謎の生き物
イルアーナの父親でありマザーウッド氏族の族長、ジェラン・マザーウッドの屋敷は巨木マザーウッドの根元にあった。二階建ての立派な屋敷は人間の貴族の屋敷に引けを取らない出来だ。
「正直に言うが、父はあまりお前を歓迎しないだろう。先に少し話をしてくるからここで待っていてくれ」
イルアーナに硬い表情で言われ、ますます緊張しながらアデルは屋敷の前で一人で待つことになった。本来なら屋敷に招き入れて部屋で待たせるのが礼儀であろうが、それだけ嫌われているのであろう。
(いきなり殺されたりはしないよな……)
一人残され心細くなったアデルは不安になった。その時……
「きゅー」
「ん?」
何かの鳴き声が聞こえた。アデルが視線をやると、近くにあった茂みから白い動物が近づいてくる。
(キツネ……いや、イタチ?)
見たことのない生き物だった。短い手足に細長い体。体はモフモフの白い体毛に覆われており、黒いつぶらな瞳がアデルを見上げている。イタチに近い姿をしていたが、耳はウサギのよりも長い。ツヤツヤの毛並みはどこか気品すら感じた。
(かわいい……撫でたい……)
見た目と違って凶暴な魔物もいるが、アデルは衝動を抑えられず、しゃがみ込んでその生き物に手を伸ばした。その生き物は伸ばされたアデルの手を見つめ、恐る恐る匂いを嗅いだが、危険はないと判断したのかアデルの足に近寄ると体をこすりつけ始めた。
「わー、わー」
そのかわいらしさに感嘆の声を上げながら、アデルはその生き物を撫でた。手触りも最高だ。ひとしきり撫でられると、その生き物は後ろ足で立ち上がり、アデルの目を見つめた。長い耳が地面につきそうだ。
「お手」
アデルは手を差し出し、なんとなくお手を促してみた。その生き物は不思議そうに差し出された手を見ながら首を傾げた。
「こうするんだよ」
アデルはその生き物の前足をとって自分の手に乗せる。
「はい、お手」
アデルはもう一度、手を差し出した。すると今度はその生き物が前足をぽんとアデルの手に乗せてきた。
「わー、賢い!」
アデルはデレデレになってまたその生き物を撫でまわした。
「きゅー」
その生き物は表情を変えず尻尾を振っている。
「なんだそいつは」
数分して、イルアーナが屋敷から出てきて不思議な生き物と戯れるアデルを見つけた。
「あ、イルアーナさん。この子、この里で飼っているわけじゃないんですか? ずいぶん人懐っこいですけど」
「初めて見る生き物だ」
イルアーナも傍らに膝をつき、その生き物を観察している。
「ここにいたら、そこの茂みから出て来たんですよ」
「ほう」
「イタチっぽく見えますけど、それにしては耳が長いですよね」
「ほう」
「もしかするとイタチとウサギの雑種なのかな」
「ほう」
イルアーナの視線はその生き物にくぎ付けで、全然アデルの話を聞いている様子はなかった。
「……撫でます?」
「そ、そうか。お前がそこまで言うなら私も撫でよう」
(……すごく撫でたかったんだな)
イルアーナは頬を緩めながらその生き物を撫で始めた。
「きゅー」
その生き物もイルアーナに抵抗することなく、されるがままだ。
「イルアーナさんも見たことのない生き物……」
アデルの頭に日本で見た漫画の数々の記憶がよみがえる。
「こいつは……ホワイトドラゴンかもしれません」
「ホワイトドラゴン?」
「ええ、だいたいこういう可愛くて白い生き物はあとでホワイトドラゴンだと判明するものなんですよ」
「それは……どこの世界の常識だ?」
「いや……そういうおとぎ話みたいなものを読んだだけなんですけど……」
「……まあ、本当にホワイトドラゴンなら味方につけて損はないな」
アデルの話をまったく信用していない様子でイルアーナは生き物を撫で続けていた。
(それにしても……)
アデルの視線は一点にくぎ付けになっていた。しゃがみ込んで生き物を撫でるのに夢中になっていたイルアーナはスカートの奥まで無防備になっていたのだ。
(こっちもホワイトか)
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