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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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顕になる本性04


 悠也が病院からロータリーに出ると外はすっかり暗くなっていた。待っていたらしい彩夜が心配そうな顔で駆け寄ってきて「どうだった?」と聞いてくる。

「お前の方が詳しいだろう。今更確認するまでもない」

 嫌な言い方だ。でも、胸の内の苛立ちを抑えきれなかった。

 黒宮悠香はゴーストに心を吸い尽くされた。肉体は無事なのに目覚めないのはそのせいだ。場合によっては魂が有する心の生成機能が壊れているかもしれず、そうなればもう永遠に目覚めることはない。昨日の夜、悠也が救えなかった少女と同じように。

 迂闊だった。

 名守は意趣返しと言っていた。悠香は悠也の妹だからという理由で襲われたのだ。

 気に病む悠也を励ますように、どこかぎこちなく彩夜は言う。

「肉体と同じで、魂にもある程度の自然治癒力は備わってるの。損傷の程度にもよるから保障はできないけど……でも、諦めちゃ駄目」

 嘘ではないのだろう。

 彩夜の疑似魔族化の説明を聞いたときから気にはなっていたのだ。魔族に侵食され崩壊の進んだ彩夜の魂が、休息によって元に戻る理由。魂が自然治癒力を有しているならそれに説明がつく。だがそれも結局は程度の問題。肉体と同じというのなら致命傷までは治らない。

「どのくらい期待できる?」

「……わからない。私みたいなのは特例としても、個人差は大きいから」

 つまり、普通の人間は彩夜ほど魂の治癒力に優れていないわけだ。

 これも予想通り。もしも皆が彩夜のように魂の治癒力に優れているなら昏睡状態の人は今よりずっと少なかったはずだ。現実はそうでないのだから悠香だけを特別に考えるべきではない。状況は楽観的な希望を抱けるほど甘くない。

 思わず、悠也の口元に自嘲の笑みが浮かんだ。

 こんなときばかり物分りの良い自分が嫌になる。後ろ向きな思考は得意だ。世界は期待を持って生きるには残酷過ぎるから、気を抜けばいつも嫌な想像ばかりしてしまう。

 そんな悠也の思考を察したのか、彩夜は俯きがちに言った。

「ごめん。諦めちゃ駄目とか、無責任なこと言った」

「……そうでもないさ」

 悠也は言う。

「確かに期待なんてしない方がいい。世の中は理不尽なことばかりで、きっと裏切られてしまうから。頑張ったって徒労になるし、信じたって傷つくだけだ。初めから諦めてしまった方が楽に決まってる。……だけど、苦しいんだそれは」

 いつか潤が言っていた。

 いつも幸姫が行動で示してくれた。

「諦めないさ。明るい未来があるって信じるのも、そう悪くない」

 潤のようになんだって楽しい方がいいとは言えないけれど。

 幸姫のようにすべてに全力とはいかないけれど。

 でも、家族の明るい未来を願うくらいはしてもいい。そう思う。

 自分らしくない言葉を言ったからか急に身体が熱くなって、悠也は話題を変える。

「そっちはどうだった。行ってきたんだろ、潤の家」

 彩夜は悠也が病院にいる間に潤の家に行くことになっていた。依然として連絡の取れないままの潤の安否を確認するためだ。

「もぬけの殻だった。でも特に争った形跡もなくて……」

 と、そこで病院に出入りする人がいて二人は脇に移動する。人に聞かれていい話でもないのでそのまま駐車場端の暗がりまで移動してから彩夜は続ける。

「だから、少なくともあの家の中で敵に襲われたって線は薄いと思う」

 潤の魔術は悠也も見ている。あの光の渦を使って応戦したなら、室内は散らかっているはずだ。彩夜の推測は妥当に思える。

「だが姿が見えないのも事実だ。無事という保障はない。あいつは『魔術師の勘』が使えないから『蜘蛛』の奇襲にも対応できないし」

「でも少なくともこの三週間、潤が『蜘蛛』にやられることはなかった。『蜈蚣』相手ならわからないけど、広範囲を遠距離から攻撃できる潤なら私より有利に立ち回れるはず。〈煉霊の魔術師〉にやられたとは考えにくい」

