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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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顕になる本性05


 紅野彩夜の心は穏やかだった。

 僅かに乱れた感情も今は落ち着いて、すっかり平静を取り戻している。この程度で我を忘れるようであれば、魂の侵食に抗うことなどできはしない。

 夜の住宅街を行く。

 一人。

 隣には誰もいない。

 拍子抜けするぐらいのいつも通り。番狂わせは起きない。

 それでいい。それが当たり前。

 だって、逃げたのは彩夜の方。

 悠也は馬鹿ではない。ちゃんと話せばきっと彩夜の考えを理解してくれたはず。

 でも、そうした末に、最後の最後で裏切られるのが怖かった。

 だから逃げた。その瞬間を想像したら耐えられなかったから。

 これでいい。やはり自分には一人の方が合っている。心からそう思う。

 紅野彩夜はただただいつも通りに、ただただ己の義務を果たす。

 今はとにかく織原幸姫を探ることだ。

「……違ったら、いいな」

 その言葉は無意識に口を出た。

 たった一日行動を共にしただけの相手の裏切りがこんなにも恐ろしいのだ。悠也が幸姫に裏切られたらどんな思いをするか。それを考えれば、そう願わずにはいられない。

 けれど、私情で判断を誤るわけにもいかない。

「確か、この辺り」

 昨夜悠也が幸姫を送るのを見守った記憶を頼りに、やがて織原と書かれた表札を発見した。見たところごく普通の一軒家だが、魔術師が誰も彼も潤のような家に住んでいるわけではなく、むしろあれは非常にレアなケースである。外観だけで判断はできない。

「さて、ここからどうしたものか」

 中に幸姫がいるなら話は簡単だが、そう上手くはいかないだろう。魔術師ならば家そのものが魔術師の家系であることがほとんどなので、まずは家族に探りを入れたいところ。しかし家族も彼女の味方だとすると、そう簡単にボロを出すとも思えない。

「なんて、そんなこと言ってたら始まらないか」

 思い切ってインターホンを鳴らそうとした、そのとき。


 耳障りな怒声が、目の前の家から聞こえてきた。

 ヒステリックな金切り声と、雷みたいに響く低い声。


(喧嘩……?)

 だとすれば感情に任せて何か魔術に関することを口走るかもしれない。この声量なら聞き取れる可能性は高い。

 そう考えた彩夜だったが、残念なことに他にやるべきことがあった。

「これは待ち伏せられたってことでいいのかな?」

 軽い口調で言いながら、彩夜は後方へと振り向いた。

 そこにいたのは名守幹恵。その接近を、彩夜は『魔術師の勘』によって捕捉した。

 名守は含み笑いで言う。

「さてどうでしょうか。私に『勘』が使えずとも、あなたを探す手はあります」

「それ、仲間の存在を自白したってことでいいのかな」

「好きなように捉えてくださって結構です。今度はこちらの準備も万端ですので」

 微かな月明かりを覆い隠す、巨大な影。

 彩夜は既に『魔術師の勘』によりその気配を捉えていた。

 昨夜も見た見上げるほどに巨大な姿――『蜘蛛』の連結した『蜈蚣』が二体。

「ああ大変。こんな住宅街でこの子たちを使っては、巻き添えになる人が出るかもしれません。私は別に構いませんが、あなたはそうもいかないでしょう?」


    ◇


 悠也が訪れたのは、名守幹恵が『蜘蛛』を隠していた町工場だった。だいたいの場所は彩夜に聞いていたから、あとは戦闘の痕跡を見ればどれがそうかは一目瞭然だった。

 何でもいいから手掛かりが欲しい。

 名守と協力しているもう一人の魔術師に繋がる何か。

 あるいは、その人物が幸姫ではないという証拠。

 おそらく彩夜は幸姫を探っている。だが手掛かりもなく彼女を見つけるのがまず難しいし、探ったところで何の情報も出ないだろう。間違いなく徒労に終わる。

 何故なら、幸姫は魔術師じゃない。

 この一年、彼女と接してきた悠也だからわかる。

 確かに悠也は潤の正体を知らなかった。幸姫のことも、知っているなんて言えない。

 けれど、彼女が人を傷つける人間でないことはわかる。

 それは潤についても同じだった。彼は魔術師だったが、悠也を助けてくれた。幸姫のことを本気で案じていた。それは紛れもなく悠也の知っている敷根潤だ。

 知らないことは多くても、知っていることはある。

 あとはそれを明確な根拠と共に示せばいい。

 そうすれば彩夜に無駄な調査をさせずに済む。その程度で信頼を取り戻せるとは思わないが、役に立つことはできる。今はそれでいい。それくらいしかできないのだから、そうするしかない。

「……しかし、暗いな」

 暗がりを照らすのはスマホのライトだけだ。

 ほとんど物のない一階の探索を終え、二階の一室に足を踏み入れる。いくつものごみ袋やガラクタが溜め込まれた部屋。名守がここを利用していたのは間違いないだろう。そしてその協力者の正体に繋がる何かがあってもおかしくない。

(名守さんはここに潜伏していた……いや、本当にそうか?)

 本当に自分の存在を隠したいのなら何故カフェでバイトなんてしていたのだろう。そんなことはせずここへ引きこもっていれば彩夜と鉢合わせることもなかった。ここは認識阻害の魔術によって隠されていたし、一階の穴から地下の下水道を通して『蜘蛛』を送り出すことも容易い。隠れたままでもできることはいくらでもある。だが名守はそうしなかった。

 つまり名守にはカフェ・Vivreに通う理由があった。

 しかしそうなると尚わからない。この場所は人々の認識から外したというのにカフェ・Vivreはそのままだった。同じように人々の認識を歪めてしまえばよかったのにそうはしなかった。それは数時間前に悠也と彩夜がカフェに行っていることからも明らかだ。その理由はまだわからないが、少なくとも確実なことが一つある。

 名守には、カフェ・Vivreに通う理由と、この場所に通う理由がそれぞれあった。

 それも、ただ潜伏する以外の理由が。

(……そういえば、彩夜が妙な人形を壊したと言ってたな)

 そしてその少し後、名守は報復と称して悠香を襲った。

 だとすればここはその人形を隠すための場所だったのではないか。人形は名守にとって何か大切な意味のあるもので、だからそれを守るために『蜘蛛』を数多く配置していて、それ故彩夜との戦闘の場所として選んだ。辻褄は合っている……ように思う。

 ライトを使って室内を見回すと、幾層にも積まれたごみとガラクタの山の下に無機質な指のようなものが見えた。人形の一部かもしれない。

「徒労は嫌だ、なんて言ってられないしな」

 そうして注意深く室内を調べ始めて、すぐのことだった。

「……これ」

 部屋の隅に、あってはならないものが落ちていた。

 見間違いかと思いながら拾い上げ、外観を慎重に観察する。そのデザインは悠也の記憶の中にある写真と同じ。実物を見るのは初めてなので絶対とは言えないが、偶然と片づけるのが難しい程度には酷似していた。

 全身から嫌な汗が噴き出す。

 そんなはずはない。

 思わず現実を否定しようとして、すぐに思い直した。それではさっきと同じだ。

 事実は簡単に確かめられる。

 中を見ればいい。きっとそこには、持ち主を明確に示す写真が入っているはずだ。

 あれだけ大事そうに探していたのだから、何か大切な写真が入っているはずだ。

 そんなはずはないけれど、もしそうならそうならなければおかしいはずだ。

 そうして。

 そのとき。

 唐突に。

「よう。何してんだ、親友」

 背後から、そんな声がかけられた。



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