冬を奏でるホットミルク
12月24日、雪降る街中・・・佐倉 奏は思っていた。
あの日私の全てが始まっていたことを・・・
「ねぇねぇおねえさん、俺と一緒にお茶でもしませんか?」
教室の隅の席で、静かに本を読んでいた時に声をかけてきた男性を見ると、ハァとため息を付きながら奏はムスッとした顔になり
その男性に声をかけた。
「天海くん・・・教室で堂々と同級生をナンパしないでくれますか?っと言うかなんでなんの接点もない貴方が私を誘ってくるんですか!」
奏はそう言うとその弾性、天海 睦【あまがい むつみ】をジロッと睨みつけながら威嚇した。
睦はそんな奏を見つめながら、ニコッと笑顔になりながら更に喋りだした。
「佐倉ちゃんは硬いなぁ♪でも俺、そんな佐倉ちゃんだからこそ笑った顔を見たいなぁ~」
そういうと、少しの間の後に奏は本を閉じると席を立ち教室から出ていった。
周りからは同級生達からフラレてやんの等を言われながら、おもしろおかしく騒がれていた。
教室の中ではそんな事が話題になっている最中、睦は残念そうな顔をしながら教室の入り口を見ていた。
「結構、本気なのになぁ・・・」
睦は誰にも聞こえないほどの小声でそんな独り言を言っていた。
奏は、教室から出ると一人で静かに本を読める図書室に向かい空いている席に着いた。
本を読みつつも彼女の中では毎回のように邪魔をしてくる睦を思い出し、憤りが抜けなかった。
そのせいか本の内容が頭の中に入ってこず、そそくさに本を閉じるとテーブルの体を倒しながら目を閉じていた。
暖かな昼休みを利用しながらの読書をしていた中、イライラすることを思い出しながらもゆっくりと意識を落とし
いつの間にか眠りについていた・・・
チャイムが鳴る音がして、ふと意識を取り戻し起き上がろうとすると席の横には睦がテーブルの上に座っていた。
「やっと起きた。もう6限目の授業も終わったよ・・・」
睦は笑顔でそう言うと、椅子に座っていた奏の頭を撫でた。
一瞬、そんな仕草に頬を赤くした奏はふと我に戻ると、撫でていた頭を振り払い、立ち上がって少し後ずさりをした。
「あなたは・・・なんでいつもそういう事するの!!私は、貴方みたいな陽キャな人嫌いなの!!」
風で揺れるカーテン越しに図書室に入ってくる夕焼けをを背に少し涙目になっている奏を見ながら、睦は少しの間の後に
ほんの2mほど離れている奏に向かって歩いた。
それを見て少し震えながら後ずさりをしていた奏だが、後ろは窓ガラスの付いた壁でこれ以上後ろへ下がれない。
とうとう、目の前にきた睦が手を出そうとした瞬間、奏は目を瞑った。
すると、暗い中でも分かる包まれるような暖かさを感じ、ゆっくりと目を開けた。そこには優しく奏を抱きしめた睦がいた。
「っ・・・!?」
その行動に、彼女はただただ固まり・・・夕焼けに当たっているせいか、それとも自分自身から出ているものか、顔全体を赤くしながら
少しの間、抱きしめられていた。
睦は、そんな状態のなかで奏の耳にそっと、本人にしか聞こえないほどの声で話すと抱きしめていた手を放しそのまま図書室から出ていった。
夕日が落ちていく中、抱きしめられていた箇所の肩周りを触りながら奏は出口を見ながら、しばしの間動くことができなかった。
そんな事があった日の夜、彼女は家で自分の好きなはちみつ入りホットミルクを作り、自分の部屋で再び読書をしていた。
家へ帰ると、必ずと言っていいほど作っているホットミルクは自分の心を落ち着かせるのには最高の物であった。
読書を進めていき1時間も経った頃、親に呼ばれてお風呂へと入った。
