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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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顕になる本性06


「よう。何してんだ、親友」

 悠也はしゃがんだまま背後に目をやった。

 そこにいたのは、悠也のよく知るクラスメイト。

「……潤」

 潤は悠也の手元のロケットペンダントに目をやり、苦笑を浮かべた。

「お前が先に見つけたか。――中は見たのか?」

「ああ」

 短く答えて、悠也は潤に背を向けたまま立ち上がった。

「聞きたいことがあるんだ。いいか?」

「言ってみ」

「お前、『魔術師の勘』が使えないって、嘘だろ」

 潤の目が僅かに細められる。

「気になってはいたんだ。昨日の夜、凛堂の誕生会のためにVivreへ向かっていたお前が、途中で別の道に入った俺を助けに来れた理由。『魔術師の勘』でゴーストの気配を察知したわけじゃないなら、説明がつかない」

 悠也が言うと、潤は軽く息を吐いてから答えた。

「残念、俺は元々あの誕生会には行く気がなかったんだ。魔術師として事件を追ってる俺が一緒にいたら、お前らを巻き込んじまうかもしれねえだろ。普通に『蜘蛛』を警戒して見回りしてて、たまたまお前が襲われているのが目に入った。それだけだよ」

「いや、そんなはずはないんだ。だってお前は約束を破らない」

「……厚い信頼だな」

「今までずっとそうだったからな。どんなに遅刻しても、お前は俺たちとの約束を破らなかった。一度約束をしたからには必ずVivreに向かっていたはずなんだ。だが昨日はその道中で異常が起きた。『蜘蛛』に彩夜が一度殺されたことだ」

 あのとき彩夜が殺されたのは、悠也の言葉に集中力を欠いていたから。普段なら起こり得ないことが起きた。だから潤も焦った。

「彩夜が死んでも復活することはお前も知っていたかもしれないが、それでも動揺はした。近くに俺や織原たちがいるとわかっていたからだ。『蜘蛛』に襲われている可能性は充分に考えられた。だから急遽駆けつけた。『勘』で彩夜の異変と『蜘蛛』の気配を察知していなければできないことだ」

「……まいったな。降参だ。まったくその通りだよ」

 潤は肩を竦めた。

「問題は、何故隠していたかだ」

「あまり優秀なのが機関にバレるとまずいんだよ。嫌な仕事が増えちまう」

「それは嘘だ。……言ったろ、中身、見たって」

 ゆっくりと、悠也は続ける。潤の反論を潰すように。

「お前はカフェ・Vivreの常連だ。だからお前が『魔術師の勘』を使えるなら、あそこでバイトをしている名守幹恵が魔術師だとすぐに気付けなければおかしくなってしまう。それは都合が悪かった。機関から派遣された彩夜に対する口実、名守幹恵が魔術師だと自分が気付けない理由を作らなければならなかった」

 悠也は振り向き、潤の目をまっすぐに見た。

 潤はふっと息を漏らし、

「何故そんなことをする理由がある?」

 もうわかっているだろうに、意地悪な顔で聞いてきた。

 悠也は一瞬だけ躊躇ってから、その答えをはっきりと告げた。

「お前が名守幹恵の協力者だからだ」

 悠也は手にしたロケットを開き、その中にあった写真を見ながら続ける。

「これ、織原の写真が入ってたんだ。だから織原のじゃない。お前のだ」

 悠也がこのロケットを見つけたとき、幸姫がなくしたものとデザインが酷似していることに気が付いた。だがこれが幸姫の持ち物であるとすれば、中に彼女自身の写真が入っているのは妙だ。よって、彼女と同一デザインのロケットを持っていた人物がもう一人いたことになる。

 織原がこれと同一デザインのロケットを大事にしていたことを鑑みれば、その持ち主として一番最初に思い浮かぶのは潤だった。

「お前の持ち物がここに落ちていた。おかしいだろ。……お前が敵だったなら辻褄が合うんだ。名守幹恵がVivreをバイト先に選んだのは、彩夜に怪しまれることなくお前と会うため。彩夜のフルネームを知っていたのはお前が教えたからだ」

