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オタサーの姫、女王へ

「これが差し替えの最終稿よ。連載は終わったけれど、単行本はこちらに差し替えられるわ」




 勇者さとるが牧子から受け取った紙の束。

『薬草採取して300年。気が付いたら無敵になってました』の最終章。

 さとるが愛してやまない登場人物『ミンミン』がハッピーエンドになるように書き直された結末。

 全ては『ミンミン』の陵辱死亡エンドを書き直して貰うため。


 少しだけ読み始めるが、記憶にあるストーリーだ。だが違う。

 ちゃんと変わっている。全部は読んでいないが変わっている。

 これだ。


 全てはこれのために頑張ったのだ。

 これのためになら、手が血塗れになることも厭わなかった。



 以前、後少しと言うところまで漕ぎ着けた。

 だが、哲哉に裏切られ失敗した。

 涼子に負けて重傷を負った。


 諦めた。

 涼子にも運命にも負けた、そう思っていた。

 寝たきりで動けない。

 ただ天井を眺める毎日。




 そんな俺の側に牧子が来た。

 俺の病室には誰もこれない筈。見舞いなどこれない筈。

 案外警備はザルなのかもしれない。以前、外国の男が忍び込んで来た。

 今度は牧子。


「さとる久しぶりね。早く良くなってね」


 そんなことを言うために来たのか?

 哲哉がお前に気をつけろと言ってたぞ。

 喋りたいがまだ顎がうまく動かないので黙っている。

 それに聞いてるだけの方が楽だ。色々と。


「さとるにもう一度チャンスをあげるわ。原稿書き換えの条件として涼子と国王を殺しなさい。作者は確保したわ、あとは貴方次第よ。待ってるわ」


 牧子はたったそれだけ言って去って行った。

 廊下も屋外も騒動は起きない。すんなり出て行ったようだ。

 簡単に出たり入ったり出来るんだな。


 やるぞ!


 純粋にそう思った。

 牧子の願いを叶えよう。何を迷うことがある!


 手は?

 足は?


 動く!。勇者の治癒速度のおかげか。

 でも弱い。

 無気力で寝てばかりだった。相当弱ってる。

 聖剣!

 聖剣を持てば少し力が上がる。

 どこだ?

 あった!

 フラフラしながら立ち、道具一式が置いてある棚まで行く。

 なんて重い体。


 座ってしまいたいくらいの気持ち悪さと戦いながら歩いた末に聖剣を掴む。


 おお、力が戻るようだ!

 立てる!

 流石は聖剣だ!

 本調子にはほど遠いがいける。

 行くぞ、一度は諦めた未来のために!


 さっきより更に力が漲る。

 聖剣は所有者の魔力を吸い取り、また所有者に力として還元するとかなんとかだったよな!

 つまり、俺の力だ!

 勇者の力だ!

 飽きるほど休養はした。魔力が貯まっているのかもしれない。






 どうする?





 先ずは王だ!

 王室なら知っている。

 俺はドアを蹴破り廊下を走り上の階を目指した!

 止める者は全て斬る!

 この部屋だ。開ける、居た!


「何をする!」


 王はそれを言っただけで終わった。

 あっけない。側近も護衛も皆殺した。

 あっけない。さんざん小言を言っていたのにこの程度か。

 あっけない。何が王だ、ただの弱い中年じゃねーか。






 次は涼子だ!



 あの腐れアマ、どこだ?

 隣の部屋、また隣の部屋とドアを開けて涼子を探す。

 見つけた人は迷わず殺す。

 あれ? 俺はなんで関係ない人まで斬ってるんだ?


 下の階に。

 またドアを開ける、居ない。

 次の部屋、居ない。居合わせたメイドが騒いだので殺す。

 次のドアを開ける、居ない。料理人が遠い壁に逃げる。調理台を蹴って料理人を圧死させる。


 もう一つ下の階。

 ドアを・・・・・開かない。

 おかしい、ドアが重すぎる。

 舐めるな! 勇者だ!


 ドアを蹴破ると・・・・・

 涼子とメイドが居やがった!

 ここか!

 涼子とメイドはそれぞれ椅子を持って構えてやがる。

 バカか? 勇者相手にそんなものが通用するか!



「フゴオオオオオオオオ!」

 イマイチ上手く声が出ないが叫びながら涼子に斬りかかる!

 死ね、クソアマ!

 椅子を投げて来やがったが聖剣で横に払って、もう一度!

 グギャ!

 聖剣を涼子の左側に叩きつける! 涼子め強化してたか、剣が貫通しない!

 なんの今度は足で!

 壁に吹っ飛ぶ涼子。

 変な悲鳴をあげるんじゃない、見苦しい!



ふひねや(しねや)!」


 聖剣振りかぶって涼子をぶった切る!



 ガシャーン!



 なんだ!

 突然、壁を突き破って黒いケダモノが来て、俺を突き飛ばした!

 俺は壁まで吹っ飛ばされた!

 なんだ? でかい!


 混乱しながらもようやく立つと、メイドが涼子を黒いケダモノに背負わせてる。

 逃げる気か!

 壁の穴から飛び出そうとする黒いケダモノ。


 逃すか!


 涼子めがけて聖剣を突く!





 だが、斬れたのはただのメイド。

 事もあろうにメイドごときが立ち向かって来やがった。

 聖剣に刺さってぶら下がるメイド。


「・・・か・・・・こ・・・・」


 何か言ってるようだが、知らん!

 聖剣を横にブン!と振ると、ドッとメイドが床に落ちた。

 邪魔しやがって。邪魔してもしなくても斬る気だったが。

 足元でまだピクピクしてるメイドの頭に聖剣をドサリと刺す。

 よし、動かなくなった。

 メイドごときが歯向いやがって。




 ああクソ、憎っくき涼子を逃した!

 こいつのせいか。









 あれ?

 なんだっけ?




 何思ってたんだっけ?

 さっき、なにか頭に浮かびかけた・・・・

 なんだっけ。




 立ち尽くす。



 壁には大穴。


 涼子はもう見えない。




「頑張ったわね」


 廊下側から声がする。

 ()()()()()()()

 さっきまで人間全てに反応して聖剣を振り回して居たのに、今不思議と斬る気が起きなかった。

 あれ?



「トドメを刺せなかったようだけど、良くやったわ。良しとしましょう」


 真っ直ぐ警戒もせず俺に向かっている牧子。

 俺も全く斬る気が起きてこない。

 さっきまでの俺と今の俺は何かが切り替わった。

 なんだ?

 あれ?

 どうしたんだっけ?



 牧子は後ろの手下に顔を向けずに手だけ向ける。

 その手に紙の束が置かれる。






「これが差し替えの最終稿よ。連載は終わったけれど、単行本はこちらに差し替えられるわ」



 俺の頭に浮かんだモヤモヤは全て消えた。

 満足だけが俺を支配した。



「あと、宜しく」

 牧子が後ろに使えてた手下に言葉をかけると、手下は慌ただしく出て行った。忙しそうだ。

 部屋の外のあちこちから号令や伝令が聞こえる。たまに悲鳴も。

 手下は沢山居るらしい。





 牧子がまた俺に向かう。

 久しぶりに見る牧子の優しい笑顔。


「さとる。貴方が今日から国王よ。おめでとう」


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