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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第五章 楽園創造
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 敷根邸。中庭にぶつかる縁側。


「準備ならまだ終わってねえぞ」

 訪れた悠也に、倉沼は手のひら大の石で地面に幾何学模様を描きながら言った。

 何も知らない人が見ればいい歳した大人が子供の遊びに興じているように見えるかもしれないが、実際は異なる。魔術式の一種である魔術陣――おそらくは悠也のための契約陣を描いているのだ。


「手伝いましょうか」

「いらねえ。というか、お前には無理だ」

「……図形を描くだけでしょう。それくらいなら俺にも」

「違う。目に見える形なんて魔術においてはどうでもいい。重要なのは込められた意味だ」

「……意味?」


 眉を潜める悠也に、倉沼は手を動かしたまま言う。

「魔族が住んでる異世界ってのは、俺らの住んでるこの世界とはまったく別の法則で成り立ってる。それはわかるな」

「形而下の概念より形而上の概念が優先される世界だと、以前聞いたことがあります」

「その表現も正解かどうかは微妙なとこだが、まあそんな感じだ。つまりこの魔術陣は目に見えている形そのものにはなんの意味もねえんだ。どんな意味を込めて描くかが重要なんだ」


 少し難しい話だと思いつつも、悠也は素人頭なりに倉沼の話を整理する。

 たぶん、二重丸が曇りの天気を表したり市役所を表したりするのと似たような話だ。二重丸そのものは意味を持たない記号だが、それをどんな意図で描いたかによって意味が付与される。その意図と意味こそが魔術の世界では重要なのだ。


「そういうわけで、悪いがまだまだ時間がかかる。俺も知ってる魔術式じゃねえんだ」

 言って、倉沼は手を止め縁側まで戻ってノートを手に取り開く。おそらくそこには倉沼が描いている最中の幾何学模様の意味が解説されている。そしてそれはきっと、何度も手に取って読み直しながら陣を描かねばならないほど膨大で複雑なものなのだ。霧崎が時間がかかると言った意味を悠也はようやく理解した。


 とはいえ、これでは悠香を放ってまで駆け付けたのに無駄足だ。少しでも早く契約したかったのに、準備が終わらないどころか手伝うこともできないとは。


 どうしたものかと悠也は考え、ふと思いつく。

「質問をしてもいいですか」

「片手間で答えられることならな」


 それはそうだ。倉沼の集中力を乱してしまっては準備が遅くなる。

 悠也が迷っていると、倉沼は言った。


「遠慮すんな、聞くならむしろ今のうちだ。陣を描いてるときと違って、今なら雑念が入っても大きな問題にはならねえ。何が聞きたい」

 そう促されたので悠也は尋ねる。

「彩夜が破荒墨影に一矢報いたというのは本当ですか」

「本当だ。じゃなきゃ、俺も師匠も今頃死んでいた」

「どうやったんですか。霧崎さんでも敵わなかった相手に、どうやって」

「……」

「破荒墨影が三体の魔族と契約しているという話も、霧崎さんですら勝てなかったという話も聞きました。そんな相手に、彩夜はどうやって一矢報いたんですか。いやそもそも、彩夜はどうやって殺されたんですか。破荒と彩夜はお互いに不死身のはずでしょう。なら、その契約魔族には互いの不死を無力化できる何かがあったということになる。つまり俺でもその魔族と契約できれば、破荒墨影を倒せる可能性がある。そうなるんじゃないですか」


「悠也」

 叱責に似た声だった。悠也はぴたりと体を硬直させる。


「それを知ってどうする」

 倉沼は冷え切っていた。その視線も、声音も。ぞっとするほどに。


「お前は紅野彩夜を迎えに行く。確か、そのために魔族と契約するんだったよな」

「……もちろん」

「紅野彩夜が生きてるなら、破荒墨影には勝ったってことだろ。まさか仲良く一緒にいるなんてはずはねえ。お前の契約が切れてることからもそれは明らかだ。少なくともどっちかはもう死んでるんだ。それなのに、なんでお前は破荒との戦い方なんて聞きたがるんだ。お前が破荒と戦うってことは、紅野彩夜はもう死んでるって意味じゃねえのか」


