叶わぬ未来に馳せる思いは
窓の向こうを流れていく町並みを、ただぼんやりと眺めている。
照りつける日差しの中で住宅街を駆ける子供たちを見て、そういえば今は夏休みだったなんてことを思う。別に忘れていたわけではないし、夏休みだからどうということもない。ただどうでもいいことをぼんやりと考えているだけ。理由はそういう気分だからとしか言いようがない。
「悠也」
呼ばれて振り向くと彩夜が立っている。
クセのついた長髪は銀色。瞳は紅。
「そろそろ着くよ。トイレにしては長過ぎじゃない?」
「……だな。戻ろう」
彩夜の故郷から帰るための電車の中だった。
この電車には希凛と拓馬も乗っている。彩夜の吸血によって不死になった希凛の処遇を決めるにあたって、霧崎の元へ連れて行く必要があるからだ。悠也はそんな二人と一緒にいるのが気まずくて、何も言わずに席を立ち別の車両に逃げてきていた。
幸いというべきか、今は吸血衝動は落ち着いている。
以前の彩夜と同じだろう。自分のしたことへの負い目と後悔が理性を強化し、獣の本能が如き衝動を抑え込んでいるのだ。吸血を繰り返すごとに衝動が増していったという彩夜の話を踏まえると、口にした血がごく僅かだったのも正気を保てている理由かもしれない。
だが魂の奥で疼く飢えが消えたわけではない。
肉体が空腹を訴えるのと同じだ。契約魔族による負荷でひび割れそうな魂が、楽になりたいと叫んでいる。人の生き血を口にすることで楽になれるのだと本能的に理解している。こんな後付けの衝動を本能と称するのも奇妙だが、それが魂を侵食されるということなのだろう。一瞬でも理性を放棄すれば終わりという緊張感が常に付きまとう。彩夜がずっとこんなものと対峙し続けてきたのかと思うと、その強靭な精神力に畏敬の気持ちすら覚えるほどだ。
しかし、その彩夜ももう抗うのはやめた。
「……ごめん悠也、一口頂戴?」
車両を移る直前、立ち止まった彩夜が小声で言った。
無言で背後から手を回して人差し指を差し出す。指先に舌と唇が触れる生暖かい感触があって、それから刺すような痛みがすると同時に溢れる血液を彩夜が舐め取る。電車の中で誰かに見られないようそうするから自然と背後から抱き締めるみたいな姿勢になってかえって目立つが、決定的な瞬間を見られるよりいいし田舎のおかげで乗客も少ない。
彩夜はもう吸血衝動に抗えない。
悠也がそうさせた。だから瞳はずっと紅色で、髪も銀色でいる時間がほとんど。疑似魔族化状態がずっと継続しているのだ。それでも吸血衝動は満たせているから理性的でいられるし、人並みの感情だってちゃんとある。
「ありがと、もう大丈夫。行こ」
顔だけ振り返る彩夜の表情は憑き物が落ちたように自然で、それが今の悠也には貴重な安らぎを与えてくれる。自分は間違っていなかったのだと思わせてくれる。
もっとも、真にそれを判断するのは悠也ではない。
だから四人は敷根邸に向かい、そして、
「……まったく、次から次へと」
改めて報告を聞いた霧崎は、疲れた様子でそうこぼした。
和室の長机を囲むのは五人。いのりと倉沼はどこかに出ているらしい。
「ごめん。でも、ほかに頼れる人がいなくて」
霧崎は重く息を吐く。
「私だって人間だ。危険分子を一人で抱え込むには限界がある。お前が吸血衝動を我慢できなくなっただけでも大概なのに、黒宮まで。そしてさらにもう一人の血も吸ったときた」
「でも、希凛さんに吸血衝動はないの。きっと役に立つ。だからお願い」
彩夜がそう懇願すると、霧崎は意外そうに瞬きした。
「お前、それでいいのか?」
「え?」
「いや、いつもなら……こう、」
霧崎は言葉を選ぶように言い淀み、しかし結局は直球な言葉を続けた。
「……自分が死ねば私の負担は軽くなる。そんな風に言うと思っていた」
ああ、と聞いていた悠也は納得した。
彩夜も同じだったようで、「確かに」と笑いながら納得を示す。
「こないだまでの私なら、そう言ってたと思う」
「今は違うわけか」
