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フリー魔導師留美 北病院

 北病院。

 魔界の最先端医療施設を備える病院の緊急外来。



 ライケルの家に医療チームが来て、処置をされ、特殊な箱に入れられて涼子はここに運ばれた。

 一足先に涼子の体の一部はライケルによって運ばれ、培養が始まって居るという。

 改めて魔族の技術に驚く。交換部位を作るというのだから。


 留美はガラス越しに涼子を見下ろす。

 こんな大きな板ガラスは見たことがない。 魔界は凄い。

 ガラスの向こう側には寝せられた涼子。

 既に身体の半分は切除された。

 見たことのない機器が繋がれ、辛うじて生きて居る。

 私に出来ることは何もない。

 人間界では博識だった私もここではなんの役にも立たない。



 ガラスから離れない私にライケルが言った。

「シャワー浴びてこいよ。ちょっと汚い」


 女に向かって汚いとは失礼だが、今の私は相当なんだろう。

 山小屋同然のライケルの家とは違い、この病院は綺麗すぎる。

 今の私は汚い。

 従おう。


「これドア、これ鍵、ここから裸足、

 これ水、これお湯、これ石鹸、

 これ洗いのタオル、これ終わった後のタオル、

 これレンタルの着替え、脱いだ服はここ、

 じゃ!」


 ぽんぽんと説明してライケルは私を湯場に押し込んだ。

 これがシャワー・・・・





 私たちは涼子の治療室の斜め向かいの空き部屋に集まって居る。

 皆、私と同じレンタルの服を着て居る。シャワーを浴びたのだな。

 クロちゃんまで毛が湿ってる、洗われてしまったらしい。


 そして今更何が涼子に起こったのかクロちゃんに聴き始めた。

 ここでクロちゃんと会話出来るのはライケルだけだ。

 クロちゃんの言うことをライケルが代弁する。


 クロちゃんは王宮に居るご主人様(涼子)の異常事態を感じ取って、大急ぎで涼子の部屋に向かったと。

 次々と送られてくるご主人様の感情と痛覚に慌てて壁を破って強行突入。

 自分が魔物とは言っても、石の壁は硬くて破るのは精一杯だった。二回目が有ったならば無理だった。

 中に入って、瀕死のご主人様に剣を構える勇者さとるを蹴り飛ばした。

 倒れるご主人様の真横に行き、足を折った。

 頭のいい沙羅はご主人様をすぐ自分の背中に載せてくれた。ご主人様は自分の背中に載ったならばくっついて落ちることがない。沙羅も一緒に乗って、さあ脱出だと言う時に、勇者が起き上がり剣で突きを放ってきた。

 ヤバい!

 そう思った時にはもう沙羅は自分から降りて勇者に体当たりをしていて、沙羅が聖剣でグサリと刺されたのを見えた。悔しかったけれど、沙羅を置き去りにして、自分とご主人様だけで逃げた。

 悲しい、沙羅にはには感謝している。

 沙羅は乗ったとしても自分の背中には固定されない。一緒に乗って居たなら全員が逃げ切れなかった。

 一緒に乗って居たら逃げ切れないと沙羅には判ったんだろう、前にご主人様以外が乗ったらどうなるか試してたから知っていた筈。

 多分、それを判っていて降りたんだ。自分(クロちゃん)が全力で走るには沙羅は足枷になる。

 そして勇者の一撃を逸らすために体当たりしたんだ。多分幻惑も精一杯使ったと思う。自分たちを逃がす為の時間稼ぎの為に。



 沙羅にも生きていて欲しかった。




 私はクロちゃんを抱き上げた。今は仔猫サイズ。

 まだ湿ってる。

 この子は修羅場に居たんだ。

 大好きなご主人様(涼子)の為に力の限り頑張って、沙羅を失う悔しさと悲しさに耐えて走ったんだ。

 クロちゃんの頬に自分の頬をつける。

 君は頑張ったよ。





 不意にドアが開く。

 そこには男の医療技術者。


「みなさん、お話があります」




 場が凍りつく。

 絶対に良くない話だ。


「どうぞ」

 ケルマが先を促す。

 皆、技術者を見ている。

 クロちゃんも見ている。ああ、言葉が解ると言うのは残酷だ。


「容体が良くありません。クイーンの記憶情報の移行をしたいと思います」


 なに?

 記憶の移行?

 どういうこと?