 なあ悠也。倉沼は悲しそうな怒ったような声で悠也をそう呼んで、言う。

「お前も、紅野彩夜はもう死んだって思ってるのか」


 風が吹いた。隠されたものを覆っていた何かがどこかへ飛んでいった。


「話を聞いたとき、俺はお前があいつの勝利を信じて決断したんだと思った。お前はそういうやつだ。理想ばっか追いかけてる諦めの悪いやつだ。俺はそう思っていたし、事実そうだったはずだ。だが、今お前は紅野彩夜の生存を信じてなんかいねえ。そうなんだろ」


 なあ悠也、と倉沼はまた悠也の名を呼んだ。

「お前、本当は何が目的なんだ」

「……妙な疑いをかけるのはやめてください。俺は彩夜を迎えに行くだけです」


 そのはずだ。

 悠也の答えに、倉沼は冷めた口調で返す。


「正直に言う。俺は間違いなくあいつは死んだと思ってる。お前のそれは体のいい自殺だ。自暴自棄には付き合えねえ」

「途中までやってくれたのに?」

「それはお前を誤解してたからだ」

「誤解……彩夜を見捨ててきた倉沼さんには、言われたくありません」

「よくこの状況でそんな口が利けるな。お前のための契約術式を用意してるのは誰だ」

「倉沼さんが霧崎さんの指示を蔑ろにして俺なんかに嫌がらせするはずないでしょう」


 売り言葉に買い言葉。醜いとわかっていたが言わずにはいられなかった。その反動か、それとももう言うべきことは言い終えたのか、それ以上は互いに何も言わずに睨み合った。


 ややあってその沈黙を破ったのは、新たに敷根邸にやってきた熊井彰隆だった。


「どういう状況だ、これは」

 熊井は睨み合う悠也と倉沼、そして地面にある描きかけの魔術陣を見て訝しがる。

「悠也、お前契約魔族はどうした」

 その質問に悠也は答えなかったが、熊井は察したらしく「そういうことか」と呟くと倉沼に視線を移した。熊井の『魔術師の勘』は鋭い。今朝悠也が伝えた彩夜の失踪という情報を踏まえれば状況を察せることに不思議はない。

「昨夜の一件の事後処理について上から連絡が来た。その件で話しに来たんだが、その前に少し悠也を借りていいか」

「好きにしな。どうせ俺は取り込み中だ。報告は後でいい」

 そう言って倉沼はノートに視線を落とした。


「行くぞ悠也。ついてこい」

「……」


 後味の悪さを感じないわけではなかったが、このままここにいても仕方がない。悠也は無言のまま熊井に続いて敷根邸を後にし、昼間の住宅街を歩く。


 熊井はざらついた声で聞いてくる。

「彩夜ちゃんは死んだのか」

「まだわかりません」


 わからないはずだ。黒宮悠也は彩夜の死を認めてなどいないはずだ。

 それとも、それは自分に言い聞かせているだけだろうか。


「お前、魔族と契約するつもりなんだろ」

「はい」

「ちゃんと考えたのか」

「……はい」


 それから熊井は口を開かなくなった。ただ無言で悠也を案内する。

 目的地はそれほど遠くなかった。熊井が何かを言ったわけではなかったが、悠也にはそこが目的地なのだとすぐにわかった。


 それはごく普通の一軒家だ。悠也たちのいる角度からではまだ表札は見えない。そして悠也も熊井も、それ以上その一軒家には近づくことができない。


 ただ、異様だった。


 何台もの車が。幾人もの人が。その家の玄関を取り囲むように集まっている。その家に向けている彼らの目は、あるいは好奇心、あるいは侮蔑、あるいは獲物を狙う狩人のそれ。数人が悠也たちに気付いて、冷たい視線を向けてきた。


