epilogue.0
肉体が粒子と化して消えていく中、私は思う。
この刃は届かない。
私は破荒墨影を殺すことはできなくて、悠也の元に帰ることもない。
約束は守れなかった。
悠也は一人孤独になる。傍にいると言った私が消えるせいで。
私が消えれば悠也と魔族との契約は切れるから、その気になれば元の暮らしに戻ることも可能だろう。悠也には両親がいて、いつか目覚めるかもしれない妹さんもいるから、きっとそうするべきで、でも悠也はそうしないだろう。
私にはわかる。
私だからわかる。
悠也は魔術師の社会で生きることを選択する。元の幸福な暮らしに戻ることを悠也自身が許さないから。止せばいいのにわざわざ辛い道を選んで、馬鹿みたいに苦しみながら生きていくのだと思う。
悠也と私は似た者同士だ。自分が幸せになることを受け入れられない。一度だけ夢を見たけど、それは二人一緒だから見られた罰当たりな幻想だ。一人では見られない。自分の幸せは望めない。それは相応しくないものだから。
私たちのような悪人は酷い目に遭うべきで、能天気に生きてちゃいけなくて、そうなることで世界は少しだけ正しくなる。不条理な世界の辻褄が合う。悠也ならそう考えるに違いない。
確かにそうだ。
でもそれだけではないのだ。
嫌になるくらい理不尽だらけな世界だからこそ、誰かの幸せを願う気持ちは尊いのだ。
そしてそれに応えようと精一杯頑張ることは、決して間違いではないのだ。
善も悪も犯した罪も関係ない。誰だって自分の幸せを願ってくれる誰かが一人でもいるならその想いに応えるために生きてよくて、そしてその誰かは必ずどこかにいるのだ。家族や友人のように身近な人とは限らない。顔を合わせたこともないどこかの誰かかもしれない。嘘くさいくらいの博愛主義者かもしれないし、どうしようもないくらいの悪人かもしれない。もう死んでしまった誰かかもしれないし、将来生まれてくる誰かかもしれない。どこの誰であろうと関係ない。誰かの幸せを願う気持ちに優劣なんてない。
私たちはその人たちの想いに報いるために生きて、幸せになろうともがくのだ。
誰だってそうだ。そうやって人は幸せになっていくのだ。
だからこうして消えゆく私が悠也の幸せを願うことにも意味はあって、この想いが悠也の幸せを正当化してくれるはずだ。
きっとそうだ。そうだったらいい。本当に、心の底からそう思う。
人殺しにだって、誰かの幸せを願うくらいは許されてもいいだろう。




