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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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疑惑と平穏01


 いったい何がどうなっているのか。

 幸姫に刃を突き付ける彩夜の意図が、悠也にはさっぱりわからなかった。


 異様な緊張感が場を支配すること数秒。


「なーんてね」

 彩夜は軽く笑って肩をすくめ、ナイフの刃を収納した。

「ごめんなさい。私の悠也がこんな時間に女の子と密会してたから、つい」

「な……っ」


 悠也は絶句するしかない。

 だって意味がわからない。何もかももう本当に意味がわからない。


 驚いているのは悠也だけではなかった。

 幸姫は明らかに動転した様子で、悠也と彩夜を交互に見ながら言う。

「私の……って、え、もしかして悠也の」

「違う! ……お前はまた適当なことを」

「はいはい。言い訳ならその子のいないところで聞いてあげるから」

 まるで子供を宥めるように言いながら悠也の手を取る彩夜。口元は当然のようにニヤけている。

「ああもう。織原少し待っててくれ、すぐ戻るから」

「あ、うん……えっと、いってらっしゃい?」


 そんな調子で、悠也は彩夜に駐車場の入口まで連行された。


「どういうつもりだ」

 幸姫に聞こえないよう、低く小さな声で言った。

 彩夜はさっきまでのふざけた態度から一転、真剣な口調で返した。

「魔術師と契約魔族の間では、常に微弱な量の心と魔力の交換が行われる。だから魔力を感知する『魔術師の勘』は、魔術師と非魔術師を見分ける手段にもなる」

「それがどうしてあの行動に繋がる?」

 彩夜はちらりと幸姫の方へ目をやった。


「私の『勘』が、彼女から魔術師の気配を感じ取った」


「彼女って……まさか、織原か……?」

 驚愕する悠也に、彩夜ははっきりと頷いた。

 思わず悠也は片手で額を抑え、

「……待ってくれ、それだと」


 織原幸姫は魔術師。そういうことになってしまう。

 少なくとも、彩夜が言いたいのはそういうことだろう。


「そんなわけないだろ。だって織原だぞ。あいつは……あいつなら、そんなわけ……」

 動揺の一方で、思考は正常にはたらいていた。

 幸姫は悠也たちが戦闘を行ったすぐ近くの駐車場で、酷く疲れた様子で眠っていた。そして〈煉霊の魔術師〉と目される敵も、衰弱した状態の彩夜に追撃しなかったことから、かなり消耗していることが推測される。……なるほど、この共通項は疑わしい。仮に幸姫が魔術師だった場合、追撃がなかったのは彼女が意識を失っていたからだという説明がつく。


(いや、そんなはずはない。織原が魔術師なら潤が知っているはずだ)


 考えて、そうとも限らないとすぐに気づいた。魔術師は正体を隠すのが普通だ。魔術師と非魔術師を見分ける『魔術師の勘』を潤は使えないらしい。潤が幸姫の正体を知らないまま接してきた可能性は残されている。


 だが、それだけだ。決定的な証拠があるわけではない。

 彩夜の『魔術師の勘』が、幸姫から魔力の気配を感じ取ったという一点さえなければ。


「何かの、勘違いじゃないのか……?」

 冷や汗を掻きながら、悠也は言った。

「お前、今本調子じゃないだろう。だから間違えた。そういう可能性も……」

「……そうかもしれない」

「え……?」


 意外な返答に、悠也は思わず声を漏らした。

 彩夜は気まずそうに顔を逸らす。


「確かに魔力の気配は感じた。でも、ほんの一瞬だった」

「……どういうことだ?」

 彩夜は力なく首を横に振る。

「わからない。熟練した魔術師なら、心と魔力の交換量を制限して『勘』から逃れることもできる。けど、そのためには心を完全にコントロールしなきゃいけない。『魔術師の勘』以上の高等技術だし、少しでも動揺すれば気配は漏れる。それなのに彼女は、ナイフを突き付けられても一切の魔力を感じさせなかった」

