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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第五章 楽園創造
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殺意



 だだっ広い闇の中に一つの足音が反響する。黒宮悠也が進んでいく。


 すると奥の方から声がする。

「昨日の今日でまた来客とは。ここも賑やかになったものだ」

 低く厳かな声と共に闇の中へと浮かび上がる人影。身を包む黒衣から垂れた右の袖には中身がない。右腕を失っている。だがそんなことはどうでもいい。悠也にとって重要なのは今目の前に立っているのがこの男だという一点のみでそれ以外はどうでもいい。


 顔を見たことすらない黒衣の男。だがその名は知っている。


 だから呼吸を忘れた。思考を忘れた。事実を拒もうとする脳が忘れさせた。

 だがそれも完全ではなく、理性とは別の場所からどうしようもないものがこみ上げてくる。ただ立っていることすらできないほど絶望的に。


 それを必死に噛み殺しながら口を開く。


「……破荒墨影だな」

「ああ」


 端的な肯定は、けれどそれだけで微かな可能性さえ奪い去った。

 目の前の男が別人である可能性。

 破荒墨影が既に死んでいる可能性。

 彼女が、今もまだ生きている可能性。


「彩夜はどこだ」

 返事はない。

「彩夜はどこにいる。……死んだのか?」

 酷く情けない声だ。答えはわかりきっているのに気づかないふりをしている声。


 悠也と魔族の間接契約は一度完全に切断された。それは魔族と悠也の契約を中継していた誰かがこの世界から消えたという意味であり、それは紅野彩夜か破荒墨影のどちらかであり、破荒が生きているのならそれはつまりそういうことなのだ。


 だが破荒は悠也に背を向けると、低く落ち着いた声で言った。

「ついてこい」

「……え」

 有無を言わさず歩き出す破荒に、悠也は怪訝な思いをしながらついていく。


 闇の中を更に奥へと進んでいく。


 この先に何があるのだろう。まさか彩夜は生きているのだろうか。だが破荒が生きているのに彩夜も生きているなんてことがありえるのだろうか。それでは矛盾がないだろうか。


「黒宮悠也、私は君を知っている」

 唐突に声をかけられ、悠也は驚く。

「君から得られた情報は私の研究の糧となった。……正確には、紅野彩夜を通じて得られた一連の結果のうちの一つという形でだが。しかしそれは価値のあるものだった」

「……なんの話だ」

「感謝を述べるべきだと思ってな。私が何を目的に行動しているかは、既に〈切断の魔術師〉から聞いているだろう」


 人類を死から解放すること。すなわち楽園の創造。


「ありがとう。被吸血者が制御術式を破壊して契約魔族の力を引き出す事例は君が初だ。術式に欠陥があったのだ。私の研究もまだまだ先が長いと見える」

「……お前、どこまで」

「私が有する情報は紅野彩夜の眼を通して得られたものだけだ。それすらも完全ではなく推測を多分に含んでいる。昨夜の一件を観測できたのは僥倖だった。……ここからは階段だ。足元に気を付けたまえ」


 暗いが、足元には若干の明かりがある。青く淡く灯る魔力の光。


「すべての生には終わりがある。その終わりから人類を救済するため、私は様々な方法を試してきた。その中で、私一人ではどうにもできない問題が幾度も生じた。人は肉体も魂も一人ひとり異なっている。魔術を使ったアプローチでは各々の魂によって結果に差異が生まれた。故に、私には協力者が必要だった」


 そこで階段が終わる。

 その空間には無数の水晶の柱が立っていた。いやよく見ると水晶ではないが、しかしそれによく似た円柱状の何かだ。青く淡い光が暗闇を照らし、神秘的な印象を与えている。


 そしてそのすべての中に、人影がある。無数の人が柱の中で眠っている。


 悠也の視線はそのうちもっとも手前の一つに釘付けになった。





「織、原……?」





 そんなはずはない。

 だがそこに眠っている少女はどこからどう見ても織原幸姫にしか見えない。その姿を見間違えるはずがない。だが彼女は死んだはずなのだ。それなのにいる。死んだはずの織原幸姫が悠也の目の前の柱の中で眠っている。


