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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第二章 混濁した喜悦の在処
36/78

少女と爆弾


 雨が降っているのが残念だ。夜の街並みに燃える炎は良く映えただろうに。

 窓の外。遠くで上がる煙を見ながら、魔術師はそんなことを思った。

 人形が壊されたせいで使い道のなくなった小型マイクをベッドに放る。それから冷蔵庫に向かい、用意してい炭酸飲料のペットボトルを取り出し、また窓際に戻る。ベッドに腰かけてペットボトルのフタを開けると、プシュッと空気の抜ける音がした。

 一口飲んでから暗い室内を見回す。安いホテルとはいえ、最上階にあるだけあってそれなりの貫禄は感じられる綺麗な部屋だ。彼女もきっと気に入ってくれることだろう。


 入口のドアが斜め一文字に切り裂かれたのはそれからすぐのことだった。


 明らかに只事ではないが、魔術師は動じなかった。彼女の接近には気づいていた。

 切り裂かれたドアの向こうに立っているのは色気のない恰好をした女だ。せっかく整った容姿をしているのだから無地のワイシャツなんかより洒落たブラウスの一枚でも着ればいいのにと魔術師は思うが、一方でそういうところが彼女らしいとも思う。通路の明かりが逆光になっていてよく見えないが、どうせいつも通りの仏頂面をしているのだろう。それを思うと魔術師の口角は自然に上がった。

「久しぶりね、楓」

 入ってきた女――霧崎楓に向けて魔術師は言う。

「あたしのこと、覚えてる?」

「ああ。もっとも、私の記憶にある心童葵(しんどうあおい)はもう少し理解のできる恰好をしていたが」

 そういえば、髪を金色に染めてから会うのは初めてだったか。

 そんなことを思いつつ葵は言い返す。

「それはお互い様でしょ。あんたの分もあたしがオシャレしてあげてんの」

「余計なお世話だ」

「にしてもちょっと遅かったんじゃない? もっと早く見つけてくれると思ってたのに」

「だいぶ回り道をしてしまってな。まさかお前が私の『勘』を完全にすり抜ける技術を修得しているとは思わなかった」

 霧崎の的外れな発言に、葵はクスリと笑う。

「技術じゃないわ。あたしは楓と違ってそういう真っ当な才能ないもの。あたしはあたしの才能を利用してるだけ」

 葵は魔術によって人の心の声を聞くことができる。日常生活における有用度で言えばあらゆる魔術の中でも上位にくるであろうその力は、当然ながら悪用も容易い。

 例えば、他人の作った気配遮断の魔術道具を盗み出すとか。

「なるほど。どこの誰だか知らないが、厄介な道具を開発したやつがいたものだ」

「楓は人のこと言えないでしょう?」

「……まったくな」

 霧崎は自嘲気味に笑って息を吐き、それから改めてまっすぐに葵を見た。

「あの爆発はお前の仕業だな」

「やっぱりわかっちゃう?」

「いくらなんでもタイミングが良すぎる。今度は私に何をさせたいんだ?」

 あくまでも落ち着いた口調の霧崎に、その心の声を聞く葵は笑顔で返した。

「ちょっとしたゲームよ。あんたがどれだけ無力か思い知ってもらうための、ね」


    ◇


 空気を揺らす爆発音と、ガラスの破片が無数に降る音。続けて甲高い女性の悲鳴。

「……今のは」

「近いな……すぐそこだ」

 流石の倉沼もこれには驚いたらしい。声が若干強張っていた。

 だが、動じていない人物もいた。

「心配いりませんよ。ここは安全ですから」

 いのりは至って冷静なままそう言った。

 ただでさえ視界の悪い高架下。それも夜闇の中とあっては見えるものは限られている。いくら音が聞こえたからと言って、何が起きたかは想像するしかない。

 だがいのりは安全と言い切った。それはつまり、

「今のが何か知ってるのか……?」

 悠也はまさかと思いながら尋ねた。

 いのりはあっさりと肯定した。

「爆弾です。葵さんが仕掛けていました」

「葵……君にその力を与えた魔術師のことか」

「はい」

 悠也が倉沼に視線を向けると、倉沼は首肯で返した。

 つまり葵という魔術師が今回の黒幕なのだ。心の声を聴く魔術を巧みに操って霧崎楓が作っていた魔術道具を盗み出し、いのりに与え、さらにテロじみた爆破事件を起こした。

「……どうして爆弾なんて。なんのために」

「理由なんて知りません。でも、あれで終わりじゃないですよ。確か全部で七か所と言っていました」

「な……」

 絶句する悠也を面白がるようにいのりは続ける。

「確か夜でも人がいる場所に仕掛けてあるとも言ってた気がします。やることが派手ですよねぇ」

「……他の六か所はまだ爆発していないのか?」

「それはわかりませんけど、どちらにせよ先輩が行ったら逆効果ですよ。あの爆弾は魔力を感知して爆発するそうですから、先輩が近づいた瞬間にドーン! です」

 魔族と契約状態にある魔術師は常に微弱な量の心と魔力をやり取りしている。魔力を察知する『魔術師の勘』で魔術師の気配を捉えられるのはそれが理由だ。悠也も彩夜に血を吸われたことで間接的にだが魔族との契約状態にある。いのりの言うことは正しい。