浴槽の中で、彼女は夕方の事を思い出していた。抱きしめられながら耳打ちをされた言葉を思い出しながら、奏は自分の顔にお湯をかけて心を引き締めた。
お風呂から出て長い髪を乾かすと、奏はふと本棚に向かい普段読んでいる小説とは別の棚にある漫画を取り出した。
手にとった作品は、【水面に映る春から 原作:沓原 音【くつはら おと】】と書かれていた。
本棚の前でその漫画を開きながらゆっくりと読んでいた。
その内容は湖畔で喫茶店を営む女性が来店されるお客さんの人生相談を聞く聞き屋喫茶を営む物語であった。
「あぁ・・・やっぱり音先生の漫画っていいなぁ・・・私より2歳しか年齢離れてないのに、こんなに心が落ち着く物語が描けるんだもん・・・」
目をキラキラさせながら独り言のようにそう言うと漫画を持ってベットに腰掛けしっかりと漫画を読み始めた。
「いつか、この方と一緒にお仕事をしてみたい!!」
そう言いなが、秋の夜風が部屋へと入ってくる中、彼女は漫画を笑顔で読み耽っていた。
同じ時間帯、睦は家の近くの公園の中にある運動場で走っていた。
まだ明るかった時間から今に至るまで、長い時間、休憩を挟みながらもずっと走っていた。
その側の街灯の光が降りているベンチで一人の女性が、彼をジッと見つめていた。
「むっちゃ~ん、私もうそろそろお腹空いたお~・・・一緒に帰るお~~~」
女性は大きな声で睦にそう言うと、半べそを書きながら空腹を訴えていた。
その声の聞こえる方に目線を向けて、口をへの字にしながらムスッとした顔で睦は答えた。
「リツカ・・・俺はまだ走りたいから、帰って先に夕飯食べてていいよ」
リツカと呼ばれた女性は、睦を鏡で写したようなムスッとした顔になり、反論をした。
「ムリだお!!私、が料理なんかしたらだいたいの食べ物が炭になっちゃうお!むっちゃんのご飯食べないと元気でないんだお」
そう言うと、睦はため息をしながらリツカの頭を軽くチョップしながら帰るよと言った。
リツカは笑顔になり、睦に腕組みをしながら何が食べたいと言っていた。
「そういえば、むっちゃんが気になってる愛しのあの子とはうまくいってるのかお?」
「リツカ・・・そろそろ、その語尾やめようよ・・・普通にしていれば可愛いんだから・・・それと、前に言ったけどクリスマスイブにちゃんと本気を見せるよ」
「・・・へへへ、私はこの世界とは別の異次元に生きているのだお♪だから私はこれが普通なのだお!」
そう言い合いながら二人は帰路についた。
そんな日々が3ヶ月ほど続いたある日、12月の半ばになる頃の学校の廊下で睦は奏に声をかけた。
「佐倉さん。今日ちょっと用事があるんだけど・・・放課後に少し図書室に来れないかな?」
その言葉を聞くと、奏は声は出さず睦を見つめながら首を上下に1往復させてその場所から離れていった。
奏の姿が見えなくなると、睦はやったと拳をグーにしながら心の中で喜びを噛み締めた。
後ろではクラスメイト数名が隠れながらそれをみてガヤガヤと騒いでいた。
「さすがに天海くんも、これだけ絡んでくるんだもんね・・・少し位話を聞いてあげないとな・・・」
奏は小声でそう言うと、少し顔を微笑ませながら廊下を歩きながら、気づいたら鼻歌を歌っていた。
廊下を歩きながら、角を曲がるとふと空き教室から声が聞こえてきた。
奏はふと気になりながら恐る恐る教室の中を静かに覗き込んだ。そこには見覚えのある男女がいた。
「(あれは、2年生の茅野 太陽くんと・・・確か春野 夜々ちゃん!?あの二人って仲良かったの!?)」
そう思っていると太陽は夜々を抱きしめ、強引にキスをしてきた。
それに驚きつつも、奏は二人の行動を目で追っていた。