 何がなんだかわからない。


 困惑する悠也に破荒は告げる。

「ここにいるすべてが私の協力者だ」


 破荒はさらに柱と柱の間を進んでいく。

「幼い頃から、私は嘆きに暮れる者の傍に引き寄せられた。そういう星の下に生まれたのだ。人が絶望の淵に沈んでいく様を幾度となく見送り、やがてこの手でその運命を変えることに決めた。ここにいる者たちは皆、いつの日か死から解放されることを条件にその時間を凍結された者たちだ。そして私は彼らの複製体を生み出し、実験のために使用している」

「じゃあ、織原は……」

「生きている。ここにいる者、その全員が」


 そこで破荒は足を止めた。

 理由は悠也にもわかった。振り向いた破荒の背後の柱の中の少女には見覚えがあった。


「そういえば、まだ君の目的を聞いていなかったな」

 破荒は無表情。抑揚のない声で言った。





「ここにいるのが観鳥彩夜の本体だ。彼女を前にして、君は何を望んでいる」





 柱の中の少女の姿は、悠也が探していた彼女と瓜二つだった。

 観鳥彩夜。それが紅野彩夜の本来の名前であることを悠也は知っている。

 だが違う。


「……悪い、俺が知りたかったのはそいつじゃない。紅野彩夜の居場所だ」


 破荒の言葉が真実なら、魔族と契約していたのは複製体の方の彩夜だ。悠也と出会ったのもそう。ここに眠っている観鳥彩夜は、悠也と同じ時間を過ごしてきた彩夜ではない。、


 悠也の言葉に破荒は目を伏せ、ゆっくりと長く息を吐いた。

「すなまい、〈切断の魔術師〉から話は聞いているものと思っていたのでな」

 そう前置いてから破荒は告げた。





「紅野彩夜。観鳥彩夜の複製体だった彼女なら、私が殺した」





 時が止まった。

 破荒が時間を凍結する魔術を使ったのではなく、悠也が感情を処理しきれなかった。あるいは感情そのものを抱かなかった。哀惜も悲嘆も驚愕も後悔も絶望も無念も憤怒も憎悪も怨恨も何もなくて、寂寥感すらちゃんと抱けている気がしなかった。


 彩夜は死んだ。

 目の前の男に殺された。


 思考はそこから進まない。覚悟はできていたつもりだ。生存の可能性は限りなく低いと理解していたから、事実は事実としてちゃんと受け止められた。同じことを霧崎から告げられたときのように狼狽えることも、僅かな可能性を探して現実から目を背けることもなかった。


