魔術師との接触
「私に殺されてください。先輩」
言葉と同時、いのりの手に黒塗りの刀が生じた。小柄ないのりには不釣り合いに長い刀身は、夕暮れの教室という日常の空間にあっては異質に過ぎる殺意の具象。
いのりが大きく腕を振る。横薙ぎの一閃が悠也を襲う。
咄嗟に背後に退いて距離を取るが、すぐ後ろはもう窓だ。逃げ場はない。黒塗りの刃の切っ先が胸のあたりを掠めて制服が裂ける。だが怯まない。いのりが刀を振り抜いた瞬間を逃さず机の合間を駆け抜けて黒板の前まで距離を取る。
いのりは追いかけてくることなく緩慢に振り向くだけだ。
「残念。あとちょっとだったのに」
「……君は魔術師なのか」
「いいえ。でもこれは私が貰ったものです」
いのりのもう一方の手にも黒塗りの刀が生じた。これで二刀流。
どこからともなく刀が生じるという超常現象を前に、しかし悠也は驚かない。魔術ならなんだって起こりうる。こんなものは不思議でもなんでもない。いのりは魔術師ではないらしいが、それも想定の範囲内。魔術師でなくとも魔術を行使する方法はある。
「貰ったと言ったな。それはつまり」
「うるさいですよ」
いのりが刀を投擲した。風を切る音と共に悠也の左の耳元を掠めて黒板に突き刺さる。
流れるような動作でもう一投。今度は右。また黒板に突き刺さった。
そしていのりの手元にはいつの間にか生じた二振りの刀がある。
「まだまだいきます――よ!」
いのりが刀を投げる。間髪入れることなく次を投擲する。
しゃがんで回避。投擲。転がるように跳んで回避。投擲。ぎりぎり当たらない。投擲。机を盾にして回避。いのりが立ち位置を変えて投擲。また机の陰に隠れて回避。
刀は尽きることがない。ひたすらいのりの手元に出現し続ける。
「やめろ! 教室が滅茶苦茶になる!」
「どうでもいいですよそんなこと」
刀は雪崩のように飛ぶ。悠也は教室の中を駆け回り避け続ける。
今度は二振りが同時に投げられた。回避――そこへ次の刀が飛んでくる。避けきれない。
悠也は黒板に刺さっていた一振りを抜いてそれに応戦しようとした。
だがその瞬間、悠也が握った刀は砂のように朽ちて消滅した。
「しまっ……」
刀を生み出すだけではない。無に帰すことも自由自在というわけだ。
それに気づいたときにはもう遅かった。
刃は眼前に迫っている。
魂の侵食で強化された悠也の動体視力は、それをスローモーションで認識した。
そして次の瞬間、悠也は側方から突き飛ばされた。
教壇の上に倒れ込むと同時、クセの付いたブラウンの長髪が視界に映る。
「大丈夫!?」
彩夜の切羽詰まった声音に、悠也は「ああ」とだけ返して体を起こす。
「ごめん遅くなって。見回りの先生に見つかりそうになっちゃってさ」
「お前な……いや問題ない。タイミングは完璧だ」
彩夜の登場は予定通りだった。
この放課後の呼び出しに魔術師が関わっているとわかっていながら対策をしないほど悠也たちも馬鹿ではないのだ。こういう事態に備えて彩夜は近くの教室に身を潜めていた。
そして彩夜の存在が事前に察知されなかったことから得られた情報が一つ。
すなわち、いのりは『魔術師の勘』を使えない。
「……なんですか、あなた」
「学校見学中の部外者、かな」
不機嫌さを隠さないいのりに対し、彩夜はおどけるように返した。その格好は学校指定のジャージ姿。万が一校内の誰かに見つかっても怪しまれないように悠也が貸したものだった。
「そっちこそ何者? その刀、あなたのものじゃないでしょう?」
「……ということは、やっぱり」
悠也が言うと、彩夜は折り畳み式のナイフ――跡切刀を構えながら頷く。
「これと同じで霧崎さんが作ったものだと思う」
予想通りだ。それならば自分は魔術師ではないといういのり自身の証言とも一致する。魔術道具を魔術師でなくとも使えるのは悠也も跡切刀で体験済みだ。
