亡霊
「うぐっ……な、なんだこれは……!?」
リンジェイ・マローン子爵は肩の痛みに目を覚ました。体はロープで縛られ、他数人の兵士とともに地面に座らされている。目の前には黒い仮面をした男と、顔を包帯で覆い体をローブで隠している人物が三人、それにボーっとしているツインテールの少女が一人と、その周りに様々な表情の徴集兵たちがいた。さらにその後ろには謎の巨大な生物がおり、暇そうにあくびをしている。
(そうだ、俺はアレから逃げようとして矢で撃たれ……こいつらがアレに乗っていた奴らか!)
リンジェイは状況を理解し、冷や汗を垂らした。
「気が付きましたか?」
黒い仮面の男――アデルがリンジェイに話しかける。
「お前たち、何をしている! こいつらを殺せ!」
リンジェイは周囲にいる徴集兵たちに怒鳴った。しかし彼らは目を背けるばかりで、リンジェイの命令に従う者はいない。
「あの……彼らはこちらに寝返ったので、もうあなたの部下ではありません」
「な、なんだと!?」
アデルの言葉を聞き、リンジェイは怒りをあらわにする。
「国を裏切るとは……この卑怯者どもが!」
(……いや、それあなたが言えることではないでしょ)
アデルは内心であきれ果てた。リンジェイは能力的にも少し武力が高い程度だ。
(この人の下でずっと戦ってたら大変だったろうな……)
リンジェイは目の前の男がかつて自分の下で戦った男だとは気づいていなかった。
「こんなことをしてタダで済むと思うなよ! 俺たち、北部連合はカザラス帝国と手を結んでいるのだ! もうすぐガルツ要塞が落ちて精強なカザラス軍が押し寄せてくる。そうなればお前らは終わりだ!」
「北部連合?」
ヴィーケンを離反した主要メンバーである三人の侯爵はそれぞれ自分が主導権を握ることを主張し譲らなかった。そのため統一した指揮系統は作られず、各々が独自に動く「連合」となったのである。
「そうだ、知らぬのか? ソルトリッチ州とガーディナ州、そして我がソリッド州が腐敗したヴィーケン王国を正すため、偉大なるカザラス帝国と手を組み立ち上がったのだ!」
「ヴィーケンの政治ってそんなに腐敗してるんですか?」
「当然だ。ヴィーケン王エリオットが見苦しくもその地位にしがみつくため、どれだけの血が流れたと思っているのだ? 多くの兵の命よりも私利私欲を優先する者など、王にふさわしくないであろう!」
「つまり……さっさとヴィーケンは降伏するべきだったと? それはそれで無責任な感じもしますけど……」
「も、もちろん苦渋の決断ではあろうが、それをするのが上に立つ者の責務であろう!」
「北部連合の貴族の皆さんはずっと反対してたんですか?」
「と、当然、内心ではずっと反対していた!」
(表立っては反対していなかったのか……)
リンジェイの言い訳じみた話にアデルは苦笑いを浮かべた。
「相手が強いからと服従する者が、人の上に立つ者がどうあるべきかを論じるなど笑わせる」
隣で聞いていたイルアーナが鼻を鳴らす。
「それにヴィーケン王が私利私欲を優先しているだと? ヴィーケン王の質素な暮らしは貴族たちの間では有名であろう。ヴィーケン王が降伏しないのはあくまでも名誉の問題であろうな」
「ぐぬぬっ……!」
イルアーナの言葉に言い返せず、リンジェイが唸った。
「ヴィーケンの王様ってそんな質素な生活をしてるんですか?」
「ああ。若いころからあまり浮いた噂もなく、そのせいか後継者も作れなかった。日々の食事も下級貴族並みの物らしい。装飾品も新しく買うことはほとんどないそうだ」
アデルの疑問にイルアーナが答えた。
「へぇ、そうなんですね」
「そうだったのか……」
「いい王様じゃねぇか」
アデルだけでなく、周囲の徴集兵たちも話を聞いて感心していた。王がどんな暮らしをしているかなど彼らは知る機会がなかったのだ。王の名前すら知らぬ者も多い。
「ふ、ふん! そのヴィーケン王もおまえらも終わりだ! すぐそこまでカザラス軍が迫っているのだからな! この縄を解き、大人しく捕虜になるのであれば命だけは助けてやるぞ」
リンジェイは精一杯凄みのある顔で周囲を睨みつけた。
「あぁ、まだ言ってませんでしたね。カザラス軍なら撤退しましたよ」
「……は?」
アデルの言葉が理解できず、リンジェイは間の抜けた顔になった。
「あのアースドラゴンさんたちの協力で、カザラス軍は撤退しました。ガルツ要塞はだいぶ壊されちゃいましたけど、ハイミルト様たちガルツの軍も無事です。なのでしばらくはカザラス軍は来ません」