「ちょ、ちょっと茅野くんやめて・・・こんなこと・・・」
抱きしめられた身体を強引に突き放し、少し涙目になりながら夜々は手のひらで太陽の頬を力強く叩きながら教室から出ていった。
奏はいきなりの状態で慌てながら空いていた隣の教室に入り隠れた。
廊下を出て駆け抜けていく夜々の足音を聞きながら、奏は胸をドキドキさせながら耳を廊下側に傾けた。
教室から出てきた太陽は、その場で立ち尽くしながらボソッと口を開いた。
「好きな人の前だと・・・男ってこんなもんだよ・・・」
僅かに聞こえてきた言葉に奏は恐怖感を感じながら、その場に足を崩しながら倒れ込んだ。
しばらくの間、その状態で今起こったことを思い出しながら身体が震えていた。
「っ!?・・・ごめん・・・天海くん、私・・・もう・・・」
奏はこの日、睦の待ち合わせには行かなかった。
それから、彼女は高校を卒業するまで家族や教師以外の誰とも交流する事もなかった。
10年後、12月の初旬・・・とある家の机に座っていた女性が大きな音を出さないようにマンションのとある部屋から出ようとしていた。
部屋の扉を開けて玄関まで行き、ニヤニヤしながら玄関扉を開けた瞬間。目の前にはスーツ姿の女性が立っていた。
「あ、えっと、かなちゃん・・・これはそのね・・・お昼ご飯を買いに行こうとしてただけだから!」
ショートボブの髪型に、スーツ姿の奏に向かってそう伝える。奏は笑顔になりながら彼女の首根っこを掴んで部屋へ連れて行った。
「音先生~♪もう騙されませんよ~。いつもそう言って他県にお泊りで逃避するんですから~。会社からも絶対に逃がすなって言われてるんですからね~」
この10年の間、大学を卒業した奏は出版社に就職し、憧れていた沓原 音の担当編集者となり、仕事をしていた。
部屋に連れ戻された彼女こそ、あの沓原 音本人であった。
初めて出会った時は憧れしかなく目をキラキラさせながら担当していたが、逃避癖のある雑な性格の彼女に対して徐々に監視下において対応するようになっていた。
「本当に、貴方って人は・・・早く新連載の【鼓動と心の秋風】の次の話完成させてくれないと・・・【沓原 音の四季の音シリーズ】プロジェクトに影響出るんですからね。うちに編集部が消える可能性だって・・・」
「分かってるよ~~~。本当に、かなちゃんは鬼なんだから~」
「何か言いました?」
「いいえ~~~何も~~~!!」
鋭い眼光で音を睨みつけながら、部屋のゴミ等を片づけ始めた奏は鼻歌を歌いながらキッチンの方へ向かっていった。
「・・・可愛いんだか、怖いんだか。あれで私より年下なんだもんな~。」
そう言いながら音は少しずつ、途中だった漫画を描き始めた。
キッチンからそれを見た奏は、溜まっていた新聞を整理しつつキッチンの方の掃除も続けて行っていた。
ふと新聞に書かれていた記事に目が止まり、気になってそれをまじまじと見ていた。
「へぇ、女優のMAHiRUが婚約発表か・・・相手はあの女性をナンパしまくってた空翔 大地ってマジか・・・、まぁMAHiRUも枕営業の噂とかもあったからなぁ・・・」
そんな事を言いながら新聞を読んでいると、作業部屋から音が顔を出してきた。
「かなちゃ~ん。私お腹すいた~。なんかつくってお~」
「あ、あ~はいはい。今、ホットケーキ作りますからね、あとホットミルクを♪」
「やった♪かなちゃんのホットミルクすこ~。よし、仕事頑張るから用意お願いだお~」
そういうと、音は部屋へ戻りそそくさと仕事を進めていった。
奏は早速と片付けたキッチンで料理をし始めた。スーツ姿の上から羽織たエプロンが彼女のプロポーションの良さを際立たせた。
