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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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顕になる本性02


「くそ、どうして繋がらない……っ」

 悪態を吐いたのはカフェ・Vivreに残って潤に電話をかけていた悠也だ。


 名守幹恵が『蜘蛛』を操る魔術師と判明したことを一刻も早く伝えなければならないのだが、電話は繋がらないしSNSにも反応はない。状況が状況だけに潤の遅刻に慣れている悠也も気持ちが逸る。


 まさか、本当に何かあったのだろうか。


 連絡がつかないのでは安否を確かめる方法もない。もしかしたら何か知っているかもとダメ元で幸姫に連絡を試みたがこちらも繋がらない。もう学校は終わっているはずなのだが……と、そこで悠也は凛堂月乃のことを思い出す。月乃は幸姫の友人だ。もしかしたら昨日のように学校帰りで一緒にいるかもしれない。


 月乃への電話はすぐに繋がった。

 そして返ってきたのは予想外の言葉だった。


『今日は敷根くんも幸姫も来ていませんでしたよ。欠席でした』

「え、織原も休んだのか?」

『そうですけど……一緒じゃないんですか? てっきり黒宮くんも一緒だとばかり』

「俺は知らない。というかどうなってるんだ、織原が学校を休むなんて」


 そこまで言って、理由に心当たりがあると気づく。

 昨夜、幸姫は探し物をしていた。大切なロケットペンダントを失くしてしまったと言って夜遅くまで外をうろついていたのだ。もしかしたらまだ見つからなくて探しているのかもしれない。


 いや、探しているのならいい。

 本当に怖いのはそうでなかった場合。

 このふざけた魔術師の陰謀劇に、幸姫まで巻き込まれてしまったのだとしたら――


「凛堂、昨日お前は織原と学校を出たあと、まっすぐにVivreまで行った。そうだよな?」

『ええ、そうですけど……』

「わかった。ありがとう」

『はい? あのちょっとどういう』


 電話を切った。悠長に話している余裕はなかった。

 幸姫がペンダントを探しているとして、学校に行かなかったのなら、失くしたのは学校ではないと考え行動したということになる。つまりペンダントは学校を出るときまで持っていた。少なくとも幸姫はそう考えた。そして昨夜の口ぶりからして、失くしたことに気づいたのはカフェ・Vivre。つまり幸姫がペンダントを捜索するとしたら学校からVivreまでの間を捜索していることになる。見つけるのはそう難しくない。


「すみません店長、すぐ戻ります!」

「えっ、あ、おい悠也!?」

 幸姫の無事を確かめたい。その一心で悠也は店を飛び出した。


    ◇


 飛来する無数の鉄杭を跡切刀で弾き、次いで鎖を切断する。

 その時にはもう別の鉄杭が迫っていて、それを後方に跳躍して回避する。

 けれどそこには別の『蜘蛛』がいて、巨体で突進を仕掛けてくる。


(キリがない……っ!)


 彩夜の呼吸は既に乱れ始めていた。

 無理もない。こうも矢継ぎ早に攻められては体力を消耗する一方だ。いくら撃破しても『蜘蛛』は次々に沸いてくる。まだ余裕はあるが、このままではまずいかもしれない。敵はまだ昨夜見せた『蜘蛛』同士の連結もしていないのだ。

 余裕のあるうちに戦況をこちらへ傾けたい。

 根競べに負けるようで癪だが、相手のやり方に合わせる必要はない。

 そう考えたちょうどそのとき、『蜘蛛』による攻撃に間隙が生じた。


 決断は迅速だった。

 クセの付いたブラウンの長髪から色素が抜けていく。双眸が紅の光を灯す。


 疑似魔族化。彩夜の有する唯一にして最大の戦闘手段。


「っ、その姿は」

 名守が彩夜の変化に気づく。

 だが遅い。

 魔族による侵食の進行は、彩夜の身体能力を飛躍的に向上させる。

 地を蹴った瞬間には、その肉体はもう名守のすぐ目の前にある。


 強烈な掌底が顔面に入った。

 名守の肉体が回転しながら吹っ飛び、倉庫のシャッターを凹ませる。


 体勢を立て直そうとする名守。しかし、

「…………っ!?」

 その時には既に、すぐ眼前にまた彩夜が迫っていた。

 追撃の手が緩むことはない。一分の隙も見逃されはしない。

 魔族化とともに余計な感情は削ぎ落され、彩夜はただ敵を打ちのめすだけの怪物になり果てる。徐々に心が失われていく中、そのためだけに思考を絞ることでようやく、かろうじて自分を維持できる。