「それなら何があった。あいつに何かあったのは間違いないだろ」

 嫌な光景が脳裏に浮かぶ。

 悠也の目の前で心を吸い尽くされた名も知らぬ少女。電話で悠也に助けを求めた悠香。そしてそれ以外の数多くの被害者たち。その中に加わる親友。

「私なりに色々考えてはみた。それで一応、それらしい推測もしてみたんだけど……」

 そう口にする彩夜は悠也と目を合わせようとせず、何故か続きを言わずに黙り込む。

「どうした。話せよ、お前の推測」

「……でも」

「間違っていたって構わない。俺たちは今できることをしないといけない。これ以上こんな理不尽は看過できない。そうだろ」

「……うん。そう、だよね」

 彩夜は気持ちを整理するように軽く目を瞑った。

 そして目を開けた彩夜は、はっきりとした口調で語り始めた。

「悠也の言う通り、潤の身に何かがあったのは明白。そしてそれは、待ち合わせの連絡をしてきた夕方以降に限られる。ただ奇妙なのは、その失踪に〈煉霊の魔術師〉が関与していないらしいこと」

「なんでそうなる。『蜘蛛』にやられるとは思えないってのはわかるが、敵なんだろ」

「彼女、潤の居場所を聞いたら『むしろ教えて貰いたいくらいだ』って言ったの」

「……信用できるのか、その発言」

「誤魔化すならあんな言い方しないと思う。だから、潤がいなくなった原因はもう一人の方っていうのが私の考えの前提になる」

「……認識阻害の魔術を使うやつか」

〈煉霊の魔術師〉には協力者がいる。その話は既に聞いていた。

 彩夜は頷いてから「ただ……」と続ける。

「このもう一人の魔術のレベルは、決して高くない。認識阻害は厄介だけど、ちょっと意識するだけで簡単に破れる程度だもの。もっと強い魔術が使えるならとっくに使っているだろうし、潤がそいつの魔術のせいでやられたっていうのもちょっと考えにくい」

「なんだそれ。今お前、そいつに潤がやられたって言ったよな?」

「やられたとは言ってない。それに、それが魔術によるものとも限らない」

「……まさか、単純に身体能力の高いやつが武器か何かで潤を襲ったってことか。ありえないとは言わないが……いや、否定したいわけじゃないんだが、でも」

「悠也の言いたいことはわかるよ。潤の魔術はあの『蜘蛛』だって易々と破壊できるし、発動までのラグがゼロに近いものもある。魔術師でもなきゃ相手にならない。だけど、潤が戦わなかったとしたらどう?」

「……どういうことだ?」

「少し話を戻すけど……名守幹恵は潤の失踪を認知していなかったって話。これって変なの。だって名守の仲間が潤を倒したなら、普通報告すると思わない?」

 あ。

 確かにその通りだ。仲間同士ならそんな重要な情報を共有しないはずがない。

「いや待て。名守さんの仲間でもなければ潤をどうにかする理由がないぞ」

「その通り。つまりその人物は名守幹恵の仲間でありながら、彼女とはまったく無関係の理由で、彼女に黙ったまま潤に接触した。たぶん、個人的な思い入れで」

「どうしてそんなことをする必要がある。目的はなんだ」

「そこまではわからない。けど、それをした人物なら絞り込める。潤と個人的な繋がりがある可能性が高いもの」

「……え」

 じわ、と嫌な汗が噴き出し、悠也の心臓が一際大きく鼓動した。

 嫌な予感がする。彩夜がこれから、とんでもないことを言い出しそうな予感が。

「まず疑ったのはあの店長。潤とは古い付き合いらしいし、名守幹恵との繋がりもある」

「……店長は違うだろ。もしそうなら俺は今頃殺されてる」

 カフェ・Vivreで彩夜と名守が接触し店を出た後、悠也と熊井は店に二人だけになった。その後悠也が幸姫を探して店を出るまで、殺す機会はあったはずだ。

「うん、店長は違う。そして潤に家族はいない。となると、残る繋がりは……」

「学校……か?」

 恐る恐る尋ねると、彩夜は首肯した。

「そこで悠也に頼みたいんだけど、潤と個人的な繋がりがある人を何人か当たってみてほしいの。怪しいのは、今日学校を欠席した人物」

「……なんで。……いや、学校のやつだって推測は受け入れてもいいんだ。打倒だと思う。けど、今日休んだとは限らないだろ。潤は夕方まで無事だったんだ。学校が終わってからでも間に合う時間じゃないか」

「それはもちろんそうだけど、もしこの状況で休んだ人がいたら怪しいのは確かで……」

 言いかけ、悠也の表情から何かを読み取ったのか、彩夜は険しい表情をした。

「……心当たりがあるの?」

「…………」

「……昨日神社にいた、あの子?」

「っ……」

 織原幸姫。

 月乃は言っていた。今日は幸姫も登校していないと。

 そんなはずはない。

 そう思っているのに、言葉が出ない。

「もしそうなら、昨日の私の『勘』が一瞬だけ捉えた魔力にも説明がつく。あれだけの大規模戦闘だもの。周辺住民に気づかれないよう認識阻害の魔術の使い手が近くにいたって可能性は充分に」

