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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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顕になる本性01

 

 半日近くの魔術師捜索は見事なまでに何一つの成果も残さぬ徒労に終わり、日も傾き始めた頃。悠也と彩夜は別行動中の潤と合流すべくカフェ・Vivreを訪れていた。


「遅いね、潤。待ち合わせ場所は向こうが指定してきたのに」


 なんて言いながら彩夜はメニューを手に取りテーブルに広げる。既にチョコレートケーキを食べ終えたところのはずなのだが、追加の注文をするつもりらしい。


「あいつが遅れるのはいつものことだ。気長に待てばいい」

「んー、そんなもんかなぁ。あ、これ美味しそう」

「呑気だな」

「気持ちだけ焦っても仕方ないから。無駄でしょそういうの」


 彩夜は淡白に言ってそれとは正反対の弾んだ声音で注文を追加する。いつも通り客のいない店なので、強面店長の熊井彰隆が注文を取りにやってくるのも注文したスイーツタルトが運ばれてくるのもあっという間。

 目をきらきらさせた彩夜がタルトを食べようとしたところで、ふいに熊井が言った。


「にしても悠也、今日は見ねえ顔と一緒だな。ガールフレンドか?」

「そうなの?」

 何故か彩夜まで聞いてきた。悠也をからかう気満々のとぼけ顔が癇に障る。

「違いますよ。いろいろありまして」

「いろいろ、ねえ……」

 熊井は彩夜へ訝るような視線を向けた。

「……まあいい、詮索はしない。ただし妙なことには手出すんじゃねえぞ」

 そう言い残して店の奥に戻っていく店長も、まさか悠也が魔術に関わっているとは思うまい。あるいは店長も魔術師なんて事態もあり得るかもしれないが、だとすれば彩夜の『魔術師の勘』が魔力の気配を捉えているはずで、しかし気配を隠せる魔術師もいないわけではないらしいのでそれだけを根拠に魔術師でないとは断定できない。


(……疑心暗鬼になり過ぎてるな)


 悠也が小さく息を吐くと、ちょうど来客を知らせるベルが鳴った。客の少ない店なので潤の到着だと思って入り口に目を向ける悠也だが、そこにいたのは潤ではない。


「すみません店長、少し遅れました」

 名守幹恵。長く艶やかな黒髪が印象的な女性である。


「……なんだ名守さんか」

「あの人知ってるの?」

 いつの間にかタルトを食べ終えていた彩夜が聞いてきた。

「少し前に入ったバイトの人だよ。何度か話したことがある」

「ふうん。なるほどね」


 次の瞬間、彩夜は勢いよく飛び出した。テーブルの上のフォークを片手に目にも止まらぬ速さで店内を駆け名守に肉薄するとその眼前にフォークの先を突き付けた。


 驚愕に両目を見開く名守。

 対する彩夜はにやりと笑った。


「やっと見つけた。こんなところで会えるなんてね」


「…………」

 名守は無表情で彩夜を見返した。


 悠也は固唾を呑んで二人を見守る。彩夜の言動の意味を理解できたのは昨夜一度同じような光景を見てたのが大きい。『魔術師の勘』を使える彩夜が、幸姫から魔力を感じ取ってナイフを向けたその瞬間を。


 だから要するに、名森幹恵は魔術師なのだ。


 にわかに信じられる話ではない。悠也も名守とは面識がある。穏やかで上品で優しい女性だ。大勢の人を危険に晒す非道な魔術師と彼女が同一人物だとは思いたくない。

 だが彩夜は既に名守を魔術師と確信し宣戦布告とも取れる言葉を発している。


「おいおい何やってんだアンタ」

 当然のように声を荒げたのは店長の熊井だ。慌てた様子で二人の傍にやって来たのは事情を知らない彼にとっては当然の行動だったのだろう。

 そんな熊井に名守は穏やかな声音で告げた。

「すみません店長、来たばかりですけど少し休憩を貰ってもいいでしょうか。この子、私に用があるみたいなので」

「構わねえが……大丈夫なのか?」

「ええ。昨夜のようにはいきませんから」


 悠也は息を呑んだ。

 今のは自白と同じだ。それどころか明らかに喧嘩を売ってきている。あるいは売られた喧嘩を買ったと言った方が正しいだろうか。


「昨夜?」と不審そうにする店長を無視して名守が言う。

「場所を変えましょうか。これ以上お店に迷惑はかけられませんし」

 と、そこでふいに視線が悠也へ向く。

「黒宮くんはどうしますか?」

「悠也はここにいて。わかるでしょ?」

 彩夜の言葉に悠也は首肯で返す。行っても足手まといになるだけだし、待ち合わせ中の潤もいつ来るかわからない。わざわざついていく理由がない。


「気を付けろよ」

「悠也もね。油断しちゃ駄目だよ」

 そう言い残し、彩夜は名守と共に店を後にした。


    ◇


 名守が脚を止めたのは、ひっきりなしに車が行き来する大通りのバス停だった。

 不審に思い彩夜は尋ねる。


「どこまで行く気?」

「人のいる場所では困るでしょう、お互い。少し遠くへ行きます」


 明らかに罠だ。自分の戦いやすい場所へと彩夜を誘導しようとしている。

 それがわかっていても、彩夜にはどうすることもできない。


「嫌ならこの場で初めても構いませんよ。目撃者を全員消せばいいだけですから。少々骨が折れるので、できればやめておきたいですが」


 そう。名守は被害者が出ようと関係ないのだ。問題を大きくしたくないのは同じとはいえ、無関係の人を巻き込めるか巻き込めないかの差は決定的。主導権は明らかに名守にある。