少し時間が経つと、キッチンから香ってくる甘いバターの香りに仕事を終わらせた音がテンションを上げてキッチンで現れた。
封筒に入れた原稿を渡すと早速テーブルに座りほんのりと甘みのあるホットケーキを頬張った。
奏は渡された封筒の中身を見ながら、よしよしと言いながら荷物をまとめて帰る支度をした。
「先生ありがとうございます。では早速会社に戻って出版の準備しますね♪では失礼します」
そう言うと、奏は颯爽と部屋から出ていった。音は手を振りながらホットミルクを飲んでいた。
少しすると、彼女の部屋の玄関を開けて、一人の男性が入ってきた。
「あれ?むっちゃんおひさ~。急にどうしたの?」
そこに現れた男性は、ラフなTシャツなジーズンズと軽めの服装をした睦だった。
彼は音を見ると呆れた顔をしながら、音の側に近づいてきた。
「今は、ここには音先生しかいないの?」
睦がそう言うと、音はもぐもぐしながら喋りだした。
「そうだよ~。さっきまで担当の人がいたけど、食事作ってくれた後に帰っていった~。ホットケーキ5枚目いただきやす。」
そう言うと音は、ホットケーキのおかわりをもぐもぐとスピードを落とさず食べていた。
「・・・音・・・いや、リツカはさ・・・結婚しないの?」
それを聞くと、彼女は笑いだしながら口を開いた。
「いやぁ、まさか2歳しか離れていない実の弟に結婚しないのって言われるとは思わなかった。でも良い発言、今度使わせてもらおう。」
そう言うと、彼女は睦に対してホットミルクを渡した。
「あんたも私のこと言えないでしょ。ちゃんとしなさい。これでも飲んでさ・・・」
そう言うと、食べ終わった食器を片してまた仕事場に戻っていった。
睦は渡されたマグカップを見ながら、ホットミルクを一口飲んでみた。
「・・・甘い」
口の中に含まれた、少し冷めたホットミルクの味に彼は、姉である音を見つめながら立ち尽くしていた。
音は満面の笑みをしながら、再び新しい話を描き始めた。
「よ~し!天海 立日こと沓原 音、本気出すよ~」
そう言いながら、音の本気の画力やスピードは尋常なものではなかった。
自分の世界観を物語に変えて描いていく、音にとってはそれは自分の生きがいであった。
その姿を見て、落ち着いた睦は言葉を掛けずにそのまま部屋を出ていった。
そしてマンションの廊下に出ると、スマホを出して親へ自分の姉の生存確認の報告をしながらマンションから出ようとした。
「あぁ、母さん・・・姉さん生きてたよ。・・・そうそう、相変わらず仕事に集中してる時としていない時の差は激しくてね・・・担当の人がお世話してくれるみたいだよ。うん。わかった。じゃあまた定期的に・・・えっ・・・?」
「あ・・・・・・・・・」
電話をしながら、マンションの玄関を出ようとした瞬間、目の前にはそのマンションに入ってこようとしている奏がいた。その瞬間に睦はスマホの通話終了ボタンを押してポケットにしまった。
奏も、目の前にいる睦の姿を見て驚いていた。10年経っていて、相手の容姿は変わっていても、二人にとってはお互いの事を理解できた。
だが、お互いが最後に目を合わせたあの時の事を思い出し、気まずくなり声をかけられなかった。
そんなかで、後ろから音が出てきて睦に声をかけてきた。
「むっちゃ~ん♪私が仕事頑張ってる時に無言で帰るなんてお姉さん寂しいわ~・・・ってあれ?かなちゃんどうしたの?」
「あ、音先生・・・実は、今度開催されるイベントの件でお話をしようと思ってたの忘れてて・・・って・・・お姉さんて・・・?」
驚いている奏に向かって、音は睦の背中を叩きながら自己紹介をした。
