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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

また目が遭う

大学生の頃の話だ。

文芸サークルに所属していた私は、怪談を専門に執筆していた。それはサークルのメンバーにとっても周知の事実であり、彼らが人伝に聞いた噂話や都市伝説などを紹介されることもしばしばあった。

今回記すのはそんな中の一つの話。



私の後輩には有田くんという子がいた。

気が弱く、おどおどしていた子だったが容姿は整っており、彼がサークルに加入した当初は女性陣の多くが色めき立っていたのをよく覚えている。

特に接点がなかった私と有田くんは出会ってから半年ほど経つまで一度も会話したことがなかった。

それがある日突然、彼の方から声をかけてきた。


「あの、先輩」


「……あ、私?」


その時私は、まさか自分が話しかけられているとは思わず戸惑ってしまった。


「そうです、少しお話しできませんか……?」


「それは構わないけど……」


不安げにこちらを見つめる有田くんの目は何故か涙ぐんでおり、とても蠱惑的だった。私にサディストの気はないと思っていたが、美男子にそんな風に見つめられた経験などあるはずもない私にとって、心を掻き乱される表情だ。


「実は……」


「じ、実は……?」


「その、先輩に相談したいことがあって。あまり人に聞かれたくないので場所を変えませんか?」


ここまで聞いて私の脳は沸騰してしまい、そのあとなんやかんやあって喫茶店に移動したのは覚えているのだがその間の会話などは全て忘れてしまった。


気がつけば喫茶店に到着しており、アイスコーヒーを注文し、有田くんと2人席に座っていた。


「それで、何の話だっけ」


アイスコーヒーを一息で飲み干し、冷静さを取り戻した私は有田くんへ話を振る。

彼は目の前にある紅茶の入った湯気のたつカップを少し見つめた後、小さな声で語り出した。



その、先輩は幽霊とか、妖怪とか信じてるんですよね? 他の先輩たちからそう聞いてて……それで、他の人には言えないけど、先輩なら相談できるんじゃないかって。

実は、僕は他県から引っ越してきて今は1人暮らしなんです。大学の近くのアパートに住んでるんですけど、なんか最近、全然寝付けなくて。よくわかんないんですけど、何かがすごく気になって、カーテンとか押し入れとか、部屋の中の隙間を全部閉めたくなったり、布団を被ってその中でくるまったりすると少し落ち着くんですけど、それでも家にいると、何かに見られてるような気がして……。

一度電話で家族に相談してみたんですけど、はじめての一人暮らしだから緊張したり気が滅入っちゃったんじゃないか、時間が経てば治るよって言われて。僕もそうかなって思って我慢してたんですけど一向に治らなくて、それで僕、病気なんじゃないかなって。

病院に行ってみたら抗うつ剤?とか、他にも色々を貰って服用してるんですけど全然変わらなくって。

最近では目を閉じるのさえ怖くなってて、目を閉じたら知らない誰かが僕のすぐそばで僕を見つめてるんじゃないかって、そんなふうに考えちゃうんです。

それで、なんか、妖怪とか、幽霊とか、そんな感じなんじゃないのかなぁ、なんて。

先輩、何か心当たりありませんか……?



「なる、ほど……」


先程までの浮かれた心は消え、私の思考は執筆の領域に切り替わっていた。


「1人のはずなのに、どこからか視線を感じる……」


無意識に彼の周りに目が泳ぐ。そこに何かがいて、それが彼を見つめているのかもしれない。そう思ってしまった。


「それは、他の人といる時も感じるの? それとも家とか1人でいる時だけ?」


「1人の時だけです、でも場所は関係なくて、大学のトイレとかでも感じて……」


そうなると、彼の住むアパートに取り憑く何か、というわけではなさそうだ。


「地元にいるときはどうだった? そんな経験したことある?」


「いえ、こんなこと初めてで……どうしたらいいのかわかんなくて……」


そう言って彼は手のひらで顔を覆ってしまった。


一般的に言えば、ストレスなどから神経が過敏に反応してしまっている、と考えられそうだ。

だが、症状が現れるのは1人の時だけ。そしてそれは場所を問わない。


霊障だろうか、それなら何かきっかけがあっても良さそうだが。


「こっちにきて、何か変わったことや変なことをしなかった? 例えば、動物の死体を見つけて手を合わせた、とか」


「いえ、とくには……」


「じゃあそういうのを見たりとか」


「無いと思います……多分」


本人に原因となる行為の自覚がない……触ってない神に祟られるような運の悪い現象なのか。もしくは彼が忘れているだけで何かに触ってしまったのか。

後者の可能性が高いか?


