔法を使えないと持ってても意味がないんですよ」
「え? じゃあ、アデル君も魔法使えるってこと?」
「まあ、ちょっとだけですけど」
「ずるい! 僕にも教えてよ!」
「ええっ!?」
アデルは困惑したが、ふとラーゲンハルトの能力値を見て思い直した。
(魔力43……人間にしては高いよな……簡単な魔法なら使えるのでは……?)
「じゃ、じゃあそのうち練習してみましょうか……」
「ほんと!? わーい」
ラーゲンハルトは無邪気に喜んでいる。
「見ろ、父上たちだ」
その時、イルアーナが川の向こう岸を指さした。そこには二百人のダークエルフたちがおり、川岸に降りてくるところだった。
「飛石連丘!」
ダークエルフたちが魔法を唱えると、川底から岩が顔を出し、川を渡るための足場となった。
「へぇ、便利だねぇ」
ラーゲンハルトがそれを見てつぶやく。ダークエルフたちは次々と川を渡り始めた。
「ダークエルフのみんなはピーコちゃんみたいな派手な攻撃魔法も使えるの?」
「使えぬこともないが、威力に応じた魔力や詠唱時間が必要となる。それに強い魔法はそれだけ大きな影響を世界に及ぼす。あまり使用は好まれることではない。人間の魔法文明は平気で使っておったがな」
ラーゲンハルトの問いにイルアーナが答えた。
「人間の魔法文明……?」
「ええ、実は……」
アデルは過去に魔法文明が存在し、竜王やダークエルフたちがそれと戦ったということをラーゲンハルトに話した。
「そんなことが……」
ラーゲンハルトは話を聞き、神妙な面持ちで物思いにふけり始めた。
「待たせたな」
そんなことを話しているとジェランがアデルたちのところにやってきた。
「みなさんご無事ですか?」
「ああ。軽い怪我人は何人か出たけどね」
アデルとジェランは言葉を交わし、握手をする。ジェランたちは魔法で姿を隠しルズレイの町に侵入した。守備兵が敵襲に気づいたときにはすでに町がほぼ占領された状態であった。
「ジェランさん、この方がカザラス帝国の皇子ラーゲンハルトさんで、後ろにいるのがお友達のフォスターさんです」
「どーもー」
「よろしくお願いいたします」
アデルの紹介でラーゲンハルトとフォスターがそれぞれのやり方であいさつをする。
「お二方、こちらが黒き森に住むマザーウッド族の族長、ジェランさんです」
「よろしく頼む。それにしても……またモーリス殿が怒るだろうな」
ジェランは絶望の森を滅ぼしたカザラス帝国の皇子と義理の父が対面するところを想像してげんなりしていた。
「ははは……」
アデルも乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「そっちはどうだったんだい?」
「ハイランドを守っていた人間には損害が出てしまいました。ダークエルフの方は損害はなかったんですが、魔法で無理やり矢を当てる感じだったので、鞍と鐙が欲しいですね……」
ダークエルフたちはウルフェンには鞍は付けず、直接乗っている。馬と違い、全身が長い毛で覆われているウルフェンは掴まりやすく、乗りやすい。また馬と違い体を捻ることもあるため、硬い鞍を付けてしまうとウルフェンの機動性を阻害してしまうのだ。
「あぶみ? それはどんなものだい?」
(そう言えば、こっちの世界には鐙がないのかな……)
ジェランの言葉にアデルははたと気付いた。浜田太郎の世界では鐙の技術はインドのあたりが発祥の技術だと言われている。アデルはこの世界に騎馬民族がいるのかは知らなかったが、そういう民族がいなかったら鐙は生まれていないのかもしれないと思った。
「えっと……鞍の横から垂らした、足を引っかけるための部品なんですけど……」
アデルは地面に絵をかいて説明する。
「そう言えば死の砂漠の蛮族がそんなの使ってたかもしれない……」
アデルの下手な絵を見てラーゲンハルトが呟く。
「これがあると体勢が安定して弓が撃ちやすいんですよ。今回はそこまで敵が多くなかったうえに、カザラス軍より装備も貧弱だったので良かったですけど、今後の戦いを見据えると作っておいた方がいいと思います」
「そうか……帰ったら、オークの職人に作らせてみよう」
ジェランは半信半疑ながらも試作品を作ることを了承した。そんな話をしている間に、ダークエルフたちは川を渡り終えていた。
「よし、座って聞いてくれ! これよりオリム攻略の作戦を再確認する」
ジェランがよく響く声で告げる。皆の視線が集まった。