「あぁ、私の弟の睦!!前に弟が一人いるって言ってと思うけど、それがこのむっちゃんなのですよ♪」
笑顔でそう言うと、音は睦の背中を押して奏の前に連れて行った。
「あ、えっと・・・10年ぶりくらいかな?久しぶり、佐倉さん」
「えっ!?あ、そう・・・だね、久しぶりだね天海くん・・・・・・」
その紹介を聞いて、音はビックリした顔になりながら固まる。それもつかの間、悪い笑顔になった音は睦の背中を強く押した。
前のめりになった睦はそのまま奏のぶつかりそのまま押し倒すように地面に倒れた。
「あ、ごめ~ん。ちょっと勢い強すぎちゃった。私はこのまま退散するね~、ではサラダバー」
そんなセリフを残し、音はそのまま部屋へと戻っていった。
残されたのはマンションの玄関で女性を押し倒す男性という、周りから見れば犯罪の匂いしかない光景であった。
一瞬、二人の間の時間が止まりながら、二人はじっと目を合わせ・・・そして我に帰ると同時にお互いが少し距離を取るように離れた。
「ご、ごめん!!姉が急にあんなこと!!」
「い、いえ・・・音先生がああいういたずらが好きなのは知ってるから・・・」
そう言いながら、お互いがまた顔合わせて、相手の目を見合った後にどちらからともなく笑みが出てきて、睦から話しかけた。
「よかったらさ、今少し時間あればお茶でもどうかな?姉と俺は迷惑掛けた分、奢らせてほしいな」
「ふふっ、しょうがないから奢ってもらおうかな。10年ぶりだしね♪」
お互いはそんな会話をしながら、マンションから徒歩で10分ちょっとくらいの距離にある喫茶店に入っていった。
「コーヒー、ブラックで!佐倉さんは?」
「私は・・・ホットミルクを・・・あとはちみつをください♪」
二人は席に座り注文を取ると、すぐに飲み物が運ばれてきた。
それを飲みながら、二人は久しぶりの会話をしていた。
「じゃあ、佐倉さんは大学卒業したらそのまま出版社に?」
「そうだよ~、ずっと出版社で頑張ってる。音先生の担当になるために頑張ったもん。天海くんはどんな仕事してるの?」
「え、俺???えっと・・・ぱ・・・え」
職業を聞かれて、ちょっと焦ったかと思ったがその後に話してきがた、奏の所までは声が小さくて聞こえなかった。
「聞こえないよ?なに???」
「だから・・・・・・・・今はパティシエなんだよね・・・」
それを聞いて、奏はちょっと笑いながらパティシエなんてカッコいいよと話しながら、ドリンクを飲んでいた。
睦は奏が飲んでいたホットミルクを眺めながら口を開いた。
「姉さんのところにもあったけど、ホットミルク好きなの?」
「ん?そうだよ~、落ち着きたいときとか気分が良いときとか、そういった時に飲むのが私の験担ぎって言うのかな?それにはちみつ入りホットミルクはお母さんに教えてもらったおふくろの味だし♪」
そう言いながら、二人は話を続けた。懐かしい話や自分達の家族の話や、担当の漫画家の話、いろいろな話をして盛り上がった。
だが、そんな中で少しの間があったあと、10年前のあの時の事について、睦は口を開いた。
「一つ・・・教えてほしいんだけど、佐倉さんはさ・・・10年前、なんで来てくれなかったの?」
睦のその言葉に、奏は飲んでいたマグカップを手元に降ろし、指で縁を触り始めながら少しずつ口を開いた。
「・・・あの時の私ね、後輩が別の教室で・・・・・・・・・」
あの日見た光景、その生々しい状態を思い出したら時、あの時の自分がそうなったらと思うと耐えられなかった。
そして、その恐怖から何も前に進めなくなり、高校時代を全て勉学に努め、大学も極力男性との接点が少ない女子大に変更し、そして出版社に入るまで
