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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第五章 楽園創造
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看破


「お前を殺しに来た。突然で申し訳ないが、覚悟を決めてもらいたい」



 破荒は静かに息を吐く。言葉は返してこなかった。

「何かないのか。殺される理由くらいは尋ねてくれていいんだぞ」

「私は機関から追われる身だ。刺客の来訪に対する疑問はない」

「そうか。だが生憎、私がお前を殺すのは私怨だよ」

「それもよかろう。私は刺客を幾度となく屠ってきた。不慮の事故で奪ってしまった命もあった。ならば当然恨みも買う。人は誰しも命を尊ぶものだ」

 それに、と破荒は続けた。


「今のお前が深い悲哀の中にいるのは見ればわかる」


「悲哀ねぇ……」

 思わず苦笑してしまったのは、その言葉があまりに的外れだったから。

 確かに自分は哀しんでいるのかもしれない。嘆いているのかもしれない。だがその原因は破荒とは無関係だ。心童葵がああなったきっかけは霧崎にあるし、殺したのは悠也だ。その件で破荒を恨むことはない。


 だから、破荒を殺すのは哀しいからじゃない。この復讐は霧崎楓という個人が生きるための拠り所。動機なんてそんなものだ。

 父を殺された悲哀なんて、とうの昔に忘れている。


「まあ、どうでもいいか」

 どうあれ殺し合うのなら、わざわざ訂正する必要もない。

「それより随分と余裕じゃないか破荒墨影。私はお前を殺す。確かにそう言ったはずだが」

 悠長に会話に応じる破荒は、とても霧崎を警戒しているようには見えない。魔術を使う素振りもない。最初に一瞬だけ魔力を感じたが、あれは照明用のものだ。魔力を光エネルギーに変換する仕組みは世間から隔離された魔術師の隠れ家の照明としてよく使用されるもので、特別珍しくもない。


 破荒はただただ泰然自若と佇んでいる。

 それが霧崎には面白くない。

 少しくらい動揺してくれなければ、この日のために生きてきた過去の自分が報われない。


「お前はさ、自分が殺されないと思っているんだろう。普通人間は二百年も生きたりしない。お前の契約魔族は不死の肉体をお前に与えた。だからそうして余裕でいる。だが私がそのカラクリを見抜いていると言ったらどうだ」

「……ほう」

 少し興味を示してくれたらしい。無感動な声音の中に、若干の色がチラついて見えた。


 破荒の表情を窺いながら、霧崎は静かに告げる。

「お前の魔術は万物との一体化だ。お前はこの世のありとあらゆるものと一つになれる。それは物質の域に留まらず、あらゆる概念、おそらくはこの世界そのものとの一体化すら可能なんだ。つまりお前は世界であり、世界はお前だ。だから世界が滅びない限りお前という存在もまた存続し続ける。だから死なない。歳も取らない。お前は一つの生命という枠を超越し、世界と表裏一体の概念と化したんだ」


 概念は様々な概念を内包している。

 例えば『鳥』は嘴と翼を有する生き物を指し示す概念だ。嘴が鳥なのではなく、翼が鳥なのでもなく、鳥が嘴なわけでもなく、鳥が翼であるわけでもない。無論生き物全てが鳥なわけでもない。嘴と翼を有する生き物が鳥なのだ。

 しかし翼がもぎ取られても鳥は鳥だ。翼を失った途端に別の生き物に変わるわけではない。それはやはり鳥なのだ。嘴もそうだ。体の一部が失われたところで、鳥が鳥でなくなるわけではない。


 だが、もしも翼が鳥だったらどうだろうか。鳥が翼だったらどうだろうか。


 鳥が翼そのものだったのなら、翼が失われたそれは鳥ではなくなる。翼が鳥なのだから、翼を失うとは鳥ではなくなくなるということだ。鳥であり続けるためには翼がなくてはならない。しかしそのなくてはならない翼とは鳥なのだ。鳥がそこにいるということは、そこに翼があるということなのだ。


 概念が一体化するとはそういう意味だ。


 だから世界と一体化した破荒墨影を殺すとは、世界を殺すということなのだ。世界を殺すとは、破荒墨影を殺すということなのだ。世界がまだそこにあるのなら、破荒墨影もまたそこにあるということなのだ。


 故に、破荒墨影は不滅なのだ。


「まったく、荒唐無稽にもほどがある。世界と相互に補完し合う限りお前は無敵だ。しかし裏を返せば、その一点さえ覆せればお前を殺せるわけだ」


 ヒントは織原幸姫の最期だった。

 破荒と同じ魔族と契約していたはずなのに、何故彼女は消えたのか。彼女も世界と一体化していたのなら、その存在は世界によって補完されていたことになる。霧崎の〈千本骨刃鎧刀〉では殺せない。


