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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第五章 楽園創造
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契約



「師匠から破荒との戦い方を聞き出したらしいな。そういうことって捉えていいのか」

 敷根邸の中庭。

 現れた悠也に気付くなり、倉沼はそう聞いてきた。


 倉沼の言う通り、悠也は再度病院に行った際に霧崎から破荒との戦闘の詳細を聞き出していた。だがそれは悠也の目的が破荒と戦うことだからではない……はずだ。


「万が一のとき生き残るためですよ。俺は彩夜を迎えに行きます。でも、無駄死にするつもりもありません。彩夜が殺されていたとしても、俺は生きて戻ってきます」


 それでいいはずだ。この主張には筋が通っている。だからたとえそれが後付けの理屈だったとしても、倉沼には否定できない。


「……陣の中心に腰を下ろせ」

 悠也は倉沼の言葉に従い、倉沼は続けて言う。

「最後の確認だ。今からするのは危険を伴う契約になる。賭けと言ってもいい。失敗して廃人になったって文句は聞かねえ。わかってんな?」

「はい」

「オーケー。それじゃ、目を閉じろ」

 言われた通り目を閉じる。


「深呼吸だ。まずは心を落ち着けろ」

 言われた通りに深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。


「肉体があることを忘れて意識だけの存在になれ」

 言われた通りに……と、そこで集中が途切れる。

 見透かしたように倉沼が言う。

「イメージでいい、やれ。精神が肉体に囚われている間は契約なんてできねえぞ」

 呼吸を整えながら、言われた通りにやってみる。


 ――と、急に深い穴に落ちていくような感覚があった。


 驚いて目を開ける悠也に倉沼は言う。

「感覚は掴んだようだな。いいか、お前は今からそうやって魂を向こうの世界に落とす。そこで目当ての魔族を探り当てて口説き落とす。ある程度までは契約術式が誘導するが、最終的にはお前がやるんだ」

「……探り当てるって、どうやって」

「『魔術師の勘』だ。お前が契約しようとしている魔族の気配は知ってるだろ」

「……なるほど」


 確かに良く知っている。彩夜の魔力の気配を探せばいいのだ。彩夜に鍛えてもらった『魔術師の勘』で。そう考えると、最後までやり遂げられるような気がした。


 目を瞑る。意識を研ぎ澄ませる。魂が落ちていく。落ちていく。どこまでも落ちて、何もないところにいく。海の中にいるみたい。ふいに何かが近くを通り過ぎて、その気配を感じる。濃密な魔力の流れがそこかしこにある。『魔術師の勘』を研ぎ澄ます。この広い海の中で一体の魔族を探り当てるのは至難の業に思えるが、倉沼はある程度までは契約術式が誘導すると言っていた。そもそも霧崎はそれが可能だと言って悠也にこの契約を提案した。だからそれは不可能ではないのだ。


 落ちていく。落ちていく。落ちていく。


 何かが腹に突き刺さった。肉体ではなく、魂の腹に突き刺さった。突き刺さったまま内側にひっかかって取れなくなる。黒宮悠也の内側を蝕んでいく。ぐずぐずに溶かして混ざり合っていく。きっとこれが魔族だ。どこの何とも知れない魔族が悠也の魂の奥の心を食おうとしているのだ。


 ――お前じゃない。


 悠也は突き刺さったそれを無理矢理引き剥がす。探しているのは別の魔族だ。こいつじゃない。だからいらない。放り投げる。消えろ。いなくなれ。どこかに行け。


 落ちていく。溶けていく。壊れていく。こわれていく。


 腹の中から何かが出てくる。空いた穴から中身が漏れて拡散していく。拡散した中身に群がる有象無象。こいつらも魔族なのか。だとすれば、拡散したのは心なのか。


 こぼれていく。くずれていく。ほどけていく。うすれていく。


 黒宮悠也が失われていく。


 ――駄目だ。俺にはまだしなければならないことがある。


 なにを。わからないが、なにかあったはずだ。


 目の前に光が見える。いや光じゃない。黒宮悠也の魂がそれを光と認識しているのだ。


 ――彩夜? 


