お母さんの行方
父親の名前は良雄。
ヒロと呼んでた子供は宏。
山の中にある廃村に仮に住み着いている。
他の家にも少しだが人が住んでいる。同じような人達かもしれない。
親子は本来なら母親も居た。
国を捨てて国境を越えようとしたが、街道に冒険者村が立ちはだかった。
山間の道は冒険者村がある。冒険者に捕まったらお仕舞いだ。
険しい山を何日も掛けて抜けるという手もあるが、それを越えてもまた冒険者村が在るかもしれない。
でも僅かな望みを掛けて親子三人山越えを始めたが、山中を歩いていた冒険者達に見つかった。
父親は殴られ蹴られ、痛みの中顔を上げたら絶句した。妻と子供が連れ去られる!
それぞれ反対方向に。
右を見れば冒険者数人に妻が引きずられドンドン遠ざかる。
左を見れば、遠くまで引きずられた息子宏が立ち木の枝に布紐で吊り下げられている最中。それも、首に紐が!
息子宏は必死に叫んで居るが声が聞こえない。まずい!
妻と子供、どっちに走ったらいいか判らない! 自分は一人しか居ない!
断腸の思いで息子に向かう。妻がドンドン遠ざかる。宏を抱き上げ首の負担を減らす、紐をほどきたいが緩まない。刃物は背中の鞄ごと取られてしまった!
宏を抱き上げながら必死で布紐を口で噛む。少し切れ目が入ったのでそこから引きちぎろうとする!
それを三回繰り返して漸く紐は切れた。
もう妻は何処にも居なかった。
それがこの親子に起こった出来事。
子供が寝たので漸く話して貰えた。
まだ夜ではない。
だが疲れきっていて、父親にはもう夜のようなものだ。
サンドラは食べ物を勧められたが断った。サンドラは自分の食料は自分で用意する。親子の食料は少なそうだし貰うのは悪い。
それに昼間は子供の目の前で自分だけ食事をするなんて事をしたのだ。食事を貰うのは悪い。
『妻は無事だろうか?』
なんてことは父親は言わない。あのあとどうなったかわかりきっている。
初めはあの時の冒険者数人、その後に冒険者村に連れ込まれて冒険者全員に・・・・
その段階で既に女性にとって生き地獄だが、問題はその後だ。
商品として売られる。
殺される、もしくは自殺。
冒険者村に飼われるといっても数ヶ月がいいところだ。妊娠すれば殺されるし、美人でも飽きられるし飼われてれば容姿がドンドン悪くなる。
ましてやこれから冬が来る。捌いて食肉にされるかもしれない。いや、既に・・
人間を食べるくらいなら、畜産業や農業をするべきなのだが、それでも冒険者は働かない。剣を振るのが大好きなのだ。農家や雇われ労働者になれる勤勉さが有るならば、冒険者になどなりはしない。
母親が生きて無事解放されるという事だけはあり得ない。
父親は妻の現在を突き止めようと冒険者村に近寄ったが入ることすら出来ず、結局はあのザマだ。
現在の高崎王国では冒険者を取り締まる法律も無ければ、警察もない。
税金もないんだから警察があるわけ無い。
あと一年早く逃げていたなら国を出れたかもしれない。決断が遅かった。
「いっそ死んでた方が良かった」
父親は絶望から抜け出せては居ない。
「あなたも家畜。殺さないでしょうね」
「家畜?」
「この集落って、皆似た者同士なんでしょう?」
「多分・・」
「集落で農業を始めれば、きっと冒険者の搾取が来る。村そのものが収穫される畑になる。農業出来なければ家畜ね。きっと食料が乏しくなる冬に狩りにくるわ。肉にするためにね。だから殺さなかったんでしょうね」
見た目が少女のサンドラがおぞましい事を平気で言う。
サンドラが話題を切り替える。暗い話を嫌ったのではなく、自分の為だ。
「良雄さん、この辺で白い馬を見たことは無いかしら? かなり目立つと思うけど」