「うん。もう死ねなくなったから」
その曇りない笑顔に霧崎はまた大きく嘆息し、「どうしたものか」と呟く。
と、そこで口を開いた人物がいた。机の端で二人の会話を聞いていた拓馬である。
「今のお話。希凛があなたにとって有益ならば生かしておいてもらえるということでしょうか」
「……まあ、極めて簡潔に表現するならそうなりますが」
困惑気味に答える霧崎。
拓馬はすっと頭を下げた。
「希凛は強くて優しい子です。きっと、いや必ずあなたの役に立つ。私もそのつもりです。できることならなんだってする。だからどうか……どうか、ご寛容な判断をお願いします……」
何故だろうか、その姿には胸を打つものがあった。
大の大人である拓馬が、二回り近く歳下であろう霧崎に頭を下げている。もうほかにどうしようもないとばかりにただただ頭を下げている。
考えてみれば、拓馬はずっとそうしてきたのだ。
魔術を覚えたのもそう。仕事をやめたのもそう。吸血鬼を探したのもそう。悠也への半ば脅迫するかのような態度や魔術による攻撃だって、すべては希凛を少しでも長く生かすため。そのためなら拓馬はなんだってしてきて、それは今も同じなのだ。
それを思うと、悠也も自然と口を開いていた。
「拓馬さんの言う通りです。希凛は彩夜を探す俺に協力してくれました。俺の意思を尊重してくれた。決して自分勝手なことはしなかった。だから信用はしていいと思います。あるいは、一度暴走した俺よりも」
「……その発言は自分の首を締めていると気付いているか?」
「はい。でも、俺も死ねません」
「だから私にすべてを背負えと。……なるほど、お前はそういうやつだったな。他人の都合より自分の都合。まったく面倒な拾い物をした」
うんざりした様子でそう言うと、霧崎は拓馬に視線を戻した。
「黒宮に吸血衝動が発現した以上、同じく血を吸われた希凛さんを放置することはできません。生かしておくとしても当分は目の届くところで監視させていただくことになります」
「わかっています。だからどうか、命だけは……」
必死に訴える拓馬を、霧崎はじっと見つめた。
「……小娘と黒宮はもういい、席を外してくれ」
「え、でも……」
言いかけた彩夜の言葉を遮り霧崎は言う。
「お前たちはひとまず生かしておいてやると言ってるんだ、素直に従え。……少しこの二人と話がしたい」
「……わかった。行こ、悠也」
「ああ」
後ろ髪を引かれながら部屋を出る。
縁側を通って会話が聞こえないところまで離れて、そこで悠也は振り返った。今の希凛が置かれた状況の原因が悠也だからか、このまま立ち去るのには抵抗があった。残ったところで何かができるわけではないが、それでも負い目がそうさせた。
そんな悠也の手を彩夜が取る。
「どっか行こっか。気分転換に」
「……」
「ここでこうしてたって仕方ないでしょ。倉沼くんもいのりちゃんもいないしさ」
「……そうだな」
どうにもならないことで悩んでも仕方がない。そんなことでこうして彩夜に気を使わせるくらいなら、割り切るべきなのだろう。きっと。
◇
悠也と彩夜がやってきたのは駅前の大型ショッピングモールだ。
夏休みだからか平日の昼間にしては人が多い。アイスを食べながら芸能人の話に興じる中高生。洋服売り場を慣れた手つきで物色していく主婦らしき人。書店では小さな子どもがお小遣いを握りしめたまま漫画コーナーで熟考中。そんな光景を眺めながら特に当てもなく散策する。
ふいに彩夜が振り返る。銀色の髪を揺らしながら。
「思ったんだけどさ、私ってどこで寝たらいいんだろう」
「どこって?」
「ほら、いつアレ吸いたくなるかわからないし、悠也と離れて寝るわけにもいかないでしょ?」
言われてハッとした。
彩夜は吸血衝動に抗えない。だが夜別々の場所で寝たのではふいに彩夜が吸血衝動に襲われた場合に対応できない。文字通り四六時中一緒にいるくらいのつもりでいなければならないのだ。
「……俺が潤の家に行くか、お前が俺の部屋に来るかになるな」
