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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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人殺しと吸血少女02


 長い話になりそうだったため、場所を変えることにした。

 住宅街の片隅にある小さな公園だ。あるのはすべり台が一つと鉄棒、そしてベンチが二つだけ。入口には色褪せた文字で駐車禁止と書かれた看板が立てられている。

「騙していたんですか。俺たちを」

 ベンチに座った悠也が尋ねると、隣に座る熊井は悪びれることなく答えた。

「脅されて逆らえなかったんだ。誰だって自分の命は惜しい。それに俺はただ名守さんのすることを見過ごしただけで、特に何かをしたわけじゃねえ」

「……そうですか」

 名守がアルバイトをしていたのは、店長が邪魔をしないよう監視するためだったのかもしれない。店長が機関の協力者だと見抜いた方法はわからないが、このまちに住む魔術師であった潤と機関の協力者である店長なら互いのことを知っていても不思議はない。

「彩夜は知っていたのか、店長のこと」

「ううん、まったく」

 公園の中心に佇む彩夜は、つまらなそうに答える。

「さっき突然声をかけられたと思ったら、いきなり名守幹恵のことを聞いてきたの」

「魔術師なのは気配でわかってたからな。これでも『勘』はいい方なんだ。生かされてるのもそのおかげさ。利用価値があるってな」

 熊井は神妙な顔を悠也に向けた。

「お前からこの嬢ちゃんとそっくりな魔力を感じる。魔族と契約したのか?」

「……そういえばそのあたり聞いてなかったな」

 不死身になったとは聞いたがそれだけだ。詳しい状態はわからない。

「聞いてもいいか?」

 彩夜は頷いてから話し始めた。

「悠也は今、私の契約魔族と間接的に契約した状態になってる。簡単に言うと私の劣化版。身体能力も再生能力も私には遠く及ばないし、魔術も使えないけれど、気配は魔術師と変わらない。これを魔術師と呼称するかどうかは、意見のわかれるところかな」

「……ということは、俺も魂を侵食される可能性があるのか?」

「可能性はあるけど、私よりずっと軽度だから大丈夫だと思う。これまで私に血を吸われた人が魔族化したって話は聞いたことない」

「そうか」

「だが気配は魔術師と変わらない。そりゃこれから大変だぞ」

 熊井は真剣な面持ちで悠也に言う。

「未登録の魔術師に対して機関は厳しい。『魔術師の勘』で捕捉されちまう分、俺みたいな一般人よりも苦しい立場に立たされる。隠れて暮らすには限界がある」

「……でしょうね」

「一応、俺にできる範囲の協力はするがな。しばらくの間は機関に報告もしないでおく」

「どうしてそこまで……」

「基本的に美人や美少女には甘いんだよ、俺は」

 その一言で、彩夜が頼んでくれたのだと悠也は察した。

「それに、同類に会うのは久しぶりだからな。お互い嫌な世界に巻き込まれちまった者同士、助け合えることもあるかもしれん。その点、これは俺のためでもあるわけだ」

 悠也は熊井の過去を夢想した。知っていることなど何もないが、あんな人の寄り付かないところで寂しくカフェを経営している理由が、少しだけわかったような気がした。

 その上で悠也は言った。

「いえ、俺は巻き込まれたわけじゃありません。自分で選んだんです」

「……そうかい」

 熊井は遠い目で夜空を見上げた。

「魔術の世界ってのはやるせねえな。なまじ世界の法則に抗う手段を知っちまってるせいで、馬鹿みてえな絵空事に本気になる。名守さんだって、本当はそう悪い人じゃなかったような気がするよ」

 そうかもしれない。

 彼女の動機だった敷根燎憲の蘇生は、普通に生きていれば本気にすることのない幻想だ。魔術という裏技を知っていたからこそ、彼女はその誘惑に逆らえなかった。

「悠也、お前がこれからどうするつもりかは知らねえ。だが人の限界は見誤るな。妄想と現実の区別がつかなくなって破滅した魔術師を、俺も数人は見てきた。お前にはそうなってほしくない」

「大丈夫ですよ。自分のすべきことは理解しています」

 悠也はおもむろに立ち上がると、ポケットから跡切刀を取り出した。


「彩夜。こいつで俺が死ねば、その痕跡のすべてはこの世界から失われる。そうだよな?」


「……どういうつもり?」

「いくら不死身といっても存在そのものに干渉するこいつなら関係ない。俺という存在をこの世界から跡形もなく消し去れるはずだ。そうすれば俺はどこにもいなかったことになる」