 名守はVivreで彩夜と相対したとき、名乗ってもいない名をフルネームで呼んだ。

 それに違和感があった。

 だから察した。名守幹恵の協力者は、彩夜を知っている人物なのではないかと。

 潤は一際大きく嘆息した。

「ほぼ正解だ。けど惜しいな。ひとつ逆だ」

「逆?」

「俺があいつの協力者なんじゃない。あいつが俺の協力者だ。すべての黒幕は、俺の方だ」

 刹那の驚愕。けれど、それはすぐ悠也の中で納得に変わった。

「……そうか。そうだよな。お前は人の命令なんて聞くやつじゃなかった」

「そうだろ。でさ、そのロケット返して貰えるか。大事なものなんだ」

「その前に一つ聞かせろ。目的はなんだ。どうしてこんなことをしている。……俺はずっと、お前はこの事件を解決するために活動してると信じてた」

「俺だって犠牲者を増やしたくはないさ。でも仕方がなかった」

「仕方がなかった……大勢の人を巻き込んだことがか?」

「そうだ」

「悠香を巻き込んだことも」

「可能性は考慮に入れていた。言い訳をするつもりはない」

「目的はなんだ」

「質問は一つだろ。もう二つ答えてる」

「……」

 悠也はポケットの跡切刀を取り出し、折りたたまれた刃を露出させた。

「殺すつもりはない。けど、これ以上思い通りにさせるつもりもない」

「おいおい、質問に答えたらロケット返してくれるんじゃなかったのかよ」

「気が変わった。今のお前にこれは渡せない」

「ちっ、なんとなくだが、お前ならそう言う気がしたぜ」

 悠也はロケットをポケットに入れた。

 潤は薄笑いを浮かべ、右手を前に出した。その掌に、虹色に揺れる光が生まれる。

「悠也、俺の契約魔族の力が何かわかるか?」

 質問の意図が掴めず、悠也は眉をひそめた。

「魔術師の中でも知識に乏しいやつは、俺の魔術を見たときこの虹色に注目する。他方、魔力を別のエネルギーに変換する際の余剰エネルギーが光として漏れているに過ぎないと見抜ける魔術師なら、不定の魔力を力学的なエネルギーに変換するプロセスにその本質を見出す」

 話す間にも、掌に生まれた虹光はその規模を増していった。さながら小さな竜巻。魔力によって狭い室内に大気の流れが生まれ、悠也の前髪を揺らす。

「だが、それだけじゃまだ足りない。魔力を別の何かに変換するのはあらゆる魔術の共通項だ。契約魔族ごとに異なる特性ってのは、その変換の法則の方に関わってくる」

「……そんなことはどうでもいい。こっちは無駄話するつもりなんてない」

「焦るなって。ゆっくり話す機会なんて、これが最後かもしれねえんだから」

 潤はその手を水平に振るった。光の竜巻がそれに合わせて横倒しに伸びる。バネのように。

「渦。それが俺の魔術の本質だ」

 やがて光の渦は収束を始めた。眩いほどの光が密集し、密度を増し、一つの形を作っていく。

「周囲を巻き込んで流れを捻じ曲げ、一点に集める。その螺旋が渦だ。ただゴーストを蹴散らす以外にも、例えば特定の対象へ向けられる人々の意識を別の一点へ誘導するなんて使い方もできる。工夫はいるが、これで案外用途は広い。戦闘はむしろイレギュラーな使い方なわけだ。――で、」

 長い語りの間に、光の渦は形を得ていた。

「これがイレギュラー中のイレギュラー。ただ破壊力のみを追求し、魔族を殺すためだけに作り上げた光の槍。その簡易版」

 それが最後の仕上げとでもいうかのように、潤は槍の名を口にする。

「〈炸裂槍・弐式・穿渦〉」

 瞬間、光は完全な形として完成した。虹色の魔力が凝縮された光の槍だ。

「ただの槍と思うなよ。こいつは極限まで密度を高めた渦そのもの。一度命中すれば最後、凝縮されたエネルギーを一気に放出し、敵を内側から破壊し尽くす。言うなれば槍型の爆弾だ」

 潤は槍を右手で握り、構えた。

「俺は止まるつもりはない。おとなしくそのペンダントを渡せ。邪魔をするなら、悠也。お前でも容赦しない」

 悠也は緊張に喉を鳴らし、けれど毅然とした口調で返す。

「断る」

「……こいつの危険性が理解できてねえってわけじゃ、ねえんだよな?」

「わかってるさ。お前が本気だってことも、お前が俺より凄いやつだってことも。だけど、今のお前は間違ったことをしていると思う。だから」

 この一年間。目の前の友人と過ごした日々の大切さを噛み締めて、悠也は告げた。

「俺がお前を止めてやる」

「そうかい」

 そのとき、おそらくは二人ともが察していた。

 互いに譲る気がない以上、もはや説得は無意味。あとは力でねじ伏せるしかないのだと。

「そんじゃやりますか。親友らしく、本気の喧嘩ってやつを!」

 潤が動いた。光の槍を構え、一切の躊躇なく悠也に迫る。

 光の槍は確かに脅威だが、悠也にも勝算がないわけではなかった。跡切刀の刃が捉えるのは、それがそこに在るという事象そのもの。爆発的なエネルギーを秘めた光の槍でも、この刃なら無力化できる、かもしれない。