「だがこのまま放置するわけにはいかない」

 魔術師なんてそうそういるものではないが、爆発は起きている。彩夜や霧崎が巻き込まれたのでなければ何か時限装置が組み込まれているのかもしれないし、そうでなくとも爆弾なんて放置していいことはない。誰かが危険に晒されるのだ。

 しかしいのりはそんな悠也の言葉を否定する。

「放置していいんです。それに先輩はわたしが殺すんですから、逃げちゃ駄目です」

 刀が出現、悠也に鋒を向けてずらりと展開された。

「どうしてそうなる。君が人を殺す理由なんて」

「私を決めつけないでください!」

 いのりは振り絞るように叫び、悲しそうな――縋るような目で悠也を見た。

「先輩はあの人を治療するために私の力を取り上げようとしてる。そうなんでしょう?」

 それが理由の一つでないと言ったら嘘になる。

「……でも違うんだ。俺は本当に君のことを」

「もういいです! ……もういい。これ以上、私を悩ませないで……っ!」

 悲鳴のような叫び声と同時、すべての刀が射出された。

 しかし、それらはまたも倉沼の空間切断によって防がれる。

「っ、何度も何度も邪魔をして……!」

「悠也、あの店長に電話しろ! オレが時間を稼ぐ!」

 倉沼が叫んだ。

 悠也もすぐに意図を察して返す。

「お願いします……!」

 二人を残し、スマホを取り出しながら少しだけ距離を取る。

 店長は魔術の関係者だが、魔族との契約は行っていない。つまり店長が爆弾に近づいたとしても爆発はしない。状況を打開するには彼に託すしかないのだ。

 いのりに切り刻まれずに残っていた柱の影に隠れる。さっきのように柱を切り刻まれても大丈夫なよう、充分に距離を取る。そのタイミングで電話は繋がった。

「店長、お願いしたいことがあります」

 そうして悠也は状況を説明した。

『……そいつはやべえことになってんな。確かに俺なら近づけるが、難しいぞ』

「そこをなんとか」

『なんとかってお前。……いいか、お前の近くで起きた爆発は魔術師が近づいたせいじゃねえ。彩夜ちゃんはここにいるし、〈切断の魔術師〉が向かったのも別方向だ。爆発の要因がわからん以上、迂闊な接近は命を捨てるのと変わらねえ。第一、まだ場所もわかってねえのにどうしろっつーんだ』

「場所は今から考えます。いのりは夜でも人がいる場所に仕掛けられていると言いました。状況としては最悪ですが、考えようによってはそれが場所特定のヒントになる」

 それでどこまでのことができるかはわからないが、それで助かる人命があるならやる価値はある。

『で、だから俺に死ねっつーわけか』

「そんなことは」

『同じだろうがボケ。無茶振りしやがって』

 熊井はそう悪態吐いてから続けた。

『……わかったよ。やれるとこまではやってみる』

「! 本当ですか!?」

『やれるとこまでだぞ。そっちは今どういう状況だ。説得はできたのか?』

「それはまだ……」

『ならそっちに集中しろ。爆弾はこっちでなんとかしてやる。不死身の彩夜ちゃんもいるしなんとかなるだろ』

「今のあいつに無理をさせるのは」

『冗談だ。現場には行かせねえで知恵だけ借りる。それで問題ねえだろ』

「……お願いします!」

『切るぞ。頑張れよ』

 通話終了。

 まだどうなるかわからないが、考えられる手は打った。後は熊井に任せるしかない。

 悠也は言われた通り、こちらの問題を片づけるだけだ。

 そう決意を新たにしたその時、悠也が隠れるのに使っていた柱が切り刻まれた。

 姿を現すのは水無月いのり。悠也が今から説得するべき相手。

「あんまりうろちょろしないでください先輩。濡れないように移動するには柱を壊さざるを得ませんから」

 距離があるからだろう。いのりは声を張り上げるように言った。その声音には自己陶酔のような色が滲んでいる。

「しかしあの人、最期は呆気なかったです。厄介な魔術でしたけど、全方位から串刺しにしたら当たっちゃいました。正直拍子抜けです」

 あの人とは倉沼のことだろう。

 空間に作った切断面を使って飛んできた刀を別の場所に飛ばすのが倉沼の戦法だった。その性質上、網目を縫うように切断面と切断面の隙間をすり抜けた刀は防ぎきれない。刀の軌道を正確に見切り、そこに空間の切断面を用意することで初めて成立する戦法に対し、いのりは見切れないほど大量の刀を用意することで対抗した。

