反乱
貧者高原を流れる何本もの川はハイランド周辺で合流している。水害に悩まされることは多いものの、貧者高原と違い豊かな土壌が広がっていた。もっともその範囲はあまり広くはなく、さらに下流のオリムに比べるとその差は歴然だ。
アデルは一人ハイランドの入り口に向かう。イルアーナら他の一行は春になりだいぶ背の伸びて来た麦の畑に身を隠してアデルを待つことになっている。
ハイランドの出入口は昼間にもかかわらず門が閉じられていた。町を囲む石壁の上には兵が配置され厳戒態勢だ。
(ハイランドも北部連合に加わったんだっけ……カザラス軍が撤退したことで警備が厳重になったのかな……これじゃ中に入れないか……)
アデルは門へと近づいてみた。
「おい、そこのお前! 町は現在閉鎖中だ! 日を改めろ!」
案の定、門の上にいる兵士がアデルを制止した。
「あの、中にいる知り合いと会いたいんですけど!」
アデルは兵士に大声で呼びかける。
「駄目だ、駄目だ、帰れ!」
しかし兵士は取り付く島もなくアデルに向かってしっしっと振り払う仕草をした。
(仕方ないか……)
風魔法による通信は発信側にも受信側にも風魔法が使えなければならない。レッドスコーピオ自由騎士団と連絡を取るには直接会う必要があった。アデルが諦めて帰ろうかとしたその時……
「おお、アデルじゃねぇか!」
防壁の上から声がした。アデルが上を向くと、レッドスコーピオ自由騎士団のメンバーが防壁の上に何人か立っていた。
「そ、そんなとこで何してるんですか!?」
「ちょっと臨時の仕事でな。今、門開けるからそこで待ってろ!」
「え?」
アデルが呆気に取られているうちに、レッドスコーピオ自由騎士団のメンバーはがやがやと下に降り始めた。
「だ、駄目だ! 勝手に開けるな!」
「かてぇこと言うなよ、知り合いだから大丈夫だ」
何やら揉めている声が聞こえてくるが、アデルがしばらく待っていると門がきしむ音を立てながら開き始めた。木で出来た門は要所を金属で補強されてはいたがところどころが痛み、厚みもそれほどない。
「さあ、入ってくれ。姉御なら宿屋にいるぜ」
レッドスコーピオ自由騎士団のメンバーが開いた門から手招きをする。
「あ、ありがとうございます」
アデルは恐る恐る中に入る。笑顔で迎え入れるレッドスコーピオ自由騎士団のメンバーとは対照的に、ハイランドの兵士たちは怖い目でアデルを見ていた。
「このことは伯爵様に報告させてもらうからな!」
「あぁん?」
「ひぃっ!」
レッドスコーピオ自由騎士団のメンバーが睨みつけると、ハイランド兵は小さく悲鳴を上げて押し黙る。
「す、すいませんね」
アデルは頭をペコペコと下げながらハイランドに入った。
「てかよ、アデル。カザラス軍を追い払ったんだろ? すげぇじゃねえか!」
レッドスコーピオ自由騎士団のメンバーの言葉に、ハイランド兵はぎょっとした顔になる。
「あ、あんまりそういうことを大っぴらに言わないでください……」
カザラス軍と手を結んでいる北部連合からすればアデルは敵ということになる。アデルは慌ててレッドスコーピオ自由騎士団のメンバーを制止した。
「あぁ、すまんすまん。まあ気にすんな!」
レッドスコーピオ自由騎士団のメンバーにバンバンと背中を叩かれながら、アデルは冒険者ギルドに向かって歩き出した。
アデルは冒険者ギルド兼宿屋に足を踏み入れる。前に来た時と違って、店内はガランとしていた。中には店主であるニコラリーとリピーターズの三人、そして空のジョッキに囲まれてテーブルに突っ伏して寝ているフレデリカだけであった。
「いらっしゃ……おや、君は……」
ニコラリーはアデルを見て驚いた表情をした。
「どうも、お久しぶりです」
「デルガード君……だったね。何か注文は?」
「あ、すいません、そこの女性に話があるだけなんですけど……」
「わかったよ。どうぞごゆっくり」
ニコラリーは微笑みを浮かべる。アデルは少し違和感を感じながらも、そのままフレデリカと同じテーブルに座る。
「ん……おお、アデルかい」
目を覚ましたフレデリカはかなり酒臭かった。
「フ、フレデリカさん、ちょっとお話があるんですけど……」
「流石だね、アデル。カザラス軍をやっつけたんだって?」
「そ、その話はちょっと置いといてください!」
アデルは人目を気にしながら言う。リピーターズがちらちらとアデルの方を見ていた。
「なんて言おうかな……イルアーナさんの実家に行ってくるので、何日か留守にします」
アデルは他人にはわからないように言い方に気を付けながらしゃべった。
「おっ、結婚の挨拶かい?」
「ち、違いますよ」
アデルは顔を赤くして否定する。
「まあ、あたしらも臨時の仕事にありついたからね。でもいつでも辞められるって条件だから、何かあったら遠慮なく言っておくれよ」
「そう言えば、部下の方が防壁の守りについてましたね」
「ああ。この宿で滞在してたら何か知らないけど、この町の領主が反乱を起こすから、町の防衛を手伝ってくれって頼まれてさ」
「反乱? ヴィーケンから北部連合として、っていうことですかね」
アデルは首をひねる。
「いや、北部連合かららしいよ」
「え? それってどういう……」
しかしその会話は勢いよく開け放たれた入り口の扉の音によって遮られた。一人の中年の騎士が必死の形相で店に飛び込んでくる。そしてアデルを視界に捉えるや否や、アデルに駆け寄った。
「そ、そうだ、確かにこんな顔だった!」
中年の騎士はアデルの顔をまじまじと見つめながら言った。
「あの……どちら様で?」
「私はホプキン・タウシッグ伯爵、このハイランドの領主だ。アデル殿、どうかお力をお貸しくだされ」
「ええっ……」
めんどくさいことになりそうな予感にアデルは顔をひきつらせた。
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