 必然性から生まれる冷酷無比な暴力装置。それが疑似魔族化状態の紅野彩夜だ。


 もっとも、この状態も長くは持たない。魔族による魂の侵食をあえて受け入れているのだ。やがて魂は負荷に耐え切れず崩壊し、彩夜は完全に自我を失う。だからそれまでに決着をつけなければならない。


 そう。決着さえつけばいい。

 例え操る『蜘蛛』が無尽蔵だったとしても、魔術師本人を倒してしまえば関係ない。


「おしまい」

 彩夜の声に感情はなかった。

 真正面から名守へと拳を突き出す。


 ――瞬間。名守の背のシャッターが、内側から破裂した。


 飛び出したのは鎖の繋がれた複数の鉄杭。

 彩夜は瞬時に後方へ飛び退き回避したが、一本の鉄杭が右肩を掠め血が舞った。


 痛みに顔をしかめつつ着地。

 ほとんど感情の消えた頭の中で状況を分析する。

 今のはやられた。シャッターの中のゴーストの気配にギリギリまで気付けなかった。というより、何故かそこにあったゴーストの気配が意識から抜けていた。

 無意識のうちに油断していたのだろうか。

 失態だ。魔族化による奇襲は不意を突いたから成功したのであって、また同じようにいくとは限らない。今のは確実に決めなければならない場面だったのに。


「………痛み分け、といきましょうか」

 名守は咳き込みながら言い、体を起こした。

「あなたは千載一遇のチャンスを逃した。私は酷い手傷を負った。このまま戦い続けてもお互いにとって不利益。そうは思いませんか?」


 一考の余地はあった。

 今この瞬間も彩夜の心は刻々と食い荒らされ、魂は悲鳴を上げている。このまま戦闘を続けて魂が完全に崩壊する前に名守を倒せる保障はない。

 だが、千載一遇のチャンスというのなら、黒幕たる〈煉霊の魔術師〉と相対しているこの状況こそがそうなのではないか。ここで逃がせば被害はさらに拡大する。


 判断を迷った、そのとき。

 この場の大量の『蜘蛛』たちが一斉に、風船のように膨張した。


 名守の口元が三日月の形に歪む。

 しまった。そう思ったときにはもう遅い。『蜘蛛』たちが破裂し、破片とともに飛び出した無数のゴーストが乱舞する。


 彩夜は跡切刀を上空に放って頭上のゴーストを処理。さらに素手で水を掻きわけるように周囲のゴーストを引き裂いた。疑似魔族化した彩夜にとって、心の塊であるゴーストは魂を侵食する契約魔族の餌にすぎない。触れれば消滅するのはゴーストの方。

 きっと、名守もそれはわかっていた。

 これはただの時間稼ぎ。全てのゴーストを処理し終えた頃には、名守の姿は消えていた。


 念のため周囲の魔力を『魔術師の勘』で探ってみるが、やはり気配は感じられない。どういう手段を使ったのかは知らないが、この一瞬で完全に逃げられてしまったらしい。


 こうなってしまったら仕方がない。

 彩夜はゆっくりと息を吐き、精神を研ぎ澄ませる。するとほんの十数秒で長髪は元の色みを取り戻し、瞳からは紅の光が消えていった。


「――――――。……よし、なんとか大丈夫そう」


 彩夜の疑似魔族化には、侵食の進行度によって若干の差異がある。侵食が進行するほど身体能力も向上するが、同時に感情と自我が希薄になる。一定以上まで進んでしまえば昨夜のように一度死んでリセットする必要がある。反対に、今回のように進行度が低いうちは意思の制御で解除が可能だ。

 もっとも、これは彩夜だからこそできることだ。度重なる侵食と死亡によるリセットを繰り返した影響から、侵食に対する魂の耐久性が普通の人と比べて高いらしい。普通の魂は侵食開始から数分と持たずに崩壊するし、一度死んでリセットするなどできるはずもない。