 それが意味する一つの事実が、暴力のように悠也に視界を埋め尽くす。

「ほら先輩見てください。私、こんなに沢山の刀を出せるようになりました」

 いのりの周囲には、百を軽く超える数の漆黒の刀が浮遊していた。

「色々試してみるものですね。私自身、ここまでできるとは思いませんでした」

 刀はさらに数を増していく。見て数えられる数ではない。

「私はあの魔術師さんを殺しました。これで三人目。それでも先輩は、私を説得できると思いますか?」

 いのりが浮かべた笑顔は、さっきまでのものとは異なっていた。

 そこには明らかな狂気がある。

 悠也はいのりを正面から睨み、力強く答えた。

「やってみせるよ。俺はもう、現実に妥協するつもりはない」


    ◇


 悠也との通話を終えた熊井は、幸姫と話していた彩夜を休憩室に呼び出した。無論幸姫に知られるわけにはいかないため休憩室のドアは閉めておく。隙間があるため防音性はほぼないに等しいドアだが、大声を出さなければフロアの方までは聞こえないはずだ。

 状況説明を終えると、彩夜は二つ返事で協力を承諾した。

 棚に閉まってあった地図をテーブルに広げながら彩夜は言う。

「仮に爆弾を見つけられても、私たちみたいな素人に処理なんてできるの?」

「できなくてもやるしかねえだろ。映画みてえにコードを切る必要はねえ。持ち出して人のいないところで爆発させりゃ確実だ」

「なるほど。私たち閉じ込められたわけじゃないんだもんね」

「……フラグだぞそれ」

 熊井は眉を引きつらせた。

 改めて地図に視線を落とす。

「とにかくまずは爆弾の場所の特定だ。それができなきゃ処理方法なんて考えても意味がねえ」

「ヒントは夜でも人のいるところ……」

 彩夜は地図をじっと睨み、

「そういえば霧崎さん、今回の敵は自分に構ってほしいだけだって言ってたよね」

「ん、そういや言ってたな。ゲームとかなんとか。それがどうかしたのか?」

「どうして爆弾なんて使うんだろうって考えたの。それも普通のじゃなくて、いつ爆発するか予想がしづらく、しかも魔術師には解除が難しい特別性。わざわざこんなものを用意しているなんて、まるで――」

「挑戦状、か?」

 彩夜は頷く。

「そう。爆発を防いでみろって挑発してるように感じる」

「だがだからといって場所の特定ができるわけじゃねえだろ」

「爆発を防げるかどうかの勝負なら、敵魔術師は爆発が確認できる場所にいると思うの。逆に言えば、魔術師から見える場所に爆弾があるってことになる」

「……なるほどな。そりゃ道理だ」

「ただ、肝心の魔術師の居場所が……」

「それなら大雑把な想像はつく。〈切断の魔術師〉が向かった方向はある程度把握してるからな。俺の『勘』で察知できた方角通りなら、最後に向かったのはこっちだ」

 熊井は地図上を指で示した。

「意外とやるね、店長」

「これでも機関の協力者として生かされてるからな。それなりに能力はあると自負している。で、この辺で周囲を一望できる高い場所は……結構あるな」

「今日は雨が降ってるし、屋外って線は薄いと思う」

「なるほど。つーとホテルなんかが怪しいか。ここはどうだ」

「いいと思う。悠也たちがいる場所も見えそうだし、その近くであった爆発も把握できそう。ひとまずそこに魔術師がいると仮定して、爆弾の場所は……」

「ある程度高さのある場所だよな。低い建物が爆発したって上からは見えねえ。駅前の居酒屋なんかは除外していいはずだ」

「うん。あと遮蔽物がない開けた場所も怪しいと思う。敷地の広い……例えばここ。この工場とか怪しいんじゃない?」

「夜勤がいれば人はいるってわけか。だとすると病院はどうだ。入院患者やら宿直やらがいるし、敷地も広い上、建物の高さもある」

「だね。……これ、失敗したら悠也に合わせる顔がないや」

「? あいつだって厳しい条件なのはわかってるだろ。確かにちと理想主義だが、やれるだけのことをやっときゃ仕方ないって言うタイプだ」

「そりゃそう言うだろうけど、そうじゃなくて。この病院、悠香ちゃんが入院してるから」

「……そいつは責任重大だ」

 そうして議論することしばらく。

「これで悠也が遭遇したのを含めて六か所。案外推測できるもんだな」

「田舎っていうのが大きいかもね。夜間に遊べるような場所も少ないし」

 熊井はちらりと時計に目をやり、

「そろそろ動き出した方がいいんじゃねえか。考えるのに時間をかけ過ぎて爆発しちまったんじゃ話にならねえ」

「……だね。全部が当たりとは限らないし、できればもう一か所候補を探しておきたかったけど」


「もう一か所は、たった今爆発したみたいですよ」


 その声は、休憩室のドアを開ける音と同時に聞こえてきた。

 肩にかかる程度の黒髪。凛とした表情の少女――織原幸姫。

 その手に握られたスマホの画面には、爆破事件に遭遇したであろう人々のネット上の書き込みが表示されていた。




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