「じゃあ、アデル君」
「え? ぼ、僕ですか!?」
「君の発案だからね。頼んだよ」
ジェランに促され、アデルが前に出る。数百の視線が集まり、アデルは途端に緊張した。
「え~……み、みなさん……どうもお疲れさまでした……オ、オリムの攻略ですが……え~と……夜にですね、みなさんが攻撃してる間に、突入して、降伏させます。はい、そんな感じで……よろしくお願いします」
アデルはペコっと頭を下げた。ダークエルフたちは頭の上に疑問符を浮かべている。気まずい沈黙に、アデルは顔を赤くしながらコソコソと下がっていった。
「……つまり、今回の作戦は陽動と奇襲だ」
アデルの様子を見てイルアーナが作戦の説明を代わった。
「暗闇に隠れながら、本隊はオリムに攻撃を仕掛ける。ただし、これは敵の守備兵を引き付けるのが目的だ。理想的には敵が打って出てきてくれれば良いが、恐らくそれはないだろう。出来る限り敵の目を本隊に向けさせ、その隙にアデル率いる奇襲部隊がハーピーの協力で空から侵入、敵の将を捕え降伏させる。すでに敵地には諜報隊が潜入し、敵の将の位置を見張っている」
オリムの町にはダークエルフと「影」が一足先に潜伏していた。北部連合軍の動きは筒抜けとなっている。
「奇襲前にはゴーレムを作って注意を引こう。ただし重い石で人型を維持するだけでも相当魔力を消費する。弓矢をしばらく浴び続けるだけでも人型を維持する魔力が尽きてしまうだろう。戦闘力は期待しないでくれ」
ジェランがアデルに言った。
「は、はい、問題ないです」
まだ顔が赤いままのアデルが答える。
「オリムより北にはルズレイとハイランド以外、ろくな町がない。つまりオリムを落とせば、ソリッド州の北側の大部分を手中に収めることができる。アデル君が人間の王となる第一歩だ。みんな奮起してくれ」
(改めて人から言われると……凄い事やってるんだなぁ……)
ジェランの言葉にアデルは自分が大変なことをしていると再確認した。
「確認なんだけど……そのハーピーに掴まって城に侵入するってのは誰がやるんだい?」
腕を組んだフレデリカがアデルに尋ねる。
「ええと……ジェランさんとイルアーナさんはダークエルフの指揮のために残ってもらうとして……そうなると僕とラーゲンハルトさん、フォスターさん、そしてフレデリカさんたち……ですかね」
アデルが恐る恐る言う。
「そのハーピーとか言う魔物に掴まって空を飛ぶって? 冗談じゃねぇぜ!」
フレデリカの部下が声を上げた。
「だ、大丈夫ですよ。鎧さえ着てなければ成人男性でも掴んで飛べるそうなんで……」
「バカを言うな! 裸で敵陣に突っ込むなんて余計に自殺行為じゃねぇか!」
アデルの言葉にフレデリカの部下の反対はさらにエスカレートしてしまった。
「僕たちはやるよ。面白そうだし」
「勝手に私も同意したことにしないでください。まあやりますが……」
目をキラキラさせたラーゲンハルトとため息をつくフォスターが進み出る。
「あたしもやってもいいけど……部下には無理強いさせれないねぇ」
フレデリカが肩をすくめながら言った。
「そ、そうですか……じゃあダークエルフさんたちの中から何人か……」
「お、ハーピーが来たようじゃぞ」
アデルの言葉の途中でピーコが言う。その言葉通り、空からシャスティア率いるハーピーの一団が舞い降りた。
「お待たせしましたわ」
「シャスティアさん、ありがとうございます」
アデルは協力してくれるシャスティアにペコペコと頭を下げた。その後ろではハーピーを見た男性陣の顔色が明らかに変わっている。
「アデル君……」
「へ?」
ラーゲンハルトがアデルの手をきつく握りしめる。
「僕……君の友達で良かったよ……」
「は、はぁ……」
瞳を潤ませるラーゲンハルトにアデルは戸惑った。
「じゃ、じゃあダークエルフさんたちの中から残りの奇襲組を……」
「ちょっと待った、アデルの旦那!」
アデルをフレデリカの部下が止める。
「姉御が行くなら俺たちも行かないわけにはいかねぇ。俺たちも奇襲組に加わるぜ」
「いや……でもみなさん、お嫌なのでは……」
「バ、バカを言うな! 危険だって聞いてちょっと興奮しすぎちまっただけだ! なぁ、お前たち?」
「そうだそうだ!」
フレデリカの部下がハーピーを横目で見ながら賛同する。
こうしてオリム攻略の準備は整ったのであった。
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