ほぼ、男性を避けていた事を伝えた。
「ごめんなさい。あの頃の私は、逃げることしか思いつかなった。社会に出て・・・今になって前を向けるようになった。でも、今があるのは天海くんと音先生がいたからだと思う・・・だからありがとう。」
笑顔でそう言うと、奏はお金をテーブルに置いてその場から立ち去っていった。
その場を睦は見ながら小声で口を開いた。
「前、向けてないじゃん。また俺の言葉聞く前にいなくなってるじゃん・・・」
その場に、ただ一人・・・睦は拳を握りしめながら悔し涙を溜めていた。
翌日、奏は音のマンションに向かうと昨日、伝えていなかった内容を伝えながら昼食を作っていた。
すると後ろの作業部屋から音が顔をひょこっと出すと奏に向かって声をかける。
「そういえばかなちゃん。これ、うちの弟からお手紙あるから読んでね~♪」
そう言って、持っていた封筒タイプの手紙を奏に渡すと、できたてのホットミルクの入ったマグカップと作ってもらった昼食を持って部屋に戻っていった。
奏は渡された封筒を開けて手紙を読み始めた。
そこには、24日のクリスマスイブに一緒に食事をしたいという、デートの誘いであった。
内容もそんなに多くの事は書いておらず、10年前のやり直しをしたいから一緒に食事をしたい。そのため夜の19時に駅前で待ち合わせをしたい、駄目なら断ってもらっても大丈夫だからと・・・
「君たち二人に何かあるのは、鈍感な私でも分かるけど・・・どうかな?私の弟、凄くおすすめだよ♪」
「音先生・・・ちょっとだけ・・・話をしてもいいですか?」
奏は音に、自分と睦の過去起こったこと、そして今にいたるまでの話を伝えた。
そしてそれを聞き終えると、音はウンウンと首を縦に振りながらスーッと深呼吸した。
「そうかぁ・・・二人共・・・一回頭冷やせ!!」
そう言うと、音は奏の頭を連続してチョップをしていた。
「せんせ、ちょ、痛いですよ」
「うるさーい。そんな後ろ向きだからあなた達はここぞって時にダメダメなのよ~~~。」
そう言いながら、ポカスカと両手で軽く殴っていた。
奏はそれを両手で受け止めながら、止めてくださいと言っていた。
少ししたら、音は叩くのを止めてホットミルクを飲み始めた。
「さてと・・・私は仕事に戻るわ~、ん~・・・次は24日に原稿渡すから来なさい!お姉さんがちょっと頑張っちゃうから♪」
そう言うと、今回の分の原稿を渡した。
「ありがとうございます。でも、24日は睦さんにお断りの連絡をします。」
「あ~、残念・・・分かったわ。じゃあ私が断っておくから安心しなさい」
そう言いながら、音は奏を追い返した。
部屋には自分以外誰もいなくなったその場所で、音はスマホを取り出して電話をしていた。
そんな事をしながら、12月は24日になっていた。
音のマンションには、いつものように奏が原稿を取りにやってきた。
その日は、いつも違い音が元気よく出迎えてきた。
早速、音は奏を迎え入れると彼女に対して仕事内容に対してのミーティングをしつつ、提出する原稿の渡した。
「【鼓動と心の秋風】はこれで完結ね~、あとこれも一緒に渡しておくわ~」
音は分厚い封筒を何冊も渡してきた。奏はその封筒を開くと中には【冬を奏でるホットミルク】と書かれた原稿が入っていた。
「せんせい!?これは・・・?」
「【沓原 音の四季の音シリーズ】最後の作品、完成原稿よ・・・まぁ、勝手に描いたものだから編集はお願いすると思うけど、とりあえずさっと見てみなさい。完結まで描いてあるから」
そう言われた奏は、原稿を中身を読み始めた。