「うーん……じゃあ、最近身近な人が亡くなったりした?」


「あっ、それはあります」


「本当? どんな関係?」


「えっと、幼なじみの女の子です」


女の子、女の子か。

惚れた腫れたで逆恨みして取り憑いた、なんてこともありそうだ。なにせ有田くんは容姿がいい。有り得る線だろう。


「突っ込んだことを聞くけど、その子とは恋愛関係になったりしたかい?」


「いや、そんなことはなかったです。というか、高校に上がってからはほとんど会うこともなかったし……亡くなったって聞いたのもだいぶ後でした」


「お葬式には行かなかったの? 」


「ちょうどこっちに引っ越してきた直後だったみたいで、親が気を遣わせないように連絡しなかったそうです」


「そっか……」


普通に考えれば、その子が関係してそうだが……。でもその程度の関係性でなんで彼に取り憑く? 実はずっと想い続けていた、とか? そうだったらこの先のことはどうやっても推測の域を出なくなる。


「その子についての印象とか、簡単に聞かせてほしいな」


「印象、ですか」


そう尋ねると彼は少し口籠った。


「その、彼女は少し、変わった子で」


「変わった?」


「はい。あの、スピリチュアルというか、オカルトが好きで」


「私みたいな?」


「いや、先輩みたいに理性的な感じじゃなくて、なんというか、魔女に憧れてるとか、中二病よりの感じで。だから周囲からも距離を置かれてました」


「なるほどなるほど……」


これか、と思った。

彼女が何かしらの理由で有田くんに呪いをかけた。それが何故か成功した。そして、彼女が亡くなったことで呪いが強化された、とか。そんな感じか。


「その子が亡くなった理由は聞いた?」


「自殺、とだけ」


自殺、自殺か。そうなると、よほどの恨みを買われていて死んでも呪ってやる、というようなストーリーもありそうだ。


「うーむ……その子に何かしらの恨みを買われていて、取り憑かれてる、呪われてるって感じなのかな」


「そうなんですかね……でも、ほんとに心当たりがなくて」


「君には無くても、その子にとっては大事だったことがあるのかもしれない。人間関係なんてそんなものだよ」


その後、彼に除霊で有名な神社を教えてその日は解散した。人に話せたからだろうか、彼の顔はいくぶんか晴れやかに見えた。


その数時間後だった。


有田くんから着信があり、パニック状態になっているのか、支離滅裂なことを喚き散らしていた。数分間必死に宥め状況を聞くと、教えてもらった神社に行ったところ、手に負えないと除霊を断られた。せめてもの御守りだと渡されたお札がその場で粉々に割れた、ということらしい。


一旦通話を切り、その神社へ電話をかけた。

すると、有田くんに対応した方が電話を代わってくれ、話を聞くことができた。

曰く、あれは幽霊や悪霊なんてレベルではない。ましてや、一個人がかけられる呪いではない。もっと大規模な、少なくとも数千人が関わっている呪いだ、と。

そんなことが現代日本であり得るのか、と質問したが、実際に起こっている、としか言えないそうだ。そして、一神社がどうにかできる問題ではない。もっと大きな、それこそ宗教の総本山のような場所でなくては対応できないだろう、と聞かされた。


