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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第四章 脱出の章

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老兵

 五人の人影がヴィーケン側からガルツ要塞に近づいている。一人の中年の男が先行し、他の四人がどうにかそれに付いて行っているといった様子だ。


「ほとんど休憩も取らずに……なんという体力だ……」


 先を行く男――ドレイクの背中を見ながら、ウルリッシュは息も絶え絶えに呟いた。旧ハーヴィル王国からヴィーケンへ亡命してきた彼は、わずかな部下とともにカザラス帝国に一矢報いるために敵地である北部連合領内を突破してここまでやってきた。検問所や巡回の兵を強行突破してきたため、鎧は返り血で汚れている。


「おじいちゃん……あれ……」


 肩で息をしながら足を引きずるように歩いていたオレリアンが指をさす。


「おお……守り抜いたのか……」


 オレリアンが指さした先、ガルツ要塞の尖塔には盾と槍を模した紋章が描かれた、ヴィーケン王国の旗がはためいていた。




「これは手ひどくやられたな……」


 ウルリッシュはガルツ要塞の惨状を見て呟く。ヴィーケン側から見たときはそれほどでもなかったが、中に入ると無残に破壊されたカザラス側の城壁が良く見えた。


「ウルリッシュ殿!」


 そこにガルツ要塞の指揮を執るハイミルトがやってきた。


「ずいぶんとひどい格好ですな」


 ハイミルトがウルリッシュたちのボロボロの姿を見て言う。


「ふははっ、ひどい状態なのはお互い様か」


 ウルリッシュは自分の姿とガルツ要塞の城壁を見比べて笑った。会議などではお互いの立場から反発し合うことが多い両者だが、武人としてお互いに敬意は持っていた。特にハイミルトは年が下なうえ、ハーヴィルの将として戦っていたウルリッシュの武勇は大陸中に知れ渡っており、憧れの念すら持っている。


「しかしここまで来れたということは、北部連合領内の警戒はそれほどでもないのですか?」


「いや、あちこちに検問所が設けられていた。彼がいなければ辿りつけなかっただろう」


 ハイミルトの質問に、ウルリッシュはドレイクを見つめた。ドレイクは水筒に水を補給していた。それが終わると荷物を背負い、カザラス帝国側の門から出ていこうとする。


「ま、待て! 許可が無ければ通すわけにはいかん!」


 衛兵が止めようとすると、ドレイクは衛兵を無言で睨みつける。その迫力に衛兵は後ずさった。


「もう行かれるのか、ドレイク殿。少しは休んだ方がいい」


 ウルリッシュがドレイクに声をかける。


「悪いが先を急ぐ」


 ドレイクは素っ気なく答えた。


「まあ、気持ちはわかるがな。おい、通してやってくれ」


 ウルリッシュの言葉を聞いた衛兵はそれでも躊躇していたが、ハイミルトが頷くのを見ると、ドレイクに道を開けた。そしてドレイクは無言のまま、振り返りもせずに城壁の向こうへと姿を消した。


「彼は一体……?」


 ハイミルトがウルリッシュに尋ねる。


「さあな。途中の検問所で北部連合軍と戦っていたので、一緒にここまで来ただけだ。ドレイクという名と化け物みたいに強いということ以外は知らん。もし許可を出さなければ、皆殺しにされていたかもしれんな」


「ほう……だとすればヴィーケンから出て行ってくれたのはありがたいと考えるべきか……」


 ハイミルトは眉間にしわを寄せて、ドレイクが消えた方向を見つめた。


「して、ウルリッシュ殿はなぜここに?」


「エリオット王の臆病さに呆れ果てたからだ。ガルツが落ちればヴィーケンは終わりだ。にもかかわらず、南部の守りを固めることを優先し、ガルツへの援軍はあきらめた。このままヴィーケンに留まっていてもカザラスへ一矢報いることなどできない。そう判断してヴィーケン王国に見切りをつけ、せめて最後にカザラス軍に一太刀と思いここまでやってきたのだ」


「なるほど……王はそういう判断でしたか」


「カザラスが撤退したとはいえ、北部連合の兵は健在。状況が動かない限り、王都側から支援が来ることはないだろう。こちらの状況はどうなのだ?」


「死傷者も出ていますが、ご覧の通り城壁の損傷がひどいです。食料はもうしばらく持ちますが、本国から補給が届かなければ困ったことになります。それに撤退はしたものの、カザラス軍側の死傷者は多くありません。またいつ攻めてくるかもわからぬ状況ですので、城壁の修理優先で、北部連合と戦うような余裕はこちらにもありません」


 ハイミルトはため息をついた。


「ふむ……不思議なのだが、どうやってカザラス軍を追い払ったのだ? これだけ激しく攻めて来たのであれば、カザラス側にも相当な死傷者が出ているはずだろう?」


「それはですな……」


 ウルリッシュの疑問にハイミルトは慎重に言葉を選ぶ。部外者であるウルリッシュにどれだけの情報を与えて良いものか悩んでいた。


「実はカザラス軍が撤退したのは第三勢力の介入があったからでして……」


「第三勢力?」


 ウルリッシュが眉をひそめる。


「ええ。アデルという男を知っていますか?」


「”英雄”アデルとか言うやつか。聞いたことはあるが……そいつが傭兵でも率いてやってきたのか? それでは大した戦力にならぬだろう」


「おっしゃる通り少数でしたが……それでも敵を混乱させ、撤退させる力を持っていたのです」


「そんな男が……!?」


 ウルリッシュの瞳に光が宿る。


「そいつは今どこに?」


「ウルリッシュ殿がここに来るまでに遭遇しなかったのであれば、北の方に行ったのでしょうな。貧者高原を抜け、黒き森の方に行っているかもしれません」


「黒き森? あのダークエルフが住んでいるという森か……だが、なぜそんなところに? アデルはヴィーケン軍の所属なのだろう?」


「それが……」


 ハイミルトは言い淀んだが、ウルリッシュに情報を与えることにした。


「詳しいことは申せませんが、アデルはヴィーケン軍から暗殺されそうになり、姿を隠していたのです。そして今は独立した勢力として活動しているようです」


「暗殺? だが、それならガルツ要塞の防衛に手を貸すのはおかしいのでは?」


「どうやらカザラス帝国とはすでに敵対しているようです。ヴィーケン王国との関係も今後どうなるかはわかりませんが、まずはカザラス帝国を撃退することが共通の利害だったため手を貸してくれたようです」


「カザラス帝国と敵対……そんな度胸と力のある男がこんな近くにいたとは……」


 ウルリッシュは茫然と呟いた。


「……お会いになるおつもりで?」


「もちろんだ」


 ハイミルトの問いかけにウルリッシュは即答した。


「そうですか……お気を付けください。アデルたちは少し……いや、だいぶ特殊ですから」


「ふっ、心配はいらん。軍からはみ出した者たちなどいくらでも見て来た。扱いは心得ておる」


 ウルリッシュは微笑んだ。


(アデルたちと会ったら、きっと驚くだろうな……)


 ハイミルトはそう思うと、少しいたずら心が刺激されにやりと笑った。

お読みいただきありがとうございました。

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