話の内容は、まさかの自分と睦の過去の話、現在に至るまでの世界観が似ていた。というよりも自分達の話そのものだった。それを読み続けていた奏・・・そして、いつしか夕方になっていた。
いつの間にか最後の原稿を見始めた奏、その原稿の続きは現在の自分と睦の状態、そして原稿に描いてあった男の姉のセリフと同じ言葉を音も口を開けて伝えた。
「そういえば、今日断っておくの忘れちゃってた。もう時間的に駅前で待ってるかもしれないわね・・・♪」
舌を出して、テヘペロとしながら奏にそう伝えると、奏はハッとした顔で慌て始めた。
「かなちゃん。悪いけど、睦のところに謝りに行ってきてくれない?お姉さんの一生のお・ね・が・い!」
「わ、私、行ってきます!!」
そう言うと、奏は原稿をテーブルに置いてにバックをだけを持ち外に出ていった。
音は、それを見守ると、スマホを取り出しとある人へ電話をかけた。
「・・・もしもし、編集長~、この前はありがとうございます♪シリーズを無理くりに完結させてもらってごめんなさい。・・・・・・いえいえ、大丈夫ですよ。すぐ新作やりますよ♪今度はスペースオペラとか描きたいですね。」
笑顔でそう伝えながら、奏の作ってくれたホットミルクを飲みながら音は幸せそうに電話をしていた。
夕日はほんの数分で落ちていき街中の該当にはクリスマスの飾りがされており、ロマンチックな雰囲気となっていた。
混み合う道を縫って走っている奏。降っている雪は、肌に触れて水滴となり服を濡らしていた。
息を切らしながら奏の心の中で、睦を思い出しながら走っていた。
「ハァハァ、天海くん・・・天海くん・・・私・・・・・・」
音に見せてもらった原稿を思い出しながら、涙が瞼に溜まっていた。
【重いかもしれないけどさ、俺は彼女以外には好きにならないかな。待ち合わせ来てもらえなかったのもいつもの俺を見てたら嫌われてもしょうがないかも・・・
でもこれだけは伝えたい・・・うん、彼女のこと・・・?・・・・・・・大好き】
瞼に溜まっていた涙がこぼれ落ちながら、駅前の噴水の前・・・若いカップルの多いその場で佇んでいる男性がいた。
深呼吸をしながら奏は彼の前に向かって、ゆっくりと歩いていた。
それに気づいたら睦は、笑顔で彼女に向かって声をかけた。
「今日は、きてくれたんだ・・・」
「・・・・・・・・・天海くん・・・私、」
そう言おうとした瞬間、睦は奏を抱きしめていた。
唖然としていた奏は宙に浮いていた腕を上げ睦の背中に回した。
抱きしめ合いながら睦はゆっくり口を開いた。
「佐倉さん・・・、奏さん・・・好きです。10年前からずっと・・・」
それを言われた奏は更に溜めていた涙を流しながら子供みたいにガラガラ声で答えていた。
「む、睦くん・・・わたし、わたしも好き!最初は嫌いだった。いつだって言葉が軽く見えて、いつも私の邪魔をしていたのに、でもあの時、待ち合わせに行かなかった時から、罪悪感もあって・・・」
話を続けようとした瞬間、睦は奏の唇自分の唇でを塞いだ。
少しの間、周りの目など気にせず、二人は抱きしめ合いながら唇を交わしていた。
名残惜しいように唇を放すと、お互いが顔を赤くしながら睦が口を開いた。
「俺、人を好きになったのは後にも先にも奏さんだけだ。だから・・・・・・・・・一足飛びになってごめん、俺と・・・結婚してください!!」
その言葉を聞いた奏は、今まで以上に涙を流しながら笑顔になり・・・ゆっくりと顔を前に向けた。
「ふふ、そんなの決まってるじゃないですか・・・」
そう言うと、今度は奏から睦に向かって唇を重ねた。
・・・その味は、ホットミルクのような甘い甘い味がした・・・