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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第四章 消えぬ罪過に哭する怒号は
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夢幻は過去に侵され


「無理に言う必要はねえさ」

 カフェ・Vivreに入店してすぐ、倉沼はいのりにそう言った。

「あれは当人たちの問題だ。お前が責任を感じる必要はねえし、わざわざ伝える必要もねえ。外野にできるのは見守ることくらいだ」

「……はい」

 そう返事をするいのりだが、気に病んでいるのは明らかだった。

 いのりが悠也に伝えようとしたのは織原幸姫が記憶を取り戻したことだ。伝えられなかったのは止められなかった不甲斐なさ故だろう。倉沼にも思うところがないわけではないが、だからといってできることがあるわけでもない。


 悠也と幸姫の関係においては、倉沼もいのりも部外者だ。


 悠也が幸姫のためを思って真実を隠し、幸姫が悠也のためを思って真実を欲した。そこには正しいも間違いもない。すべては当人たち次第。

 だから、今倉沼たちがすべきことは別にある。

「店長いるか。話がある」

 店の奥に向かって呼びかけると、強面の大男熊井彰隆はすぐに現れた。

「どうした」

「昨夜の爆発騒ぎは知ってるか?」

「ああ。……まさかとは思ったが、魔術師絡みか?」

 倉沼は首肯する。

「今日調査に行ってみたら、ビンゴだ。魔力の残滓が確認された。それも複数種類」

 眉間の皺を深する熊井。

「……妙だな。魔力の残滓ってのは魔術を使ってから数時間もすればばほぼ消えちまうもんだ。爆発の後すぐに行ったならともかく、時間が経ち過ぎてる。濃度の問題か?」

「いや、実はたまたま便利な道具が手元にあってな」

「道具?」

「お嬢ちゃん、出してくれ」

 こくりと頷き、いのりはリュックを降ろした。中から出てきたのは古いコンピューターのように厚くて大きなプラスチック製の箱だ。上面には計測器のようなモニタがついている。

「わけあって取り寄せた希少品なんだ。周囲の魔力を計測して波形で表示してくれる」

「……わけってのは?」

「大したことじゃねえよ。最近ちょっと状態の安定してねえやつがいたもんだから、経過観察用にな」

 要するに彩夜の魂の侵食進行具合を測るためのものだった。一人で抱え込みがちな彩夜の主観に任せず、客観的にその状態を把握する手段が必要だと霧崎が判断したのだ。最近の彩夜から感じる魔力の気配が以前より濃いのは測定するまでもなく明らかだったが、長期的なことを見据えての判断だったのだろう。

 もっとも、実際に使用したのは一度だけ。聞くところによるとどうやらもうその用途で使用する理由もなくなったようなのだが、微弱な変化すら逃さない魔力の測定器なら使い道はいくらでもある。

「とにかくこいつを使えばオレ程度の『魔術師の勘』じゃ感じ取れないレベルの魔力の残滓でも測定できるわけだ。で、実際に測定に行ってきた。お嬢ちゃんにも手伝ってもらってな」

 いのりは無言のまま頷いた。

 実は倉沼がいのりを連れ出したのは幸姫の一件を気に病んでいるいのりの気分転換になればと考えてのことだったのだが、そちらは残念ながら失敗に終わった。

 しかし収穫はあった。

「こいつを見てくれ」

 倉沼が四角いスイッチを押すと、モニタ上にいくつもの波形が浮かび上がる。

「別種の魔力は違う色で表示されてる。見ての通り複数のパターンが観測された」

「これ全部違う魔力だってのか。そうすると結構な大所帯になるが……」

「いや、心童葵は盗んだ大量の魔術道具を使うんだ。いろんなやつが作った魔術道具を使うから残留する魔力の種類も多くなる。爆発が戦闘によるものなら一人ってことはねえだろうが、いても三人……多くて四人ってとこだろう」