「気を付けて。どんな特殊な性質を備えているかわからないけど、ただの刀じゃない」
警戒する彩夜の姿に、いのりは堪えきれないという風に笑いをこぼした。
「当たりです」
直後、異変が起きた。
教室内に散乱していたすべての刀が一斉に浮遊したのだ。その数は優に二十を越え、その切っ先のすべてはまっすぐ彩夜へと向いている。
「まあ、気を付けたところでどうなるわけでもないんですけど」
刀の群れが彩夜目掛けて殺到した。
「――ッ」
彩夜はその常人離れした身体能力で刀の数本を叩き落とすが、全方位からの攻撃を防ぎきることは叶わない。肩、太腿、二の腕、脇腹、避けきれなかった刀が突き刺さる。
「彩夜!」
思わず名前を呼び、やや遅れて悠也は気づいた。
彩夜の長髪からブラウンの色素が抜けていく。
疑似魔族化。魔族による魂の侵食を意図的に促進し、身体能力と治癒能力を飛躍的に引き上げるという彩夜特有の戦闘手段だ。絶大な力を発揮するが、侵食が進み過ぎれば感情や理性が消失し、最終的に魂が崩壊してしまう諸刃の剣。
「このくらいなら、平気」
彩夜は平坦な口調で言って、太腿に突き刺さった刀を抜いた。傷口から血が噴き出す。
そしてその瞬間。
「……なるほど。やっぱり出てきて正解だった」
彩夜は傷口から流れ続ける血液に目をやり、自嘲するように笑った。
「……彩夜?」
「前言撤回。……どうもこの傷、私でも再生できないみたい」
言われてすぐ、悠也は自分の胸の傷に思い至った。制服越しに薄く切られた傷口からは今も血液が滲み出ている。傷の治りが妙に遅い。
明らかにおかしなことが起きていた。
悠也と彩夜の体は契約魔族の影響で変質した。朽ちることのない不死の肉体は、常人の域を超えた身体能力とどんな怪我をしても瞬時に再生する治癒能力を備えている。この程度の傷がいつまでも残っているはずがない。
さらに言えば、今の彩夜は銀髪紅瞳の疑似魔族化状態だ。この状態の彩夜は骨が折れようと腱が切れようと頭蓋に穴を開けられようと瞬く間に再生できるはずなのだ。
しかし今、彩夜の傷口は塞がらず、滴り落ちる血液は教室の床を汚し続けている。
これが不死をも殺し得る〈切断の魔術師〉が作った魔術道具の力ということか。
「ふふ。さっきまでの自身はどうしました。随分と苦しそうじゃないですか」
「……そう? 実のところ死ぬのには慣れててね。正直、まだまだ余裕って感じ」
彩夜の明らかな強がりを、いのりは冷めた目で見て冷酷に告げる。
「わかりました。じゃあ、死んでください」
再度、教室中の刀が宙に浮かんだ。
多数の刀を無から生み出し手で触れることもなく操る力。それがいのりの有する魔術道具の真の力なのだ。さっきまでは手で投擲しているように見えたがそれはフェイク。そもそもいのりの細腕であんな長大な刀が軽々と投げられるはずがない。
悠也は息を呑んだ。
この数の刃を凌ぐのは難しいだろう。今の彩夜の怪我では逃走すらままならない。
なら、どうすべきか。
「……何してるんですか」
いのりが低い声で言ったのは、悠也が彩夜といのりの間に立ったからだった。
「……悠也、なんで」
「助けられた俺がお前を置いて逃げるのはありえない。だがお前は逃げられない。ならこうするしかないだろう」
悠也が言うと、その視線の先にいたいのりが唇を噛んだ。
「死ぬつもりですか、先輩。その人を庇って」
「いいや死ぬつもりはない。逃げるつもりも」
「滅茶苦茶ですね。逃げないなら死ぬんです。先輩の言ってることは矛盾しています」
「かもしれない。でも」
「もういいです。先輩が私を見てくれないのはよくわかりました」
刀がさらに数を増す。いのりの手元に次々と出現し、宙に放られていく。その数は優に三十を超え、そのすべての鋒が悠也へと向けられていた。
「さようなら。もう、先輩なんて知りません」
刀の群れが悠也目掛けて一斉に射出された。
