栄光の野望
「まったく……まるで野盗だな」
エルゾの冒険者ギルド本部で、冒険者ギルド長であるコンラートは呟いた。ギルド内はあちらこちらに物が散乱し、ひどい状況だ。ギルドの職員が総出で片付けに奮闘していた。
さきほどまで冒険者ギルドはカザラス帝国第四平定軍団長ダーヴィッデ自らの手勢による、ラーゲンハルトの捜索が行われていた。人が隠れられない引き出しや物入は関係ないはずだが、ダーヴィッデの兵はそこも漁り、時にはギルド内の店の店員の目の前で売上金を懐にしまったりしていた。それに気を取られたのか捜索自体は非常にずさんで、ギルド内の至る所にある隠し扉は一つも発見されないまま捜索を終えた。
「コンラート様」
いつの間にかコンラートの傍らに立っていた黒いドレスを着た浅黒い肌の美しい女性がささやく。”黒秘”オルティア、冒険者ギルドの諜報部門の責任者であった。
「何か情報は?」
「ラーゲンハルトの行方はわかっておりません。『影』が協力しているようですが、報告に来ないもので……」
冒険者ギルドが闇で運営している諜報部門は、調べる相手はもちろん、雇い主の情報まで集めて管理している。その情報を保持し、時には漏らすことで巧みに利用しているのだ。ラーゲンハルトが雇っている「影」はすでに冒険者ギルド所属ではないが、この諜報網を利用している。情報という商品を別の情報や金銭で売り買いするのだ。国や貴族、有力者が個人的に雇っている間者もこのシステムを利用しない者はいない。結果、冒険者ギルドには世界中の情報が集まってくる。
「自前では探していないのか?」
「調査はしております。しかし相手は抜け目のないラーゲンハルトたちと『影』です。ロスルーからこちら方面に出発する姿を目撃した者もおりますが、そのまま素直にこちらに向かっているとは限りません」
「こちらのやり口を知っているのは厄介だな……引き続き探索を」
「承知しました。それと、ヴィーケン王国ハイランド支部より面白い報告が届いております」
「ハイランド?」
コンラートはわずかに首をかしげる。
「はい。貧者高原近くに位置する小都市で、ニコラリーさんがギルド長を務められております」
「ニコラリーか。あやつめ、そんな田舎で隠居しておったか……」
コンラートは鼻を鳴らす。
「ハイランドから通信機で送られてきたメッセージがこちらです」
「通信機」とはグランドピアノほどの大きさがある魔道具だ。しかしその大掛かりな装置に比べ利便性はダークエルフが使う風通信よりも低く、専用の小さな筒一本を冒険者ギルド本部に転移させる、もしくは受け取るだけの力しかない。大抵はその筒に手紙を折りたたんで押し込み、情報をやり取りする目的で使われている。
「どれ……」
オルティアから手紙を受け取り、コンラートが目を通す。
「アデルが……国を造る……!?」
コンラートは自分の目を疑い、もう一度手紙を最初から読み直した。
「はい。アデルとフレデリカがハイランド領主とそう話していたそうで、すでにハイランドも傘下に入る話し合いをしているそうです。アデルと言えば竜やダークエルフと共にカザラス軍を撤退させたばかり……」
オルティアの話を聞きながらコンラートは腕を組んで唸った。
「ううむ……手際が良すぎる……誰にも知られることなく強力な戦力を用意し、帝国へ侵入、絶望の森のダークエルフを救出、カザラス軍を撃退、ハイランドで独立……もしかすると北部連合の独立すらアデルの計略だったのか……!?」
「ただの猟師という出自も怪しいものです。アデルに関する情報はあまりにも少ない。家だったという木こり小屋を調査しましたが、とても普通の人間が暮らしていける場所ではありませんでした」
「もしかするとアデルはあくまでも人間の協力者であり、主体はダークエルフのほうかもしれん。それなら竜やハーピーを操れることにも納得がいく。やつらはゴブリンやオークなど、他種族を従えているからな」
多くの人間にとってダークエルフはおとぎ話の存在であるが、冒険者ギルドとはたびたび小競り合いを起こしている。冒険者が森で薬草を採取したり魔物を狩る時や、同じ場所での諜報活動中に鉢合わせることもあった。
「アデルを表向きの王として、裏でダークエルフがそれを操るということですか?」
「そうだ。あのイルアーナとかいう女もダークエルフだったのだろう。アデルもあの女に従っている様子だった。ヴィーケンを分断し、各個に撃破。ダークエルフが支配する国を造るのつもりなのかもしれん。”英雄”アデルであれば従う人間も多いだろうしな」
「ヴィーケン国内の情勢……注意しなければなりませんね」
「引き続きよろしく頼む。ああ、それと……」
「失礼いたします」
コンラートが振り向くと、オルティアの姿は音もなく忽然と消えていた。
「オルティアめ……片付けを手伝え……!」
コンラートは恨めしげにつぶやくと、自身も片付けをするギルド員たちに加わった。
ハイランドを発ったアデルたちは黒き森に向かって進んでいた。
「……ていうわけなんです」
ウルフェンの背中に揺られながらアデルが言った。イルアーナにハイランドでのことを説明したところであった。
「降伏と言われてもな……お前から見て、その男は優秀だったのか?」
イルアーナが訪ねてくる。アデルの相手の能力を見る力についてはまだイルアーナとジェラン、そしてモーリスしか知らない。
「内政がちょっと得意そうなだけで、平凡そうな方でした」
「ふむ……まあお前の判断に任せるが、その男を今のままの待遇で迎え入れるならば、将来他の者にハイランドを領地として与えることが難しくなるということだ。よく考えるのだな」
「……領地?」
考えたこともない話をされてアデルの頭の上にハテナが浮かんだ。
「そうだ。お前は今後、王として幾人もの部下を召し抱えることになる。優秀なものには領地等を授与しなければならなくなってくるだろう。さもなくば、誰もお前の下で働きたいとは思わん」
「な、なるほど……」
アデルはまさか実際に自分が領地を分け与える立場になるとは思っていなかった。
(正直、序盤の人材不足な時なら雇うけど、後半いらないタイプの人だよなぁ……)
アデルは日本で遊んだ「栄光の野望」というゲームのことを思い出した。戦国時代の一大名となって全国を統一するゲームなのだが、敵の優秀な武将を部下に登用することが出来るため、そのうち能力値の低い武将はいらなくなってしまうのが常だった。
(でもこれはゲームじゃないし、敵の武将が味方になるわけじゃないだろうからな……)
アデルは頭を悩ませた。
「う~ん……考えてみたんですけど、僕たち領地運営の経験もないし、ヴィーケンの騎士の常識とか考え方も知らないですよね? そういうのわかる人がいたほうが今後やりやすくなるかなと思うんです」
「ふむ、確かにそうだな。内政も得意なのであれば問題はないと思うが……やや心配なのは、我々のことも裏切ってまた別の相手に取り入ろうとしないかだな」
「そ、それはありえそうですが……でも人間を味方につける上ではその心配はずっと付きまといますよね……」
「そうだな。そこはお前にしっかり手綱を握ってもらうしかないか……」
「えっ、えぇ……」
イルアーナの言葉に、アデルは顔を引きつらせるしかなかった。
お読みいただきありがとうございました。