 とはいえ戦闘能力では負けていない。

 先ほどの「昨夜」発言からして、名守はあの『蜘蛛』を操っていた魔術師だ。

 昨夜の戦闘を思い返せば彩夜が負ける道理はない。あのとき悠也に預けていた跡切刀も今は彩夜が持っている。多少不利な状況を作られたところで敗北はない。


 そのままバスに乗って移動。

 数分後にバスを降りて到着したのはとある町工場だった。錆び付いたシャッター。道路に面した看板はすっかり色褪せており、人の気配は感じられない。おそらく今は使われていないのだろう。


「ここでどうです?」

「いいんじゃない。始めよーよ、〈煉霊の魔術師〉さん」

「鎌をかけているつもりですか? 素直に質問してくださって構いませんよ。これだけ動いている時点で隠すつもりはありません」

「それじゃあお言葉に甘えてもう一つ。連絡がつかない仲間がいるんだけど、どこにいるか知らない?」

「敷根潤のことなら、むしろこちらが教えていただきたいくらいなのですが。ほとんど姿を現さなくて……気味が悪い」


 彩夜は眉間に皺を寄せた。

 今の名守の反応、とぼけているようには見えなかった。潤のことを警戒していなければ出ない言葉だ。だがそうすると潤が待ち合わせ場所に現れないのは名守とは無関係ということになる。

 やはり悠也の言う通り時間にルーズなだけだろうか。


(でも……)


 彩夜にはどうも引っかかった。何しろ彩夜の知る魔術師敷根潤が時間にルーズだったことなど一度もないのだ。潤との付き合いは彩夜より悠也の方が長いので偶然という可能性もないではないが、違和感は拭えない。

 仮に魔術師によって潤が身動き取れなくなっているとしよう。だがだとしてもその魔術師は名守ではない。名守は潤の動向を把握していない。あくまで仮定だが、その場合、


(まさか……敵の魔術師はもう一人いる?)


 思考にふけっていた彩夜は背後から聞こえた鎖の音にハッとした。

 飛来する鉄杭を紙一重で回避し、伸びた鎖を跡切刀で切断する。

 そのタイミングを見計らったように、今度は上空――建物の上から『蜘蛛』の巨体が迫る。

 だが彩夜には通じない。既にその気配は『魔術師の勘』によって捉えていた。

 跡切刀を突き上げ、撃破。


「せっかくあなたの誘いに乗ってここまで来たのに、この程度?」

「まさか。そうでないのは気づいているでしょう?」

「……ま、数だけは多いみたいだね」


 察知できるだけで二十以上。それほどの数の人工の『蜘蛛』の気配が周囲にある。


「誘いに乗ってくださったことには感謝します。あの場でやり合っていれば私に勝ち目はありませんでした。この子たちは携帯しづらいのが不便なところで」

「それは無防備が過ぎるんじゃない?」

「あなたと鉢合わせるのは予想外でしたから」

「てことは、あなた『魔術師の勘』は使えないんだ」


 名守の眉がピクリと動いた。

『魔術師の勘』が使えるなら、店に入る前に彩夜の存在には気付けるはずだ。

 つまり、予想外に彩夜と鉢合わせた名守に『魔術師の勘』は使えない。


「あれは才能に依拠するところが大きいですから。でも平気ですよ。『勘』が使えずともあなたを処理するのに支障はありません」


 名守の周囲には、既に二十ほどもの『蜘蛛』が現れていた。そしてまだ増えている。

 おそらくこの近くに隠し場所があるのだ。だからここまで彩夜を連れてきた。


「確かにあなたは脅威です。身体能力、再生能力もさることながら、昨夜見せたあの姿。あれを正面からねじ伏せるのは私には不可能に近い。けれど、おそらく長時間あの姿のまま戦うことはできない」


 その通りだった。魔族による侵食に肉体と魂を委ねる疑似魔族化は負担が大きい。長時間あの状態で戦えばいずれ魂が崩壊し、彩夜は自滅してしまう。


「対して、こちらの蓄えは膨大にあります。昨夜の比ではありません」

 名守は口元を歪めて続けた。



「根競べといきましょう。力尽きるのはどちらが先か……勝負は見えていますけど」




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