 違う。彩夜はここにはいない。

 だが思い出す。黒宮悠也がしなければならないのはそれだ。


 光の方に手を伸ばす。

 彩夜と同じ気配。つまりこいつが探していた魔族なのだ。


 ――俺はお前と契約しに来た。もう一度。


『なんのために?』

 声がして、悠也は驚く。魔族は喋ることができたのか。


『誰のために?』

 あるいはそれは魔族ではなく悠也自身なのかもしれない。黒宮悠也が黒宮悠也に向けて問いかけているのかもしれない。魔族と契約する理由。今ある大切なものを台無しにするかもしれないとわかっていて、そうしなければならないと思った理由。その答えを求めているのかもしれない。


 なんのために。彩夜を迎えに行くためだ。そのはずだ。ならそれは彩夜のためかというと違う。彩夜のためではない。彩夜は悠也の危険など望まない。だとすれば悠也自身のためであるはずだ。しかしこの行動は悠也の家族を巻き込むかもしれないし悲しませるかもしれない。そんなことを黒宮悠也は望んでいるのか。そんなことはないはずだ。黒宮悠也は家族を大切に想っている。それは確かなはずだ。


 倉沼は言った。悠也は彩夜が死んでいると思っているのだと。もしそうなら目的は彩夜を迎えに行くことではない。破荒墨影と戦うことだ。それを悠也は否定するのが難しい。彩夜を殺したのなら許せないと思うし、そうでなくとも彩夜をあんな風にして苦しめたのは破荒だ。幸姫があんな末路を辿ったのも破荒の仕業だ。破荒がいなければ二人とももっと平凡な人生を送れたはずだ。破荒こそが諸悪の根源なのだ。


 であれば、やはり自分は破荒を赦したくないのかもしれない。思い切りぶん殴らなければ気が済まないのかもしれない。でも殴ることになんの意味があるのだろう。そんなことで何かが救われるのだろうか。


 考えて、考えて、考えて、呆れた。

 馬鹿みたいだ。いつまで同じことをぐるぐると考えているのか。


 どうでもいい。黒宮悠也はそうしなければ気が済まないのだ。

 理由はそれで充分だ。


 光に手が届く。光が悠也に届く。腹の中に入ってきて全身を満たす。


 直後、夢から覚めるような感覚があった。




    ◇




「戻って来たな」

 声がして顔を上げると倉沼がいる。


「まずは落ち着け。向こうの世界と繋がったことで、お前の魂には極度の負荷がかかってる。奇妙な幻覚を見たろ。それは本当にあったことじゃねえ。魂の悲鳴が見せた妄想だ」

「妄、想……今のが」

「そうだ。落ち着いて現実の感覚を取り戻せ」


 周囲に目をやる。ここは敷根邸だ。海みたいなどこかではない。


「魔族と繋がっているのがわかるか」

「はい」

 うまく言えないが、確かに繋がっている。その感覚はある。彩夜に血を吸われたことによる間接契約のときにはなかった感覚だ。魔族との契約とは本来こういうものなのだろうか。


「力の使い方はわかるか」

「はい」

 試しに右の手首を噛み千切ってみた。いつからいたのか魔術陣の外の希凛と拓馬といのりにどよめきが広がるが、悠也の右手首はすぐに再生を始める。数秒もすれば元通り。

「大丈夫そうです」


 それから悠也は立ち上がって言う。

「案内してください、倉沼さんが一度道を開いた場所に。そこからなら、たぶん行けます」

「……何言ってんだ」

「わかるんです。手足を動かすみたいに、自分の力の使い方が」

 少し歩いて、手のひら大の石を拾った。石は右手と混ざり合う。右手が石に変わる。希凛の鉱石でできた手によく似ている。どうしてこんなことが自分にできるのかわからないが、どうすればできるのかはわかる。手足を動かすのと同じだ。仕組みはよくわからないのに、それをすることはできてしまう。


