サンドラ、哲哉に感謝
「ありがとう、感謝してるわ」
サンドラがショーンに感謝を述べたが、ショーンは驚くしかなかった。
犯罪者だというのは自覚して居る。まさか『ありがとう』なんて言われるとは思っていなかった。
「貴方のお陰で厚志は生きながらえたわ」
「ああ、そんな事もあったな。成り行きだよ」
「それでもこれは言っておかなきゃならないの。厚志を助けてくれて有難う」
サンドラの本心だ。
あの光景は脳に残っている。
「あの男、厚志はどうしてる?」
「生きてるらしいわ。そう聞いているわ」
「会ってないのか?」
「会えないわ。厚志と高崎にとっては『涼子』は疫病神みたいな者ですもの」
サンドラの想い。
ショーンには解るはずもない。
「悪いのは牧子なんだがなあ。
なあ・・・生まれ変わるってどんな気持ちだ? お前は涼子じゃないのか?」
「そうね。貴方も記憶の移植については知ってるわね。私は2年前生まれた。おおよそ涼子の記憶を持っていたけれど、持っていない記憶が有ったわ」
「何が入らなかったんだ?」
「感情の記憶よ」
ショーンは同情の目を向ける。
人の生き様を左右する『感情』それが入ってない。
「記憶の移植をしたときのこの体の大きさは10才くらい。
涼子の10〜11才あたりまでの記憶は普通に移植できたわ。問題はその後の10年分。遺伝子こそ同じだけど成長度合いが足りなくて書き込みのシナプスは抜けが多かったわ。物理的な記憶は割と入ったの。でも、それを見て聞いてどう思ったか、何を感じたかが覚えてないの。
見た物、聞いた物を組み合わせて推理すれば何を感じたかは推測出来る。でも、心の中のなんて言うか感動とか悔しさとか何も覚えてないのよ。こんなのって人間と言えるのかしら?
さとるを憎んだ事実も記憶してる。遅くなって厚志を愛してた事も記憶してる。でも、感情が残ってないの。
無いのよ。
多分、さとるを目の前にしても『憎い』とか思わない」
「あ、ああ・・・・」
「私の体が作られたのも成り行き。本来ならコピーなど作られなかった。 記憶を辿れば、本当は悔しくて悲しくて泣かなきゃいけない筈なのに何も感じないの。守ってくれたメイド、使い魔の黒猫。無残に殺された人々。
この感覚・・そうね・・・・前世の記憶みたいなものかしら。だから私は『涼子』とは名乗らないの」
「キツいなそれ」
「小説家なら作品のネタになるんじゃない?」
「違いない。もう書けないがな」
ショーンもサンドラもやけに素直だ。
二人とも『終わってる人間』だからだろうか。
「なあ、質問していいか? 涼子はなんでさとるに負けたんだ? 俺が見た涼子はさとると互角だった筈だ」
「ああ、あの時涼子は魔国製の聖剣を優姫に預けていたのよ。国に没収されたくなかったから」
「なんだ、そうだったのか。今頃は優姫が無敵になってるかもな」
「その筈なんだけど、行方が判らないの」
「ちゃんと観測したのか?」
「したわ。でも判らない」
「そうか」
「ところで、さとるはなんで弱いの?」
「ああ、あいつは変身と体力の代わりに魔力使い続けてるしな。飯も食わずに本読んでやがる。それに、聖剣の前オーナーはまだ40歳代でピンピンしてるらしい。会った事もないし、居場所も知らないがな」
「どおりで」
「さとる倒すんなら今のうちだぞ」
「そうよねえ。でも、やっぱりその気が起きないのよね。憎い記憶が無いから」
「そうか」
「そうよ」
ゾゾゾゾゾゾ・・・・・・
地鳴りのような音がする。
音の方に二人は目を向ける。
そこには荷車を引く二人の男。
そのうちの一人がサンドラに挨拶をする。
「ご苦労、待たせたなサンドラ」
そういうと、男の後ろの荷車は消え去り代わりに多脚護送車が現れる。
荷車はカモフラージュだ。見えていたものと存在するものは違う。これは犯罪者ショーンの護送車。
「ケルマ、態々来たのね」
「お前を心配したからだ」
「私は大丈夫よ」
「嘘だ。殆ど俺の勝ちだった」
「最後に勝てばいいのよ」
「おいおい犯人と仲良しになったのか?サンドラ」
「成り行きよ」
「成り行きだ」
「成り行きか」
ショーンが拘束され、護送車に収まる。
ショーンはもう、娑婆に出ることはない。
ショーンは『最後に可愛い子と話せたのは悪くない』と言った。
調書をその場で作成し、ショーンもあっさり自供し逮捕劇は終わった。
ケルマ達は魔国に戻り、サンドラは少しの補給を貰いまた歩き始めた。
「会津か」