「カザラス軍が撃退された? そんな馬鹿な……」
アデルの話を聞いても信じられず、リンジェイは茫然と呟く。
「こいつからはろくな情報も聞けなそうだ。それにこいつらを捕まえておく余裕もない。処刑するという選択肢はお前にはなかろう。ならばガルツ要塞に引き渡して、先を急ごう」
「そうですね……」
イルアーナの言葉にアデルも同意する。
「ちょ、ちょっと待て! それはマズイ! 反逆罪で死刑になってしまう!」
リンジェイが慌てて叫び出した。
「俺はリンジェイ・マローン子爵、オリムを治めるコズル・マローン侯爵の息子だ! 俺を開放すればお前たちの望みをかなえてやろう! な? た、頼むよ、俺を見逃してくれ!」
「えぇっ……」
懇願するリンジェイにアデルは顔を引きつらせる。
(正直、あんまり関わりたくない……)
そう思ったアデルはどうにか断る理由を考えた。
「そ、そうですか。じゃあ、コズル侯爵に降伏するようにと説得してもらえますか?」
「お安い御用です! ではこの縄をほどいていただけますか!」
「あぁ、はい……」
アデルはリンジェイの縄をほどいてやる。
「では、急いで父を説得してまいります! それでは!」
リンジェイは脱兎のごとく逃げ出した。皆、冷ややかにその背中を見送る。
(馬鹿め、このまま逃げるに決まっているだろう! 平民どもめ、覚えていろよ!)
リンジェイは走りながら、心の中で復讐の炎を燃え上がらせた。
「……あの人、僕らが誰かすら確認せず行っちゃいましたね」
「まあ放っておけばよかろう。また戦場で会えれば殺すのにも心が痛まないだろうからな」
イルアーナは小さくため息をつく。アデルのように能力値など見るまでもなく、リンジェイを小者と認識したようだ。
「あの……アデル様、もしよければなんですが……リンジェイ様が持ってきた食料を皆に分けていただけませんか? ろくに食べていないものがほとんどで……」
そこにおずおずとイラスが申し出る。徴集兵たちもその言葉にうんうんと頷いていた。
「あぁ、いいですけど……えっと……」
アデルは取り合いにならないようにと誰かに分配を任せることにした。
(こういう場合、重視する能力値は内政でいいんだろうか……それとも指揮? 知謀だと自分の取り分多くしそうだし……)
アデルはしばらく能力値に関して思いを巡らせた。
「ミルドさん、分配の指揮をとってもらえますか?」
アデルはとりあえず内政も指揮も平均より高いミルドにお願いした。
「えぇっ、わ、私ですか! わ、わかりました」
ミルドは戸惑いながらも、アデルの指示に従った。
「がんばれよ、村長」
ミルドにリオが声をかける。どうやらミルドはマライズ村の村長だったようだ。食料を受け取った徴集兵から喜びの歓声が上がる。
「なあ、アデルだっけ? これ貰っていいか?」
リオがリンジェイのテントの脇に立てかけてあった槍を持ってきて聞いた。リオが使っていた手製の槍とは比べ物にならないくらいしっかりした造りの物だ。
「まあ、べつにいいですけど……」
アデルもダークエルフたちもあまり槍は使わない。それにどうせ他人の物だったので、あまり考えずに了承した。
「へへ、ありがとよ」
リオは満足げに手にした槍を見つめた。
「ところで槍使いなのはわかりますけど、どうして”黒槍”って異名なんですか?」
「なんでって……カッコイイだろ、黒いほうが」
当然といった感じでリオが答える。
「……ですよね」
黒い仮面をしたアデルは頷いた。
そして徴集兵たちはいったん解散となり、それぞれの村へ帰ることになった。捕虜になるよりはマシという理由でアデルたちに仕えるという者もいたため大喜びだった。必要になったら招集することになっていたが、果たしてどれくらい集まるかはわからない。アデルたちに仕えるのを拒んだ兵も武装を解除したうえで解放した。拒む理由はやはりダークエルフに対する猜疑心が強かったようだ。
「あの兵たちを帰して良かったのか?」
リスティドがアデルに近寄ってきて尋ねた。
「ええ。とりあえずは必要ありませんし……それにあまり徴集兵は使いたくないんですよね」
「なぜだ?」
「だって……民を守るために国があるのに、国を守るために民に命を捨てさせるなんておかしくないですか?」
アデルの言葉にリスティドは黙ってアデルを睨んだ。
「あ……すいません、何か間違ったこと言っちゃいました?」
「いや……その民というのには我々ダークエルフも含まれているのだろうな?」
「もちろんそうですけど……」
「ならいい」