悠也は動かなかった。すべてを打ち落とすことはできない。下手に動けば背後の彩夜に当たってしまう。その身で受ける以外の選択肢がなかった。
そして悠也に刃が届く寸前――窓が割れ、そこから一人の男が教室へと飛び込んできた。
サングラスをかけた男だ。笑みの浮かんだ口元には白い歯が覗く。右手に振りかぶっているのは銀の薙刀。そしてそれをブーメランの如く回転させながら男は投げた。薙刀は悠也の眼前を通り抜けて廊下側の壁に突き刺さる。
それだけでも唐突すぎてわけのわからない出来事だった。
だが真に驚愕すべきはその直後。
悠也へ殺到していたはずの刀のすべてが、瞬時にして消失してしまったのである。
「……へ?」
声を漏らしたのはいのり。呆然としているのは元から教室にいた全員。
窓をぶち破って現れた男は、サングラスの奥の瞳を悠也に向けて言った。
「いいガッツじゃねえか。サイコーにクールだったぜ、少年」
◇
放課後、凛堂月乃はカフェ・Vivreを訪れていた。友人である織原幸姫に相談したいことがあると言われて呼び出されたのだ。本当はゲーセンに寄って最近追加された新ステージの攻略に勤しみたかったのだが、幸姫の頼みとなっては断れない。
……というのは表向きの理由。
実を言えば、ゲームよりこっちの方が面白そうだという予感もあった。
「それで、相談事ってなんですか?」
「……その」
幸姫のはっきりしない反応に苛立つことなく、月乃はコーヒーを一口啜る。急かしてはいけない。その手の話となるとこの少女が途端に奥手になるのはわかっている。いくら店に着いてからひたすら悩ましげに唸るだけで一切話が進まなかったとしても、辛抱強く待つべきなのだ。
しかしそれはそれとしてこのままでは話が一向に進まないので月乃は尋ねる。
「黒宮くんのことですか?」
「えっ、どうして……」
驚いたように幸姫は言う。どうやらバレていないと思っていたらしい。
「見ていればわかります。なんだかちょっとぎこちないなーくらいですけど。何かあったんですか?」
「……あったといえばあったというか……でも、どう話せばいいか」
「告白されたとか」
幸姫の顔が一瞬で紅潮した。
「こ、ここここここ告白!? なんで!?」
「なんでも何も……幸姫にぞっこんじゃないですか、彼」
「いやそんなわけ……っ、ていうかなんの話してんのよ!」
「なんのって、恋愛相談では?」
「違うわよ!?」
どうやら本気でそんなつもりはなかったようだが、月乃としてはそのことに驚かざるを得ない。「えっ、ほんとに恋愛相談じゃないんですか。じゃあゲーセン行った方が面白かったのでは……」という方向の驚きである。
そんな月乃を前に、幸姫はわざとらしく咳払いしてから心底真面目な顔で言う。
「たぶん、何か悩み事があるんだと思うの」
「黒宮くんに……ですか?」
幸姫はゆっくりと首肯した。
「その……何か私が忘れちゃってることがあってね。そのことで悠也を悩ませちゃってるというか、いや、本当にそれが原因かどうかはわからないんだけど、でも、たぶんそうで……ぎこちないのは、そのせいっぽくて」
「つまり、自分のせいで黒宮くんを悩ませてしまっているかもしれないからどうにかしたいと」
「そんな感じ」
幸姫はテーブルに視線を落としたまま言った。
どうやら茶かせる雰囲気でないのは間違いなさそうだが、しかしそんなに思い詰めることだろうかとも月乃は思う。
「幸姫が何かを忘れているのが原因なら、それを本人に聞いてみればいいだけなのでは?」
「一度は聞いたの。でも、話せないって……なんだかそのときの悠也、辛そうで。だから私、待ってるって言っちゃって」
「……だから聞けない、と」
幸姫は肩を縮こまらせて頷く。
「このまま疎遠になっちゃうかもとか考えると、気が気じゃないの。まさかとは思うんだけど、万が一ってこともあるし。それに悠也が悩んでるなら、やっぱり力になってあげたいし……」