「これは……いったい」

「歩きながら話す。こっちだ」


 熊井はそう言って踵を返した。


「待ってください。……あの家は、いったい」

「行ったことねえのか」

「……ということは、やっぱり」

「あれは幸姫ちゃんの住んでた家だ。何せ世間を賑わす大量殺人者だからな。家族からコメントの一つでも取れりゃ大スクープってもんだろ」

「……織原は悪くない。悪いのは魔術師だ。破荒墨影とか、心童葵とか。なんで、織原の家があんな風に」

「世間はそう思ってねえからだ」

「でも」

「あまり声を出すな。あいつらに目を付けられたら面倒だろ」

「……」


 その通りだった。織原幸姫の友人と知られたら、きっと極悪な犯罪者の人となりを根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。そんな的外れな質問に答えるべきことなんて何もないし、聞かれたくもない。あるいは文句の一つでも言ってくるべきだったかもしれないが、言ったところでそれは織原幸姫の名誉をより貶めるだけになっていた気もする。だから黙って立ち去ることが間違っているとは思えないのだが、悠也の胸には何か言い知れぬ気持ち悪さが残った。それでいいのか、それでいいのかと、何度も訴えてくる自分がいる。


 悠也にはわからない。

 何が正しくて何が間違っていて、黒宮悠也は何をすべきなのか。


 考えているうちに二人はカフェ・Vivreに移動した。熊井はサービスだと言って悠也にコーヒーを出し、自分の分も用意して、悠也の正面の席に腰かけた。


「俺があれをお前に見せた理由が何か、わかるか」


 俯き、テーブルの下で拳を握った。

 悠也を介して魔術と関わったばかりに巻き込まれ、理不尽な視線に晒されていた幸姫の家。その家族がどんな思いをしているか悠也にはわからないが、いい気持ちでないのは確かだろう。


 知っていた。魔術と関わるとはそういうことだと。


「……俺は魔族と契約すべきじゃないって言いたいんですか」

「そこまでは言わねえよ。だがお前が今日まで生きてきたのには理由があったはずだ」


 確かに悠也にはそれがあった。悠也を慕ってくれる人たちを悲しませないため。それが黒宮悠也が生きる理由だった。人を殺した悠也がのうのうと生きていていい言い訳だった。


 だがそのせいで幸姫を死なせた。自ら魔術師の世界に浸っていくことは、周囲の人たちを危険に晒す行為にほかならない。それを嫌というほど自覚していた。


「だから純粋に疑問に思った。それでいいのかってな」

「……」

「俺が前に言ったこと、覚えてるか」

「……人の限界を見誤るな、ですか」

「それだ。察しがいいじゃねえか」


 その言葉を思い出せたのは、悠也が今の自分を潤や名守と重ね合わせて見ているからかもしれない。

 周囲の人間を巻き込んででも目的を果たそうとするのは、魔術という反則を知っているからだ。だから諦めがつかない。だが魔術は決して万能ではなく、人に実現できることには限界がある。


「生きてりゃ色んなことがある。辛いことや悲しいことはいくらでもある。だがいくら悲しいからって、それで今あるものを全部放り出しちまうのは馬鹿のすることだ。お前にとって魔族との契約は、お前の家族を危険に晒してまでしなきゃならねえことなのか」


 考える。

 魔族と契約して生きているかもわからない彩夜を迎えに行くことと、今ある家族の穏やかな暮らし。どちらか一方しか選べないというのなら、悠也はどちらを選ぶべきなのか。


 本来なら彩夜と共にここを離れて、家族が魔術と関わらなくていいようにするつもりだった。だが彩夜がいなくなってしまってわからなくなった。自分のすべきことが何なのか。


「たぶん、俺は恵まれているんだと思うんです」

 頭の中に浮かぶ考えを少しずつまとめながら、悠也は言葉を紡ぐ。


「俺の軽率な行動のせいでずっと眠っていた妹が、目を覚ましたんです。同時に俺と魔族との契約も失われて……霧崎さんは、俺に魔術の世界から足を洗うよう言ってきました。その手伝いをしてくれると。……都合良過ぎだろって思いました。自分から危険に突っ込んでおいて、穏やかな日常に帰っていいっていうんですから。どう考えても俺にとって都合の良すぎる展開だ。それが贅沢だってことくらい、わかっているんです」