 だが霧崎は幸姫を殺した。殺せた。


 確かに契約魔族が同じだからといって同じように魔術が使えるとは限らない。個人と魔族の相性によっては力を引き出せないこともあるだろう。

 だが幸姫は一体化の魔術を使えていた。でなければあんな異形と化すことはなかっただろうし、体を刀で貫かれても死ななかった生命力にも説明がつかない。


 つまり幸姫は一体化の魔術が使えなかったのではなく、使用した上で失敗したのだ。


 一体化による補完が成立するには、二つの概念が相互にまったく同一のものになっていなければならない。どちらかがどちらかの一部ではいけない。鳥の一部である翼が失われても、鳥は鳥であるように。鳥そのものが翼という概念にならなければ、翼が失われてもそこに鳥は残り、失われた翼を補完してはくれない。反対に鳥が翼の一部になってしまってもいけない。それでは鳥が失われても翼が残る。


 幸姫の場合、まさにそれが起きた。


 霧崎に付けられた癒えない傷を補修するため、幸姫は無意識の内に土砂と一体化した。その時点では土砂が織原幸姫の一部だった。翼を有する鳥が羽ばたくように、彼女は土砂の触手を手足の如く操った。しかし暴走を続ける中でそれが逆転した。織原幸姫が土砂の一部になった。だから泥人形と成り果て崩れて消えた。


「そうなればあとは簡単だ。お前は世界と一体化することでその存在を保ち続けているのだから、お前と世界を切り分けてしまえばいい。紫を赤と青にわけるみたいに。それでお前は世界ではない破荒墨影になる。そうなれば殺せる。違うか?」


 挑発的に問いかけた。

 破荒は答えない。

 

「どうした。お前自身の話だぞ。まさか把握していないとは言うまい」

 尚も破荒は答えなかった。

 少しでも動揺してくれればと思ったが、期待は外れたらしい。

「……仕方がない。答えは殺して確かめるとしよう」

 霧崎が取り出したのは黒い円筒。この時のために改良を重ねた魔術道具を、人差し指で喉元に押し込む。円筒は肌を傷つけることなく魂に溶け、どこからともなく現れた無数の刀がカーテンのように落ちる。続けてその名を口にする。


「〈千本骨刃鎧刀〉」


 無数の刀が形を変える。大小様々な剥き出しの刃が、人の上半身の骨格を模した漆黒の化身を構築する。四本の腕とその指先が、獲物を求めるように駆動する。


 直後、声は側方から聞こえた。

「魔力の性質を刃の形でこちら側の法則に落とし込んだのか。興味深いな」


 いつの間に接近したのか。破荒は霧崎のすぐ右隣に立ち、〈千本骨刃鎧刀〉の肋骨の部分に触れていた。

 心臓が跳ねるより先に霧崎は動いた。手元の刀を破荒へ向けて下から一閃、破荒が反射的に体を反らして回避するのと同時に距離を取る。


 霧崎は動揺を隠せない。

 気付かぬうちに接近されたこともそうだが、それ以上の問題があった。


 破荒の魔術は万物との一体化。それが霧崎の刃も例外としないのは既に悠也が証明している。

 そして同様の力を行使した幸姫と悠也が一体化したのは、彼らの体と接触した物質だった。


 そして今、破荒は〈千本骨刃鎧刀〉に触れた。


 契約魔族は同一でも魔術がまったく同じとは限らない。魔力が持つ性質はあくまでも性質でしかなく、それをどういう形で魔術として行使するかは魔術師次第だ。


 だが破荒のそれはまず間違いなく悠也の上を行く。


 悠也は効率性を高めるための魔術陣や呪文の類を使用していないし、おそらくは自分の力の正体もまだよくわかっていない。対して、破荒にはそれを把握するための時間がいくらでもあった。


 霧崎は判断を迷わなかった。

〈千本骨刃鎧刀〉の肋骨の一本、破荒に触れられた部位を構成する刃を切り離す。そもそもが人の骨格を模して構成された刃の群れだ。肋骨の一本程度なら失われても問題なく機能する。


 そしてその判断は正しかった。

 切り捨てた部位の刃は消えることなく勝手に動き出し、破荒の手元まで飛んでいくとぐにゃりと姿を変えて一本の直剣になったのだ。


「判断が早いな。私を殺しに来たというだけのことはある」

「いや油断したよ。触れさせるつもりはなかった」

「そうか。それは結構だが――」

 破荒が直剣を手に取って言う。

「これで私を殺すのは不可能だろう。お前の推測が当たっているとすれば、癒えぬ傷を付けられたところで世界による補完が私を存続させる」


「だろうな」


 破荒が怪訝そうに眉をひそめ、霧崎は自嘲気味に笑う。

「できればもう少しお前の魔術についての確証を得てからにしたかったが、やはり出し惜しみは駄目だ。早々に終わらせよう」

 そう。切り札はある。

 決意の視線で破荒を射抜き、霧崎は静かにその名を口にした。


「〈斫断(しゃくだん)・千本骨刃鎧刀〉」




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