演説
広場には多くのダークエルフが集まっていた。アデルが近く通ると皆が視線を向けてくる。居心地の悪さを感じながらアデルたちはジェランの屋敷に向かった。
屋敷の居間ではジェランたちがくつろいでいる。エントたちもソファに固まって眠っていた。
「おお、アデル君。どうだった?」
「ええ、実は……」
アデルはジェランに話し合いの結果を伝えた。
「ゴブリンやオークどもをつけあがらせてどうする! あいつらは力で押さえつけておかないと暴走する生き物なのだ!」
アデルの話を聞いてモーリスが怒り出す。
「その通りだ。お前は良いかもしれないが、それで迷惑を被るのは我々ダークエルフなのだぞ」
ギディアムもアデルを睨みつけた。
「最初に言っただろう? ゴブリンを甘やかすなと」
ジェランはため息をついた。
「す、すいません……」
次々に叱責を受け、アデルは小さくなった。
「お待ちください。一概にアデルを責めるのは間違っています」
エントを撫でていたイルアーナが立ち上がり、毅然と反論を始めた。
「ゴブリンやオークたちを従来のやり方で従えるには、戦って捕獲し、さらに服従を誓わせるという段階を踏みます。捕獲できる割合は数割程度、最終的に大人しく服従するようになるのは全体の二割程度にしかなりません。いまは早急な労働力の確保が求められます。アデルのやり方であればより多くの労働力が確保出来るかもしれません」
「し、しかし実際どうなるかはわからぬではないか」
モーリスがイルアーナの勢いに若干押されながら反論する。
「おっしゃる通りです。ならば、結果がわからぬのにアデルを責めるのも早いのではありませんか?」
「む、むう……」
モーリスがイルアーナの言葉に鼻白んだ。
「私もイルアーナさまに同意見です。ゴブリンやオークを力で従えるとなれば、こちらも無傷では済みません。一度試してみるのも良いのではないでしょうか?」
友好派のサブリーダーであるエイダもイルアーナに加勢する。
「もし断られたのなら、その時に力で従えれば良いでしょう。たいしたデメリットは無いうえに、成功した場合のメリットは高い」
リスティドもアデルの案を支持する。リスティドが自分を嫌っていると思っていたアデルには意外だった。
「なるほどな……わかった。ひとまずアデル君の言うようにやってみるとしよう。うまく行ったのであれば、ゴブリンやオークたちの待遇を改善する……それでいいかい?」
「は、はい!」
ジェランに話を振られ、慌ててアデルは返事をした。
「少し遅くなってしまったな……広場に皆が待っている。行こうか」
そしてジェランに促され、全員が広場へと向かった。
ジェランが広場に姿を現すと、それまで雑談に興じていたダークエルフたちが口を閉じ、一瞬で静寂が訪れた。
「全員、聞いてくれ」
落ち着いた、しかしそれでいて良く通る声をジェランが発する。
「イルアーナをはじめとする友好派が人間との共存を目指し、活動していたことは皆も知っているだろう。そしてここにいるアデルを人間の代表とし、新国家の建設に向けて動き出した」
自分の話が始まり、アデルは居心地悪そうに身じろぎした。
「それからまだ二か月ほどだが、このアデルは二匹の竜王を味方につけ、プリムウッドの一族の脱出を手助けし、三万のカザラス軍を撃退した。私はアデルはダークエルフの命運を託すに値する人間かと思うが……どうだ、リスティド?」
リスティドはジェランに向けて頷くと、一歩進み出て居並ぶダークエルフの群衆と向かい合った。
「私は人間が嫌いだ。イルアーナの言う人間の国とやらの必要性もよくわからない」
リスティドの言葉を聞き、アデルはギクリッとした。
「アデルの考え方は我々ダークエルフの物とは異なる。アデルの考え方の基本は相手の命と意志の尊重だ。非効率でありリスクが高い。どんなに自分が優位であろうと、敵を殺したり屈服させるのは最小限にしようとしている」
淡々と語るリスティドの話に、ダークエルフたちは静かに耳を傾ける。
「しかし……信頼に足る相手ではある。仮にアデルが我々より優位に立とうとも、この男が我々を裏切り敵に回るようなことはないだろう。さらにこの男の能力の高さには文句のつけようがない。個人的な武勇は皆も知っての通りだと思うが、奇想天外な発想による柔軟な戦術眼を持ち、人間からも恐れられている。この男に協力することにもう反対はしない。一族として協力するというのであればそれに従おう」
ダークエルフたちの間からどよめきが起こる。人間との共存を否定してきた反対派のリーダーであるリスティドがアデルに協力すると言ったことはダークエルフたちに衝撃を与えた。
リスティドの言葉にジェランが頷くと、今度はモーリスが進み出た。
「我々プリムウッド族は絶望の森で世界樹と共に滅ぶつもりであった。しかしこのアデルの説得と竜王様のお力によりカザラス軍の包囲を脱出し、新たな世界樹を育て森を作り上げるという誰もしたことのない偉業に携わることができた。我々はアデルへの協力を惜しまない」
モーリスが話にプリムウッド族のダークエルフたちが頷く。
「では決まりだ。マザーウッド族、並びにプリムウッド族は、これより全面的にアデルの新国家設立を支援する!」
ジェランが高らかに宣言すると、群衆から歓声が沸き起こった。離れたところではゴブリンやオーク、オーガまでもが雄たけびを上げていた。エントもアデルたちの足元でピョコピョコと飛び跳ねている。
「ではアデル君、皆に君からも一言」
「え?」
アデルの手をジェランが引っ張り、群衆の前に立たせた。全員の期待にこもった視線がアデルに注がれる。
(ど、ど、ど、ど、ど、どうしよう……!?)
汗を噴き出しながらアデルは体を硬直させた。
「あの~……え~と……ほ、本日はお日柄も良く……皆様には僕の名前だけでも覚えて帰っていただけたらなと……」
アデルは必死に人前で話す時に言いそうな言葉を思い浮かべたが、ダークエルフたちは怪訝な顔でアデルを見つめるばかりであった。
「……あふぅ……」
緊張と焦りが限界に達し、アデルはとうとう魂が抜けるように気絶してしまった。
「アデル!」
薄れゆくアデルの意識の片隅で、駆け寄るイルアーナの姿がぼんやりと見えた。
「まったく、お前というやつは……」
「いや、面目ないです……」
広場での一件からしばらく経ち、目を覚ましたアデルはイルアーナ、ポチと共にダークエルフの里の外れにきていた。
アデルたちは野原に座り、夕焼けに染まる空を眺めている。
「王となったら、人前でスピーチすることなど日常茶飯事だ。慣れておけ」
「そ、そんなこと言われても……何しゃべっていいかわからなくて……」
アデルはイルアーナに怒られている間、ポチは無表情に地面を飛び跳ねる虫を目で追っていた。
(ん……?)
その時、アデルはなにかすさまじい気配が猛スピードで接近してくるのを感じた。
「イルアーナさん、何かヤバイのが……!」
アデルが言い終えるより早く、その気配の主が目の前に現れる。
象のように巨大な狼……二つの鋭く青い瞳がアデルたちを睨みつけていた。
(こ、殺される……)
目の前の巨大な獣を見て、アデルは再び気絶しそうになっていた。
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