「そういや爆弾の仕掛けにも妙な道具が使われてたな。あれも盗んだものってわけか」

 熊井は納得したように言いつつ腕を組んだ。

「それで、俺に何をさせようってんだ。調査は終わったんじゃねえのか?」

「こいつでできる限りのことはな。ただ……これを見てくれ」

 倉沼がモニタを捜査すると、表示が変化した。今映っているのは赤い波が二つだけ。

「こいつは悠也と紅野彩夜の魔力だ。波形に若干の差異はあるが、見ての通り色はそっくりそのまま。契約魔族が同じだから当然だな。だが……」

 またモニタを捜査し、さっきの画面に戻す。

「昨夜の爆発現場でも同じ魔力が観測された。だが二人は昨夜このまちにはいなかった」

「ほう……」

 熊井が興味深そうに唸る。


「つまり、あの二人と同じ魔族と契約したほかの誰かがそこにいたってことか」


「そういうことだ」

 倉沼はそれ以上言わなかったが、その誰かには心当たりがあった。

 破荒墨影。

 まだ彩夜と同じ実験体という可能性もあるが、それでも手がかりには違いない。

「で、そいつを俺に探せって話になんのか?」

「理解が早くて助かる。あんたの『魔術師の勘』はそれなりに優秀だって聞いてるもんでな。頼めるか?」

「構わねえよ。どの道こっちに拒否権はねえしな」

 ただ、と熊井は付け加える。

「そいつと悠也たちの関係性、そいつを見つけてどうするつもりかを先に教えろ。答えによっては協力しかねる」

 その表情は本気だった。

 協力者と言えば聞こえはいいが、熊井の実情は機関の奴隷だ。本人も言っていたように拒否権はない。倉沼と霧崎は直接熊井の監視をする立場にはないが、それでも魔術師に逆らうことが自分にとってどんな意味を持つか熊井はよく理解しているはずだ。

 それでも熊井はその条件を提示した。

 その事実に倉沼は思わず噴き出してしまう。

「ははっ。自分で拒否権がねえなんて言いながらそれかよ。気に入ったぜおっちゃん。サイコーに俺好みの台詞だ」

 予想外のオーバーリアクションに驚いたのか熊井は片眉を下げた。

「……で、どうなんだ」

「それが知りてえから調べるんだよ」

 倉沼は軽く笑って続けた。

「心配すんな。これでも俺は悠也の師匠だ。弟子を悪いようにするつもりはねえ」


    ◇


 心童葵は酷くくたびれたベッドの上から窓の外を見ていた。

 荒れ果てた庭とその向こうに見える住宅街。そんなつまらない夜の景色でも、電気も通らない空き家の暗い室内を見ているよりはマシだった。

 きぃ、と音を立ててドアが開き、目をやると猫背の医者が入って来る。

「……調子はどうかな」

「別に普通よ。まだ少し慣れないけど、横になっている分には不自由はないわ」

 労わるように、左手をそっと右の肩にあてる。

 昨夜の破荒墨影との戦闘で葵は右腕を失った。立場上病院に駆け込むわけにもいかず、頼ったのが目の前にいる猫背の医者。胸の内に後ろめたい何かを隠している人間を思い通りに操ることなど、心の声を聴く葵にとっては造作もない。

「この場所で僕にできることは限られている。大事を取るならちゃんとした医療機関で見て貰った方がいい」

「うっさいわよ。クスリのことバラされたいの?」

「……治せなければバラす。そう言ったのは君だ。だからこそ」

「余計な事考えないでいいの。あんたは言われた通りにあたしを治す。それだけでいい」

「そうか。それは……残念だ」

 猫背の医者が口端を釣り上げた。

 直後、ガラの悪い男たちがぞろぞろと部屋の中に雪崩れ込んできた。数は四人。この狭い部屋はにそれだけでも窮屈だが、加えて窓の外にも似たような輩の姿がある。

「僕の友人たちだよ。君を病院送りにしてくれるはずだ。どんな状態でかはわからんがね」

 猫背の医者の言葉に、葵は一切動じなかった。当然だ。心の声を聞く葵がこの程度のことを事前に把握できないはずがない。

 下卑た笑みを浮かべる男どもを一瞥し、葵は嘆息する。

「馬鹿ばっかりねぇ。片腕の女と思って侮っちゃってさ」

 左手を布団の中に突っ込む。そこに隠していた閃光弾のピンを引き抜き、流れるような動作で部屋の中央へ放った。

 暗い室内に眩い光が炸裂する。

 男たちが怯んだ一瞬で葵は動いた。彼らの合間を縫って部屋を出て、そのまま裏口を通って空き家を脱出する。周囲の心の声を聞く葵には、人のいない逃走経路を選ぶのも容易いことだ。そのまま全力疾走して追っ手を逃れ、入り組んだ路地に隠れたところで足を止めた。