 悠也はその可能性に賭けた。迫る光の槍に合わせ、下から一気に振り上げる。

 そして潤は、槍を構えた腕を頭上に逃がし、刃が槍に触れるのを回避した。

 ――いける。

 彩夜と協力していた以上、潤も跡切刀の性質は知っているはずだ。その潤が、光の槍と跡切刀の刃が接触するのを避けた。それは悠也の予想を裏付ける行動にほかならない。

 潤が姿勢を崩した今がチャンスだ。

 床を蹴る。伸ばした手に握られた跡切刀の先端が、頭上の光の槍に届く。

 寸前。

「かは……っ」

 鳩尾に重い衝撃を受け、悠也の呼吸が止まった。

「槍に気を取られ過ぎだ。無防備すぎるぜ親友!」

 膝蹴りが炸裂する。動きを止めた悠也を、潤は間髪入れずに蹴飛ばした。

 悠也の身体が嘘みたいに浮遊し、室内に積まれたごみ山に突っ込んだ。常識外れの威力だが、不思議とは思わなかった。蹴られる直前、潤の爪先に光の渦を見たからだ。

 内臓をかき混ぜられたみたいな衝撃に目の前が暗転する。跡切刀はいつのまにか悠也の手を離れていた。

 潤の手元からも光の槍が霧散した。音も立てず静かに。その使い道が消えてしまったからだろう。

 倒れ伏す悠也を見下ろし、

「悪いな、親友」

 穏やかな声でそう告げて、倒れた悠也のポケットからロケットを取り出す。

 その潤の手を、悠也が掴んだ。

「な……っ」

「……渡せないって言ったろ……今の、お前には……っ!」

 掴んだ手を勢いよく引き寄せる。完全な不意打ち。よろめいた潤の額に、悠也の頭突きが直撃した。

「――っ、この」

「まだだ!」

 互いの手元に武器はない。

 つかみ合い、取っ組み合い、倒れてもすぐ立ち上がる殴り合い。

 頭を打った。頬を殴った。それでも、互いに譲らない。

 潤の拳の先に光の渦。悠也はそれをまともに受け、けれどまた立ち上がった。

「……いい加減しつこいぜ、親友」

「お前こそ……諦めたらどうなんだ」

「はっ。ここまで来てできるかよ、そんなこと!」

 乱れた息を整える時間はその一瞬。両者はまた拳をぶつけ合う。

 ロケットは既に奪われた。だがそうすることで油断を誘い、ここまで勝負をもつれさせた。

 倒れるわけにはいかない。

 潤が魔術で衝撃を強化している分、ダメージの蓄積は悠也の方が早い。その差は圧倒的と言ってもいい。喧嘩なんてしたことのない悠也の拳はあまりに頼りなく、潤の魔術はその一撃一撃が弾丸のように重い。

 それでも、倒れるわけにはいかない。立ち上がらなければならない。

 敷根潤の友人として、それだけは譲れない。

「……まいった。お前、やっぱすげえよ。どこにそんなタフネス隠してやがった」

 息を切らしながら潤は言った。その顔には痣が。けれど口元には笑みがあった。

 対して、悠也はもう呼吸をするのも一苦労だった。

「別に……倒れられないだけだ。俺は」

 視界は朦朧としている。全身が悲鳴を上げている。立っているだけでやっとな状態。

 それでも尚、悠也は潤の前に立ち塞がる。

 潤は深く嘆息した。――どこか、諦めにも似た。

「〈炸裂槍・絶式・終局穿渦〉」

 その瞬間、悠也の全身に暴風の如き圧が叩きつけられた。

 だがそれは余波に過ぎない。

 水平に伸ばされた潤の手元に、光の渦が出現していた。ただし、さっき一度見せたものとは違う。素人の悠也でも明確に違うとわかるだけの差異がある。

 あまりにも巨大。

 太陽が眼前に現れたと錯覚するほどの眩い虹色。

 窓が割れる。

 室内のガラクタが暴れ狂う。

 絶望的な存在感を放つこの世ならざる力の塊によって、空間が悲鳴を上げている。

 終わりの名を冠す槍。

 思わず、悠也の口から感嘆の声が漏れた。

「……すごいな」

「人間一人殺すには過剰火力だ。こんな狭い場所で使うものでもない」

 それはそうだろう。これだけの規模ならビル一つくらい軽々壊せたって不思議じゃない。それくらいのことは悠也にも肌で感じられるほどの力をこの槍は内包している。

 いったいどれだけの心を支払ったのか。きっと潤の負担は小さくない。こんなものを負担なく生み出せるのが魔術師なら、この世界はとっくに滅んでいる。

 何をどう考えても過剰。

 それでも潤は使用した。

 理由はわかっている。

「最後にもう一度確認するが、ここで俺を見逃す気はないか?」

「ない」

「そうか。じゃあ、お別れだ」



 そして、虹色の渦が夜空を穿った。


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