「なるほど」
やっぱり想像以上にヘビーな話だなぁ、と内心で思うが表には出さない。これ本当に恋愛相談じゃないんだろうかと疑問にも思うがやはり表には出さない。今の月乃は真面目モードだ。
幸姫がここまで弱音を吐くのは珍しい。それはつまり滅多にないほど真剣に悩んでいるということで、そんなときに頼ってもらえたことへの喜びもあって、だからいい加減な態度ではいられなかった。
月乃はコーヒーを啜りながらしばしの間考え込み、
「私は幸姫ほど黒宮くんのことを知っているわけではないので、的外れかもしれませんが」
そう前置きしてから続けた。
「黒宮くんは、幸姫のことを大切に想っていると思います。意味合いはどうあれ。ですからきっと、今こうして幸姫が思い悩んでいるのを黒宮くんが知ったら、どうにかしたいって考えると思うんです。今の幸姫と同じように」
「そう、かしら」
「確証はありませんけどね。その辺りは幸姫の方が詳しいでしょう」
「……それは、そうかもしれないけど」
「ですから、思い切って全部話せばいいんです。今私に話してくれたような幸姫の気持ちを、そのまま黒宮くん本人に。彼はそれを邪見にするような人ではないと思います。むしろこうして幸姫が思い悩んでいたことを後になって知ったら、必要以上に自分を責めるのではないでしょうか。今のうちに話しておくべきです」
ただの予想でしかないが、月乃には悠也が自分を責める光景が容易に思い浮かべられた。彼は割とめんどくさい類の人間なのでそうなったらそうなったでめんどくさそうだとも思ったが無論これは余計なことなので口には出さない。
幸姫はしばらく無言でテーブルを見つめていたが、やがて僅かに口元をほころばせた。
「そうね、月乃の言う通りかもしれない」
「でしょう?」
「うん。ありがと、すごく楽になった。色々考えて込んでたのが馬鹿みたい」
「なら良かったです」
「あ、そうだ。もう一つ聞きたいんだけど……シキネジュンって人、知ってる?」
「知りません。誰ですか?」
「知らないならいいの。気にしないで」
幸姫は誤魔化すように顔の前で手を振った。
やや疑問は残ったが、気にするなと言うので素直に従うことにした。
そうして超ヘビー級のお悩み相談は幕を引き、しばらくの雑談の後解散する流れになったのだが、席を立とうとしたとき入店してきた一人の客を見るなり幸姫は言った。
「……ごめん月乃、やっぱり先に帰っててくれる? 会計は私がしとくから」
「幸姫?」
「私、もう少し残りたい。用事ができたの」
今入ってきた客と関係があるのだろうか。
来店したのは黒髪を無造作に束ねたパンツスーツ姿の女で、歳は月乃たちより一回りほど上といったところ。もし知り合いなら繋がりが気になるところだ。
そして女は店の奥にいた店長を呼びつけるなり、一方的に言い放った。
「熊井彰隆だな。先月起きた出来事について、いくつか聞きたいことがある」
◇
「いいガッツじゃねえか。サイコーにクールだったぜ、少年」
サングラスの男はそう言って、いい笑顔で白い歯を見せながらサムズアップ。
……何者なのだろうか、この男は。
まず外見からして異質だ。雨に濡れてなお崩れないオールバックの黒髪。身に纏うのは光沢感のある黒のレザージャケット。衣装のいたるところに銀の鎖が垂れていて、ジャケットの下に覗くシャツには巨大な髑髏が描かれている。きっと街中で見かけたら十人中七人が二度見して、残りの三人はそっと目を逸らすだろう。そんな風貌の男である。
「……もしかして、倉沼くん?」
「おうよ、久しぶりだな紅野彩夜」
そのやりとりで悠也は察する。
この男は魔術師だ。それも彩夜と旧知の間柄の。
「かなり痛そうだが大丈夫か」
「微妙。それよりいくつか話したいことがあるんだけど」