「思った以上に走りづらい……か」

 乱れた息を整えつつ、葵は恨めしさから右肩を強く掴んだ。麻酔が切れたのか痛みもじわじわと戻っている。今のうちに次の潜伏先まで行かなければ酷い目に遭いそうだ。

 幸い、収集した魔術道具を隠している倉庫がある。長距離転移の魔術道具の持ち合わせは残り少ないが、最悪の場合それを使って倉庫に転移すればいい。

 と、そんなことを考えているときだった。


 前方。

 狭くて暗いその路地に、一つの人影があった。


 しかし奇妙なことに心の声が聞こえない。おかげで気づくのに時間がかかった。

 夜闇の中で目を凝らしてよく見てみると、その姿には見覚えがある。

 織原幸姫。つい昨日葵が接触し、破荒墨影によって連れ去られた少女である。

 何故こんなところに?

 葵の思考は、次の瞬間強制的に打ち切られた。

 理由は単純。幸姫が唐突に飛び掛かってきたからだ。

「っ――――!?」

 単純な動きだが、狭い路地では回避するだけでも一苦労。葵は飛び退いて距離を取り、目の前の少女に意識を集中させる。

 やはり、心の声は聞こえない。

「あんたいったい……」

 そう口にせずにはいられなかった。

 心の声を聞く葵の魔術は、言語的な思考が極端に少ない人物に対しては効果が薄い。その瞬間ごとに言動が変わる気分屋や直感で動く類の人間が相手では、心をの声を聞いても意味がない。

 しかし目の前の少女はそういう類の人間ではない。

 そのはずだった。

 それが意味するものは何か。

「……ふふ、そういうこと」

 全てを悟った葵は口元を緩ませる。

「結果オーライってやつよね、これ」

 気分がいい。腕を失ったことなど気にならないくらいに。

 葵は身を翻して駆け出した。幸姫はそれを追いかけてくる。速度は比べ物にならないくらい幸姫の方が上だが、入り組んだ路地を上手く使えば逃げきれないことはない。

 追い付かれない程度に追いかけられる。なんと都合のいいことか。

 向かうは駅の方角。

 できるだけ人が多くいる場所だ。


    ◇


 敷根邸の中庭では悠也が倉沼に稽古をつけて貰っている真っ最中。

 彩夜は縁側に腰かけてその様子を見守っていた。

 すると、

「……なんか今日ギャラリー多くないですか」

 すぐ隣から不満そうな声。その主はいつもここで悠也の稽古を見守っているいのりだ。

 反応したのは希凛だった。

「す、すみません……」

「希凛には言ってないって。ていうか何故丁寧語?」

 肩を縮こませる希凛に、いのりは呆れた様子で続ける。

「これから一緒に暮らしてくんだし、他人行儀なのやめない? 同い年でしょ」

「そ、そうだよね。ごめん」

「別に謝る必要はないけど……まあ、いいか」

 いのりはなんともやりづらそうに言い、小さく息を吐いた。

 新鮮な光景だ。いのりがタメ口で話しているのは初めて見るし、悠也以外の他人に対して目に見えて友好的に接しているのも珍しい気がする。希凛の人柄がそうさせるのだろうか。それとも悠也と接する機会の多い彩夜が特別嫌われているだけで、本来のいのりは他人とこういう接し方をするのだろうか。

 彩夜がそんなことを考えていると、ふいにいのりが半眼を向けてきた。

「私が言ってるのは彩夜さんに対してです」

 やはり彩夜に対しては当たりが強い。出会い方を考えれば自然ではあるのだが。

「もしかして……先輩と何かあったんですか?」

 口を尖らせるいのりはどことなく不安そうだ。

 彩夜はどう答えたものかと思案して、結局曖昧に返す。

「あったといえばあったかな」

 それに反応してむすーっとするいのりを微笑ましく思いながら言う。

「いのりちゃんこそ、昼間何か言おうとしてたでしょ。あれなんだったの?」

「……それは」

 いのりの表情に影が落ちる。……これは話題を間違えたかもしれない。

「そうだ。私今日スマホ買ったんだけど、良かったら連絡先交換しない?」

「唐突。というかこの流れでよく言えますねそれ。別にいいですけど」

「あ、なら私もいいですか」

 希凛も混ざって三人で連絡先を交換。悠也は無論のこと、霧崎や倉沼との交換も先ほど済ませた。今まで人との繋がりを恐れていた彩夜だが、こうして開き直ってみると目に見える形で繋がりが増えるのはなんとなく気持ちが弾む。