 ただその事実に釣り合う感情を心が出力できなかった。


 さっきまで溢れ出そうだった感情が、今は行き場をなくしている。

 揺らぐことすらできないまま、穏やかで空虚な静寂を守り続けている。


「なんで殺したんだ?」

 純粋な疑問だった。未だなんの感情も抱けないままに、自然と口を出た問いだった。


「刺客を始末するのは当然だ。逃せば次は殺されるかもしれない」

「でも霧崎さんは生きてる」

「紅野彩夜の抵抗が想像を絶していたためだ。私は深い手傷を負い、その間に二人は逃げ果せた」


 破荒は右腕を失っている。彩夜がそれをやったのだ。


「故に私は紅野彩夜を驚異と判断し排除した。元は計画のために作り出した複製体だ。障害となるならば排除するのもやむなしと考えた」

「……モノみたいに」

 無意識に言葉が口を出た。それに自分で驚きつつも、悠也は淡々と続けた。

「生きていたんだ。笑ったり苦しんだりしながら、あいつは生きてた。観鳥彩夜の複製なんかじゃなくて、紅野彩夜だったんだ」


 そんなことを言っても仕方がないとわかっている。だからどうしたで終わる意味のない話だ。自分でも何故こんなことを言っているのかわからない。

 それでも言わずにはいられなくて、返ってきたのは意外な言葉だった。


「彼女自身もそう言っていた」

「……え?」

「たとえ複製であろうと自分は紅野彩夜なのだと、確かにそう言っていた」


 静まり返った心に、小さな波紋が広がる。


 彩夜は自分が複製だと知っていたのだろうか。いや違う。そうではなくて、彩夜も破荒からそう告げられたのだ。自分という存在の根源すら揺るがしかねないその事実を。


 だが彩夜はその事実に真っ向から言い返した。自分は紅野彩夜なのだと。


 その言葉の真意を悠也は知らない。

 知らないが、わかる気がした。


 他でもない悠也がそう言った。

 彼女が紅野彩夜である事実は絶対に変わらない。そんなことを確かに言った。




 届いていたのだ。

 想いが通じていたかどうかはわからないが、少なくとも言葉は届いていたのだ。




「……それでも、お前は彩夜を殺したんだな」

「ああ」

 破荒は毅然とした態度を崩さない。

「確かに私が殺したのは単なる鏡写しの複製ではなく、個別の意思を持った一人の人間だ。しかしそれは紅野彩夜に限らない。私は多くの命を目的のために生み出し殺しその尊厳を踏み躙ってきた。実験を重ねる中で自ら生み出した以外の命も奪ってきた。それは私の罪だ」


 故にこそ、と破荒は続ける。

「私は楽園の創造をなんとしてでも完遂しなければならない。積み重ねた屍の山に意味があったと示すために。そのためには紅野彩夜を特別扱いするわけにはいかなかった」


 その言葉が強い決意を感じさせる一方で、悠也の目は据わっていた。

「どうでもいいよ。そんなことは聞いてない」


 胸中にあるのは静かで穏やかな殺意だ。

 殺人は手段の一つに過ぎない。それもおそらくは最も安直で間違った手段だ。

 それを自覚していながら、悠也はその殺意を肯定することにした。

 ただ今は、目の前の男が涼しい顔で生きているのが許せなかった。


 拳を握る。その感覚を確かめる。


 この場所へ来る前に、悠也は病院で霧崎から破荒との戦闘について聞いた。その際に悠也が再契約する魔族の性質についても教わった。霧崎によればその契約魔族の力は万物との一体化であり、彩夜や悠也が享受していた身体能力の向上は魂の侵食による魔族化の影響。魂の変質に肉体が引きずられることで人の域を超える身体能力を獲得していただけで、契約魔族の有する性質とは無関係だ。


 つまり、今の悠也に以前のような力はない。

 普通の高校生の黒宮悠也が有した以上の膂力は発揮できない。


 常人より優れた身体能力を有することを前提に倉沼に鍛えてもらった戦闘技術はいったいどこまで通用するのか。それはわからないが、わからなくてもやるしかない。


 駆け出す。懐に潜り込む一瞬に身を屈め、拳に全霊の力を乗せて解き放つ。

 だがその直前、破荒の姿が消失した。


 時間凍結の魔術だ。そう気付いたときにはもう遅くて、背中からの衝撃で体が前に吹っ飛んだ。地面に足を擦りながら身を返し次の攻撃に備える。


 しかし破荒は追撃に移ることなく悠也を見ていた。

「無駄だ。君に私は殺せない」

 構わず悠也は地面を蹴った。だがそのときにはもう破荒の姿は消えている。

「諦めろ。その闘志は無意味だ」

 声は側方から聞こえた。無数の柱の間に破荒は立っている。


 時間の凍結。破荒がその魔術を使う限り、悠也は破荒を捉えられない。


 それでも。


「愚かな」

 三度破荒に向かって駆け出そうとした悠也の腹を重い衝撃が襲った。破荒の拳だ。時間を凍結させている間に近づいてきた破荒が重い拳を放ったのだ。悠也の体は地面と平行に吹っ飛び誰かの眠る柱にぶつかって肺の空気が全部抜けてその場に落ちた。