リスティドが背を向けて歩き去る。よくわからないがアデルはほっとした。そして再び、アデルたちはアースドラゴンを送り届けるために出発したのであった。
「ちっ、ここにも検問所が……」
ウルリッシュは舌打ちをした。ヴィーケン王国に亡命していた旧ハーヴィル王国の四人はヴィーケン王国に見切りをつけ、ガルツ要塞に向かう途中であった。なんとか州境の警戒網は突破したものの、ガルツ要塞に向かう道筋にはいくつもの検問所が設けられていた。
「迂回するのは大変そうだね、おじいちゃん」
オレリアンが呟く。検問所は川と森に挟まれた場所に建てられている。木の板で即席の塀が作られ、狭い入り口を通らなければ向こう側に行けなくなっていた。迂回して森の中を進むことは出来そうであったが、だいぶ時間をロスしてしまう。
「待て、何か様子が変だ……」
ウルリッシュは耳を澄ました。検問所の向こうから金属を打ち鳴らす音が聞こえる。かつて飽きるほどに聞いた、戦いの音だ。よく見れば検問所であればいるはずの衛兵の姿が入り口になかった。
「行くぞ!」
ウルリッシュは腰に差していた剣を抜き放つ。伏剣ルハビリス――魔を打ち払うと言われる聖剣でハーヴィル一の名刀と謳われる逸品である。
「はい!」
オレリアンも剣を抜くと、ウルリッシュと共に駆け出した。
「お、お待ちください!」
「状況もわからずに行くのは危険です!」
同行する騎士、サージェスとウッディが止めようとするが、ウルリッシュとオレリアンは止まることなく検問所に飛び込んだ。
「こ、これはっ!?」
ウルリッシュたちを臭気と熱気と湿気が包んだ。そこには十人以上の無残な死体が転がっていた。全ての死体が強烈な一太刀を浴び、大量の内容物をまき散らしていた。一気に放出された熱い血液が周囲を不快な空間にしていたのだ。
検問所の奥には数十人の北部連合兵がまだ残っている。彼らはそれぞれ武器を持ち、たった一人の男を囲んでいた。しかし怯えた目をしているのは、圧倒的多数であるはずの北部連合兵だった。
(あの男が一人でやったのか……!?)
ウルリッシュは囲まれている男に目をやった。中年の男で手には剣を握りしめている。その体は自身の物か返り血なのか不明だが真っ赤に染まっていた。
(あの武のオーラ……昔の”剣者”ルトガーに引けを取らぬ……)
かつてのライバルを思い出し、ウルリッシュに緊張が走る。
(だが……とりあえずの敵は共通!)
ウルリッシュは男を囲んでいる北部連合兵に走り寄った。完全に全ての注意力を男に向けていた北部連合兵たちは不意を突かれる。
「あ、新手だ!」
ウルリッシュが振り下ろした剣で一人、返す刀でもう一人が血しぶきを上げる。致命傷を与えつつも、素早く次の標的を攻撃するために深く斬りつけ過ぎない。戦場を生き抜いてきた男の、洗練された剣技だった。
「助太刀いたす!」
ウルリッシュは男に声をかける。追いついてきたオレリアンが一人、さらに追いついてきたサージェスとウッディもそれぞれ一人の北部連合兵を斬り捨てる。
「だ、ダメだ! 勝てっこねぇ!」
「逃げろ!」
謎の男に恐怖しているところに、さらにウルリッシュたちが追い打ちをかけ北部連合兵たちの士気は限界に達した。人数的にはまだ数倍いるのにもかかわらず、検問所を捨て敗走を始めた。
男はそれを追う気配を見せず、剣の血を拭って腰に納めている。それを見てウルリッシュたちも剣を納めた。いつの間にか男の足元に五つの死体が転がっている。ウルリッシュたちが戦っている間に倒したようだ。
(なんという早業……)
ウルリッシュは男の圧倒的な武力の前に冷や汗を垂らした。そして男が自分たちとは戦う様子がないことに安堵する。
「すごい腕前だな。貴公は?」
ウルリッシュは男に尋ねる。
「……名はドレイク。カザラス帝国へ行くところだ」
ドレイクはほとんど感情を見せずに独り言かのように答えた。
「なんと! 我々もガルツ要塞に向かうところだ。見たところ、北部連合は我々の共通の敵のようだ。ご一緒しても構わんかな?」
「誰だろうと邪魔するものは斬る。足手まといにならぬのなら、同行しても構わん」
ドレイクはほとんど興味を見せずウルリッシュの誘いに応じた。
「しかし、たった一人でカザラス帝国に何をしに行かれるつもりか?」
ウルリッシュはドレイクがカザラス帝国と敵対しているのではないかと期待した。しかし男の答えは微妙なものだった。
「……死んだはずの亡霊にとどめを刺しに行くだけだ」
お読みいただきありがとうございました。