「だよね。でも悠也がずっと潤の家に寝泊まりするとなると、ご両親に話はしとかなきゃだよね」
「ああ、だがそれは理由付けに無理がある。俺の部屋に来てもらうのが妥当なんだが……」
「どこで寝たらいいんだろうね」
それが問題だった。
「……親は俺の部屋には滅多に入らない……はずだ。だから布団を一式買えばなんとか」
「ああそっか、買えばいいんだ。てっきりベッドで一緒に寝るしかないんじゃないかと」
「お前はまたすぐそういうことを」
と、そこまで言ってふと気付く。
「それ嘘だろ。買い物に来た今わざわざその話をするんだ。布団を買うって選択肢が浮かんでいないはずがない」
「あはー。まあ、そういうこともあるかな。……なんて、ごめん、冗談」
一瞬、その表情が酷く切なく歪んで見えた。
その真意はわからない。わからないが、どうしてだか放っておけない悠也がいた。
「……お前は、どうしたいんだ?」
「?」
意味を測りかねたのか、彩夜は僅かに小首を傾げる。
あまりはっきりと言いたいことでもなかったので、悠也はすっと顔を反らす、
「……だから、その、お前はどこで寝たいんだよ」
「どこって、それは当然悠也の近く?」
「じゃなくて。……わざとかお前」
悠也はもうほとんど投げやりな気持ちで言った。
「お前が一緒に寝るのに抵抗がないなら俺はそれでもいいって言ってるんだよ。お前はどうしたいんだ。希望を言え」
途端、彩夜の頬が紅潮する。
「ば、悠也、声! 周りの人聞いてる!」
「あ」
しまった。完全に周りが見えていなかった。通路で声を大にしていうようなことでは断じてなかった。
そそくさと隠れるようにその場を立ち去りながら、彩夜が小さな声で言う。
「……とりあえず、新しいパジャマ買いに行ってもいい?」
◇
それから彩夜が買い物する間、悠也は通路のベンチに腰かけて待っていた。流石に店の中までついていく必要はないだろうと思ったし、彩夜もそれについて特に何も言わなかった。
彩夜が戻って来るまでそう時間はかからなかった。
「早かったな」
「うん。……まあ、半分は動揺を鎮めるための口実だったし」
「……」
道理で何も言わないはずである。別行動の方が彩夜にとっても都合が良かったわけだ。
「行こっか」
頷きだけを返して歩き出す。
「次は何を?」
「特に決まってない」
つまり布団も買わない、ということなのだろう。
「何か欲しいものあれば買ってあげるよ」
「何故そうなる。あっても自分で買うさ」
「いやいや、遠慮しなくていいんだって。私だって現役高校生よりはお金持ちな自信あるんだから」
少し驚いた悠也だったが、すぐに納得した。
「そうか。お前がこのまちに来たのも仕事だったな」
魔術師を管理し魔術を秘匿する機関。彩夜はその使いとしてこのまちを訪れた。
仕事というからには報酬があるはず。それが彩夜の収入源だ。
「忘れてたの?」
「そもそもその機関ってやつが俺にはよくわからん。どういう仕組みで仕事が発生してるんだ」
彩夜は少し困ったような顔をしつつ答えた。
「私も全貌を把握してるわけじゃないんだよね、霧崎さんに紹介してもらってるだけだから。紹介っていうか、拒否権はないんだけど」
「つまり基本的にはフリーランスで、仕事はコネで貰う感じか」
「そんな感じ。霧崎さんみたいな優秀な人だともっと上の方から色々頼まれるみたいで、私はその中からいくらかの仕事を分けてもらってる」
「……てことはあの人、魔術師の中だとそれなりに高い地位の人なのか」
「地位っていうか、ある程度の影響力は持ってそうだね。そういう話しないからわからないけど」
予想のできたことではある。彼女の一存で彩夜と悠也、いのりに希凛の処遇まで決められるというのだから、少なくとも与えられた命令を実行するだけの下っ端ではないのだろう。
「俺もお前みたいに霧崎さんから仕事を紹介してもらうことになるかもな」
「どうしたの急に」
