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1. 雨宿り

9月初旬のある日、時刻は17時を回ろうとしていた。

アスファルトに雨粒が強く叩きつけられ、ホワイトノイズが反響する。

横殴りの雨に木々が揺れ、葉と葉が擦れる。

遠くでは、雷の唸る音も微かに聞こえる。

その中に、パシャパシャと規則的な、水の跳ねる音が混じっていた。

この激しい雨の中、傘もささずに走る少年の足音だ。


その少年、妻夫木仁(つまぶきじん)は、かばんを傘代わりに頭上へと掲げながら走っていた。

学習塾の帰り道だった。

突然、ポツポツと小雨が降り出したかと思うと、五分もしないうちにざあざあ降りの大雨になった。

ピークは過ぎたものの、まだまだじめじめとした嫌な暑さが続く時期である。

この雨は所謂、夕立というやつだが、小学五年生の仁はまだその表現を知らなかった。


あいにく傘を持っていなかった仁は、とにかく急いで家を目指すしかなかった。

少し走ったところで、古びたマンション群が見えてきた。

仁の記憶が正しければ、今はもう人が住んでいない、廃墟となった団地だ。

入り口には鎖が張られていたものの、管理が甘いのか、跨げば簡単に通れそうだ。

5分以上全力で走り続けたせいで息が上がっていた仁は、雨宿りも兼ねてそこで休憩をすることにした。


鎖をまたぎ、屋根のある場所まで進む。

ロビーのような場所はなく、真っ直ぐな廊下に扉と窓がそれぞれ5,6個ずつ並んでいた。

仁はふう、と一息ついて額に伝う、雨と汗の混じった水滴を拭った。

扉に寄りかかりながら、いつ止むかな、と呟く。

しばらくじっとしていると、近くで物音が聞こえるような気がした。

ガタ、トントン、スススと、人の気配を感じさせる不規則な音。

仁は思わず、辺りを見渡す。

宅配業者が近くで作業でもしているかと考えたが、それらしき人影は見当たらない。


気のせいか、と気を緩めたその時、今度は明らかにゴトン、と何かが動く音がした。

音は仁の背後から聞こえた。

つまり音の発生源は、この部屋の中ということになる。

驚きで声が出そうになるが、手で口を抑えて何とか我慢する。


まだ人が住んでいるのだろうか? いや、そんなはずはない。

現にさっき、鎖を乗り越えて入ってきたじゃないか。

じゃあ、幽霊? いやいや、まだ明るいし、そんな時間じゃない。


様々な可能性が、仁の脳内を駆け巡る。

そうこうしている間も、物音はやはり、部屋の中から聞こえてくる。


そうだ、きっと動物だ。猫か何かが入り込んだんだ。


仁はそれを確かめようと、扉のすぐ横の窓から中を覗いた。

一瞬、自分の顔が反射で写ったかと思った。

しかしすぐに、それは間違いであると気づいた。

窓の向こうには、人がいた。

人がいて、仁のことをを覗き返していた。


「うわっ!」

仁は素っ頓狂な声を上げるとともに、大きく後ずさりした。

屋根のない場所まで下がったため雨に打たれてしまうが、気にしている余裕はなかった。

もう一度窓を見ると、すでに人影はなくなっていた。

すぐにでも逃げだしたいが、恐怖で足がすくんで動けない。

すると、今度は扉が開いた。

仁の心臓は大きく跳ねたが、今度は声も出なかった。

視線は扉の開いた先に釘付けになる。

扉の向こうには、制服を着た中学生らしき女の子がいた。


「どうしたの?」

少女が落ち着いた調子で言った。

「あ、えっと…」

仁は慌てて説明しようとするが、喉の奥が乾いてうまく声が出ない。

「濡れてるよ?」

「は、はい」

少女は気にかけてくれたようだが、仁は目の前の状況をうまく飲み込めていなかった。

雨に打たれたまま、ただ立ち尽くしている。

少女は業を煮やしたのか、扉を大きく開き直して言った。

「とりあえず、入ったら?」


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