「白い馬か・・無いな。途中の道でも見ていない。黒い馬すら殆んど見てない」
「あと、とてつもなく強くて悪い奴は見てない?」
「俺から見れば皆強いからな。強いといっても判らない。すまない」
「そう」
白い馬。
ユニコーンの事だが、体格もデカいから遠目にも目立つ筈だ。走っていれば目を引く速さ。だが、速いがゆえに見落とせばそれっきりになる。『強い悪人』も漠然としすぎていて分かりにくかったか。
まあ他の村人にも聞くつもりだ。
「良雄さん、これから村人を集めましょう。どうせそう大勢では無いんでしょ? 私は少し道具を用意するわ」
「一体何を?」
「それは後で話すわ。私は準備があるから三十分したら顔を出すわ。私の強さは見たでしょう? 悪いようにはしないわ。そもそもこれ以上どん底も無いでしょうしね」
頼るしかない。
父親良雄は頷いた。
夕方、いや夜。
山をゾロゾロ降りるサンドラと村人。良雄が集めたのだが、村人は八人しか居なかった。村人は良雄と同じ境遇の男達。女は居なかった。それも同じ。子供と良雄を入れても十人。そう、子供も連れて来た。
「どのみちこの子も修羅の道を行くの。貴女方と同じものを見ればいいわ」
サンドラは怖いことを言う。小さな子供に血を見せるだなんて。
山の麓の茂みに誰か居る。
「あら、さっきの人じゃない」
茂みに踞っていたのは昼間の冒険者だった。
まだ血は止まってない。顔が青白い。
「ああ、帰っても治療なんて誰もしてくれないしね。それとも、肉にされるのが怖かったのかしら?」
冒険者は苦々しい顔を反らす。
図星か。
怪我をした場所から冒険者村と反対方向に来て藪に踞る冒険者。
村に帰らず逃げたのか。冒険者村では怪我人は肉にされる。
冒険者にサンドラが近寄る。右手には雑草。
雑草に冒険者の顔がひきつる。
「白い馬を見なかった?」
質問内容に『?』な冒険者。
ダン!
サンドラの投げつけた雑草が横にあった木の幹にめり込む!
驚いたのは後ろの村人達。
硬い木に雑草を投げてめり込ませるなんて!
冒険者と良雄は一度見ている。でも、驚いたことは間違いない。
「白い馬を見なかった?」
サンドラがもう一本雑草を地面から引き抜く。
冒険者の顔が恐怖に歪む。
「見てない!見てない!見てない!」
「そう」
それだけ言ってサンドラは興味を失くしたように離れる。冒険者が安堵する。
「あげる。好きにすれば?」
サンドラは村人達に冒険者の処遇を丸投げした。
顔を見合わせる男達。
直後、冒険者の尋問、拷問が巻き起こる!
皆、妻や娘を奪われた。彼女らは一体どうなった!
サンドラはそれをちらりと見て、
「先に行くから、気が済んだら来て」
サンドラは一人で歩き出した。
冒険者村。
街道宿街を冒険者が乗っ取ったもの。
村の周りに本来無い筈の柵がある。随分なまけた作りだ。一応、外部を警戒しているのだろう。警察も軍も来ない。警戒する相手は搾取した相手。それと他の冒険者村からの襲撃。
サンドラが冒険者村にすたすた歩き寄ると見張りが居た。
向こうもサンドラに気がついた。警戒より好色の目を向けている。サンドラの美貌は月明かりでもわかる。
見張り冒険者にサンドラが問う。
「おじさん、白い馬を見なかった?」
「知らねえよ」
「あらそう」
サンドラが何かを見張りに投げつける。
ザッ!
中段に構えた剣の脇を狙い、見張りの肩を撃ち抜く!
「な、何を! イテえ!」
見張りが撃たれた肩を触ると、血塗れの土。
サンドラはわざと見張りから見えるように手の中で土をこねる。見張り冒険者は恐怖に顔が強張る。
今まで色んなスキル攻撃も見たが、泥団子で肩を撃ち抜く奴なんて見たことがない! いや、目の前の少女は15歳以上には見えない。多めに見ても13歳程度。何故魔法が使える?
