責任
北部連合軍を撃退したアデルたちは、ハイランドの町に入った。住民は町の危機を救ってくれたアデルたちに大歓声を……とは行かなかった。
「なんかみんな怖がってますね……」
町の家々は扉を閉ざしているが、住民が窓を少しだけ開けて通りの様子を見ているのがわかった。
「それはその……やはり……なんというか……」
アデルの呟きに先頭を行くホプキン伯爵がモゴモゴと呟いた。その視線はダークエルフたちに向けられている。
(みんなダークエルフが怖いのか……今後のためにもどうにかしないと……!)
アデルはダークエルフと人間が共存する国を造るという使命のため、勇気を振り絞った。
「ハ、ハイランドの町の皆さん!」
アデルが突然、大声で住人たちに呼びかける。ダークエルフたちもアデルの突然の行動に呆気に取られていた。
「ダークエルフが怖いという気持ちがあるのはわかります。でもダークエルフは人間の間で言われているような恐ろしい存在ではありません! 例えば……え~と……いや、とくに具体例はないんですけど……あっ、でも僕の知り合いがこんなことを言ってたんです! その人は『黒槍』って異名があって、どうして『黒槍』なのか聞いたら『黒いほうがカッコイイだろ!』って言ったんです。つまり、ダークエルフは『怖い』じゃなくて『カッコイイ』んですよ! そう思いませんか!」
アデルが力説する。しかしその演説は誰の心を打つこともなく、静寂が辺りを包んだ。
(こ、これは……お呼びでない状態……)
アデルが滑りすぎて失神しかけたその時……
「あははははっ、やっぱりアデル君は面白いね」
アデルの前に一人の美青年が笑いながら姿を現す。その後ろにはもう一人、無表情の青年がいた。
「ええっ! あ、あなたたちは……ラ、ラーゲンハルトさんっ、フォスターさんっ!?」
アデルは驚きの声を上げる。
「いや、僕は冒険者ラーゲルだよ。こっちは唯一無二の相棒の……名前なんだっけ?」
「スタンです」
「そうそう、それそれ」
二人はまったく緊張感も見せずにアデルに近づいた。
「みんな、ここにいる”英雄”アデルの言う通りだよ。ダークエルフはカッコイイ。要するに知的でクールな種族だ。邪悪かどうかは知らないけど、少なくとも意味もないのにみんなに危害を加えたりはしないだろう。そんなことをしても何の得もしないし、何よりこのアデルを敵に回してしまうからね。もし彼らがみんなに何か危害を加えようとしたら、アデルが黙っていないよ。そうだろ?」
ラーゲルは薄ら笑いを浮かべたまま、アデルに話を振る。
「そ、それはそうですけど、ダークエルフのみなさんはそもそも危害なんて……」
「だーかーらー! いきなりそれを信用しろだなんて言われても難しいから、『王』である君が責任を持つって断言して、みんなを安心させてあげればいいんだよ」
「せ、責任ですか……?」
「責任」という言葉の重みにアデルは一瞬、たじろいでしまう。
「王……? ”英雄”アデルが王に……?」
住民がラーゲルの発言を聞きざわめき始めた。
「そうだよ、みんな聞いてない? ”英雄”アデルはこの世界の腐敗した政治や、終わらぬ戦乱を嘆き、ついに自らが王となって立ち上がることに決めたんだ。彼はダークエルフやドラゴンたちまでも味方につけ、三万人のカザラス軍をあっという間に追い払った。五百人の北部連合軍なんて彼にとってはハエだよ、ハエ!」
「ド、ドラゴンですとっ!?」
ホプキンが驚く。ハイランド領内でもワイバーンによる家畜の被害が出ることはある。その場合の対処法は「ワイバーンが食べ終わるまで決して近づかない」というものだ。竜族は人間にとって天災のようなもので、その力の前に成す術はないというのがホプキンの認識だった。
「す、すごい……そんなアデル様が今後は俺たちを守ってくれるのか……!」
「もう、カザラス軍や魔物に怯えなくてもいいのか……アデル様、バンザーイ!」
「アデル様、バンザーイ!」
いつの間にか住人たちはアデルの支持に回り、歓声を上げ始めた。
「ちょ、ちょっとラーゲンハルトさん! 勝手に話を広めないでください!」
アデルはラーゲルに近づくと小声で注意した。
「いいじゃん、本当のことでしょ? あと僕はラーゲルだよ」
ラーゲルはまったく意に介した様子はなく、おどけてみせた。
「また悪知恵働かせてるのかい、ラーゲンハルト」
そこにフレデリカが部下を引き連れてやってくる。その体は返り血で染まっていた。
「だからラーゲルだってば。久し振り……じゃなくて、初めまして」
ラーゲルはフレデリカに向けてお辞儀をする。
「フレデリカさん、無事だったんですね!」
「あぁ。部下が一人、やられちまったけどね」
「それは……ご愁傷さまでした」
フレデリカの報告を聞き、アデルは眉をひそめた。
「ふっ。普通の雇い主なら『部下の命を何だと思ってるんだい!』って怒ることが多いけど、あんたの場合は逆だね」
「え?」
「あたしも部下も、ずっと金のために命をかける人生を送ってきた。その辺は割り切ってるよ。もちろん悲しいけど、戦場で生きていくつもりならさっさと切り替えないとね。いちいち仲間の死を引きずってる余裕なんてないんだよ」
「そ、そうなんですか……」
「あんたも親しくしてた部下や仲間が死ぬ日が来る。そういう覚悟はしておくことだね。ちょっとなら許すけど、いつまでもウジウジしてたらひっぱたくよ」
「ど、努力します」
自信なさげな表情を浮かべるアデルを見て、フレデリカは笑みを浮かべた。
「それと……今度から傭兵じゃなくて、部下としてあんたに忠誠を誓うからよろしく。あたしは水浴びしてくるよ」
「あぁ、はい……えっ? ど、どういうことですか?」
すでに背を向けて歩き出していたフレデリカは、アデルの問いかけに手を振って応えるだけだった。
「……あのフレデリカが部下として忠誠を誓うって? アデル君、どうやったらそんなことできるんだい?」
「し、知りませんよ! それよりラーゲンハルトさん、何しにここへ?」
「だーかーらー、僕はラーゲルだってば。こっちは相棒のスヴェンだよ」
「スタンです」
「そうだっけ?」
話し合うアデルたちにイルアーナが近づく。
「ラーゲルとやら。アデルに用件があるとすれば人前で話す内容ではないのではないか?」
「お、さすがイルアーナちゃん。話が分かるね」
馴れ馴れしくするラーゲンハルトをイルアーナは横目で睨む。そしてアデルたちは話をするために場所を移動するのであった。
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