彼はまだそこにいるのか、と尋ねると、申し訳ないがすぐに出て行ってもらったと返答があった。

それはまずい。そんなことを聞かされたあとの精神状態では何があってもおかしくない。

電話を切ったあと、すぐに有田くんへかけ直す。幸いなことに彼は電話に出てくれ、まだ神社の周囲にいることがわかった。そこを動かないように伝え、すぐに向かった。

向かったところで、ただの大学生である私がどうこうできる問題じゃないのはわかっていたが、彼を放っておけなかった。


一時間ほど経っただろうか。

彼の言った場所へ着くと、一台の軽自動車が止まっていた。運転席には人が乗っているように見える。

近づいていくと、どうも体勢がおかしい運転席で膝を抱え、体育座りのような形をしている。顔を俯いていてよく見えない。

運転席側に立って窓を叩くが反応がない。放心状態だろうか、無理もない。

そう思ってゆっくりとドアを開けた。

すると、ドアに支えられていた彼の体が水流のようにアスファルトの地面へ雪崩れ落ちた。

一歩も動けなかった私の目には、力無く開いた口と、焦点の合わないうつろな目が映った。




それから、数日経った。

有田くんは心臓発作を起こしたらしい。詳しいことはわからなかったが、通院歴からストレスによるものではないか、ということになったらしい。

第一発見者になった私は事情聴取を受けることになり、彼からストレスの原因と思われる症状について相談を受けたこと、そしてお祓いを勧めたことなどを正直に話した。

そして全ての手続きが終わると、有田くんの家族から話したいとの誘いがあり、話をすることになった。

彼の家族は至ってまともで、息子によくしてくれてありがとう、大学ではどうだったのか、と言ったことを聞かれた。

一通り話し終えた後、迷ったが、彼の幼なじみという女の子について尋ねてみた。嫌な顔をされるかと思ったがそんなことはなく、昔は普通の子だった、中学のある時期から妙なオカルトにハマりだした、ということを教えてくれた。

そして、亡くなる数週間前から部屋の窓に分厚い黒いカーテンをかけたこと、彼女の母親から娘がストーカーに遭っていると妄言を言うようになったと相談された、ということを教えてくれた。

私は震えそうな声を抑えて、ストーカーとはどのようなことかと尋ねた。有田くんの母親は少し悩んで、盗撮とかそんな感じだったと教えてくれた。


その後は無難に話を終え、数時間後には私は帰宅していた。しかし、心臓は常に高く鳴っていた。

有田くんだけではなく、有田くんの幼なじみも同じ現象にあっていたのかもしれないのだ。つまり、今まで呪いの対象だった幼なじみから、有田くんへ呪いが移った?

ならば、どういう経路で呪いは移ったのか。最も親しいものか? それなら家族に向かうだろう。ランダム、にしては不自然すぎる。

おそらく、最も親しい同年代の人。

幼なじみの彼女は周囲から距離を置かれる存在だった。それなら家の近所に住む幼なじみの有田くんが対象になってもおかしくはない。

しかし……。


「それなら、そんな呪いをかけたのは誰だ?」


自分の声で我に帰る。

気がつくと、入れた直後だったコーヒーは冷め切っていた。

ひとまずコーヒー飲み、テレビをつける。映ったチャンネルでは芸能人によるリレーのマラソン大会が開かれていた。大会は終盤らしく、タスキをかけた男性が汗だくで走っている。ワイプでは今までの走者と思わしき人たちが応援していた。

しばらくその画面を眺めていたがまるで頭に入ってこない。頭の中では有田くんと、顔も知らない女性についてのことでいっぱいだった。


『さあ、いよいよアンカーへと想いが込められたタスキが渡されました!』


ふと実況の声が頭に飛び込んできた。一瞬間を置いて、頭の中で急速に仮説が組み立てられる。

2人にかけられた呪いは、もとは小さなものだった。それこそ、学生がお遊びでやるこっくりさんのような。それがたまたま発動して、そして、運悪くかけられた子が死んだ。その死自体は呪いと無関係でも構わない。