 実感がある。今自分は世界そのものと繋がっている。


 驚嘆の声を漏らしたのは希凛だ。

「こんなのってありえるの……? 契約してすぐ、魔術式もなしに魔術を使うなんて」

 隣の拓馬が返す。

「ありえないとは言い切れない。式は魔力を効率的に魔術に変換するためのツール……それこそ数学の公式のようなものだ。理論上は式がなくとも魔術の使用は可能だが、過程は極端に複雑化する。高度な術ほど顕著に。発動までの時間も術の正確性も式を使う場合とは比にならないほど劣化するから使い物にならないのが常だ。……だが彼の場合、既に一度契約してその力に触れている。だからこういうことも起こり得るのだろう」

「……そっか。てことは霧崎さんはそれを見据えて」

「そういうことになるな。初めから不可能ならこの契約を提案していないだろう。だとしても信じ難い事態ではあるが」


 悠也は石になった右手を動かす。ちゃんと動く。破荒を殴ることを考えたらこの方が都合が良いかもしれないと考えて、戦うことを想定している自分に気付いて小さく息を吐く。


 そんな悠也に倉沼が「行くぞ」と言い、そこに続けてもう一つの声があがった。

「私も」

 声の主はいのりだった。

「私も行きます。せめて最後まで、見送るくらいは」

「駄目だ」

 倉沼が言った。

「こいつの魔術は危険だ。昨日の織原幸姫の暴走は知ってるだろ。万が一の場合を考えて、オレと悠也の二人だけで行く。お前らはここに残れ」


 いのりは俯き、肩を震わせた。

 足手まとい。そんな言葉がその脳裏に浮かんでいるのが見て取れた。


「……絶対、帰って来てください。約束してください、先輩」

「……そのつもりで行くよ。――行きましょう、倉沼さん」




    ◇




 そうして敷根邸を離れ、高台の公園にやってきた。


 ここへは去年の七夕祭りの日に潤と幸姫と三人で花火を見に来た。あの頃はこんなことになるなんて想像もしていなかった。潤も幸姫ももういない。潤は悠也が殺したし、幸姫は悠也が守らなきゃいけなかったのに死んだ。三人で花火を見ることはもう二度とない。


 だけど、思い出はまだ胸の内にある。

 結末がどんなに悲しくても、その過程で芽生えた想いは本物だ。だからそれでいい。


「もう魔力の残滓も残ってねえ。俺の魔術じゃどうにもならねえが、行けるのか」

「たぶん」


 何故かわかる。この場所は世界が捻じれていて、歪んでいる。そしてその向こうはどこか別の場所に繋がっている。


 霧崎はこの契約魔族の力を万物との一体化であると言い、その効力は世界そのものにも及ぶと言った。つまり悠也自身が世界だ。だからなんとなく感覚で感じられる。傷口が痛みを訴えるように、世界の歪みがわかる。まだ自分でもよくわからないが、そういうことなのかもしれない。


 空間に手をかけて、剥がす。音もなく捲れた先に道がある。


「……倉沼さん」

「なんだ」

「色々とありがとうございました。さっきも、心配してくれて。生意気な口を利いてすみませんでした」

「気にすんな。俺は気にしてねえ。……それに、間違ってようとそうしなきゃ進めねえってのは、きっと誰にでもあることだ」


 なんとなくだが、倉沼が言っているのは霧崎のことだと思った。昨日心童葵とそんな会話をしていた気がする。だとすれば霧崎が悠也に契約をさせてくれた理由は、実はそこにあったのかもしれない。


「お礼、霧崎さんにも言っておいてください」

「ばーか。自分で言えよ」

「……そうですね。行ってきます」

 そうして悠也は自ら開いた道へと一歩を踏み出す。


 闇の中へ。

 その選択は間違いだと知りながら、迷うことなく進んでいく。 



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