 鈍痛が全身を蝕む。頭がクラクラする。立ち上がれない。


「君では私に触れることすらできはしない。戦うだけ無駄だ」

「……偉そうに」

「言葉では理解できないか」


 やっとのことで立ち上がる。だがいつの間にかすぐ傍にいた破荒に腕を捕まれ投げ飛ばされる。受け身を取ろうとして腕が折れる。思わず動きを止めると背中を踏みつけられて動けなくなる。


「冷静になれ。命は大切にするべきだ。私も無為に殺したいとは思わない」

「……またそうやって、善人みたいなことを言って」


 彩夜を殺したくせに。


「怒りは理解しよう。復讐心も。だがいつかは静まる時が来る」

「そんなことは」

「必ず来る。感情とはそういうものだ」

「……」


 言葉を返さず全身に力を入れた。踏みつけられた体を起こそうとした。だがより強く踏みつけられて肺が潰れて抵抗する余力すら奪われる。


「命を無駄にするな。私がその気になれば殺されるのはわかるだろう。今はそうする以外ないとしか思えなくても、いずれは忘却がお前を救う。生きてさえいれば」

「生きてさえいれば……?」


 ふざけるな。

「その命を、お前が奪ったんだろうが!」


 直後、地面が揺れた。破荒の一瞬の動揺を見逃さず身を跳ねさせてその足を逃れ素早く立ち上がる。その際、悠也は自分の手から伸びた管を握りつぶして消した。その管は地面に繋がっていて、それで破荒も何が起きたか察したようだった。


 悠也は魔族と契約した。その力の使い方の一例は、昨夜幸姫が見せてくれた。

 外部の物質を自分の一部にすることで肉体を拡張する魔術。悠也は地面と腕を繋げることで自分と破荒が立っていた部分だけを揺らし、その後すぐに腕と地面の一体化を解いた。


「俺が勝てないかどうかは、まだわからない」

 瞬間、悠也はまた破荒を見失う。


 衝撃は首に来た。頭蓋を真横から鷲掴みにされて、そのまま勢い任せに倒されたのだ。悠也はすぐに身を捻って距離を取り姿勢を立て直すがすぐに破荒からの追撃がある。殴られる蹴られる投げられる叩きつけられるまた投げられる。衝撃で思考が麻痺している間に次の攻撃が始まるものだから抵抗のしようがない。全身の骨が折れて立ち上がることすらできなくなった頃、破荒は追撃をやめて口を開いた。


「これでもまだ、わからないと言うか」

「――」


 当然と答えようとして、声がうまく出なかった。


「考え直すべきだ。仮に君が私を殺せるとして、本当に殺してしまっていいのか」

「……どういう、意味だ」


 今度はどうにか声が出せた。肉体の損傷は時間が経てば再生する。折れた骨もやがて元に戻る。流石にここまで全身ボロボロだと即時とはいかないが、それでもまだ負けではない。


 だが殺してしまっていいのかとはどういう意味か。

 破荒は淡々とした口調で言う。


「君は人が死ぬ哀しみを知っている。それが悲劇だと知っている。ならば我が目的の尊さがわかるはずだ。誰も死なない世界の創造。それは大切な人を失う哀しみと無縁の楽園だ。私を殺してその実現を阻むことが、本当に君の望みなのか」

「……」


 考える。

 人が死なない世界。大切な人を誰も失うことのない世界。それは確かに楽園だ。破荒はそれを目指している。やがてそれが実現されたとき、ここにいる人たちの時間も動き始める。幸姫も、そして観鳥彩夜もその中にいる。誰も失わない世界で暮らしていける。


 それはいいことだ。いいことだと思う。心の底から。非の打ち所がないくらい。


「だけど、お前が彩夜を殺したんだ。それに織原だって。複製かもしれないけれど、彼女も織原幸姫だったんだ。それなのに、お前があんな風にした」

「だがその犠牲を糧に彼女らの本体は楽園で目を覚ます。私が死ねば、そのときこそ彼女らの犠牲は無駄になる。ただ理不尽な悲劇が起きただけになってしまう。それでいいのか」