 ちなみにいのりのスマホは霧崎が新たに買い与えたもので、その際に古い連絡先はリセットされているらしい。両親が死んでしまっている以上は仕方ないが、好きでも無い彩夜にそれを話したいのりの心境には少し思い入るところがあった。親殺しという境遇が共通している彩夜だからこそ余計にそう思うのかもしれない。過去の自分を割り切る難しさは知っているつもりだ。

「あの、さっきから気になってたんだけど」

 と、希凛がふいに切り出した。


「いのりって、もしかして黒宮さんのこと好きだったりする?」


 あまりにも唐突なぶっこみにいのりがむせる。

「い、いきなり何言い出してんの。まさか希凛まで……」

「ううん、私は違うけど。そうなのかなーって」

 どうやら悪意はなかったらしい。

 普段から好意を隠さないいのりが顔を真っ赤にしている様は、とても可愛らしかった。

 

    ◇


 敷根邸の奥。薄暗い物置に霧崎楓は腰を下ろしていた。

 はた目には瞑想しているかのようにも見えるが、実際は異なる。

 今霧崎がしているのは開発した魔術道具のブラッシュアップ。先月、水無月いのりが使用した際の証言を踏まえて細かな調整を施しているところだった。

 魂に装着する特異な魔術道具ということもあり、その調整は繊細さを極める。雑念が混じれば途端に失敗する。そういう意味では瞑想という表現もあながち間違いとは言えないかもしれない。

 意識を集中。殺意を研ぎ澄ませていく。

 霧崎楓には果たさなければならない目的がある。これはそのために必要なものだ。

 と、そこへ。


『迂闊すぎるんじゃなぁい? こんな簡単に後ろをとられちゃうなんて』


 そんな声がかけられ、集中が削がれた。

 あと少しだったのだが。そんな恨めしい気持ちで霧崎は返す。

「なら攻撃してみたらどうだ?」

『ふふ。そうねぇ。前回はそれで負けたのよねぇ。どうしようかしら』

 そんなつもりなどないだろうに、声はわざとらしく考えるような間を取った。

 ちらりと背後に目をやる。

 物置の入口に白い人形が立っていた。倉沼が報告してくれた中にあった、心童葵が使用する魔術道具の一つ。声はこの人形から発されており、それは霧崎が良く知る葵のものだった。

「今度は何を企んでる?」

『そんな邪険にしないでよ。今日は親切心で来てあげただけ』

「親切?」

 霧崎は眉根を寄せた。

『一昨日、あなたが記憶を戻してあげた女の子。どうなったと思う?』

「さあな。私の知ったことじゃない」

『あらあら。また思ってもいないことを』

 葵は続ける。

『ちょっと駅の方まで行ってみなさいよ。興味深いものが見られるわよ』

「興味がないな」

 冷たく言うと、それまで愉しげに話していた葵の言葉が途切れた。

 物置に流れる静寂。

 それを、ぽつりと呟かれた言葉が破った。


『あのね楓。あたし、破荒墨影に会ったの』


 途端、霧崎は目を見開き振り向いた。

「どこだ! どこで会った!?」

『……あの男の話にだけは食いつくのね』

「質問に答えろ。やつは今どこにいる!?」

『知らないわ。でも言う通りにすればヒントくらいは手に入るかも』

「……」

『ねえ楓。どうしてそこまで復讐に拘るの?』

「……妙なことを言うな。心の声が聞こえるくせにわからないのか」

『わかるから言ってんの。あんたは本当は……』

 声はそこで途切れた。霧崎が投擲したナイフに貫かれ、人形は機能を停止していた。

「本当の自分なんて知らんさ。もう決めたことだ」

 淡々と言い、霧崎は支度を開始した。


    ◇


 ややあって、いのりは希凛とともに彩夜へとSNSの使い方を教えていた。

 何故こんなことをしているのかと自問自答しそうになるが、元を辿れば希凛の問いかけに酷く動揺した自分が言い出したことなので、深く考えると墓穴を掘りそうと判断して踏み止まる。結果、どうにも不毛な気がしなくもない時間が過ぎていく。

 その最中、希凛は唐突に目に入ってきた画面内の情報に目を留めた。

「嘘……。え、だってこれ…………なんで」


 それはあまりにも凄惨な光景で。

 だけど、無関係と目を背けるには近すぎる出来事で。


「どうしたの?」

 怪訝そうにする彩夜たちを残し、いのりは稽古中の悠也の元へ駆け出し叫んだ。

「先輩! 織原先輩が……!」



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