「やめろ」

 彩夜の言葉を強引に遮り悠也は言う。

「やめろ。織原は違う。あいつは優しくて、潤のことが好きで……だから織原が潤をどうにかするなんてありえない。あるはずがないんだ」

「……でも、危害を加えたとは限らないでしょ。好きだからこそ、特別に巻き込まないようにしたとも考えられる。あくまでも可能性の話だけど……最悪、彼女に誘われた潤が裏切ってるってことも」

「可能性?」

 悠也は薄笑いを浮かべて続ける。

「そんなこと言ったらなんでもありじゃないか。魔術なんてものが存在する時点で、理屈も何もあったものじゃない」

「それは……」

「お前の話は全部想像だ。名守さんが嘘をついていないなんて根拠はない。もう一人の魔術師の力じゃ潤を倒せないっていうのも主観の塊。あいつだって油断くらいするさ。それに、まだ敵に倒されたかどうかもわからない。何もわかっていない。根拠なんてない。だいたい織原がこんなことするはずがないんだ。絶対、そうじゃなきゃ駄目だ」

 滅茶苦茶なことを言っている自覚はあった。

 だというのに、彩夜は反論してこなかった。

「悠也がそこまで言うなら、そうなのかもね」

 浮かべたのは哀しそうな微笑。

「確かに根拠なんてない。私も、そうじゃなかったらいいと思ってる。けどね、それが絶対にありえないとも私には思えない」

「……」

 反論の言葉はなかった。

 幸姫が疑わしいというのは、目を背けていただけで、悠也自身感じていたことだから。

 だけど、それでも、あるはずがないと思ってしまう。それは変えられない。だって彼女は織原幸姫なのだ。それだけで悠也が信じるに充分で、疑うなんて考えられない。

「これ、持ってて」

 彩夜はふいに跡切刀を悠也に手渡し、穏やかな声で言った。

「ここから先は、別行動ね」

「……え?」

 唐突な申し出に悠也は唖然とする。

「わかってる。無責任だよね。悠也を守ってあげないといけないのに。でも、もしも潤や織原さんが敵に回っていたら、きっと悠也もその味方をすると思うから」

「……それ、は」

 絶対にない、とは言い切れなかった。

 そもそもあの二人が敵だなんてあるはずがない。そんなの想像もできない。それが悠也の全てだった。

「だけど、俺は」

「ごめん。今のままじゃ、私が悠也を信用できないの。悠也だってそうでしょ?」

「……そんなこと。違うんだ。でも、織原は……だって、そんなはずなくて」

 何を言っているのか自分でもわからなかった。

 彩夜はそんな悠也を何かを諦めたような表情で、けれど微笑を浮かべて見ていた。

 しかしそれもおしまい。

 彩夜は悠也に背を向けて告げた。

「それじゃ、私行くね」

「……あ」

 背中に伸ばそうとした手は、虚空を掴むだけで終わった。

 引き留めることはできなかった。そのための言葉を持たなかった。

 彩夜は振り返ることなく、夜の闇の中に消えていった。


 一人残された悠也はしばらくの間呆然と立ち尽くした。

 やがて徐々に体が震え出す。そして悠也は、自分の手にある跡切刀を見てはっとした。

 ――何故、置いていった?

 頭の中が透き通っていく感じがした。

 彩夜は自分の推理を話すのを躊躇っていた。それはきっと、悠也が否定するとわかっていたから。わかっていながらそれでも話したのは、悠也が話せと言ったから。

 彩夜は信じたのだ。悠也が彩夜を否定しないと。

 悠也が動揺することなど承知の上で、それでも大丈夫だと信じてくれた。

 それを裏切った。

 信じる気持ちを、論理の欠片もない物言いで台無しにしてしまった。

 それは、悠也が何よりも嫌う理不尽ではなかったか。

 彩夜は跡切刀を置いていった。こんな身勝手な悠也が自分の身を守れるようにと、大切な武器を置いていった。これがなければ戦闘は負担の大きい疑似魔族化に頼るしかなくなるというのに、それでも彩夜は悠也の身の安全を考えてくれた。

 悠也は思わず拳を強く握り、傍らにあった病院の壁を思い切り叩いた。

「……ふざけるな。こんな……こんなんで、いいわけないだろ……!」

 行動開始までは迅速だった。

 自分を責める時間すら惜しい。最低な自分に酔っている暇などない。

 今から彩夜を追いかけたところで、信頼を取り戻せるとは思わないけれど。

 それでもまだ、できることは残っている。




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