 理不尽。

 それを悠也はずっと嫌ってきた。なんの罪もない人がある日突然不幸に襲われるなんて嫌だし、積み重ねた努力は報われてほしい。悲しい出来事には相応の理由がなければ納得ができない。漠然とだが、そういう気持ちはずっと前から胸の中にあった。


 もしも破荒の行いによって、悲劇にも意味が生まれるのなら。

 彼女らの死が、いつか実現される楽園の糧となるのなら。


 それは悠也の殺意を満たすことなんかより、余程素晴らしいことなのではないだろうか。


 考えてみれば、悠也が苦しめ続け終ぞ救えなかった幸姫を救おうとしているのはこの男だ。悠也と出逢うことすらありえなかった観鳥彩夜に手を差し伸べたのもこの男だ。そんな男を殺して何になるというのか。


 悠也は殺人による解決を否定してきたはずだ。それなのに今になってそれを否定するなんて自己矛盾も甚だしい。いのりに人を殺す必要はないと偉そうなことを言っておいて、自分だけ殺意に身を委ねるなんてあっていいわけがないのだ。それではあまりに無責任過ぎる。


 やはり手放すべきなのだ。この殺意は。

 いつか破荒が創造する楽園で生きていく織原幸姫と観鳥彩夜のためにも。


「俺は――」


 と、そこで悠也は言葉を飲み込んだ。

 何かが引っかかる。それではいけないと言っている自分がいる。


 だが何がいけないのだろう。

 これは単純な二択の問題だ。破荒を見逃し未来を生きる人々が誰も死なない世界を生きられるようにするか、破荒を殺して未来の人々から死なない世界を取り上げるか。


 迷う余地はない。

 だがどうしてもそれではいけない気がする。

 何故だろうか。そうすべきとわかっているのに、どうして破荒を許せないのだろうか。


 いやそうではない。

 許したくないのだ。許してはいけない気がするのだ。

 なんのために。


「そうだ。これを君に返しておこう」


 返す?

 何をと疑問に思う悠也の前に、それが落ちる。


 折れた刃の欠片。折りたたんだ刃を収納する柄。

 跡切刀だったものの残骸。


「既に魔術道具としての性質は失われたが、形見くらいにはなるだろう」


 どうしてそれを破荒が持っているのか。

 決まっている。彩夜が使ったからだ。破荒と真っ向から戦ったからだ。


 なんのために。


「ああ……そうか」


 そうだ。

 とっくに知らされていた事実が、すとんと悠也の胸の内に落ちる。





 この場所で彩夜は死んだのだ。





 この男と殺し合った末に死んだのだ。





 暗闇の中で最後まで諦めることなく足掻きながら殺されたのだ。




 わかっていた。最初からわかっていたのだ。

 黒宮悠也がなんのためにここへ来て、何がしたいのか。


「そうだよな。所詮俺なんてその程度だ」


 悠也は思わず口端を釣り上げた。散々悩んだ末の結論があまりに馬鹿馬鹿しかったものだから、笑わずにはいられなかった。


 立ち上がる。再生途中の肉体が訴える痛みは気にならない。迷いが晴れて気分は爽快。それが痛覚を誤魔化してくれているらしい。


「やっぱり、俺はお前を殺すよ。わかったんだ。この殺意の正体が」


 その決断は間違っている。こんなものは単なる私怨だ。それで人を殺すなんてあってはいけないことだし、破荒がしようとしているのは誰もにとって理想の世界の実現なのだから、それを阻む決断なんて頭がどうかしているとしか思えない。


 だけど。




「俺の心が、お前を許すことを否定するんだ。彩夜を殺したお前を許しちゃいけないと言って聞かない。だから俺は、彩夜を想ってやまない俺のために、お前を殺すんだ」




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