「そりゃこっちもだが後回しだな」
そう返して、男――倉沼はいのりの方を向いた。
「ようお嬢ちゃん。突然ですまねえが、その刀を返して貰いに来たぜ」
「……誰ですか、あなた」
「オレか? オレの名は倉沼翔太朗。何を隠そう、〈切断の魔術師〉の一番弟子だ」
とびきりのドヤ顔だった。
そしていのりは無表情だった。
「知りません。誰ですか、それ」
「俺の師匠だ」
「それは聞きました」
「世界一クールでビューティフルな師匠だぜ」
「わけわかりません」
「マジか。じゃあちっとわかりづれぇ説明になるが、お嬢ちゃんが使ってる刀を作った魔術師だ」
「それが一番わかりやすいですね。でも返すつもりはないので、あなたも死んでください」
いのりが手を前に掲げると十本の刀が出現し、ほぼ同時に倉沼へ向けて射出された。
だが倉沼は動じなかった。右腕を水平に伸ばすと、そこにさきほど投擲した薙刀が戻ってくる。それを一薙ぎ。飛来した刀はまるで薙刀の軌跡に吸い込まれるように消失した。
「っ、どうなって」
いのりが動じた一瞬で倉沼は動いた。
床を蹴って距離を詰め、無駄のない所作でいのりの背後に回り、首筋に薙刀の刃を突き付けたのだ。
だがいのりも無反応ではなかった。やや遅れながらも刀を再度刀を手元に出現させていたのだ。
倉沼は、ひゅーと正しく吹けているか怪しい口笛を吹いて、
「やるなお嬢ちゃん。ま、そいつを俺に当てるより俺がお嬢ちゃんの首を落とす方が早えだろうが」
「……ならそうしたらどうですか?」
「そいつはできればしたくねえ。怯えた女を手にかけるのは趣味じゃねえんだ」
「っ……馬鹿にして」
いのりは悔しそうに背後を睨むが、その脚は僅かに震えていた。倉沼の言う通り怯えているのだ。
「取引だ。お嬢ちゃん、ここから逃げな」
「逃げる? あなたが取り返しに来たというこれを置いてですか?」
「いや、そいつは後で返してもらう。それよりこっちはそこの怪我人を治療しなきゃなんねぇんだ。そのまま逃げてくれればオーケーだ」
「……本当に?」
「ああ。ただし妙なことをすれば容赦はしねえ。慎重に考えな」
「……………………………………わかり、ました」
刀が消えた。
いのりは悔しそうに口を引き結び、走って教室を後にした。
残されたのは三人。悠也と彩夜、そして魔術師倉沼翔太朗。
「動けるか、紅野彩夜」
「……微妙。ちょっと無理そうかも」
彩夜は膝をついたまま苦しそうに言った。その全身は刀に貫かれたせいで血塗れだ。
「横になれ、俺の魔術で傷を塞ぐ。止血くらいはできるはずだ」
彩夜は黙って倉沼に言われた通り横になった。倉沼はその傍らに膝をつくと、その様を見守っていた悠也にちらりと視線を寄こした。
「心配すんな。死にゃしねえよ」
「……」
「俺の魔術は連結だ。二つの切断面を繋ぎ合わせるのがその力。流石に元通りとはいかねえが、傷口を塞ぐだけなら問題ねえ。こいつの生命力は半端じゃねえしな。それより魔術を使ってる間に人が来ちまうと厄介だ。動脈だけ繋いだら場所を移すが、それまで誰も来ないよう見張っててくれ」
倉沼が言う間にも、廊下の方から教師の声が聞こえてきた。倉沼が教室に飛び込んでくるときに窓を割った音が聞こえてしまったのかもしれないし、それでなくともかなりの物音を立てていたので人が来るのが時間の問題に思えた。
正直、彩夜を残してこの場を離れるのには抵抗がある。
だが今悠也にできるのがせいぜいその程度なのも確かで。
「……彩夜のこと、お願いします」
悠也は無力に打ちひしがれながらそれだけ言うと、教室の出口へ歩き出した。
彩夜はこの魔術師を信用している様子だった。今はそれを信じるしかない。
「五分で終わらせて移動する。それまで時間を稼いでから戻って来い」
「はい」
最後に一度だけ彩夜の方へと振り向いてから、悠也は教室を立ち去った。