 話は続く。


「脳に血栓が出来つつあります。聖剣攻撃の影響でしょう。このままでは壊死した部分だらけになって脳死になります。ですので・・・2時間後に作業を開始します」




「他に方法がないと言うことか?」

 ケルマの声が重い。

 頷く技術者。


「2時間後がリミットです。ギリギリまで新個体の成長をさせます。そこから作業を始めます」

「わかりました。お願いします」

「これが精一杯です」



 なに?

 解らない。


 技術者は出て行った。



「ケルマ!説明して!」


 立ち上がった私をもう一度座らせるケルマ。

 そしてクロちゃんを一回撫でる。

 クロちゃんはライケルの方を見ている。

 ライケルと心で会話しているのだろうか。


 そしてケルマは静かに語り出した。


「今、最新技術でクイーンの新品の体を作っている。遺伝子を元に全く同じ身体を作っている。

 それは胎児として生まれ、時間を進める装置の中で急激な成長をさせている。とてつもない電力と魔力と補給の栄養を必要とする高価な医療だ。あまり聞かせられない話だが、最初は壊れた部分だけ交換する予定だった。しかし、クイーンの損傷が激しく、脳移植に切り替えたのだが、脳自体が死に始めている。移せない。

 そして今の彼の話だが、詳しく言うと恐らくギリギリまで待っても新個体は成長しきっていない。随分若い筈だ。

 つまり、子供の脳に大人の脳の情報を移すのだが、恐らくは全ては収まらない」


「脳って、記憶を司る頭の中のものことよね?」


「そうだ」


「全部は入らないってこと?」


「そうだ」



 そんな・・・・




 クロちゃんが私の膝から降りて、ライケルの元に行く。

「いいの?」

「にゃーん」

「ケルマ、話していいってさ。ちびちゃんがそう言ってる」


 なに?


 なに?



「それでだな、その・・・・記憶の落ちはあるが、『涼子』は残る。随分若返るだろう。だがその・・・」


 言いづらそうだ。

 だからなに!


「この猫、クロちゃんが消える」



 声が出ない!

 胸が潰れそうだ!

 そういうことか。

 新しい身体。

 つまりは別の人間だ。記憶が引き継がれると言っても別の人間だ!

 クロちゃんはあくまで元々の涼子の使い魔。

 そして元々の涼子は助からない。



「そして聖剣の認証も消える」


 聖剣は今は優子が持っている。

 優子なら安心だ。きっと私たちを裏切らない。味方だ。


聖剣(姫剣)なら優子が持ってるわ。味方よ。益々優子が強くなっちゃうわね」


「え?」

 不意にライケルの声。


「そうなの?」

 またライケルの声。

 なに!


「ちびちゃんが言ってるよ。優子が強いのはご主人様(クイーン)のスキルのお陰だって。ご主人様の斬撃剣を貰えると強くなるんだって。今、ちびちゃんが2本、その優子って子が4本持ってるんだって」


 その言葉の直後、クロちゃんから一本の剣が落ちる。

 そしてまた、体に取り込んだ。自由に出し入れ出来るようだ。

 これが斬撃剣、涼子の剣。

 他人に膨大な力を与えるスキル・・・・『斬撃の女王様』

 優子が4本。

 あの膨大な魔力量も納得だ。

 涼子が聖剣持ちだと言われてもピンと来なかったが、聖剣のパワーはスキルを通して優子とクロちゃんに渡ったのか・・・今でなら解る。涼子はハイスキル持ちとは思えない姿だったが、こんな能力だったのか。





 ならば・・・・斬撃剣も消える・・・


 優子の魔力の大半も消える。

 聖剣はどうなるかは解らない。


 そして、クロちゃん。


 ライケルが話す。

「ちびちゃんが言ってる。『僕は消えるけど新しい体のご主人様を頼む』って」


「なんで涼子の心配なんかしてるのよ! あなた消えちゃうのよ!」


「ちびちゃんが言ってる『僕はご主人様が無事ならいいんだ。僕は消えるけどご主人様はなんとか残れる。本当にあとはよろしくね』って」



 泣いた。

 ただただ泣いた。






 2時間後、作業は始まった。

 4時間掛けて作業は終了した。





 残されたのは半分しか残ってない涼子。


 特別にクロちゃんは病室に入れて貰えた。

 大好きなご主人様に添い寝するクロちゃん。

 クロちゃんは優子の居場所は解らないと言っていた。

 なによりここを離れたくないと言っていた。







 添い寝を始めて2時間後、クロちゃんの姿が煙のように消え去った。



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