恐ろしい!
殺らなければ殺られる!
見張り冒険者は残った片手で剣を持ちサンドラに斬り込んだ!
だが、サンドラはするりとかわし、泥団子を側頭部に投げつけた。命中。
離れるサンドラ。
二、三歩ヨロヨロと進んで倒れる見張り冒険者。
「あら痛かった?ご免なさい」
見張り冒険者は殺しては居ない。頭を強く打って動けなくなっただけだ。意識はある。
「飲んで」
サンドラは仰向けに転がった冒険者の口に変な液体を流し込む。
さっきの山で採取した弦の種で作った弱毒。
死にはしないが、痛みと苦しみで自由に動けなくなる。
暫くして見張り冒険者が焼かれる芋虫のように悶え暴れる。でも立ちあがれない、筋肉は痛みの奴隷だ。
「次いこう」
悠々とサンドラは村の中に入った。
良雄と村人は遅れて冒険者村にやって来た。
もし、冒険者の攻撃があったらどうしようと、警戒しながら少しずつ近付いたが、無用の心配だったと知った。
門の外に数人冒険者がウネウネと転がっている。そう、モゾモゾガクガク転がっているのだ生きたまま。
そして門の屋根の上にあの少女が座っている。
たった一人で制圧したのか! しかもこの短時間に!
「あんまり来ないから一人で終わらせたわよ。だからこれは『貸し』ね」
村人達はマジマジとサンドラを見るが、何処にも怪我がない。それどころか衣装も汚れ無しだ。
強い。
雑草だけで勝ったのか?
いくらなんでも相手は数十人居て武器持っていて、ヤバいスキル持ちも居る筈だ。
「全員に・・・・勝ったのか?」
「当たり前じゃない。それよりあんた達何にもしてないじゃない」
「すまない・・・・」
「それより冒険者は生かしてあるわ。暫くは動けないけど急ぎなさい。私は外国人だから殺しはしないの。冒険者をどうするかは貴方達で決めて。
解っていると思うけど、こんなことしてる冒険者は根性直らないわよ。殺すか手足切り落として飼うしかないわ。それは貴方達が決めて」
「え・・」
男達は絶句した。
目の前の冒険者はウゴウゴと生きては居るが、中の冒険者は殆んど殺されて居るのだろうと思っていた。しかし、全員生かされてる。
これから中に入って家族と家族の手がかりを探そうと思っていたのに、生きてる冒険者の処分をしなければならない。皆思っていた『冒険者が殺されて居れば楽だ』と。平和な時代なら、捜査も逮捕も裁判も処刑も国がやってくれた。嫌な事をしない為に税金を払っていた。それはもうない。
全て自分達でしなければならない。そうでなければ生きていけない。
代わりに殺してほしかった。自分の手だけは汚したくなかった。ぬるま湯で生きていた者の心理。
「殺さなかったのか・・」
「あら、私は外国人で部外者よ。一人も殺してないわ。気に入らない奴だらけだったのは確かだけどね。
殺したほうが後々楽よ。私の仕事じゃないけどね。貴方達が決めて。どうせ殺すのは簡単だし、罪にはならないわ」
絶句する村人達。
「全員殺す・・・・」
しなければならない。
でもやりたくない。
確かに殺したい相手。
でも、人を殺したことなど無い。
冒険者も縛られてる訳では無い。直ぐ行動しないとまた復活するかもしれない。復活すればまた悪事を山のようにするだろう。更生するなんてない。
「貸しはとっておくから」
そう言ってサンドラは屋根を飛び降りる。骨折間違いなしの高さなのに、ストっと平気に降り立つ。やはり普通では無い。
サンドラは子供の頭を撫でる。そして、
「よく見ておくのよ。それから好き嫌いしちゃ駄目よ」
そう言って結果も見ずにサンドラは歩いて去って行った。