「俺もあの人の管理下ってことになってるだろ。おかげで魔術師から身を隠す必要はなくなったけど、もう普通の仕事をするのは難しい。家族のこともあるから高校卒業まではこのまま踏ん張るとしても、身の振り方は考えないといけない」
「ああそういうこと」
確かにそうだね、と彩夜。
「まあ他人の管理下ってのは少し窮屈かもしれないが」
「そうでもないと思うよ。霧崎さんって連絡手段のない私に自由行動させるくらいには放任主義だから」
「言われてみれば」
表面的な印象以上に優しいのはわかっていたが、改めて考えてみるとだいぶ甘い。彩夜が暴走しないように監督しなければならない立場としては、彩夜と連絡が付かないのは不便極まりないだろう。
あるいは、それだけ彩夜を信頼しているということだろうか。
「というかお前、なんでスマホ持たないんだよ。不便だろ」
「んー、まあちょっと個人的な心境の問題で」
何か言いづらいことなのだろうか。
そんな風に思う悠也だったが、彩夜は少し悩む素振りをした後に続けた。
「白状するとね、誰かと繋がるのが嫌だったの。いつでも連絡が取れるってそういうことでしょ。何かろくでもない期待をしちゃいそうで怖かった。自分で言うのもなんだけど、結構こじらせてたの」
彩夜が照れたように微笑し、悠也も釣られて笑った。
「そういうめんどくさいのはお前らしいよ」
「でしょ。でも」
彩夜ははにかみながら悠也を見て、
「今は悠也がいるから、もう買わない理由はなくなってたりして」
そんなことを晴れやかに言った。
「ならちょうどいい。お前のスマホを見てみようか」
「いいね。そうしよ」
◇
というわけでスマホ選びである。
機能や値段、デザイン。様々な要素を比較しながら目を輝かせて選んでいる彩夜の姿は子どもみたいで微笑ましかった。思わず見かけ通りの歳でないのを忘れてしまいそうなほど。その後契約のための身分証明で実年齢がわかるのではないかと期待した悠也だったが、そう上手くはいかなかった。触れてはいけない秘密もあるらしい。
あとは意外にかわいらしいカバーを選んで買い物終了。
そのまま帰っても良かったのだが、彩夜の提案でカフェ・Vivreに立ち寄ることにした。
「スマホの契約って結構時間かかるのね。あと説明書がないの不親切じゃない?」
「そういうもんだ。触ってるうちに覚えるよ」
「ふーん」
斜陽の差し込む席に座って買ったばかりのスマホをいじる彩夜。意識はすっかりそっちに夢中のようだ。やっぱり子どもみたいに思えて悠也は口は元が緩みそうになる。
「ねえ、これ背景の写真って変えられるんだよね?」
「ああ」
「どうやるの? ていうか写真どうやって撮るの?」
「貸してみろ。……ほら、ここにカメラのアプリがあるだろ。で、ここを触れば」
「あ、ほんとだ」
と、ちょうどそこで店長が注文したチョコレートケーキを運んできた。
「せっかくだしこれを撮って設定すればいいんじゃないか。女子はそういうの設定しがちっぽいぞ。……よくは知らんが」
「ほほう……」
真剣な表情でケーキにカメラを向ける彩夜。うまくフレームに収まらないのかスマホの向きの調整に四苦八苦している。戦闘中は別として、日常の中の彩夜が無言で集中している姿はなんだか新鮮だった。
今日は一日ずっとそうだ。彩夜の新鮮な姿ばかりを見ている気がする。
「……」
「それだと俺しか写らないだろ」
「えっ」
「変わろうか? 別に撮るのが得意なわけじゃないが、そんなに下手でもないはずだ」
「ううん、大丈夫。触ってるうちに慣れるって言ったでしょ。自分でやってみる」
カシャ、とシャッター音。
「撮れたか?」
「待って、もう何枚か。気にせず先に食べてて」
若干気が引けるが、彩夜がそう言うなら仕方ない。
悠也は先にケーキを食べ始め、少ししてからようやく彩夜も食べ始めた。
「設定はできたのか?」
「まだ。あとでやり方だけ教えてよ。自分でやるから」
「了解」
そうして雑談しながら食事を終えた。
店を出てすぐ、物憂げに息を吐く悠也の顔を覗き込んで彩夜が言う。