結果として呪いは死という穢れを付与され、強化される。

そして、行き場を失った強力な呪いは術者へと返る。

そして、術師が死ぬ。

術師が死ぬことで更に強化され、もはや自然消滅することがなくなった呪いが、小さな細い縁を伝って、成長している……。

これなら数千人単位でかけた呪いに匹敵することも説明がつく。


いつの間にか、時間が経っていた。

テレビは放送終了しており、外からは生活音なども聞こえて来ず、静かだった。

リビングで佇んでいた私は不意に気配を感じた。

背後だ。

瞬時に振り向く、誰もいない。

また、背中に何かを感じた。

振り向く、しかし何もない。

咄嗟に私は壁に背を付けた。そして電灯に照らされたリビングを睨みつける。

もちろんそこには誰もいない。

いつもなら気のせいだと割り切れる。でも、今は違う。


有田くんの呪いは、対象の死によって移った。

最も親しい同年代の人間。もし、もしそれが有田くんの友人ではなく、悩みを共有した者、自分の死体を発見した者になったとしたら。

呪いはその縁を伝って、私の元へ来る。

もう、来ている。


ぷつんっ、とテレビの電源が切れた。私は何も触っていない。

静寂が流れる。痛いほどに。

ばちん、と大きな音がして電気が消える。ブレーカーが落ちたか。それとも、電灯そのものか。

ここからは窓から入る月明かりだけが頼りになる。


自分の呼吸音が荒く、大きくなっていることに気づいた。全身の筋肉が強張っている。この状況に緊張しているのか、それとも、私の視界にはない何かを身体だけは感じ取っているのだろうか。


壁に貼ってあった木のお札が弾けた。破片が私を襲い、頬や手に切り傷ができる。

ふと、部屋が揺れているように感じる。めまいの類じゃない。地震のような、そんな揺れ。


強い視線を感じた。

玄関だ。

とっさに目を向ける。

すると、玄関のある壁に面した窓に大きな影が映っている。磨りガラスを透かして映るその姿は詳細はわからずとも、人型の何かであることはわかった。

それはゆっくりと移動し、玄関へ近づく。

ガラスから影が消え、一際大きく家が震える。

もはや立っていられなくなった私はその場に崩れ落ちた。

ドアが激しく震え、そして、揺れがおさまった。

嘘のような静寂。

私の息遣いだけが聞こえる。


そして、ゆっくりと、ゆっくりと、鍵のシリンダーが回っていくのが見えた。

かちゃり、と鍵が開いた音がした。

ドアが開いていく。


私はそれをただ見つめていた。

そして、何かが部屋へ入って、私に迫ってきて、それから。





気がつくと、部屋に朝日が差し込んでいた。

身体は震え、言うことを聞かない。

開かれたと思っていたドアは閉じている。幻覚だったのかと思ったが、私の服や床に、頬や手から出血したと思われる血が付着していた。


昼ごろになって、友人が私を訪ねてきた。その時も私は動けずに同じ体勢でいた。

尋常な様子ではない私を見て、友人はすぐに救急車を呼んでくれた。

病院で検査を受けた私は、軽度の切り傷と全身の疲労を認められる程度であとは問題ない、ということだった。

友人は警察に相談しようと説得してくれたが、私は断った。

その日は友人宅に泊めてもらい、翌日、家に帰った。


部屋は出た時と変わらずそのままで、普段と違うのはお札だった木の破片が飛び散っていることくらいか。

部屋のあちこちを確認して回ったところ、二つ異常が見つかった。

まずひとつは、押し入れに保管していた、今まで集めていた曰く付きの品々が消えていたこと。

そしてもうひとつは、パソコンに保存されていた私の作品データが全て消えていたこと。

直感的に、”喰われた”のだと悟った。

奴は私を喰うよりも、そっちを喰った方が良いと判断したのだ。


奴はどこに行ったのか。今までと同じなら、呪いは縁を辿るはずだ。次はどこにいくのか、私を発見した親友の元か、それとも……。



初投稿です。評判良ければ同じ設定で連載作品を作りたいと思います。よければ感想などで改善点やよかったところを教えていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつもお世話になっております。 正体不明な呪いの恐怖、真実に辿り着いた時には手遅れだと判明した時のゾクリとした感じが素敵でした。 [気になる点] 喫茶店での有田くんによる説明が少し冗長か…
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