 ともあれ危機は脱した。

 彩夜はすぐに周辺の探索を開始した。名守がこの辺りをアジトにしていたのは間違いない。逃げるのに精一杯だったとすれば、何かしら手掛かりが残っているかもしれない。


「怪しいのは『蜘蛛』が出てきたここ……だよね」

 ぶち抜かれたシャッターから工場内へ脚を踏み入れる。

 一階にはだだっ広いだけの空間が広がっていた。ついさっきまで『蜘蛛』が大量に収容されていたはずだが、既にその痕跡はない。

 妙なくらい何もない空間をぐるりと見回すと、階段の先のドアが目に付いた。

 隅に砂埃の溜まった階段を上る。

 ドアノブに手をかけ、きぃ、と金属が擦れる音と共に部屋の中へ。


 奥行のある細長い部屋だ。そして生活感に溢れている。溢れすぎてもはやごみ屋敷と呼ぶべき惨状。足の踏み場もない有様だが、これは先の戦闘の衝撃でガラクタの山が崩れてしまったせいかもしれない。


 テーブルに放置されたコンビニ袋にレシートが残っていた。

「日付は昨日。おにぎりの梅と鯖、鮭に昆布にお茶が二本。時刻は十七時三十分……ま、そんな気はしてたけどね」

 随分あっさりと有力な情報が見つかった。

 敵は二人。〈煉霊の魔術師〉名守幹恵以外にもう一人いる可能性が高い。

 おそらくそれが一連の事件から人々の意識を逸らしていた魔術師だろう。


「……ん、あれって」

 崩れたガラクタの山の下に気になるものを見つけた。

「とうっ、ふん、よいしょ」

 素手で触るのはなんとなく気が引けたので、サンダルの先でつついてガラクタをどけた。


 下から出てきたそれは人の形をしていた。ただし生身の身体ではない。あくまでも人を模した人形という表現が正しく、球体関節のついたマネキンのようだった。


「この関節……」

 見覚えがある。『蜘蛛』に使用されている球体関節と酷似しているのだ。間違いなく名守の持ち物だろう。

 特に動き出す様子はなかったが、一応壊しておくことにした。全力で踏みつける。何度も、何度も、全ての関節を砕く勢いで。竹の割れるような音がゴミだらけの部屋に響くこと数十秒、彩夜は一仕事終えたという風に額を拭った。


「ま、こんなもんでしょ。跡切刀は濫用しちゃまずいしね」


 実は、跡切刀はその性質を由来とする使いづらさも抱えている。跡切刀で処理したものの痕跡はこの世界から失われる。下手に使いすぎると、あとで機関が事件の考証をすることになった場合に面倒なことになりかねないのだ。使わずに済むならその方がいいのである。


「さて、そろそろ戻りますか」

 日はほとんど沈んでしまって、窓の外は暗い。この工場は電気が通っていないらしく、この狭く暗い部屋をこれ以上調べるのはしんどそうだ。


 残してきた悠也は大丈夫だろうか。

 そんなことを思いながら部屋を出た彩夜の視界に、あるものが映った。


「あれは……っ、やられた」

 工場の入口近く。シャッターのすぐ横あたりに、地下へと続く大きな穴が空いていた。あの『蜘蛛』の巨体がちょうど通り抜けられそうな大きさだ。


 つまり、名守が逃げたのは地下。下水道。

 すぐに気づいていれば追いつけたかもしれないのに、彩夜は気付けなかった。工場に入ってすぐ真横に穴はあったのに、何故かそちらへ意識が向かなかった。


 否、向かないようにされていた。

 何故か、ではない。こんな偶然がこうも続けて起きるはずがない。


 敵が魔術による認識阻害を行うのはわかっている。つまり今回のもそれだ。

 特定の対象を人の認識から外す魔術。それが敵の使用する認識阻害の正体。少し視点が変わっただけで気づける程度の稚拙なレベルであるとはいえ、先ほどの不意打ちや逃げる時間を稼ぐ用途には充分役立つ。


〈煉霊の魔術師〉にばかり気を取られていたが、それだけではいけなかったのだ。

 未だ姿を見せないもう一人の魔術師がいる。その魔術の質はいずれも低く、その性質からして戦闘能力も高くはなさそうだが、使いどころに無駄がない。

 今になって思えば、この町工場も同じ方法で隠されていたのかもしれない。彩夜たちは川の流域にばかり気を取られて、遠く離れた場所から下水道へ繋がる穴を作ってあるなんて思いもしなかった。


 こんなものは少し考えればわかりそうなことだ。

 だが気づけなかった。

 気づけないように魔術によって細工されていた。


 彩夜は気を引き締める。

 一連の事件の裏にいる魔術師は、こちらの想定を遥かに凌駕する難敵かもしれない。



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