 潤を殺し、幸姫を守れず、彩夜もいなくなった。だがそれがすべてではない。悠也にはまだ家族がいる。月乃も生きていた。好きだといってくれるいのりがいて、悠也のことを考えて色々言ってくれる霧崎や倉沼、そして今話している熊井もいる。人はそう簡単にすべてを失ったりしない。


「でも、だから彩夜を放っておけっていうのも、俺にはできません」

「今までの自分を捻じ曲げて、家族を危険に晒して、今ある幸せをぶち壊してもか」

「……はい」


 馬鹿なことをしようとしている自覚はある。

 倉沼に指摘されたように決めつけているわけではないが、彩夜の生存の可能性が限りなく低いことは悠也にもわかっている。自暴自棄と言われたらそうかもしれないとも思う。


 霧崎が言った通り、彩夜は悠也が魔族と契約することを望まないとも思う。悠也が平和で穏やかな日々を送ることを、彩夜なら願ってくれるんじゃないかと思う。


 それでも、このまま平穏の中に戻るのは何かが違うような気がする。具体的に何がと聞かれると困るが、どうしてだか納得できない。それではいけないと悠也の胸の内が訴えてくるような感じがする。だから悠也の考えは変わらなかった。


「そうか。なら俺から言うことは何もねえ」

 熊井は静かに目を伏せ、コーヒーを啜った。


「……いいんですか」

「そもそも俺が口出しするようなことじゃねえだろ。一時の感情に任せて全部を駄目にしちまおうってんなら止めてもいいが、考えた上でそれなら他人の口出しになんの意味がある。お前のことだ。最終的にはお前が決めるしかねえ」


 だがまあ、大人として一つ忠告するなら。熊井はそう続けた。


「人はいつか死ぬんだ。何の前触れもなく、突然目の前からいなくなっちまう。そういうもんだ。それはちゃんと頭に入れとけ」

「……はい」


 やはり熊井は、内心では悠也の契約に反対しているのだろう。彩夜が死んだことを受け入れて、今ある幸せを大切にすべきだと。


 その考えは正しい。馬鹿なのは悠也の方。悠也も頭ではそう考えている。


 だがそれならどうして自分はこんなにも魔族との契約に拘っているのだろう。自分が間違っているとわかっているのに、どうして納得できないのだろう。何故それではいけないような気がするのだろう。


 考えていると、ふいに希凛からメールが届いた。連絡先を教えた記憶はなかったので疑問に思ったが、霧崎から聞いたのだと本文中に書いてあった。メッセージの内容は希凛の今の容体に関すること。悠也と同じように希凛も間接契約が切れた状態にあり、不死身ではなくなったものの、今のところは普通に元気なので心配しないでほしいというようなこと。それから彩夜を迎えに行く悠也を応援したいという一文が添えてあった。


 律儀なのだろう。もしかしたら悠也が自分の容体を心配しているかもしれないと思って、念のために連絡を入れてくれたのだ。悠也は希凛の心配などまったくしていなかったというのに。そんなに素晴らしい人間ではないというのに。


 ふと思う。希凛のように他人に優しくできる心の持ち主なら、家族――父親である拓馬のために正しい選択ができるだろうか。悠也がしようとしているような身勝手はしないだろうか。


 拓馬が悠也を殺そうとしたとき、希凛は反発した。だがそれは拓馬を信じているが故の行動で、そのせいで拓馬が損をすることもなかった。今の悠也の状況とは違う。


 もしも希凛が拓馬の命を蔑ろにするようなことがあればそれは不義理なことのように思うし、そんなことはあってほしくない。同様に、やはり悠也が家族を蔑ろにするのはおかしいと思う。