「希凛さんと拓馬さんが心配?」
「……まあな。流石にもう話はついてる頃だ」
「戻ろっか」
「ああ。……ん、あれは」
見知った人影が二つ、悠也たちの方へと近づいてきた。一人は黒地に煩い銀色を合わせた奇抜なファッションにいつも通りのサングラスをかけた倉沼翔太朗。そしてもう一人は、見慣れないリュックサックを背覆った水無月いのりである。
「よう悠也。紅野彩夜も」
「倉沼さん。それにいのりも……どうしてここに?」
「ちょっとした調査をしててな、ここの店長に頼みたいことがあって寄ったんだ。この嬢ちゃんは助手って感じだな」
「助手……そうか、いのりも働いてるんだな。俺なんてまだ何もしてないのに」
「いえそんな。私はお手伝いに駆り出されてるだけで……」
「悠也が何もしてねえのは肝心なときにいなかったからだぞ。稽古もサボりやがって」
「あ……すみません」
「別に謝らせたかったわけじゃねえんだが……」
倉沼は困ったように咳払いした。
「今日はどうなんだ。稽古をする時間はあるか?」
「はい。是非、お願いします」
「了解した。サボってた分ハードにするから覚悟しとけ」
そんなやり取りを終え、ふといのりに目をやる。
何故だろうか。いのりは悠也と目が合うなり驚いたように少し肩を跳ねさせた。
「どうかしたのか?」
「へっ?」
「なんか緊張してるみたいだったから」
いのりは悠也の言葉を否定しない。
何かに思い悩むように黙り込んでから、突然大きな声で、
「あの、先輩!」
「お、おう……どうした?」
悠也が尋ねると、何故かいのりはまた黙り込んだ。
「……すみません、やっぱり今度話します」
そうしてまた目を逸らしてしまう。
何がなんだかわからないが、本人がまた今度というのなら悠也はそれを待つしかない。
と、そこで悠也は思いついて倉沼に尋ねた。
「倉沼さん。希凛と拓馬さんがどうなったか知ってますか?」
「ああ、あの二人ならしばらく俺らと暮らすことになった。扱いとしちゃお前らと同じだ」
「本当ですか!?」
「さっき師匠から布団を買ってくるよう連絡が来たから間違いねえよ。俺の魔術はそういうのにも使いやすいしな」
悠也は重い布団を運ぶために空間切断と連結の魔術を用いる倉沼の姿を思い浮かべた。派手な格好と手段の特異さからの布団運びという組み合わせはなかなかにシュールだ。
「それと悠也、まち外れの山ん中に寂れた感じの公園があるのは知ってるか?」
「? はい、たぶん」
去年幸姫と潤と一緒に花火を見た公園だろう。
「最近行ったか?」
「しばらく行ってませんけど、どうかしたんですか?」
「……いや、行ってないならいい。紅野彩夜はどうだ?」
彩夜は無言で首を横に振った。
倉沼は安堵とも落胆とも取れる息を吐く。
「そうか、了解した」
会話は終わりとばかりにカフェ・Vivreのドアに手をかけ、倉沼は言う。
「悠也、今夜はちゃんと来いよ」
悠也は頷き、いのりを連れて店内に入っていく倉沼を見送った。
そうして店先には悠也と彩夜が残された。
「さて、一旦帰るか」
「……待って。その前に」
「どこか行きたいところでもあるのか?」
何気なく問いかけた。
すると彩夜は悠也の袖を軽く捕み、耳元で甘く囁くように言った。
「どこか、人のいないところ」
とろんと虚ろになった瞳を見るまでもなく、悠也は察する。
吸血衝動。
悠也の了承を待つまでもなく彩夜は悠也の袖を引いてすぐ近くの狭い路地裏に連れ込み、周囲に人目がないのを確認すると、悠也の手を自分の口元まで持ち上げた。
「……いいよね?」
「……ああ」
彩夜が悠也の指を口に含む。肌を裂く痛みと、生々しい熱。
血を啜る姿は痛ましくて、それなのに酷く安心する。
だって、彩夜が血を吸うのは生きることを肯定している証だ。
生きて傍にいてくれる。たったそれだけが、きっと何よりも尊いことなのだ。
それを思えばそのための苦痛は喜びに変わる。
たとえそれが、いつの日かの破滅に向かうものだとしても。




