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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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想いは呪いのように01


 敷根潤はスマホを耳に当てて通話していた。

 場所はとある廃ビルの屋上。夜空に浮かぶ霞んだ月が淡い光で照らしている。

「なんの用だよ。こっちは術式発動の最終段階に入ってる。時間ないんだが」

『紅野彩夜に私を殺させようとしましたね?』

 電話の相手、名守幹恵は息も絶え絶えに言う。

『夕方、カフェに紅野彩夜を呼んだのはあなたでした。あなたは無防備な私を彼女と引き合わせ、私を処分しようとした』

「そんなことして何の得がある?」

『集めた心の使い道。私が死ねば、あなたはそれを自由に使うことができる』

 確信に満ちた声で言う名守に、潤の口端が釣り上がる。

「面白い推理だ。だがどうする。俺がいなきゃ術式は起動できない。あんたには俺と組む以外の選択肢はない。会いたい人がいるんだろ?」

『……あの人を交渉材料にするつもりですか』

『元からそういう取引だ。俺たちは利害の一致から協力している』

『……いいでしょう。私のすべてはあの人のためにある。それは変わりません』

「じゃ、彩夜がこっちに来れないよう妨害してくれ。術式が発動してからは時間との勝負だ。ダミーも仕掛けてあるが、時間稼ぎの手段が多いに越したことはねえからな」

『……それは少し難しいかもしれません。正直、身動き取れるほどの余力は……』

 今にも息絶えそうなほど弱々しい息遣い。どうも彩夜との戦闘で瀕死の重傷を負ったらしい。

 だが潤にとってはどうでもいいことだ。

「ここで計画を崩されたらあんただって困るだろ。それとも、今更自分の命を惜しむのか?」

 試すように問いかけると、電話の向こうで名守が微笑する気配がした。

『惜しみませんとも』

 その声に宿るのは強い決意。さっきまでの弱々しさなど微塵も感じさせずに続く。

『この体も、この魂も、この命も、私のすべてはあの人に捧げると決めたのですから』

 予想通りの答えに、潤の口元の笑みを深くした。

 名守幹恵には理由がある。自分の命が使い潰されるとわかっていても、潤に従う理由が。

「んじゃ、そういうことで」

 通話終了。

 携帯電話をポケットに入れた潤は、改めて屋上の様子を見渡した。

 一面に刻まれた無数の幾何学模様。その全てがこれから行う儀式のためのもの。異世界に存在する魔族に干渉するために用いられる魔術式にはいくつかの種類があるが、こうした幾何学模様を組み合わせたものは魔術陣と呼ばれている。


 そしてその陣の中心に、一人の少女が寝かされていた。


「あと少しで、すべてが終わる」

 イレギュラーは多々あったが、それでもここまでは順調の範疇だ。

 最大の問題はいかに機関の目を掻い潜って計画を進めるかだった。目立つのを避けるためにゴーストによる心の収集を夜に限定し、機関による介入を最小限にするため報告内容を操作し、一人で派遣されてきた彩夜を欺きながら事を進めた。

 すべてうまくいった。あとは仕上げだ。

「ここに来るまで、随分とかかっちまった」

 ポケットから取り出したのは同一のデザインを持つ二つのロケットペンダント。片方を自分の首に下げて、もう一方は眠っている少女の首に下げ、胸元に置く。

 このペンダントは二対一組の魔術道具だ。数年の月日を経て所有者の心を蓄えた、今回の術式を構成する重大な要素の一つ。

 これで準備は完了した。あとは魔術陣を起動するだけ。

 潤がそんなことを思っている時だった。

「……あんたが持ってたんだ」

 術式の中心に寝かされた少女が目を覚ました。ただし意識はまだ朦朧としているようで立ち上がる気配はなく、とろんとした目で潤を見てくる。

「起こしちまったか」

 潤は少女の頬をそっと撫でた。

 少女は寝ぼけたような様子で焦点も定まらぬまま、

「……何も教えてくれないのね」

 ぽつり、と。

「何も知らない……私だけ」

 はっきりしない意識の中で紡がれる言葉には、だからこその本音が含まれているように聞こえる。

「いつもそう。昔から、大事なことは……何も話してくれなかった」

 潤はあくまでも穏やかな様子でその言葉を受け止めた。改めて言われるまでもなくその程度のことは認識していたからだ。今更何を思うこともないし、言葉を返す理由もない。

 しかし何故だろうか。話すことなどないはずなのに、なんとなく次の言葉を発していた。

「嫌いか?」

「……そういうところ、だけは。でも……」

 うっすらと開かれた瞼の奥、二つの瞳が潤を見つめた。

「いいわ。あんたがそういうやつだっていうのはもうわかってるから。だから……信じてあげる」


 ――刹那、呼吸を忘れた。


 少女はもう自分の体を動かすこともできない。意識もじきに失われる。潤が身勝手な目的のためにそうした。少女は事情を何も知らない。不安があって然るべきだ。そのはずだ。

 それなのに、そこにあったのは安堵の表情だった。

 よりにもよって、少女をこんな状態にした元凶を信じると言って、微笑んだ。

「……馬鹿だな、お前。こんなやつのどこがいいんだよ」

 思わず口を出た問いに答える声はなかった。見ると、少女はまた眠ってしまっていた。

 乱れた心が徐々に落ち着きを取り戻していく。

 最後の問いに対する答えを聞けなかったことに、潤は心から安堵した。もしもそれを聞いてしまっていたら、きっと決意が崩れ去っていた。多くの代償を払い、親友まで犠牲にしてここまで来たのに、立ち止まってしまいそうな気がした。だからそうならなくてよかったと心から思った。

「いい夢を」

 最後にそう告げて、潤は長年積み重ねてきた想いを断ち切った。


 織原幸姫。この術式の要にして、計画の中心に位置する少女への未練を。



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