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少女

 さらさらさらさら。



 巨大なテーブルの端と端にレールがある。二本のレールの間には机の面より少し浮いた長い装置。装置には特殊な砂が入れられている。

 レールを装置がゆっくり走ると、落とされた特殊な砂で立体地図が出来上がる。

 砂で作られた山と谷。

 山岳模型のようにみえるけれど、地面の形ではない。



「今朝の魔力観測結果です」


「あまり変化は無いな」

 元魔王のケルマが観測職員に答える。


「今のところ新たな勇者発現の兆候はないです。魔鉱の規模と位置にも変わりはないですね」


 テーブルは魔力分布の観測結果の表示をする装置だ。

 テーブルに人間界の地図が描かれており、その上にのった砂が魔力の量。

 地図上に花が咲いたように天に広がる立体が形成されたところが魔鉱。

 人間の目では見えないが魔力が空中に噴出する魔力の火山だ。空中に噴き上げられた魔力は薄く広がる。これが魔力の元だ。それを生物が身体に取り込む。貯蓄量には個体差がある。魔力を大量に圧縮保存したもののひとつが聖剣だ。

 高崎王国王宮がピンポイントで高く砂が立つ、これが勇者さとる。さとるに聖剣の魔力も合わさって一番高い砂の柱を作る。他にも柱は何本か立っているが、勇者に比べれば全然低い。


「相変わらず聖剣を持った勇者にしては弱いな。未だにユーザー登録が出来てないのだな」


「はい。この魔力量だとそのくらいです。でも、それにしても弱いのがいつもながら不思議です。常時消費してる魔力が在るようです。身体バリアーだけではこれ程の消費はしません」


「戦闘をしてるわけでもない、労働をしてるわけでもない。考えられる事は栄養不良を魔力で補っているのと・・・・」


「あとは?」


 何かを察したケルマに瑠美が答えをせがむ。


「勇者は日常的に魔力を使っている。切れ目無くだ。つまり、勇者の本体は魔力で活動しなければならない程脆弱かもしれない。君は勇者の素の姿を見たことがあるかい? ひょっとしたら、素の勇者は自力で動けない程肥満体型か、ガリガリで筋肉が無い体かもしれない。身体強化魔法に溺れた者にありがちだ」


「勇者さとるならありえますね。奴は引きこもりになるような男です。身体を軽くする魔法を覚えたなら、それに溺れるでしょうね」


「私より勇者に詳しい君が言うのならそうなんだろう。我々も身体が運動不足にならないように魔力や動力は使わないようにしているが、勇者はそうでないらしい」


 人間は弱い。

 便利なものがあるなら頼る。身体が退化しようがお構い無しの者も多い。


「聖剣を持ってれば、聖剣が小出力モード、いやアイドリング状態でもそのくらいの消費は余裕で賄える。聖剣保持者同士の戦闘でもしない限り勇者は余裕で生活できる」




「きっと目的は身体強化だけじゃないわ」


 ケルマと瑠美と職員の会話に少女が割り込む。

 少女だ。

 背が低い大人では無い。

 耳が丸見えなほど短い髪、髪型だけなら男か女か解らないだろう。身体もまだ子供っぽい。女になりかけの体型。

 だが息を飲むほどに整った顔立ちは彼女が圧倒的美少女と認識させる。


「何?」


「整形がわりね」


「整形か・・」

 ケルマは少し納得。


「さとるはね、生身の女になかなか近付かないわ。勇者になる前からの習慣でしょう。恐らくはまだ童貞。眠ってる間に運悪く素顔に戻るのを恐れてるのかもね」


「どうしてそう思ったの?」


「さとるは生活習慣が変わっても体型が変わらなかった。切れ目無く勇者を発動してる。どんなにリラックス出来る場所でも人が居れば勇者を発動しっぱなし。素顔を見られたくないのね。それに、さとるの実家は誰も知らない。最初は勇者の弱点を晒さない為に隠蔽されてるのかもと思っていたけれど、さとると町を歩いても声をかけてくる知り合いは居ない。顔が変われば誰も声をかけないわ。『さとる』も偽名ね。それに勇者になる前は引きこもりだと思う。呆れるほどの頭の悪さも学校に行ってないと考えれば納得ね」


「呆れたもんだ」

 ケルマがため息をつく。


「それに・・」

 少女は続ける。


「それに?」


「いえ、やっぱりやめておくわ。確かでないし」


「言い掛けて止めるなんて、気になってしょうがないじゃない」


「確証がないから止めておくわ」


 少女は結局言わなかった。確証がないなら言うべきでは無いと思ったのだろう。


「それで結局、姫剣の位置は判らずじまいか」

 本題はこれだ。

 ライケルはまた溜め息。


 姫剣が発動中ならば、持っているのが常人でも地図に砂の柱が立つ筈だ。

 三年前は優子の居る位置に勇者さとる以上の砂の柱が立った。今は観測出来ない。優子はどうなったのか。姫剣を持っていた筈だ。

 そして、もうひとつの聖剣にも柱が立たない。厚志が持っていた筈だ。


 あれから二年。

 諜報員の報告で厚志は生きているという。聖剣も休眠中だが在るという。


 だが、優子の位置はロストしたまま。


 人間界には平和維持の為の聖剣使いは居ない状態。

 とはいっても魔界は今のところ困っては居ない。

 憂いているのは人間。

 それもごく一部の。



「直接見てくるしかなさそうね。いずれは行かなきゃならないし」

 少女は部屋の隅のテーブルに備え付けの道具でコーヒーを作り始める。


「一人で行くんじゃないでしょうね」


「一人よ。瑠美さんは仕事が在るでしょう。休んでばかりだと解雇されるわよ。資格試験も有るでしょ。大丈夫、上手くやるから。それに戦争しに行くわけじゃないわ。戦いは終わったのよ、敗北だけどね」



 少女はコーヒーを飲みあげ、カップをテーブルに置く。


「厚志君には会いに行くの?」


「厚志・・・・どうしようかしら。会えば思い出せるのかしら」


 少女の記憶は完璧ではない。抜けているものが多すぎる。

 魔界で新たな生活をするなら問題はない。昔に戻るには色々無さすぎる。



「もしついでに出来るなら瑠美さんの任務もこなしておくわ。世話になってばかりだったし。任務をする前提ならある程度装備も貰えるでしょ?」


「それこそ気を付けなきゃ駄目よ。今のあなたには不向きな仕事よ」





「心配しないで。私は強いから。留守をお願いね」



 翌日、少女は一人で人間界に旅立った。

 彼女の名はサンドラ。

『涼子』の名を拒否した者。


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