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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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少女、あるいは怪物04


 住宅街の外れに位置する神社。森林によって外界から隔離された境内の、閑散とした駐車場の端。自動販売機の明かりに照らされた休憩スペースに二人はいた。


「少しは楽になった。もう大丈夫だ」


 飲み終わった空のペットボトルをゴミ箱に捨てて、悠也は背後のベンチへと振り返る。

 座って紙パックのイチゴオレを飲んでいた彩夜は、ストローから口を離して言った。

「もう少し休んでていいよ。近くに魔力の気配はないから」

 まるで見て来たかのような発言だった。だが悠也はそれに疑念を抱かない。


「……『魔術師の勘』、だったか」


 それは魔術師が魔力の気配を察知する探知能力の名だ。『蜘蛛』に入った本体ともいえるゴーストは魔力と心の集合体であるため、この『勘』に引っかかる。

 悠也は餌として作戦を実行する前に、この『勘』についての説明を聞かされていた。


「さっきの理屈だと俺でも使えそうに思えたが」

「原理上はね。異世界の法則に基づくエネルギーである魔力に対し、この世界の生物は本能的な畏怖を抱く。『魔術師の勘』はその畏怖の感覚を、魔力を察知する能力として磨いたもの。才能の優劣はあっても特別な資質は必要ない。まあ、潤みたいにほとんど使えない人もいるんだけど」

「……なるほど」


 悠也に彩夜が同行しているのはそういう理由もあるのかもしれない。『魔術師の勘』が使えない潤では『蜘蛛』の接近を事前に察知することができない。


「ちなみに、どの程度の距離まで補足できる?」

「対象の魔力と私の集中力次第。今回の『蜘蛛』なら半径五十メートルってところかな」

 だとすると、悠也には一つひっかかることがある。




「私が呆気なく『蜘蛛』に殺されたのは何故かって?」




 見透かしたように彩夜は聞いてきた。今も生きているのに殺されたという表現は妙な気もしたが、頭蓋を貫かれたと事実を表現するより生々しさは薄れていた。

 彩夜の言う通り、『蜘蛛』の接近が察知できるならあんなことにはならなかったはずだ。


「ちょっと集中力が切れてただけ。今はちゃんと警戒してるからご心配なく」


 軽い口調で言う彩夜は、悠也と視線を合わせなかった。

 それ自体はおかしなことではない。だが何かを誤魔化しているようでもあった。


 悠也は考える。

 集中力が切れていたというのなら、その理由があるはずではないか。


 あの時彩夜は悠也と会話していた。殺されたのは自己紹介の後だが、自己紹介に気を取られて集中力を欠くというのも考え難い。ほかに話していたのは、誰が悪いかなんて不毛な話題と、助けてもらったことへの感謝の言葉。しかし礼を言われて舞い上がったり調子に乗っている様子もなかった。


(あれはむしろ……)


「どうかした? 悠也」

「……ちょっとな」

 咄嗟に言い訳を探し、平静を装って続ける。

「家に残った潤が手掛かりを見つけられたかどうか、気になったんだ」

 潤は今も敷根邸に残り、倉庫に残された過去の資料を調べている。神代家と敷根家の研究に協力していた〈煉霊の魔術師〉の情報が見つかるかもしれないからだ。


「あんまり期待しない方がいいかも。見つかったらラッキーって感じでしょ」

「……ほかに手掛かりはないのか? このままこんなやり方を続けても根本解決にはならない。いずれは黒幕を見つけ出す必要がある」

「残念なことに、名前も顔も、目的すらわかってないのが現状。まあ、解決の糸口が全くないわけでもないんだけど」

「そうなのか?」

「うん。というのも――」

 言いかけた彩夜の表情が険しいものに変わった。

「ごめん続きは後。来た。――っ、一直線にこっちへ向かってる!? まずい、もう」

 彩夜が焦燥を露わにした直後。




 駐車場に、大量の『蜘蛛』がなだれ込んできた。




 だが二人とて無警戒だったわけではない。この神社を休憩場所に選んだのは、倉庫街と同様に『蜘蛛』の性質を利用しやすいからだ。境内に生い茂る木々が先程の倉庫の代わりとなり、まったく同じ方法で安全に逃げることが可能になる――はずだった。


「待って、そっちからも来てる!」

「なっ……」

「こっちへ! このままだと挟み撃ちにされる!」


 彩夜に言われ、急遽方向を変える。

 だが、


「ストップ悠也、そっちも危ない!」


 また方向を変えた。境内の奥。本殿前の開けた場所へ。もう倉庫街と同じ作戦は使えない。


「これ持ってて」

 彩夜はそう言って悠也に折り畳み式のナイフを手渡してきた。

「……『蜘蛛』の動きがこれまでと違う。いざとなったら自分の身は自分で守って」

「だがこれはお前の」

 話している余裕はなかった。

 二人の視界に次から次へと『蜘蛛』が現れる。数え切れないほどの大群を成して迫ってくる。


「とにかく逃げて! あとで合流しましょ!」


 悠也へ強引にナイフを押し付けて、彩夜は地面を蹴った。一息の間に先頭の『蜘蛛』に肉薄、その頭部に手をつき、倒立のような体勢から樽状の腹部へと踵落としを炸裂させる。一撃で『蜘蛛』は砕け、破片をまき散らしながら弾け飛ぶ。彩夜もそれに巻き込まれたが、空中で姿勢を維持して着地、すぐに次の『蜘蛛』へと向かっていく。


 彩夜の戦いは圧倒的優位。だが一人でこの大群を押し止められるわけではない。

『蜘蛛』の一部は彩夜の攻撃を逃れ、悠也へと接近してきた。


 手元のナイフに目をやりつつ、悠也は駆け出す。ただし接近する『蜘蛛』たちの方ではなく、側面の空間を区切る茂みの方へと。


 いくら武器があっても、悠也には彩夜のような人並み外れた身体能力があるわけではない。敵が一体ならともかく、複数の『蜘蛛』相手にどう戦えばいいというのか。


 茂みを強引に突破し、細道に出る。既に彩夜は視界の外だ。

 真っ暗な闇の中を一人で駆ける。背後から迫る『蜘蛛』の圧を感じながら。

 やがて境内の出口に辿り着き、悠也は脚を止めた。

 目の前にあるのは住宅街。


 このまま飛び出したら、どうなる……?


 この先の住宅街に、通行人が一人でもいたとしたら。

 無意識の内に喉を鳴らした。体が僅かに震えていた。

 迷っている暇はない。いや、本当なら迷う必要なんてない。必要なのは覚悟だ。

 身を反転させる。住宅街を背にして、決意を声に出して宣言する。


「やってやる。――――勝負だ!」



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