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吸血少女と人殺し  作者: 伝々録々
第一章 贖罪は哀切を伴い
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【序/終】




 問い。

 人殺し(私たち)に幸せを望む資格はあるだろうか。



    ◇


 派手派手しく打ち上げられた花火が定刻を告げた。

 高台の寂れた公園のベンチには、夜空を見上げる影が二つある。


「あーあ、始まっちゃったじゃない。何してるのかしらあいつ」


 そう不満を漏らした織原幸姫おりはらゆきはショートボブの黒髪が似合った飾り気のない少女で、身に纏うセーラー服は彼女が高校生であることを示している。

 そして同じ高校の男子制服を着た黒宮悠也くろみやゆうやは、その隣に少し距離を空けて座っている。伸びた前髪のせいかやや暗い印象を受ける細身の少年だ。

「連絡はあったんだろ。きっとすぐに来る」

「だといいんだけど」

 そう言っている間にも花火は次々と咲いては散っていく。怒涛の勢いで空を叩く破裂音を置き去りにしながら、極彩色が夜を染めていく。


 七月七日午後七時三〇分。七夕祭りのメインイベントたる花火大会である。


「綺麗……」

 感嘆の声を漏らす幸姫の様子を、悠也はちらりと窺った。花火に照らされた横顔はどこか寂しそうに見えて、すぐ目を逸らすように視線を落とした。

「俺、邪魔じゃないか?」

「ん? ……ああ、そういうこと」

 幸姫は小さく吐息を漏らす。なんとなくだが、呆れているのだと悠也は思った。

「全然。まったく。これっぽっちも」

「……本当に?」

「本当に。気にする気持ちはわからなくもないけどね」


 それなら放っておいてほしい。

 悠也はその言葉を内心に留めた。たぶん、本心ではなかった。


「変わってるな」

「そう?」

「変わってるよ。もしくはチキンだ」

「なるほど。……褒められてないわねこれ」

「褒め言葉に聞こえたなら驚きだ」

 幸姫は困ったように頬を掻く。

「まあ、あいつと二人きりっていうのも……素敵だな、とは思うけど。でも実際付き合ってるわけじゃないんだし、そういうのが全部じゃないでしょう?」


 そうだろうか。

 そうかもしれないが、幸姫はそれでいいのだろうか。

 悠也が疑問の言葉を返すより先に、幸姫が続けて言った。



「あいつが誘ってなかったら、きっと私が悠也を誘ってた。その方が絶対に楽しいもの」



 思わず幸姫の方を見た。

 少し照れたような微笑み。そこには打算も遠慮も気遣いも感じられなかった。

 ならそれは本音ということだろうか。

 それとも、悠也がそう思いたいだけだろうか。


「私たちが悠也と知り合ったのはつい最近のことだけど、なんだかもう一緒にいて当たり前みたいな気がするの。できるなら来年も、そのまた次の年も、高校を卒業してからも、ずっとみんなで居られたらって思う。……まあ、難しいのはわかってるけど。悠也は、そうは思わない?」


 視線に耐えきれなくて、悠也はまた足元に目をやった。

「……俺は」

 言葉はそこで途切れた。自分の本当の気持ちがわからなかった。


 そんな時、後方で砂利を踏む音がした。

 待ち人の到着だ。


「よう、お二人さん。待たせて悪いな」

 敷根潤しきねじゅん。前髪を逆立たせた茶髪がどこか軽薄そうな印象を抱かせる少年だ。


 その来訪に一瞬だけ嬉しそうな笑顔を見せた幸姫は、しかしすぐ誤魔化すように口を尖らせて言う。

「遅い。言い出しっぺでしょあんた」

「だから悪いって言ったろ。それより聞けって、たまたま小耳に挟んだすげー面白い噂があってさ」

「はいはい。その前にみんなで写真撮りましょ。この三人で来られた記念」

 いつも通り話が長くなるのを察したのか、幸姫は潤の言葉を遮って言った。

 そして露骨に嫌そうな顔をする潤である。

「……はぁ。お前好きだよなぁそういうの」

「楽しい思い出を残しておきたいだけよ。文句ある?」

「そういうわけじゃねえけどさ」


 たったそれだけのやり取りは、けれど二人と自分の距離を悠也に意識させるに充分だった。

 遠い、と思った。

 別に仲間外れだなんて思わない。

 だけど。それでも。


 つまらない思考に没頭しそうになった、そのとき。

「……ったく、仕方ねえ」

 そんな風に言いながら、潤は悠也の肩を軽く叩いた。

「ほら親友、さっさと撮るぞ。幸姫がますます怒っちまう前にな」

「べ、別に怒ってないでしょ。……怒ってないわよね?」

 何故か少し不安そうな幸姫だったが、潤はまるで興味なさげに呆れ顔を作る。

「いいから早くしろ。そんで終わったら最高に愉快な俺の話を心して聞け。そうすべきだ。ああ間違いなくそうするべきだ。なあ親友?」

 そう言われても反応に困った。


 毎度のことだが、敷根潤という人物が悠也にはよくわからない。

 とにかく理解できない言動が多すぎる。出会ったばかりの悠也を一方的に「親友」と呼んできたのもそうだし、休日や深夜に唐突に呼び出してきて出かけようとか言ってくる神経も謎だし、どこで聞いたのかもわからない胡散臭い噂話を嬉々として語ってくる趣味嗜好もまったく理解できなくて、付き合いきれないと思わされたのも一度や二度のことではない。


 だが。

 そんな日常も、悠也には決して嫌なものではなかった。


「……まったく。遅れたくせに調子がいいな、お前は」

 思わずにやけそうになる口元を隠すために俯いたまま言った。

「おいおい褒めんなよ。照れるだろ」

「褒められてないわよ」


 そうして三人で写真を撮って、その後は当初の予定通り花火を見た。いつも通り冗長な潤の話も、この日はずっと聞いていられた。


「なあ、織原」

「何?」

「来年も撮れるといいな、写真。……みんなで」

 少し前の問いに対する、悠也なりの答えがそれだった。

 幸姫は屈託のない笑顔で返した。

「うん。みんなで」


    ◇


 そしてそれから一年もしないうちに、黒宮悠也は人殺しになった。



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