「なんでそんなことする必要があるの。説明して」

 真剣な彩夜の表情が、跡切刀で悠也が死ねることを裏付ける。

「潤の目的は織原を魔術の世界から切り離すことだった。でも俺がいたら織原は魔術と関わったままだ。いつか俺が機関に処分されるとき、その手は織原にも及ぶかもしれない」

 それでは潤が行動を起こした意味がない。犠牲になった人たちも浮かばれない。

「跡切刀で俺が死ねば、織原と魔術の接点は完全にゼロになる。あとは残った跡切刀をお前が持ち去れば完璧だ。証拠は残らない」

「それは潤の計画でしょ。悠也が死ぬことなんてない。機関から隠れ続ければいいだけ。熊井店長だけじゃない、私も協力する」

「あいつだけじゃないんだ。織原には俺も幸せになってほしい。潤が願ったものは、俺にとっても叶えたい願いなんだよ。そのためなら俺みたいな人殺しの命なんて安いものだ」

「人殺しって……でもあのときはああするしか」

「理由は関係ないよ。潤を殺したのは俺だ。織原から思い出を奪ったのも。だから俺が織原のために死ぬのは当たり前のことだ」

 淡々と事実を告げたつもりだった。

 それを彩夜は冷ややかな微笑で返した。

「ふーん。要するに、悠也は逃げ出したいんだ」

「何……?」

「だってそうでしょ。自分が辛くて苦しいからって彼女を言い訳にしてる。俺が死ぬのは織原のためだ、逃げるためじゃないって言い訳して、死ぬのを正当化したいの」

 彩夜は笑顔で、それなのにぞっとするほど冷め切った声で続けた。

「違う?」

「……違う。だってこれは当然ことだ。俺が生きていればそれだけで織原を危険に晒してしまう。そんなわけにはいかない」

「で、死んでいろんな人を悲しませるわけだ。悠也の両親、病院にいる悠香ちゃん、それにほかならぬ織原さんも、潤に続けて友達を失うことになる。それでいいんだ?」

「……問題ないさ。どうせ俺のことはみんな忘れるんだ。誰も悲しまない」

「なら死ぬ必要はないんじゃない? 潤のことだってみんな忘れてるもの。悲しんでいる人なんていないし、司法だって悠也を裁けない。敷根潤なんて人は初めからいなかったことになってるんだから。悠也もそう思ってるんでしょ?」

「違う……っ! 違う、けど……」

「けど?」

 反論の言葉は浮かばなかった。

 認めるしかない。自分はただ罪の意識から逃げたくて、死のうとしていた卑怯者だ。

 でも。

「……だったら、どうすればいい?」

 無様に、情けなく、悠也は内心を吐き出した。

「どうすれば誰も悲しませないで済む? どうすればこの罪を償える? ……不可能だ。何をしたって俺が潤を殺した事実は消えない。なかったことにはできない。それならせめて俺の周りの人たちに危険が及ばないよう、おとなしく消えるべきなんじゃないのか?」

「……」

 彩夜はしばしの間考え込み、

「じゃ、私が死のっか」

 そんなことを、明るい声で言った。

「……そんなことしたって」

「言ったでしょ、悠也と魔族は私を介して間接契約してるって。なら私が消えたら? 契約を仲介している私がいなくなれば魔族との繋がりは断絶し、契約は強制的に解除される。それで悠也は元の人間に戻れる。誰も悲しまない良い考えでしょ?」

「そんなわけあるか! ……お前が死ぬ理由なんてどこにもない」

「そうかな。悠也が事件に深くかかわることになったのは、元はと言えば私の油断が原因だった。悠也の血を吸ってそんな体にしたのも私だし、潤を殺すべきだったのも私。なら責任は私にあるのであって、悠也は何も悪くない。そう思わない?」

「思わない。思えるわけないだろ。だってそんなの――」

 言いかけて、ふと気づいた。

 同じだ。

「お前も……死にたいのか」

 だから彩夜は悠也の真意にすぐ気が付いた。自分がしてきたことに罪の意識を感じ、その重圧に耐え切れず、消えてしまいたいと思っているから。

 自分を軽蔑してほしいと告げた彩夜の気持ちが、今なら理解できる気がした。

 なんてことだ。そんな彩夜の前で自分勝手に死ぬなんて許されるわけがない。

「殺してくれる?」

 彩夜は蠱惑な表情で聞いてきた。気を抜けば思わず頷いてしまいそう。

「いや。これ以上誰かを殺す気にはなれない」

「なら私が自殺しようか」

 彩夜は嬉しそうに提案してきた。悠也の答えを見透かしたように。

「駄目だ。殺すのと見殺しにするのとに差異はない」

「じゃあどうする?」

 今度は意地の悪い笑顔。選択肢は一つしかない。それを答えろと言っている。

 抵抗はあった。その答えは間違いだと心が抗っている。

 それでもそうする以外、黒宮悠也に残された道はない。

 だから観念することにした。自分へ言い聞かせるようにはっきりと宣言する。

「生きるよ。魔術師には殺されないし、殺させない」

 人殺しの言葉にしては酷い開き直りで、我がことながら笑ってしまいそうになる。

 だが憂いはなくなった。

「さっきお前は俺に協力すると言った。あれは信じていいのか」

「うん。だってすべての責任は私にあるんだから」

 その理由に納得できるはずはなかったが、否定しても押し問答になるだけだ。互いにただの死にたがりで、逃げたがりで、背負いたがり。絶対に譲らないのは目に見えていた。

 それでいいと思う。

 罪なんて好き勝手に背負っていればいい。投げ出すのも自由だ。確かなのは自分で自分は裁けないという事実だけ。勝手に赦された気になるのはただの自己満足。それは投げ出すのと同じで、嫌ならもう背負うしかない。選択は絶対的な二者択一だ。

 この世界のどこにも敷根潤がいた痕跡は残っていないけれど、悠也が自分を赦したくないのと同じように、彩夜が自分を赦したくないというのなら、それでいいのだ。

 彩夜は悠也に協力すると言った。だから返す言葉はただ一言。

「決まりだ」

 それで逃げ道はなくなった。

 この罪との向き合い方はまだわからないが、それでもまずは生きると決めた。

 きっと待ち受けるのは酷い末路だ。黒宮悠也は清廉潔白ではないのだからそれはもう仕方がないし、そうなるべきだ。罪には罰がなければならない。そうでなければ理不尽だ。

 だけど、それだけでは終わらせない。

 悲しまなくていい人たちが、一人でも悲しまなくて済むように。

 彼に幸福を願われた少女が、幸せに生きていけるように。

 この命はそのためだけに使い尽くされるべきで、そうしなければならないのだ。

 決意を胸に、悠也は夜空に輝く星を仰いだ。

                        











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