目前
「それで……どうしたんですか、ラーゲンハルトさん」
アデルたちはハイランドの城の応接間に集まり話をしていた。城と言っても大きなものではなく、応接室も狭い。部屋の中にいるのはアデルとイルアーナ、ホプキン、ラーゲルとスタンの五人だけだ。他のダークエルフたちは城の廊下などで一晩過ごすことになっていた。
「仕返しだよ」
「仕返し?」
「そう。どこかの英雄さんが名前を偽って近付いてきて、人の国を荒らして帰って行ったからさ。僕もやり返してやろうと思ってね。あははっ!」
ラーゲル――カザラス帝国の皇子であるラーゲンハルトは楽しげに笑った。
「そ、それは申し訳なかったですけど、こちらにも事情があって……」
「こっちにだって事情はあるよ。まあ、それいいとして、君と約束もしたしね」
「約束?」
アデルは心当たりがなく、首をひねった。
「ほら、戦って負けた方が相手の部下になるって約束したじゃん」
「あ、あれって僕が負けたらラーゲンハルトさんに従うって約束で、その逆は約束してなかったのでは……」
「えー、そんなのフェアじゃないでしょ」
ラーゲンハルトは口をとがらせる。
「そんな約束をしてたんですか……」
ラーゲンハルトの隣でスタン――ラーゲンハルトの元副官で今は友達のフォスターが呟いた。
「その時はダークエルフやドラゴンと仲良しだなんて知らなかったんだよ。知ってたらもっと強引に誘ってたさ」
「いや、得体のしれない相手を安易に部下にしようとしないでください……」
「えー、だって絶対面白そうじゃん」
不満げなラーゲンハルトに対してフォスターは頭を押さえていた。
「でも……それってラーゲンハルトさんがうちに来てくれるってことですか……?」
アデルが期待のこもった目でラーゲンハルトを見る。
「えっ、いいの?」
ラーゲンハルトは意外そうな声を出した。
「もちろんですよ! いやー、助かります!」
アデルは満面の笑みでラーゲンハルトの手を握った。
「で、でも、僕らはこの前まで敵同士で戦っていたし、僕は負け戦続きでいいとこないし……」
「そんなの関係ないですよ! ラーゲンハルトさんはいい人だし、能力も間違いないですから! ねぇ、イルアーナさん!」
アデルはラーゲンハルトの手を握ったままイルアーナを振り返る。
「……お前に任せる」
イルアーナはしばらく何か言いたげだったが、ため息とともにそう言った。
「フォスターさんも一緒に来てくださるんですか?」
「ええ。ラーゲンハルト様を放っておいたら大変なことになりそうですから……」
何かを諦めたかのような表情でフォスターが言った。
「良かった……ちょうど軍の指揮を執れるような人がいなかったんで……お二人にお願いしてもいいですか?」
「……は?」
アデルの言葉にラーゲンハルトとフォスターが固まる。
「ちょ、ちょっとお待ちくだされ!」
黙って聞いていたホプキンが慌てて割って入った。
「ア、アデル殿! 聞いておりましたが、この者はこの間まで敵だったそうではないですか! そのような者に軍の指揮を執らせるなど……」
「そ、それは僕もそう思うよ」
「至極当然な意見です」
ホプキンの意見にラーゲンハルトもフォスターも同意する。
「あ……ホプキンさんはご存じなかったんですね。こちらはラーゲンハルトさんで、カザラス帝国の皇子でガルツ要塞を攻めていた部隊の総指揮官です。フォスターさんはその副官の方ですね」
「カザラス帝国の皇子……?」
ホプキンは数秒、ポカンとした表情でラーゲンハルトたちを見つめたが、我に返ると凄い勢いで土下座を始めた。
「こ、これはとんだご無礼をいたしましたぁっ!」
「いや、こちらの国では関係のないことだし、それに実は……向こうではお尋ね者になっちゃったんで……」
「お尋ね者?」
「そう、兄と妹の暗殺、およびヴィーケンとの内通の疑惑をかけられちゃって、それで脱走して来たんだ。てへっ!」
ラーゲンハルトは茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべる。ホプキンは脳の情報処理能力が限界を迎えたのか、固まったように動かなくなってしまった。
「ロスルー周辺が騒がしいという情報は入っているが……そうか、お前のせいか」
イルアーナが呆れたようにラーゲンハルトに言った。
「もちろん冤罪だよ。まあガルツ攻略の連敗の責任もあるから、どのみちもうカザラス国内ではお先真っ暗だったけどね」
ラーゲンハルトは肩をすくめる。
「なるほど。国内に居場所がなくなったから、アデルにすがりついたわけか」
「ちょ、ちょっと、イルアーナさん! そんな言い方……」
辛辣なイルアーナの言葉をアデルがたしなめようとする。
「いや、その通りだよ。ただそれとは別に、アデル君が作ろうとしている国に興味がわいてね。既存の国と全く違う、自由の国……そんなもの出来るわけないと思ってたけど、アデル君なら出来ちゃうんじゃないかって思えてきてね」
ラーゲンハルトは真面目な口調でしみじみと語った。
「僕は帝国からの目線でしか世界が見えていなかった。アデル君と話しているうちに、まったく違う考え方があると気づかされたんだ。だから帝国にいられなくなった今、せっかくだからアデル君の元で勉強させてもらえたら嬉しいんだけど……」
「勉強だなんてそんな……こちらこそラーゲンハルトさんのお力を貸してください!」
アデルがラーゲンハルトに向けて頭を下げる。
(……どうして僕をこんなに信頼してくれるんだろう。それに本当ならこちらが頭を下げる立場なのに……まあ、アデル君らしいな)
ラーゲンハルトはそんなことを思いながら苦笑いする。
「もちろん僕にできることがあれば、全力でやらせてもらうよ。よろしくね」
ラーゲンハルトはアデルの頭を上げさせると、再び握手を交わした。
「ああ、それとフォスターだけじゃなくて、『影』っていう僕が雇ってる密偵集団も連れてきてるんだけど……」
「町の周囲をうろついてるのはそいつらか」
ラーゲンハルトの言葉にイルアーナが反応する。
「気付いてたんだ。さすがダークエルフだなぁ」
ラーゲンハルトは感心した。
「他の勢力の間諜と間違えないよう、打ち合わせをする必要があるな……」
「その辺は任せるよ」
イルアーナにラーゲンハルトが言った。
「じゃあ、さっそくなんですけど……実は明日、もう次の目標に向かって動く予定なんです」
「次?」
「ええ。こんなことを考えていて……」
アデルは作戦を話し始める。イルアーナもラーゲンハルトもフォスターもうなずきながら聞いている。
「ま、まさかそんなことを……」
ホプキンだけは口を開けたまま唖然としていた。
「これってアデル君が考えた作戦なのかい?」
「はい。何か問題点があれば教えていただきたいんですけど……」
「いや、ないよ。やっぱりアデルくんは面白いなぁ」
ラーゲンハルトはけらけらと笑った。
「まさかラーゲンハルト様より常識が通じない方がいるとは思っておりませんでした」
フォスターは苦笑いを浮かべる。しかしどこか楽しげだった。
「いよいよだな、アデル」
「はい」
イルアーナの言葉に、アデルは緊張した面持ちでうなずいた。
「オリムを落として……新国家を建設します」
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