希望
数日前、ラーゲンハルトの執務室にはフォスターとヒルデガルドの他に、今回のガルツ攻略戦に臨む将軍たちが集められていた。
公にはされていないが、征伐軍には能力重視、平定軍には家柄や爵位を重視した人事が行われることが多い。これは単純に能力の高い者に厳しい戦いを指揮させるという意図もあるが、勲功を積ませ大陸統一の暁には重要な地位に能力の高い者をつけられるようにという皇帝ロデリックの意向でもある。
彼自身、下級貴族からのし上がった身であるため、地位や家柄などは重視していない。しかし彼の非凡なところは地位や家柄しか取り柄がないような貴族でも切り捨てたりせず、ある程度の名誉や役割を与えるところだ。軍事だけでなく、こういった政治的な配慮もできる才能が彼を今の地位にまで押し上げた。
そういった背景もあり、さらにはラーゲンハルト自身や前任の兄ジークムントも能力を重視する性格であったことから、居並ぶ将軍たちも立場の割には若い者が多かった。
「ラーゲンハルト殿下は小細工がお好きですな。ヴィーケンの弱兵など正々堂々戦えれば私が粉砕して見せるものを」
やや不満げに鼻を鳴らしたのは気の強そうな青年、トビアス・ブロンザルト将軍である。武勇に優れ、騎馬突撃をやらせれば右に出る者はいないと評判だ。その苛烈な戦い方から”烈火”のトビアスという異名を持っている。
「そう言わないでよ。相手が要塞に立て籠もってちゃ、君の得意の突撃もできないんだからさ」
ラーゲンハルトが弱った顔でトビアスをなだめる。
「わかってないなぁ、トビアス。戦争なんて相手の裏をかくから面白いんじゃないか。ねぇ、ラーゲンハルト様?」
トビアスの隣にいた青年が笑う。トビアスと同年代だがだいぶ幼く見える。”問題児”マイヤー・ケイスバーン将軍。士官学校で計略の練習と称し教官にいたずらばかりして退学させられそうになったところをジークムントに拾われている。
「よくわかってるなぁ、マイヤーは」
ラーゲンハルトはウンウンと頷いた。
「しかしガルツの猛牛にわざわざ北ヴィーケンの者どもが裏切ることを教えてやる必要はなかったのではないですか?」
無表情に尋ねたのはヤナス・ウランビル将軍だ。状況判断と用兵に優れ、押し引きの巧さには定評がある。その変化の自在さから”流水”のヤナスという異名で呼ばれていた。
「離反を知らなければ『絶対に味方が援軍に来てくれる』って頑張っちゃうでしょ。自分たちが圧倒的に不利な状況にあるとわかれば降伏したり逃げ出したりしてくれるかもしれない。あの頑固なおっさん将軍はともかく、一般兵には相当なショックのはずだ」
ラーゲンハルトの説明に納得したのかはわからないが、ヤナスは黙って引き下がった。
「兄上、アデルに関する話は何か聞けたのですか?」
ラーゲンハルトの後ろに立っていたヒルデガルドが尋ねる。
「間違いなく暗殺したって言ってるらしいよ。だから僕らが出会ったアデル君が別人なのか、それともやっぱり生きていたのかはわからない。でもとりあえず気にしなくていいでしょ。アデル君が参戦したとしても今回は相手の投石機すら届かない位置から攻撃するのが作戦だし、アデル君が連れて行った可能性があるダークエルフは後方攪乱されたら怖いけど、普通に戦う分にはそれほど恐れるべき種族じゃない。”首狩り”アデルという不確定要素があったとしても、今回は僕らの勝利は揺るがない。だよね?」
ラーゲンハルトはヒルデガルドの横に立っていたフォスターに同意を求める。フォスターは”沈黙”という異名にふさわしく、黙って頷いた。
「今度の戦い、僕らは必ず勝利し、皇帝陛下の大陸統一という夢を現実のものとする。各自の奮闘に期待しているよ。じゃあ、出陣!」
「カザラスの栄光と共に!」
ラーゲンハルトの号令に将軍たちは敬礼を返して部屋を出ていく。
「さて……たまには親孝行でもするとしますか」
自身を茶化しながら、ラーゲンハルトも指揮を執るために部屋を出た。
「ど、ど、ど、ど、ど、どうしましょうっ!?」
アデルは盛大に慌てていた。ヴィーケン王国の北半分が離反し、さらにガルツ要塞にカザラス軍が迫っている。ダークエルフの情報網を通じてそのことがアデルたちにも知らされたのだ。
「ヴィーケンがカザラスの手に落ちるのはまずいな……」
イルアーナが眉をひそめる。
「忌々しいカザラス軍め……だが手の打ちようがない……」
モーリスも眉間にしわを寄せる。
「ダークエルフ、ゴブリン、オークなどを総動員しても千程度……焼け石に水だな。それにヴィーケン軍と連携が取れるわけでもない」
イルアーナが考えを巡らせる。
「勝ち目のない戦いで我々の戦力を減らすわけには行かん。ダークエルフが戦うことには反対だ」
モーリスがダークエルフの助力を否定した。
「と、とりあえずピーコにも連絡しましょう。ピーコなら風魔法の連絡受け取ってくれますよね?」
「たぶん大丈夫だが……ワイバーンが手を貸してくれたとしても、勝ち目は薄いぞ。弓や槍を持った大軍相手ではさすがにワイバーンも分が悪いだろう」
「そ、そうですよね……」
アデルは必死に頭を回転させた。
「そうだ、エントに助力をお願いできませんか?」
「エントに? 人間同士の戦いに手を貸してはくれぬだろう。それにガルツ峠にエントが戦いに使えるような大木は……」
「戦いに参加はしなくてもいいんです。ただ木を移動させてくれれば……」
「木を移動するだけ? それならやってくれるかもしれんが……一体何をするつもりだ?」
問いかけるイルアーナが見つめるアデルの瞳には、微かながら希望の光が灯っていた……
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