 何度考えたってどう考えたって間違っているのは悠也の方だ。

 それなのに、何度考えたってどう考えたってそれで納得はできそうにない。


 堂々巡りだ。終わらない思考がぐるぐると回るうちに、時間だけが過ぎていく。


「店長、チョコレートケーキを一つ、買って行ってもいいですか」

「持ち帰るのか」

「はい」


 いくら考えても結論は変わりそうにない。確かなのは、魔族と契約して彩夜を迎えに行ったとして、無事に帰って来られる可能性は限りなく低いということ。それなのに、自分はそうしなければ気が済まないでいるということ。


 だとすれば今のうちに約束を果たしておくべきだ。

 面会時間の終了までは、まだいくらか余裕がある。

 

    ◇


 ケーキを持ったまま駅前の洋菓子屋までシュークリームを買いに行ってコンビニでポテチを買って本日二度目の悠香の見舞いに行ってしばらく話して、霧崎の病室にも顔を出して、やがて倉沼から連絡が来たのは日が暮れ始めてからだった。連絡内容は「準備が終わる目途が立った」という程度のものだったのだが、悠也はそれに構わず一目散に敷根邸へ駆け付けた。


 すると、入り口の門の前で一人の少女が待っていた。


「ようやく来ましたね、先輩。待ちくたびれました」

 水無月いのりはそう言って、悠也に半眼を向けてくる。


「準備の方は?」

「もう少しかかるそうです。なのでそれまで私とお話してください」

「お話って……まあ、別に構わないが」

「ちゃんと真剣にお話してくださいよ。これが最後かもしれないんですから」


 悠也はどきりとする。なんでもないことのように言ういのりの姿が痛ましく思えて、胸の内に罪悪感が生じる。


「私は先輩に謝らなければならないことがあります。織原先輩が記憶を取り戻そうとするのを止められなかったこと。先輩が敷根潤さんを殺してしまったことを織原先輩に言ってしまったこと。それらを先輩に言えなかったこと。それから今朝、彩夜さんが霧崎さんたちを逃がして取り残されたことも、知っていたのに言えませんでした。先輩から電話が来たとき、わざと無視しました。ちゃんと伝える勇気が無かったんです。だから、ごめんなさい」


 いのりは深々と頭を下げ、悠也はどうしていいかわからず困る。


「そんなの、いのりが謝るようなことじゃないだろ。何も悪くない」

「いえ、私がそうしないと気が済まないんです。私は先輩のことが好きだから、後ろめたいのは嫌なんです」


 いのりのその言葉でハッとした。

 何か、わからなかったものへの手がかりが見えた気がした。


 顔を上げたいのりは笑っている。


「ほんとのこと言うと、私的には今の状況美味しいんですよ。織原先輩も彩夜さんもいなくなって、いよいよ先輩を独占できるわけじゃないですか。あの二人と私とでは先輩にとっての大切さが違うってわかってますけど、二人がいなくなった今ならチャンスがあるんじゃないかって、そんなこと考えてたりするんです。……ほんと、ずるくて、いやらしくて」


 いのりは一瞬だけ切なそうに顔を歪め、すぐに真面目な顔で正面から悠也を見てきた。


「先輩にとって、私はどの程度ですか。彩夜さんを迎えに行くのをやめて、そんな危険なことはしないで、私と生きていくことはできませんか」


 揺れる瞳が、その気持ちの真剣さを如実に伝えてきた。

 だから悠也も真正面からはっきりと返した。今日一日考え続けて変わらなかった答えを。


「できない」

「……ですよね。まあ、わかってました」


 いのりは何でもないことのように言って悠也から顔を背けた。

「さ、そろそろ準備も終わる頃です。行ってください」

「……ありがとう」

 悠也はそう告げて敷根邸の敷地へ入っていく。


「……先輩の、ばか」

 少女の口から零れた震えた声は、聞かなかったふりをした。



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