「……そのためにあんなことを」

「彼女が私たちを襲った魔術師なら、今は消耗しているはず。魔力の気配をあそこまで完璧に隠すなんてできるわけがない。だから、わからなくて……」

 彩夜は俯いたまま続ける。


「……私の勘違い。それで一応辻褄は合う」

 そう言いつつも、彩夜はまだどこか納得できない様子だった。


「一瞬って言ったよな。どのタイミングだ、織原から魔力を感じたのは」

「彼女、一度ふらついたでしょ。そのとき。だから気が抜けた一瞬で気配を漏らしたのかと思ったんだけど……」

 その後ナイフを突き付けられた幸姫は、魔力の気配を漏らさなかった。

 悠也の知る織原幸姫は、どちらかといえば動揺しやすい類の人間だ。おかげで友人からからかわれることも多い。あの状況で一切動じていなかったとは考え難い。


 やはり幸姫は魔術師ではない。悠也はそう結論付けた。


「『魔術師の勘』は魔力を察知できるんだよな?」

「うん。……ただ、どうしても集中力に依存するとこがあるから」

「そうじゃなくて。――こうは考えられないか。潤が織原を守るために何かの魔術を使っていたんだ。こう、よくわからないが、バリアとかシールドとか、そういう類の」

「潤が?」

「潤と織原は幼馴染なんだ。事件に巻き込まれないよう手を打っていたのかもしれない」

「……でも、潤の魔力とは違ったような気が」

「区別がつくものなのか?」

「ある程度は。ただ、ほんとに一瞬だったから……」

 彩夜はそう言葉を濁した。

 悠也自身、苦しい推論である自覚はあった。そういう魔術だったなら、外敵もいないあの状況で発動した理由がわからない。だがほかにそれらしい予想も思いつかない。


「あとで潤に電話してみよう。何か知っているかもしれない」

「今じゃ駄目なの?」

「織原を送っていくことになってるんだ。こんな時間だしあまり待たせるのもな」

 彩夜は数度瞬きしてから、小さく吐息を漏らした。

「で、私は『魔術師の勘』で周囲を警戒しながら、こっそりついて行けばいいわけ?」

「そこまでしてくれるのか?」

「当たり前でしょ。自分が狙われる立場なの忘れてない?」

 半眼を作る彩夜である。

「……ありがとう」

 そう言い残し、悠也はベンチに座った幸姫の元に戻った。


    ◇


「悪い、待たせて」

「それはいいけど、よかったの? 私お邪魔だったんじゃ……」

「勘違いだ」

「え、でも」

「勘違いだ」

「あ、うん.……そうなんだ?」

 何故か幸姫は首を傾げた。少し気になる反応だが、今はそんな話をしている場合ではない。

「体調はどうだ。歩けそうなら、そろそろ」

「うん、もう大丈夫」


 そんな調子で歩き始めた。

 大通りの喧騒から隔絶された川沿いの小道。右手には住宅街。幸姫の家はその一角にあるらしい。


「ねえ悠也。さっきの人、潤の知り合いだよね」

「……いや、そんなことは」

 幸姫は呆れた様子でくすりと笑う。

「隠すならもう少しうまく隠しなさいよ。嘘吐けないタイプなのは知ってるけどさ」

「……潤のこと、知りたいか?」

「どうせ教えてくれないんでしょう?」


 悠也を責める口調ではなかった。他愛のない日常会話。そんな調子で幸姫は言った。


「……俺、知らないんだ。あいつのこと」

「またそうやってとぼける」

「とぼけてない。……あいつだけじゃなくてさ、織原のことも、両親や妹のことだって、自分で思ってるほどわかってない。わかったような気でいるだけで、実際はほとんど知らない」

「そんなのみんなそうじゃない? 他人を完全に理解するなんてできっこない」

「かもしれない。でも、理解したいとは思ってる」

「……」

「今はまだ理解しているなんて言えない。だから俺が何を話しても、きっとあいつの意図は伝わらない」

「……悠也って妙なところで真面目よね。そういうの、嫌いではないけど」

「悪いな、そういう性分なんだ」

「だから嫌いじゃないってば。……ちょっと不器用過ぎるけどね。さっき月乃も似たようなことで嘆いてた」

「……何故凛堂が?」

「さあ。それこそ本人に聞いてみたらいいんじゃない。誕生日プレゼントでも渡しながら」

「あ……そうか。誕生会、行けなくてごめん」

「それは月乃に言ってあげて。主役は私じゃないでしょ」

「そうする」


 そこで幸姫が歩を止めた。


「ここまででいい。すぐ近くだから」

「だが」


 言いかけた悠也の言葉は、しかしそれ以上続かなかった。ここで食い下がるのは奇妙に見えると思った。

 幸姫はゴーストのことを知らない。心配しすぎては疑念を強くしてしまう。


「……気を付けてな」

「悠也もね」

 そう返して幸姫は悠也に背を向け歩き出した。

 そのとき何故だろうか。悠也はどうしても我慢ができず、もう一度幸姫を呼び止めた。


「織原」


 幸姫が顔だけ振り返る。

 別に具体的な理由があって呼び止めたわけではない。

 だが、何かを言わなければいけない気がした。


「知りたいと思うことは、間違いじゃないと思う。隠し事にもどかしさを感じるのだって……それって、きっとそいつのことを大切に思っている証拠だ」


 自分でもそれが伝えるべきことだったのかどうかわからなかった。

 ただ、それを聞いた幸姫は口元に薄い笑みを浮かべた。


「……ありがと。それじゃ、また明日学校で」

「ああ。また明日」



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